お兄ちゃん、私と契約してっ! 〜異能はなぜか“おパンツのゴム”に効くらしい〜
はじめまして、「忘却のぞみ」と申します。
初投稿になります。妹×ラブコメ×異能という勢いだけで書いた短編です。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
朝の味噌汁を飲み干すよりも早く、妹の凛花がそんな爆弾発言をぶっ放してきた。
俺はトーストを口にくわえたまま、そっと彼女を見やる。
制服のスカートをひらひらさせ、キラキラした瞳で見上げてくる彼女は、どう見ても“ただのかわいい女子高生”だ。
――外見だけなら。
「……で、今日の設定は何だ? 魔法少女? 異世界の姫? それとも変身ヒーローか?」
「違うよっ! 今朝、右手が疼いて目が覚めたの。つまり“力”が目覚めたの!」
朝からテンションMAXの妹は、まるで炊飯器の蒸気のように熱気を放っていた。
正直なところ、彼女のこの中二モードには慣れている。慣れすぎて、そろそろ俺の脳みそが“慣れすぎバター”になりそうなくらいだ。
「もう高校生なんだから、そろそろそういうの卒業しろよ……」
「それは、力なき者の言葉だね」
「違う。社会人になる準備段階の意見だ」
「ふっ。ならば仕方ない……。今日という日、我が封印を解く契約者はお兄ちゃんに決定したっ!」
どこからともなく取り出された黒いノートのようなものを掲げ、凛花はポーズをキメる。
たぶん、あれは国語のノートだ。マジックで「漆黒の盟約書」とか書いてあるけど、見た目が100円ショップすぎて逆に泣ける。
「この契約を交わせば、私の真の力が完全に目覚めるっ!」
「いやだって、その“真の力”ってなんなんだよ。明確に言えよ。言えないなら契約書は破るぞ」
「ふふふ……その力とは……」
凛花は謎めいた笑みを浮かべ、口元を隠した。
「パンツのゴムを……切る力よっ!」
「解散!!」
俺はすぐさま立ち上がり、通学カバンを手に取った。
「俺はそんな不審者と関わりたくないので、一人で学校行ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん~! 私、ほんとに目覚めちゃったんだってば~!」
泣きそうな顔で追いかけてくる妹を背に、俺は家の扉を開けた。
「いつか、絶対に契約してもらうからねぇぇぇーー!!」
その声は、近所の猫も振り返るほど元気だった。
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昼休み。俺はパンをもぐもぐしながら、教室の隅で静かに過ごしていた。
……はずだった。
「お兄ちゃんっ! 我が右手が、また……!」
「あああああっ、うるせええええっ!!」
教室のドアをバーンと開けて登場した凛花は、昼休みにもかかわらず黒マントを羽織っていた。どこにそんなもん隠し持ってた。
俺はパンの袋を握りしめながら、咄嗟に顔を両手で覆った。クラスメートの冷ややかな笑い声がじんわりと耳に痛い。
「悠人の妹さん、今日もファンタジー全開だなー」
「むしろ清々しいよな」
「てか顔はめっちゃ可愛いのに、あの言動とのギャップやばい」
周囲の声に、俺は「俺の昼休みを返せ」と心の中で唱えた。
凛花は堂々と教壇前まで来て、俺の机の上に腕を叩きつけた。
「お兄ちゃん、そろそろ契約を交わしてくれてもよいのでは?」
「お前の契約、なんか“社会的死”のオプションついてそうだから無理です」
「ふふふ……実はもう、“前兆”が現れているの。ほら、さっき廊下で……」
そのときだった。教室のドアが開き、1年生の女子がバタバタと走り込んできた。
「だ、誰かっ! 安藤さんが……! スカート押さえて……その……あわわ……っ」
教室が一瞬ざわめきに包まれる。
「……いや、まさか。おい、凛花、まさかお前……」
「ええ、暴走してしまったわ……不完全なまま、力を使ったから……」
「どんな異能力バトル漫画でもそんな地味な惨劇ねぇよ!!」
その瞬間、教室の窓の外に「スカートを押さえて急ぎ足で逃げる女子たち」が3人も通り過ぎた。
凛花は、右手をそっと見つめた。
「やはり、私の力は未熟だった。契約者がいなければ、制御もままならぬ……」
俺は思った。
こいつの右手には、異能力じゃなくて“社会的爆弾”が埋め込まれてるんじゃないかと。
そして心の底から、こう思った。
――このままじゃ、俺の高校生活、ゴムとともに破滅する……!
