早百合は悩み考え戸惑う
歓迎会当日。早百合は来なかった。
結果だけ言えば、俺は走ることを禁止され、リレーに出ることが出来なかった。
そして、バレーに関しては、早百合に頼っていたため初戦敗退という結果になってしまった。
土日が終わり月曜日なった今、俺は学校に向かっている。
大丈夫なのか。
心配事をしながら俺は歩く。
早百合は楽しみだと言っていた。それなのにどうして休んだのだろうか。
正直分からない。でも、家に関することじゃないかと思っている。早百合の家は財閥である。
我が校の由比ガ浜高校によく支援をしている。それもあり、早百合の名を知っている人がいる。それに容姿端麗なことも相まって天使だとかアイドルだとか言われるようになった。
いや、深い考えはやめよう。本人に聞くまでは何も分からないし。
とにかく、今は考えるのをやめよう。
足に視線を向ける。
怪我をした日よりかは治っていた。だが、まだ少しだけ痛みがある。
けど、大怪我じゃなくてよかった。
足のことを考えるが、やはり、早百合のことを考えてしまう。
どうして休んだのか。
不安を背負いながら拓哉は歩く。
教室に着き、すぐに早百合の席に視線を向ける。
そこには、早百合が居た。どうやら早百合以外誰も来ている様子は無かった。
早百合の方に視線を向ける。
いつもの早百合が居た。長い髪を綺麗に束ねている早百合が。凜としながら読書をしている早百合が。
俺は自分の席に向かって歩く。
椅子に腰を下ろし。早百合の方に視線を向ける。
「おはよ」
拓哉は早百合に挨拶をする。
「……」
早百合は本に視線を向けたまま無言を貫く。
「早百合?」
俺は自然と名前を呼ぶ。だが、早百合は聞こえていないような仕草をする。
早百合はただ本に視線を向け続ける。
嫌な予感が胸の中で躍る。
「金曜日は何かあったの?」
「別に何もなかったわ」
無言を貫いていた早百合が言う。
「ほんと?」
「ええ。話はそれだけ?」
早百合は冷たく言う。その声や態度は早百合と初めて喋った日に近かった。
「それだけっていうか。早百合やっぱり何かあった?」
「どうして、そこまで心配しているの?」
「心配はするでしょ。だって友達なんだしさ」
「友達?」
「うん。友達だから心配しているんだ」
「私は一度も友達だと思ったことはないわ」
「そんなことを言っても、俺は傷つかないよ」
「別に傷つけるために言ってない。ただ、真実を述べただけ」
「ねぇ、俺は話を聞くよ。いつでも、どんな時でもさ」
「だから!!」
早百合の声が教室に響く。俺たちしかいない教室に。
「悩みなんてない」
「嘘だね」
「嘘なんかじゃないわ。そもそも、私が悩みなんてありそうに見える? 疲れてそうに見える?」
早百合は言い続ける。今までの思いやストレスが爆発するように。
「見えるよ。だってさ顔に書いてあるじゃん」
「馬鹿なの? どこにも書いてないわ」
「書いてるよ。それに、分かるんだよ」
「分からないよ……分かるはずがないよ」
「分かるよ」
「分かるわけないよ……」
早百合は視線を下に向ける。本はポツンと机の真ん中に置かれる。
「もし、何か困っていることがあるなら相談に乗る。もし、助けを求めているなら全力で助ける」
「だから、なんでこまでやるの? もしかして見返りを求めてるの? 私が財閥の娘だから?」
「違うよ。見返りなんて求めてない。俺はただ、早百合には笑っていて欲しいだけなんだよ」
「何よそれ……そんな訳の分からないことを言わないでよ」
「早百合。俺は助けたい、だから待ってるよ。早百合が作った相談部に」
俺は、想ったことを口にする。頭で思ったことじゃなくて心で想ったことを。
早百合には笑っていてほしい。
いつしか、いつも期待の目を向けられる存在になってしまった早百合に笑顔をプレゼントしたい。
どうして、俺がここまで気にしているのか分からない。分からないけど、分かる。
だって早百合とは親友だと思っているから。
親友の悲しんでいる顔なんて見たくないから。笑っていてほしいから。傷ついて欲しくないから。
だから、俺は親友の早百合を助けたい。
早百合は机に伏せる。
この現実から逃げるように。
早百合視点。
放課後の教室で早百合は、考え、悩んでいた。
分からない。どうして拓哉がここまで私に気を遣っているのか分からない。分かるはずがない。
私は自分の口から拓哉を傷つけることを言ったのに、どうして、どうして、私を助けようとするの。
拓哉に相談してみたい、でも、私は怖い。ここまで友達の関係を築いてしまったら、無くなった時私はどうなってしまうのだろう。
金曜日、私は怖くなってしまった。
