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はじめての実り

朝の光が差し込むころ、真白はいつものように裏庭へ出た。昨日王都で買ったものを使ってた、畑を作るためだ。


裏庭に道具と種を並べ、土を触る。

しっとりとしていて、少しひんやりしている。


「この土、いい感じ。ちゃんと生きてる」

「そりゃよかったな。で、どうすんだ?」

「まずは耕すの。こうやって……」


真白は新しい鍬を握り、土を掘り起こしていく。

ひとつ鍬を地面につきたてる度に土の香りが立ちのぼった。真白が想像していたよりも簡単に、土は耕されていった。


「不思議。だれかから土の加護とか貰ったっけ」

ノワールが不思議そうに聞き返してくる。


「畑を耕すのを手伝ってくれた誰か…かな。本当は明日までかかると思ってたんだけど今日中に終わっちゃった」


「無意識のうちに願ってたんじゃないか。そいつが土の加護でも持ってたんだろう」


「そうかもしれないね」


 息を短く吐き出しながら真白がつぶやく。耕し終えるころには、太陽が真上をさしていた。額に汗がにじみ、風がそれを優しく拭っていく。


真白は少し休憩をしたあと、苗を植えていく。

丁寧に、丁寧に、間隔をあけながら。

買った種も同様にして植えていく。

オレンジの木の苗は畑より少し離れた場所に植えた。


すべて植え終えたあと、じょうろを使って湖と畑を何度も往復した。もうちょっと大きなじょうろを買っておけばと後悔をする。


「おわったー!」


へろへろになりながら、真白は地面に仰向けに寝転がる。体力は限界だったが、達成感に満ちていた。

ノワールはというと畑を見渡せる館の窓辺で丸くなっている。


やれやれと思いながら、汗と土で泥だらけになった身体を、奮い立たせる。

館へと戻った真白は浴室へと直行する。


もともとが狩猟用の別荘として使われていた場所だ。

広さも物も申し分ない。

お湯をわかして、お風呂にはいる。


「ふぅ…」


今日はかなり動いたなぁと爪の間に入った土を洗いながら思い返す。


「…芽がちゃんとでますように」


疲労感と幸せな気持ちでいっぱいになりながら、今日を終えた。


---


翌朝、いつもより遅く目覚めた真白は朝食もあとに、外へ出た。昨日植えたばかりの畑を見に行くためだ。

まだ朝露の残る空気はひんやりしていて、足元の草がしっとりと濡れている。


 けれど、畑の前で彼女は思わず息をのんだ。


 ――芽が、出ていた。


 それも、一つや二つではない。

 昨日まで黒い土だった場所に、無数の緑が顔をのぞかせていた。

 麦、豆、にんじん、芋、ハーブ……それぞれが小さな命の形で、朝日に向かって伸びている。

苗で植えたものは、真白の膝下ほどのものだったが、腰もとあたりまでまっすぐ伸びていた。添え木などもなく、ピンと。


「……え? そんな、まだ一晩しか……」

 手を伸ばしてそっと触れる。

 葉は柔らかく、指先に命の鼓動が伝わってきた。


 ノワールが尻尾を立てて畑の周りを回る。

「おいおい、これ、なんだよ。おまえ、肥料でもまいたか?」

「そんなことしてないよ。昨日、土を耕して、水をあげただけ」

「それで……一晩で芽が出たって?」

「……うん」


 真白はしばらく立ち尽くしたまま、言葉を失った。

 風がそよぎ、芽たちはそのたびに小さく揺れる。


---


 その日、真白は朝から晩まで畑のそばにいた。

 小さな芽を踏まないよう気をつけながら、雑草を抜き、支えを立てる。

 すると日ごとに成長が目に見えた。

 次の日には、にんじんの葉がふわりと広がり、豆の蔓が支柱に絡みつく。


 三日目にはもう、麦の穂が青々と風にそよいでいた。


「ねぇノワール、これ……普通じゃないよね?」

「当たり前だ。普通なら半年はかかるもんだろ」

「じゃあ、どうして……?」