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放課後。
俺は教室の隅で頭を抱えていた。理由は簡単だ。昼休みの“女子ゴム切れ騒動”の余波が、まだ続いているからだ。
「今日なんかヘンじゃない? 風もないのにスカート押さえてる子多くない?」
「てか誰かのイタズラって噂も……やばくない?」
女子の間では不穏な空気が流れ、男子は“犯人探し”より“見えそうで見えない攻防戦”に夢中だった。
だが俺は知っている。この惨劇の原因は、我が妹――凛花であることを。
そして、その凛花はというと――。
「お兄ちゃん……まだ契約してくれないのか……」
窓辺で西日に照らされながら、なんか寂しげに言うな!
「いや契約って言われてもな!? そもそも“おパンツのゴムを切る力”ってなんなんだよ!! 説明しろよ、ちゃんと!!」
「それは、布に縫い込まれた束縛を断ち切る力……! つまり自由への解放!」
「ポエムみたいに言うな! お前が切ってるのは自由じゃなくて女子の尊厳だよ!!」
凛花は小さく溜息をついた。そしてゆっくりと俺に近づいてきた。
「制御するには、お兄ちゃんとの心の繋がり――つまり契約が必要なの」
「じゃあ今まで勝手に発動してたのは何だったんだよ」
「……我慢できなかったの……♡」
ちょっと頬を染めて言うな。
その瞬間、廊下の向こうからまた女子の悲鳴が響いた。
「きゃっ!? な、なにこれ!? ゴムが……!? うそでしょ!?」
もうだめだ。このままでは、この校舎が“パンツ事故多発エリア”として地図に載ってしまう。
「わ、わかったよ! わかったから! ちょっとだけ契約だ! 練習用! 練習! 模擬契約な!」
「やったっ♡ じゃあ、ここの指輪はこの指に通して――」
「指輪!?」
凛花が懐から取り出したのは、明らかにガチャガチャで出てきたようなハート型のプラスチックリングだった。
「これは、闇の契約指輪よ。古代コンビニ王国の遺産なの」
「お前、セブンの棚から盗ってきただろ」
それでも仕方なく、俺はその指輪を受け取った。教室の隅、誰もいない瞬間。
静かに、それを妹の指に通す。
「これで……契約、成立だね♡」
そのとき――凛花の全身が一瞬、バチンと静電気のような衝撃に包まれた。
「……っきた! 真の力、解放――ッ!!」
次の瞬間――。
廊下を走っていた女生徒3人のスカートが、同時に“ふわっ”と浮いた。
「……範囲、拡大してるじゃねぇかあああああ!!!」
俺は頭を抱えて、再び崩れ落ちた。
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「ちょっと! 悠人くんの妹、なにやってんのよーっ!!」
「風もないのにスカートが……てか誰かゴムの呪いでもかけてんの!?」
女子たちの叫びが校舎中に響き渡るなか、俺は妹の腕を引っ張って全力で廊下を走っていた。
「お前なあ! ゴムが切れるだけの異能でここまで混乱を招くヤツ、見たことねえよ!!」
「だって……契約したから、もう抑えられなくて……♡」
「嬉しそうに言うなッ!! いっそゴムで縛っとけ!」
そして角を曲がったその瞬間――俺は足元の何かに引っかかってバランスを崩した。
「あっ、やべ……!」
重力に逆らえず、俺の体が前へと倒れかけ――
――次の瞬間、ふわりと柔らかな感触が、俺の背を支えた。
「お兄ちゃんを……私が、守るっ!」
凛花の腕が俺を抱き止め、黒マントがふわっと風に舞う。
一瞬、時間が止まったようだった。夕暮れの廊下。オレンジ色の光。
彼女の笑顔は、どこか誇らしげで――そして、ちょっと恥ずかしそうで。
「お、お前……」
「うふふ、お兄ちゃんは今日から私の“運命の契約者”だからね。もうずっと一緒だよ」
そして凛花は、小さく囁いた。
「ゴムが切れるその日まで、ずっとね♡」
「重い! その誓い、ゴムより重い!!」
思わず叫んだ俺の声が、夕焼けに溶けていく。
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……たぶん。俺が守るべきなのは、この世界じゃない。
この“いろんな意味でヤバい妹”の暴走から、世界を守ることだ。
そう、心に誓いながら――俺はそっとマントに包まれた肩を、ため息とともに預けた。
放課後の夕暮れ、金色に染まる校舎。
ちょっとだけ、胸が温かくなった気がした。
「お兄ちゃん」
背中越しに凛花が小さな声で呼んだ。
「これからも、よろしくね」
「……お手柔らかにな」
凛花がにっこりと笑った。マントの下で、小さな手が俺の袖をぎゅっと握る。
――そのとき、また遠くで誰かのスカートがひらりと舞った。
「って、まだ切れてるじゃねえかあああああ!!!」
俺の悲鳴が、夕焼け空にむなしくこだました。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
異能が“パンツのゴム限定”という謎設定ですが、楽しんでいただけていれば幸いです。
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