中学の時、仲の良かった友達が居た。そして、私が転校すると決まった時友達はこう言った。
「早百合が居なくなってよかった」
友達だと思っていた人に言われた一言は私の胸を傷つけた。トラウマを植え付けた。
どうやら、その子は私を利用して人気になるために私と友達になったらしい。それを、知った時、友達なんてゴミだと思った。
それから、私は人を信じないことにした。裏切られるのだから。
人の心を読めない。一面だけを知ってすべてを知ることなんてできない。できるはずがない。
その人を心はその人しか知らなのだから。
だから、私は友達なんていう薄っぺらい関係を作らないようにした。そうすれば、私は傷つかないと思ったから。
でも、高校に入学してから環境が変わった。
みんな私のことを天使だと言うようになった。そして、私が財閥の娘だということを知られた。
それも相まって恐怖を感じた。
話しかけてくる人たちの顔が怖く感じた。近付いてくる人の顔が獲物を狙っているように感じた。
でも、心のどかでは分かっていた。
そんな酷い人は居ないと分かっていた。でも、分かることが出来なかった。
あのトラウマが私の胸を蝕んでいた。
人を信頼するな。人は裏切る。友達なんて作るな。友達は裏切る。誰も信じるな。誰も助けてはくれない。
私の心がそう言っているように感じた。
だから、私は偽りの私を演じた。そうすれば、逃げ道を作ることが出来ると思ったから。
そして、それは案外楽だった。
笑えば、みんなは微笑んでくれる。クールに対応すれば、優しくしてくれる。
その時分かった。私はこの道が正解なんだと。
偽りを演じる私が私で。
偽りを演じない私は私じゃない。
そんな考えが浮かぶようになっていた。
そして、拓哉のおにぎりを盗んだ日、限界を迎えた。
自分のしていることが分からなくなった。
何をしているんだ……と自暴自棄になりかけた。
だけど、あの日、拓哉に視線を向けたとき光っていた。
その光はどんな光より強くて濃ゆかった。
誰が見ても手を取りたいと思ってしまうほどだった。だから、私は拓哉に助けを求めた。求め方がおかしかったが、それでも頑張って求めた。助けた欲しいと願った。
それに、私から声をかけた。この人が私を助けてくれると思ったから。
実際拓哉は私を助けようとしてくれた。
本当の私を受け入れてくれた。性格の悪私を受け入れてくれた。
それなのに、私は恐怖に勝てなかった。
歓迎会に行き。私が活躍をする。それによりいろんな人と仲良くなったり話したりする。それが怖かった。こんな小さなことが怖かった。
頑張ろうとしても怖さには勝てなかった。
これ以上誰かと友達になれば、また裏切りが待っているんじゃないかって怖くて怖くて、動けなかった。
だから、行かなかった。
拓哉と1位になる約束をしたのに、私は行かなかった。
違う。
行けなかった。行こうとしなかった。
逃げた。
怖くて、怖くて逃げた。
もしかしたら拓哉が裏切るんじゃないかって怖かった。高校に入学してからできた友達が裏切るんじゃないかって思って怖かった。
分かっている。知っている。
拓哉はそんな人じゃないってことくらい知っているよ。でも、でも、怖いんだよ。
私は強い人なんかじゃない。
繊細でいつも恐怖を背負っている人だ。
アイドルとか天使とかそんな人じゃない。
いつも逃げ道を探している人だ。
「私は……私は……どうしたらいいの」
早百合の独り言が誰も居ない放課後の教室に響く。
「ねぇ、誰か助けてよ」
透明な声が教室に響く。
「助けるよ」
ドアの方にいつもの声が聞こえてくる。
そこには、やはり、拓哉が立っていた。
外は雨が降っている。
太陽の光なんてなかった。
それなのに、拓哉の周りは輝いていた。
私は思わず目元が緩んでしまう。
「助けて……」
口が勝手に走ってしまう。
こんな訳の分からない性格をしている私を助けくれる人は居ないと思っていた。それに、できないと思っていた。
トラウマに侵され恐怖を覚えている私を救うことはできないと思っていた。
誰も信じないと決めている私が助けを求めないと思っていた。友達を作らないと思っていた。
でも、それは全部違った。
私はできた人じゃない。いつも考えて、いつも偽って、いつも恐怖を覚えて逃げていた。
でも、それら全部が今終わろうとしている。
私は拓哉を見つめる。
なんでだろうな……
早百合は涙を流す。透明な涙を。
「今度は任せろ」
拓哉は強い声で言う。決して逃げやしない目で、裏切らない目で。
ああ、そっか。そうだったんだ。
きっと、いや、絶対に拓哉は私の人生に色を授けてくれる。
ありがとう。
早百合は雨を降らす。大量の雨を。
透明で希望に満ちている雨を。