部活は青春である
「今日で部活決めろよ~」
俺――金崎周は座っている生徒を見つめながら言葉を漏らす。
はぁ、俺はため息を心の中で吐く。俺が言った一言に生徒たちは聞く耳も持ちやしねー。ぎゃーぎゃー騒ぐだけだ。
最近の高校生は大人をなめすぎだ。
自分のことが一番だと思っている。そんな訳ねーのによ。この世界は理不尽でしかねー。自分が中心な世界なんてねーんだ。
だが、こいつらは気付いてすらいねぇ。
だからどうした? と問われるとなんとも言えないが、俺はただ単に心配しているんだよ。
高校生っていうのはなんでもできる。
それは良いことでもあり、悪いことでもあるんだよ。
周は頭を掻きながら、もう一度声を出した。
「おい。言っておくがな、うちの高校は文武両道を目指しているからな」
由比ガ浜高校は文武両道を目指しているし掲げている。
だから、部活は強制だ。今の時代に強制はあまり印象を浮かばないが、決まりがあるならしゃーね。
俺は一応、部活の顧問はしてないから、定時に帰ることができているが他の先生方は大変そうだ。
生徒たちは「はーい」と返事をする。
ったく。これらだから最近の高校生は。
そして、今日が終わっていく。
拓哉視点。
誰も居ない教室の窓辺に座り、一枚の紙を見つめる。蝉の鳴き声が聞こえてくる中で拓哉は焦っていた。蝉の鳴き声がだんだんと拓哉を追い込んでいく。
一枚の紙はとても薄いが、内容はとんでもない内容であった。
入部届の紙を俺は見つめる。
俺は詰んだのか……
提出期限が今日の18時までとなっているため、今日で決めないといけないのだが、何も思いつかない。
てか、どうすればいいんだ。
バスケ部か? サッカー部か? いや、ないな。先輩、後輩、の関係性が苦手だから無理だ。
ちくたくと針の音が教室に響く。その音はまるで焦りを表すようだった。
拓哉は深呼吸をし、スマホで時刻を確認する。
えーと、時刻は17時45分。なるほど……詰んだのか。
俺はもう一度視線を紙に向ける。
どうする……
何部が良いんだ……
どうする……
拓哉は考える。
もし今日、入部届を提出しなかった場合、草刈り部という部活に入部させられてしまうのだ。そのため、拓哉は考えるしか選択肢がないのである。
「ねぇ、私と同じ部活に入部しない?」
どこからか、声が聞こえてくる。だが、その声は拓哉には届かない。何故なら焦っているからだ。
「ねー。聞いてるかな? おにぎり君」
「違う。拓哉だ」
「あ、聞いてるじゃん」
不意におにぎり君という言葉に反応してしまった。
てか、なんで早百合がここに居るんだ?
「それで、どうなの? 私と同じ部活に入部する?」
早百合は首を傾けながら言う。
長い髪がさらっと動く。
「え? その、え?」
早百合は何を言っているんだ? 同じ部活?
「ちなみに、拓哉には拒否権はないから」
なら、最初から俺に問うなよ……
「早百合さんが良いなら」
「そう。じゃあ、提出しに行きましょう」
そう言い、早百合は教室を出ようとする。
拓哉も教室を出ようとする。上に掛けられている時計に目を向ける。
時刻は17時54分。
草刈り部が確定するまで残り6分。
教室を出てから歩くこと数分、職員室が見えてくる。
すぐそこに職員室があるのだが、今の俺たちはピンチである。
「早百合さん。僕と同じ部活をやらないか?」
爽やかそうな声で男は言う。
爽やかな男は長い髪だがその髪型はイケメンである。
それに、爽やかな笑みに、爽やかな声。全てが完璧に近い男が俺と早百合の前に立っている。
「すみません。私はもう決めているで」
早百合は丁寧に断る。
だが、爽やかイケメンは一歩も引かない。
「まさか、この僕の誘いを断ると言うのかい?」
笑みを浮かべながら言う。
その笑みは男である俺でも、凄いと思ってしまう笑みであった。
だが、当の早百合は一切表情なんて変えていなかった。
「はい」
「……ったく。てか、もしかしてさ、横に居る人と同じ部活をやるの?」
爽やかイケメンは拓哉に指を指す。そして、嘲笑うかのような笑みを浮かべる。
「はい。そうですけど」
早百合の声は先ほどの声とは完全に違った。少しだけ怒りがある声でもあった。
「おいおい。そいつは俺よりイケメンなのか? 誰がどう見ても違うよな?」
あのーめっちゃ傷つけていますけど?
