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閑話

むかしむかし、あるところに、小さな村がありました。その村は山々に守られ、風の通り道がやわらかで、土も水も豊かでした。人々は畑を耕し、野菜を育て、牛や鶏などの家畜を世話しながら、静かに、ゆるやかに暮らしていました。


その土地には、目には見えないけれど、たしかに“いる”と分かる精霊が住んでいました。人々は精霊を特別な名で呼ぶこともなく、ただ季節のめぐりと同じように大切にしていました。


精霊は、人が日々を誠実に、そして感謝とともに過ごすのを見るのが好きでした。夏には涼しい風を運び、秋には実りをそっと後押しし、冬には雪どけを助け、春には芽吹きを見守りました。人々もまた、折にふれて小さな供え物をし、収穫のたびに歌い、精霊へ心を向けていました。


長いあいだ、人と精霊は、言葉のないやり取りを続けながら、この谷を守り育ててきました。


――けれど、ある年。国に住む王さまが代わりました。


新しい王さまは、とても厳しい人だったといいます。国をもっと大きく、強くしようと考え、森を切り開き、鉱山を掘り、あちらこちらで大きな工場をつくりました。国の人々が多く働き、多く作り、多く売れるようにと、毎日のように命令を出しました。



その流れは、遠く離れた村にも届きました。

最初は戸惑っていた人々も、次第に王さまのやり方になれ、もっとたくさん、もっと良いものを作ろうとするようになりました。暮らしは豪華になり、衣も家も食べ物も贅沢になりました。


国は王の思い描いたとおり、どんどん姿を変えていきました。山は削られ、川には水車と機械が並び、街には立派な建物が増えていきました。仕事を求める人々は都市へ流れ込み、そこで得たお金で豪華な衣服や宝飾品を買い、豊かさを誇るようになりました。



けれど、その“豊かさ”の裏で、静かに苦しむ者も増えていきました。都市での生活に馴染めない人々、重い仕事を押しつけられた人々、そして村に残り畑を守り続けた者たち――彼らは働いても働いても楽にならず、気づけば心の余裕も削られていきました。



土に触れていたはずの手は、急かされ、焦りに追われ、感謝を忘れた手になっていきました。精霊のために祈る人は減り、収穫を喜び合う声もいつしか村から消えていました。感謝や誠実さよりも、効率や利益を気にするようになったのです。



すると人々は焦りはじめ、「精霊の力を使えばいいのではないか」と考えるようになりました。

精霊の光が偶然こぼれたある日、村のひとりがそれを見つけました。それは宝のように美しく、力を宿した光でした。人々はその光を利用すれば、また豊かな土地を取り戻せるのではないかと考えました。



そして――精霊は村人の手で水晶に閉じ込められてしまったのです。



水晶の中で、精霊は長い長い時をひとりで過ごしました。水晶の内側は冷たく、暗く、狭いものでした。逃げる術も、声を届ける方法もありません。



外の景色は見えず、声も届かず、風の気配も感じられません。あるのは静けさだけで、その静けさはやがて寂しさになり、悲しみになり、恐れになり、そして怒りへと変わっていきました。


精霊の負の感情は、土地へゆっくりと広がっていきました。


土はかたく割れ、水は濁り、木々はしおれ、作物は育たなくなりました。小さな谷は、かつての賑わいをすっかり失い、人が住むことさえ難しい場所になってしまいました。



水晶の中で精霊は、まだひとりのままです。

あの日の歌も、感謝の言葉も聞こえなくなり、谷は静かに弱っていきました。




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