前日
「すまない。私がもっと注意をするべきだった」
筋肉質な先生の声が保健室に響く。微かに花の香りがするが、それは誰も気付けない。
「本当に大丈夫です。俺の注意不足でこうなってしまったんですから」
「それも、あると思う。だがな、私の責任でもあるんだ。本当に悪かった」
先生はもう一度頭を下げる。
それから、先生は何度も謝り保健室を出て行く。
「やってしまった」
静かになった保険室には、ため息交じりの声が響く。
動かすだけで痛い足を見つめる。
これ、治るか……
「今日はしっかり休むか」
窓の視線を向ける。
夕日が差し込み保健室が光輝く。
コンコンとノック音が鳴る。数秒程経ち扉が開く。
「あら、元気そうね」
「そう見えるか?」
早百合は来てやったぞ、と言わんばかりな顔をする。
早百合は横にある椅子に腰を預ける。
「大丈夫なの足は?」
「まぁ、大丈夫かな」
「ほんとかしら?」
「ああ、だい――」
いった。
早百合は拓哉の足を突く。
「あれ、全然大丈夫じゃない」
おい。絶対にやらなくてよかったことだろ。
「まぁ……」
「残念ね……」
「明日には治すよ。絶対に」
「流石に無理じゃないかしら?」
「いや、治す。絶対に」
「どうして、そこまでやる気があるの?」
「やる気って言うのかな、なんていうか、頑張りたいんだ」
「頑張りたい?」
「うん。みんなで頑張ることって楽しいことだし、やっぱり、早百合と勝ちたいし」
「最後の一言で台無しね」
「ええ」
「とにかく、早く治しなさいよ」
「はいはい。てか、早百合こそ楽しみじゃないのか?」
「それは、楽しみだわ」
「だろ? だから俺も早百合と同じ気持ちなんだよ。だから、明日には治して楽しむし勝つ」
「良い意気込みね」
「まぁな」
「もし、明日バレー勝ったらご褒美よろしくね」
「なんでもやってやるよ。てか、1位になったらな」
「もちろん。1位しか狙ってないわ」
「流石」
「だから、拓哉もリレー頑張りなさいよ」
「もちろん。頑張るさ」
早百合は「そうね」と言い窓を見つめる。
沈黙が流れる。
沈黙は気まずさなどはなかった。
2人は覚悟を決める。誰のためとかじゃないく、自分のために勝ち。楽しみを自分の手で作る。
2人は誓う。絶対に勝つと。絶対に1位を取ると。誰にも勝ちを譲らないと。
「じゃあ、明日ね」
そう言い早百合は保健室を出ようとする。
「ああ。明日な」
拓哉は言う。その言葉を聞き早百合は保健室を出る。
そして、拓哉は現実を見る。
足は先ほどから悲鳴をあげている。
お前は明日走ることができない、と言っているようだった。
拓哉は額に手を当てる。
「頑張るか……」
自分の言った言葉を思い出す。
ここまで来たのなら頑張るしかない。それに、早百合だって楽しみだと言っていた。俺の失敗で早百合の楽しみを奪うなんて許されない。
それに。
「早百合の笑っている顔を見たい」
独り言が保健室に漏れる。
早百合が笑っている姿は一度も見たことがない。だから、笑っている顔を見てみたい。
正直俺なんかが早百合を笑わすなんてできなのは知っている。だが、それはなしだ。
やるしかないんだ。
拓哉は最後の覚悟を決める。
保健室には光が差し込む。その光は自然であるにもかかわらず拓哉を照らす。まるで、スポットライトのように拓哉だけを照らしていた。
だが、現実は上手く回っていない。
歓迎会当日。
早百合は学校に来なかった。