あと1か月
ついに結婚式が1か月後にせまってきた。
アルゴ様の私へのきつい物言いは相変わらず。
というか、もっと、ひどくなってきたような……。
私との結婚式が近づいてきて、いらいらしているのかもしれない。
どう考えても、アルゴ様は私のことが嫌いだと思うのよね……。
でも、私のお母様と仲がいいから、結婚を待ち望むお母様の手前、やめたいとは言い出しにくいのかもしれない。
私の感情は死んだも同然なので別にいいけれど、アルゴ様は嫌いな私と結婚しても辛いだけだと思う。
それに、親の望む政略結婚をするから相手はだれでもいいとはいえ、できれば、私だって嫌われずに、平穏に暮らしたい。
アルゴ様の意思を最終確認するつもりで、私は思いきって、聞いてみた。
「アルゴ様、このまま、私と結婚しても本当にいいのですか?」
私の言葉に明らかに不機嫌な顔になったアルゴ様。
「今更、この結婚をなしになんてできない!」
と、言い放った。
アルゴ様、やっぱり、この結婚が嫌なんだわ……。
「あと1か月しかないので、まわりに迷惑をかけますが、やっぱり、婚約は解消……」
「解消なんて、させるわけないだろう!?」
いきなり、声を荒げたアルゴ様。
「キャロリーヌ。僕をこんな風に変えたのは君だ。責任はとってもらう。僕から逃げられると思うなよ!」
強い口調で吐き捨てると、アルゴ様は立ち去っていった。
えっと……、それは、どういう意味……?
アルゴ様が何を言っているのか、さっぱり分からないんだけど……。
嫌いな私と結婚して苦しむのはアルゴ様のほうなのに。
この結婚からも、この家からも、私からも自由に逃げられるのは、アルゴ様のほうなのに。
何を言っているんだろう……。
私は頭を整理するため、いつもの私の居場所である裏庭に向かった。
ベンチにすわって考えてみる。
さっきの、ゆがんだ表情で、私をにらみつけるアルゴ様の顔が思い浮かぶ。
出会ったころのアルゴ様は、今とはちがって自信はなさそうで、どこかなげやりなところもあったけれど、あんな敵意に満ちた目で人を見るような方ではなかった。
やっぱり、私が何か知らず知らずのうちに、怒らせてしまったんだろうと思う。
一緒に、夜会や茶会にでかけなくなったことに関わってくるんだろう。
感情の欠落した私は、余程のことをしでかしたんだわ。
こんな風に変えたのが私とは、私が怒らせたから、あんな目をするようになったってこと……?
アルゴ様はこの2年で、見た目が派手になり、交友関係も派手になり、はたから見たら、楽しそうに過ごされていると思っていたけれど、私への怒りがずっとあったんだ。
その責任をとれって言っていたから、復讐のために、好きでもない私と結婚するってことなのかな?
なんだかよくわからないけれど、それで傷つくのはアルゴ様なのに。
私は傷つく感情すら、すでにないから。
知らず知らずのうちに、ため息がでた。
「ため息をついたら、幸せが逃げるよ、キャロ」
え? この私の呼び方って……!
思わず、垣根をみる。すると、隙間から顔がのぞいた。
きれいなブルーの瞳が輝いている。
「うそ……! シャルルなの……!?」
私が呆然としている間に、垣根の隙間から入ってきたシャルル。
記憶のなかの華奢だった少年とは違い、すらりと背が高く、すっかり大人になっている。
「ひさしぶりだね、キャロ」
私にむかって、にっこり微笑んだシャルル。
大人びた顔になっても、その笑顔は子どものころと同じでまぶしい。
「本当にシャルル……? 夢じゃないの……!?」
シャルルの手がのびてきて、私の頬をさわった。
「ほら、あったかいだろう? 夢じゃないし、幽霊でもないよ?」
と、楽しそうに言ったシャルル。
声は低くなっているけれど、明るいしゃべり方はまるでかわらない。
シャルルは、まっすぐに私を見つめると、いきなり聞いてきた。
「ねえ、キャロ。今、幸せなの?」
「え、シャルル……? なんで、そんなことを聞くの……?」
「なんでって、当たり前だろう? 僕の大事なキャロが幸せに暮らしているかどうかが、会ったら一番に知りたいと思っていたことだから」
シャルルの言葉に、幸せとは程遠い自分の今の状況にひきもどされた。
ほとんど、かかわることがないままのお父様。
娘の結婚というイベントにうかれているのか、良い親子を演じようとしてくるお母様。
私のことが嫌いなのに、私と結婚することに固執している婚約者のアルゴ様。
そんなアルゴ様の気持ちを変える力すらない私は、一か月後に私を嫌うアルゴ様と結婚をする。
ひさしぶりに会ったのに、そんなことをシャルルに言えるわけがない。
「……うん……、幸せだよ。一か月後に、私、結婚することになってるんだ……」
そう言って、なんとか微笑んでみせた。
「キャロ、知ってる? キャロって嘘をつく時、ちょっと右を見るんだよね」
「え、本当?」
そう言いながら、思わず右を向いた私。
その途端、シャルルがふっと笑った。
「嘘だよ、キャロ」
「え、嘘……? ちょっと、シャルル!」
「ごめん、キャロ。でもね、僕は、キャロに怒ってるんだよね」
そう言うと、シャルルが私を力強く見据えてきた。
「えっと……なんで……?」
「僕、キャロと離れるときに言ったよね? キャロをこの家から解き放ち、キャロが好きに生きられるように僕は手伝いたい。だから、がんばって力をつけてくる。それまで、何があっても絶対にあきらめないでって。もしかして、忘れた?」
「忘れるわけない! シャルルからかけてもらった言葉は宝物として、ずっと、ここに大事にしまってた!」
そう言って、私は胸に手をあてた。
「あのね、キャロ……。キャロの気持ちは嬉しいよ。でも、大事にしまってないで実行してよ、キャロ」
ふてくされたように言うシャルル。
その顔が子どもの時と同じで、思わず、笑ってしまった。
なつかしくて、ほっとする……。
結局、シャルルに促されるままに、シャルルと離れていた6年間のことを、ことこまかくシャルルに話すことになった。




