両親
お母様の予想した通り、顔合わせの翌日に、ミルトン侯爵家から正式に婚約の申し込みがあった。
「キャロリーヌ、もちろん、お受けするとお返事していいわよね?」
はずんだ声で、私に聞いてきたお母様。
といっても、私の気持ちを確認しようとしているわけではないのは、手に取るように伝わってくる。
「アルゴ様は、あなたと結婚したいと強く希望されたそうよ。良かったわね、キャロリーヌ。ミルトン侯爵夫人から直々にご連絡をもらって、是非とも承諾して欲しいとお願いされたのよ。この前も言ったように、アルゴ様のような方《《なら》》あなたを絶対に裏切らないわ。あなたは絶対に幸せになれるから、安心して、申し込みをお受けなさい」
満足そうな笑みを浮かべて、私に向かって言い放ったお母様。
その横で、何を考えているかわからない表情で、お父様が立っている。
そう、今日は、両親がふたりそろった状態のところに呼ばれた私。
そんなことは記憶になかったので、一瞬、驚きはしたものの、それだけ。
久々に面と向かってあった父親への感想も、こんな冷たそうな顔に自分は似ているのだろうか、ってことくらい。
とっくの昔に両親への感情は消えてしまっているんだろう。
「お母様がよろしいなら、婚約をお受けしてください。私はお母様の意見に従いますから」
と、前回と似たような返事を淡々と答えた私。
「キャロリーヌ」
お父様の強い声が響いた。
名前を呼ばれたことも久しくなかったので、不思議な感じだ。
「なんでしょうか、お父様」
「おまえはそれでいいのか? 結婚するのは自分なんだぞ?」
「ええ」
「相手が侯爵家だろうが、遠慮せずとも、気に入らなければ断ってもいいのだぞ」
「あなた、何を言っているの!? 侯爵家の次男が、子爵家に婿入りしてくださるんですのよ!?」
「今のルバーチ家にとったら、侯爵家の縁などあってもなくてもいい。政略的な結婚など不要だ」
お父様の言葉に、お母様の顔色が変わった。
「政略結婚が不要ですって……? それをあなたが私に言うの……? 自分の事業を成功させるために、好きでもない私と政略結婚をしたくせに!」
お母様が金切り声をあげた。
「おまえは、まだ、そんなことを言っているのか……。やめろ、子どもの前だぞ!」
お母様にむかって、うんざりしたような顔をしたお父様。
ふたりの様子に、私の心は、どんどん冷たくなっていく。
私は一体何を見せられているんだろう。
一刻も早く、ふたりの前から立ち去りたい……。
私はひんやりとした声で、お父様に言った。
「お父様、ミルトン侯爵家の申し出はお受けいたしますので、ご心配なく。政略結婚で今まで育てていただいたご恩をお返ししようと思っておりましたが、お父様にとって利のない結婚であることは申し訳ないです。ですが、この家のあとを継ぐことになる私としては、普段、屋敷におられる時間の長いお母様の意見を尊重したいと思っています。この屋敷に婿入りされる方ですので。それに、アルゴ様が、私を望んでくれているのなら、それだけで、私にとったらありがたいことです。この家で見向きもされず、今まで、なんの役にも立たなかったような私を必要と思ってくださったのですから。お父様、私の気持ちなど、どうでもよいことです。どうぞお気遣いなさりませんように」
「キャロリーヌ……。おまえ……、そんなことを考えていたのか……!?」
お父様の冷静だった顔が、苦しそうにゆがんだ。
ふと見ると、お母様も驚いたように私を見ている。
ふたりとも、私の言葉にショックを受けているみたいだけれど、今まで見向きもしなかった私を、まるで心配しているような態度のほうが私にしたら驚きだ。
今更、そんなふりなんてしなくていいのに……。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
私は軽く頭をさげると、固まっているふたりの前から、さっさと立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
婚約が成立してから、しょっちゅうアルゴ様は私を訪ねてくるようになった。
「何もできない僕は、誰からも見放されていた。キャロリーヌだけがほめてくれた。僕には君が必要なんだ」
余程、私の言葉が嬉しかったのか、会うたびにそう言ってくる。
今まで自分がいかに孤独だったかを言い連ねながら。
その度、私は不思議に思いながら、アルゴ様に言葉をかけた。
「アルゴ様は見放されたりしてはいません。それに、出来ないのではなく、やらなかっただけなのではないですか? これからだって遅くないです。アルゴ様が望むことを挑戦されたら良いと思います」
そう、私から見たらアルゴ様は恵まれている。
後継ぎの私とは違って、学園を卒業すれば自由なのだから。
無理に結婚して婿入りしなくても、自由に生きることだってできるのに。
それに、本人は見放されていると言っているけれど、少なくとも、お母様のミルトン侯爵夫人はアルゴ様のことが心配でたまらないよう。
私に会いに来る時は、毎回、ミルトン侯爵夫人に持たされたという高級そうなお菓子をお土産に持ってくる。
家族として愛情をかけてもらったことのない私とはまるで違う。
そして、あれ以来、お母様は私にどう接していいかわからないんだと思う。
笑顔をはりつけて、おそるおそる機嫌をとるような感じで話しかけてくる。
そして、とってつけたように、「キャロリーヌ、あなたは私のたったひとりの大事な娘よ」と、言いだした。
「ええ。ありがとうございます」
と、その都度、答えるようにしている。
本当に、今更、私に気をつかわなくてもいいのに……。
お父様も屋敷の中で、何故か、ばったり会うことが増えた。
何か言いたそうに私を見るものの、言いづらそうにしている。
もちろん、私からわざわざ聞きに行ったりはしない。
お父様だって、私の気持ちを聞きにきたことなんて一度もなかったのだから。




