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 一歩だけの歩み

「早百合さんて本当に可愛い」

 

「だよね~。目の保養だよ」

 

「うんうん。それにさ、あの雰囲気がめっちゃ好きなんだよね!」

 

 教室には女子生徒2人が早百合の話題で盛り上がる。

 

 時刻は7時40分。

 

 昨日の出来事もあり、なんとなく、早く来てしまった。

 

 まさか、朝から早百合に関する話を聞かないといけないとは。

 

 俺が考え事をする一方で奥に座っている女子生徒はたちはどんどんと盛り上がる。

 

「てかさ、今日早百合さんに話しかけてみようよ」

 

「えー。私には無理だよ! だって話すことさえ許してもらえそうにないじゃん!」

 

「でも、早百合さんと話したくないの~?」

 

「うーん。話したいよ! でも、陰で見守るのがオタ活だよ」

 

 教室には二人の話し声だけが響く。

 

 どんだけ、早百合の評価高いんだよ。

 流石に昨日の出来事もあり、拓哉は苛立ちを感じていた。

 ちょっと飲み物買いに行くか。

 ポケットに財布とスマホを入れ教室を出た。



 教室を出て歩くこと数分。やがて自動販売機が見えてくる。

 

 青い自動販売機にお金を入れる。

 

 何しようかな……

 

 自動販売機を見つめる。

 

 ここは無難にお茶で行くか? いや、探検をして飲んだことのないジュースにするか? いや、ここは水か?

 

「あのー。すみません」

 

 どうするか……ジュースにするか? うん。ストレス発散のためにジュースにしよう。

 

 拓哉がボタンを押そうとしたとき、不意に誰かがボタンを押す。

 

 ええ?

 

「教室で返すので、貰います」

 

 そう言い、謎の彼女は落ちてきたジュースを取り出す。

 

 目の前に居る彼女はニッコリと笑いながら俺を見つめる。

 

「おっけー……」

 

 昨日今日でなんていうか、ありえない出来事ばかりに遭遇してないか? 普通他人が買おうとしているのに奪うなんてあり得るのか? うん、ありえないな。

 

「えーと。拓哉君だよね?」

 

 困惑していると、目の前にいる彼女が俺の名前を言う。

 

「そうだよ」

 

「ごめんね、急に。教室に財布忘れちゃってさ。教室に着いたらすぐにお金返すから!」

 

「あ、うん」

 

 そう言い、彼女は手を振って教室に向かって歩き始める。

 

 俺も小さく手を振る。

 

 いったい何が起きてるんだ?

 

 てか、あの人の名前なんだっけ。

 

 すると、お前はジュースを買う資格がない! と言わんばかりにチャイムが鳴る。

 結局ジュースを買うことはできなかった。できたのは、貸だけだった。



 ロングホームの時間と言えば何もすることがない、と相場決まっているのだが今日はどうやら席替えらしい。

 黒板の名前が書き始められていく。

 

 最近の席替えはくじ引きなどではない。席替え専用のアプリがあり、今はそれで席替えをするのが当たり前になっている。

 つまり、祭り感があった席替えは劣化しているのだ。

 

 そんな考え事をしていると、段々と黒板に名前が書かれていく。

 

「俺、早百合さんと隣が良いな~」

 

 前に座っている男子が友達と楽しそうに話している。

 あの、イチゴパフェ食い逃げの人と隣になりたいのか? 前に座っている人の背中を眺めながら心の中で言う。

 黒板を見つめる。

 

 なかなか俺の名前が書かれないな。それに、早百合の名前も。

 

 数分程してやっと書き終わった黒板にはとんでもない座席表が書かれていた。

 

「あら、今日からよろしくね」

 

 終わった。

 

 窓辺の席で完璧な位置になったのだが、その隣がまさかの早百合だ。それに前に座っているのは自動販売機の子だし。なんだこの席。

 

「よろしく」

 

「昨日はありがとね……」

 

 早百合は体を俺に向ける。

 

「なんだよ急に」

 

「昨日のパフェとおにぎり美味しかったわ」

 

 俺はコイツキライ。

 

「ええ。デートしたの?」

 

 前に座っている自動販売機の子が俺たちに体を向ける。

 

「デートなんかじゃない」

 

「えー。拓哉っちって案外素っ気ないの~」

 

 自動販売機の子が楽しそうに笑う。

 

 何を言ってるんだ?

 

「あ、そういえばさ。私の名前分かる?」

 

「えーと。その」

 

「東山加奈ね」

 

 横に居る早百合が口を開く。

 

「そー! 流石早百合ちゃん! 私は東山加奈! 自動販売機ありがとね」

 

「そうなんだ……」

 

 なんだこの、天と陽は。

 眩しい。

 

 あきらかに住む世界が違うぞ。それに、周りの視線が痛いし。ちらちら俺を睨んでるのバレてますよ……

 それから、俺らは他愛もない話をした。

 

 放課後になり、拓哉が帰る準備をしていたとき横にいた早百合が声をかける。

 

「おにぎり君」

 

「おにぎりじゃない。拓哉だ」

 

「そうね。じゃあ、拓哉ぎり」

 

「違う」

 

「えー」

 

 さっきまでの早百合とは違って、天使なんて想像ができないほど変わっていた。

 

「てか、本当に天使なのか?」

 

 鞄に荷物を入れながら俺は言う。

 沈黙が流れる。

 横に視線を向ける。

 

「このチョコ美味しいわ」

 

 俺が机に置いていたチョコがいつの間にか早百合の手に渡っていた。

 こいつ、甘い物を盗む才能があるんじゃないか?

 

「そうか」

 

 俺は鞄に視線を戻す。

 

「私は天使なんかじゃないよ……」

 

 チョコよりほど苦い声が教室に響いた。

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