覚悟
「薬を盛られた僕は、すぐに気持ちが悪くなって、沢山の人の前で倒れたんだ。結局、公爵令嬢が薬をもったことがばれて、取り調べをうけた。どうやら、強力な媚薬があると聞き、自分の侍女を使いにだして、怪しげな人間から買ったらしい。結局、媚薬じゃなかったみたいなんだけど、かわりに不思議な影響がでたんだ。医師にみてもらっても、何を飲まされたのかわからないんだって」
「えっ……、それって大丈夫なの!?」
心配でシャルルの顔をのぞきこんだ。
「うん、体調に問題はないんだ。でも、困ったことになってね。キャロ、僕の頭を見ててくれる?」
「頭……?」
わけがわからないまま、シャルルの頭を見る。
シャルルは帽子をかぶっている。
私を見つめたまま、シャルルはゆっくり帽子をぬいだ
美しい金色の髪がこぼれて、思わず目を奪われる。
小さい頃は、確かくりくりしていたけれど、今はゆるやかにウエーブしていて、端正な顔立ちに良く似合っていた。
その金色の髪の間から、茶色い毛のようなものが見えている……。
というか、どう見ても、動物の耳にしか見えないんだけど……。
「シャルル、もしかして、その頭から見えているのは耳かしら……?」
そう言った瞬間、シャルルがふわりと笑った。
「やっぱり、キャロだ。反応が落ち着いてる。先日、この耳を見せた奴には、悲鳴をあげられたんだけどね」
「ううん、私も驚いてるよ……。というか、驚きすぎて、逆に冷静に観察できるというか……。つまり、その薬の影響がこの耳だったの……?」
「そう、薬を飲んで倒れたあと、耳だけが獣化してしまったんだ。この国もだけど、僕の国でも獣人とかはいないから、耳だけ獣化するなんて自分でもびっくりしたんだけどね。医師も、こんな症状、見たことがないから、この耳が、いつ元にもどるのか、ずっとこのままなのか、わからないんだって。一応、今みたいに外出する時は帽子をかぶっているけど、夜会で倒れたから、噂になってしまったんだ。騒ぎになるから、うかうか人前にでられなくて。耳が治るまで、王都から離れた田舎の屋敷でひとりで暮らすことにした。いつ治るか、ずっと治らないかわからないけれど、幸い、父を手伝っているときに、僕が発案した事業がうまくいってるから、生活は大丈夫。そこで、キャロにお願いなんだけど、僕と一緒に来てくれないかな」
「え? それってどういう……?」
「この先、ずっと田舎の屋敷にこもることになって、ずっと誰とも会えなくても、僕はキャロさえいてくれたら満足だから。キャロ、あのクソ婚約者より、僕のほうがずっとキャロを必要としている。キャロ、この家も、親も、婚約者も全部捨てて、僕のところに来てくれないか?」
シャルルが私を必要としている……。
だとしたら、答えはもう決まっている。
だって、シャルルはだれよりも何よりも大切だから。
私自身を見つけてくれた恩人だもの。
「うん。シャルルと一緒に行く」
はっきりと口にだした途端、シャルルが破顔した。
「ありがとう、キャロ!」
「いえ、こっちこそありがとう、シャルル。私がこの状況から逃げる言い訳をくれたんでしょ? シャルルが、人の目を気にして、ひきこもるなんてしそうにないもの」
私の言葉に、シャルルがククッと笑った。
「え、僕だって気にするよ? まあ、本音を言えば、この耳、ちょっとおもしろいとは思ってるんだけどね。ねえ、キャロは、僕の耳がずっとこのままだと嫌?」
私は思いっきり首を横にふった。
「耳がどんなでも、シャルルはシャルルだもの。それに、その耳もモフモフしてて、すごくかわいい」
「キャロならそう言ってくれると思った! ありがとう、キャロ」
嬉しそうに微笑んだシャルル。
その拍子に、耳がピコピコと動いた。
その様子に、思わず、笑いがこみあげた。
そのまま、はじかれるように声をだして笑い出した私。
笑うたびに、自分にまきついていた鎖が、ぶちぶちと音をたてて切れていく。
こんなに笑ったのは、生まれてはじめて。
そして、やっと笑いがおさまった私は、自分でも驚くほど心も体も軽くなっていた。
もう覚悟が決まった。
すぐにでも、自分の両親、アルゴ様に自分の気持ちを伝え、謝罪しないと……。
「僕も同席するよ」
と、シャルル。
「え、シャルルはこないほうがいいわよ? もし来たら、嫌なことを言われると思うし。私は大丈夫だから」
「冷たいなあ、キャロ。僕のために来てくれるのに、キャロだけに謝りに行かせるわけないだろう? というか、謝るのはどっちなんだろうね? キャロ、楽しみにしてて」
と、意味ありげに笑ったシャルル。
美しいブルーの瞳が鋭く光った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
うちの屋敷に、自分の両親とアルゴ様、アルゴ様のお母様が集まった。
そこで、私は、シャルルを隣国の伯爵家のご子息で幼馴染と紹介した。
いぶかしげな視線のなか、シャルルは涼しい顔で私の隣の席に座った。
私は立ち上がると、いきなり、本題に入った。
「私はアルゴ様とは結婚できません。この子爵家もつぎません。申し訳ありません」
「はああ、何を言ってるんだ!? キャロリーヌ! 逃がすわけないって言っただろう!?」
外面の顔をすてて、すごい形相で叫んだアルゴ様。
お父様がアルゴ様に鋭い視線を向けた。
「ちょっと、急に何を言いだすの、キャロリーヌさん!? アルゴとの結婚式は一か月後なのよ!」
と、アルゴ様のお母様であるミルトン侯爵夫人が声を荒げる。
「はい。でも、自分の心に嘘はつけないんです。アルゴ様と結婚はできません。本当に申し訳ありません」
私は思いっきり頭を下げた。
「キャロリーヌ! 一体、どうしたの? アルゴ様は素晴らしい方じゃない? それに、この子爵家をつがないだなんて、どういうこと? あなたは私のひとりむすめで、あなたしか後継ぎはいないのよ? つがないなんて、できるわけないのは、わかっているでしょう? あ、そうだわ……。結婚が近づいてきて不安になったのね、キャロリーヌ。それでこんなことを言いだしたのね? それなら、何も心配することはないわ。結婚しても、今までどおり、あなたはこの屋敷に住むのだし、アルゴ様はおだやかで優しい方だし、なにより、私もそばにいるのだから。アルゴ様と三人で仲良くやっていけるわ、キャロリーヌ」
お母様が私をなだめるように、見せかけだけの優しい笑顔を私にむけた。
三人で仲良くやっていける……?
一体、何を言っているんだろう……?
私の声を聞こうともしないし、私の心を知ろうともしないお母様。
この人は、血のつながった母親だけれど、私自身になんの興味もないんだと改めて思い知らされた。