「おまえが“育てよう”って思ったからだ」


 ノワールは草の上に寝そべり、片目を細めた。

「この土地は、おまえを受け入れたんだ。

 動物たちを助け、風や森に話しかけてきたおまえを、な」

「……土地が?」

「ああ。加護ってのは、与えられるもんじゃなく、“通じる”もんだ」


 真白はその言葉を胸の中で繰り返した。

 “通じる”。

 それはたぶん、昨日まで感じていた風や土の温かさと同じ意味なのだろう。



---


 七日目の朝。


 真白が畑に出ると、もう収穫できるほどに育っていた。麦の穂は黄金に輝き、にんじんの葉は風に揺れている。ハーブの香りが辺りを満たし、湖のほとりまで広がっていた。


「……きれい」


 真白はしゃがみ込み、麦の穂をそっと撫でた。

 指先に柔らかい感触が伝わる。

 光が反射し、まるで金糸のようだった。


「こんなことって……」

「おまえ、涙ぐんでるぞ」

「うん……なんか、胸がいっぱいで」


 小さく笑って、真白は両手を組んだ。

「ありがとう。」


 その瞬間、風が強く吹いた。

 畑の上の空気が揺らぎ、淡い光が舞い上がる。

 その光が真白の肩に触れると、ほんのりと温かい。


「……ノワール、見える?」

「おう、見えてる。あれは……精霊だ」


 風の粒のような光が、真白の前でひとつに集まっていく。

 やがて、それは人の形を取り始めた。

 髪は風のように淡く、瞳は湖面のような青。

 手のひらほどの小さな透き通った姿が、ふわりと宙に浮かんでいた。


「――人の子よ」


 声は、まるで春風のように柔らかかった。


「あなたは……」

「我は、この森を護る風の精霊。おまえの願いが、森に届いた」

「わたしの、願い?」

「命を一方的に奪わず、命を活かす。

 おまえがそう思いながら土に触れた時、森は応えたのだ」


 真白は言葉を失いながらも、深く頭を下げた。

「……ありがとう。あなたたちが力を貸してくれたのね」

「力ではない。おまえが“通した”のだ。

 風も水も土も、命を望む者には応じる」


 風が頬を撫でた。

 真白の白い髪が揺れ、光の粒がそこに集まる。


「真白よ。

 おまえが歩む道は、やがて多くの命をつなぐだろう。

 森も湖も、その加護を分け合う」


「……わたし、そんな大それたことは――」

「願うだけでよい。

 “守りたい”と思う心が、この世界を変える」


 そう告げると、風の精霊は微笑んだ。

 その姿が淡くなり、空へと溶けていく。


「待って、また会える?」

「風が吹けば、いつでも」


 その声を最後に、光は消えた。



---


 静寂の中、真白は両手を胸の前で組んだ。

「……ありがとう」

 畑の緑がいっそう濃くなった。


「おいおい、すげぇな」

「うん。ほんとに……すごい」


 ノワールが真白の足元に体を擦り寄せた。

「おまえ、もう立派な“調和の使い”だな」

「そんな……わたしは、ただ――」

「“ただ”なんて言うなよ。

 この世界に、“ただ生きる”なんて命はねぇ」


 真白は小さく笑って、畑を見渡した。

 そこには、芽吹いた命たちが風に揺れ、きらめいていた。


「じゃあ、わたしの“ありがとう”も、きっとどこかに届くね」

「ああ。風が運んでくれるさ」


 湖の面に、青い空が映っている。

 光の粒がまだいくつか、ふわふわと浮かんでいた。



---


 夜。

 館の窓辺に立ち、真白は畑を見つめていた。

 風に揺れる麦の穂は月の光を受け、銀色に輝いている。


「この土地、もう大丈夫だね」

「ああ。ここは生きてる」

「……ありがとう、みんな」


 そう言って真白は目を閉じた。

 その胸の奥では、どこかで風がささやいていた。


――“約束しよう、また吹く時に”――




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