てか、こんなスクールカーストのトップにいそうな人が、まさかこんなことを言うなんてな。
「あなたに関係ありますか?」
早百合は更に冷たい声で言う。
「あるとも。だって、君とこいつは住む世界がそもそも違う。そして、僕と君が一緒に部活をやるべきなんだよ」
「は、はぁ」
早百合は呆れた顔で男を見つめる。
「てかさ、こいつこそが断るべきなんだと思うんだけど?」
爽やかイケメンが俺の目の前に立つ。
「えーと。勘違いしていると思うけど、俺から誘ったんだよね」
「えええ? お前から誘ったの? ちょ、笑わすなよ」
「なるほど……そういうことなのか。あー。分かったよ」
クソ馬鹿イケメンは納得したような顔を浮かべる。
「早百合さんの優しさに甘えているのか」
はい?
爽やかイケメンは、そうかそうか、と言わんばかりな顔をする。
「まぁ、そういうことなら仕方ない。とにかく、早百合さん、疲れたら俺の部活に来ていいからね」
そう言い、爽やかイケメンはどこかに向かって歩く。
それから、早百合は急いで職員室に向かい、俺と早百合の2人分の入部届を担任の周先生に渡した。
早百合が戻ってくるまで、俺は渡り廊下から見える景色を眺める。
初対面の人になんであんなことが言えるんだよ。
拓哉は、クソ馬鹿イケメンを思い出していた。
すると、疲れた様子の早百合が歩いて来る。
早百合は疲れた様子で俺の隣に立つ。
「なんで、私を庇ったの?」
「庇ったか?」
「庇ったわよ。だって、部活を誘ったのは私でしょ?」
「ああ。ま、そうだな。でも、庇った訳ではないな、早百合さんが困っていたし時間もなかったから俺が誘ったと言えばなんとかなると思ったからかな」
「ふーん。そうなんだ」
早百合は沈みかけている太陽に視線を向ける。
「拓哉って、なんで私にさん付けなの?」
「いや、なんていうか。俺なんかが早百合さんのことを呼ぶ捨てなんてできないよ」
「でも、それも今日で終わりだよ?」
「えーと、どうして?」
「だって、同じ部活に入ったんだし、そんな距離感を感じるような人と部活したくないから、もし拓哉がさん付けを続けるなら私は部活をやめる」
なんて、暴君なんだ。でも、それもそうだな。
早百合と話して数日経っているし、そろそろ、さん付けもおかしいよな。
「分かったよ。早百合」
「ふん。それでいいわ」
早百合は笑うことはしなかったが楽しそうな笑みであった。
「てかさ、俺と早百合は何の部活に入ったんだ?」
「そうね、言ってなかった。私は部活を作ったのよ」
「え?」
少しだけ嫌な予感がする。
「その部活は……相談部」
なるほど……まだ草刈り部の方がましだったのかもしれない。
「どうかしら?」
早百合は楽しそうに言う。
「なんとも言えないな」
「そうかしら? 案外人気な部活になると思うよ?」
「てか、審査通ったのかよ?」
「ええ。担任の周先生は笑って歓迎していたわ」
マジかよ。
「活動内容は?」
俺は続けて質問をする。
「悩んでいる生徒の悩みを聞いたり、学校を盛り上げたり。まぁ、他とは違うことをするかしら」
「なるほど……」
あまり気が乗らないが、早百合の楽しそうな表情を見ると、案外悪くないと思ってしまう。
こうして、謎の部活「相談部」が作られた。