9話 換わりに得たもの
アユミは薄暗い虚空の中に浮かんでいた
この光景には見覚えがあった。あの大天使に散々罵倒された場所だ
まだ何か用でもあるのだろうか…うんざりしながら周囲を見渡していると
「秋田歩見さんですね? 私は権天使、前任の大天使の代わりに
メッセージをお届けに上がりました」
自らを権天使と呼んだ彼女は、ショートポニーテールのキャリアウーマンという格好で
背中から白鳥の翼が生えている。天使なのは間違いないようだが…
「あの…大天使さんは?」
「彼は公文書偽造と天使の力乱用、「黒い扉」発動に伴う報告義務を怠った咎により
何の力も持たない精霊へと格下げされました。反省するまで当分そのままです」
「はぁ…僕にも何か罰が?」
「いえ、あなたは大天使の被害者であり、あなたのお母様が大天使の告発に
多大な貢献をしたので、お咎めはありません」
「ま…待って、何で僕の母さんが!?」
「…お母様は亡くなられました、死因は心労がたたっての急性心筋梗塞です」
「そ…そんな…ううっ…」
苦労を掛ける自分がいなくなったら、多少は母の生活も楽になると
思いこんでいたアユミは大粒の涙を流した
「母さんは…天国に行けましたか…?」
「お母様は無事転生手続きを済ませ
今回の功で、恵まれた体と環境が転生後に与えられる事になりました」
「そうですか…グスッ…それならいいです…」
アユミは涙を手で拭った
「…改めて経緯を説明させていただきます」
***
「まず、あなたは大型貨物車に轢かれました。しかし即死ではなく
死の直前に魔族による召喚…「魂の不正受給」が行われ、肉体だけが先に
転送されたのです。
これにより元の世界では「血だけが飛び散り死体が無い」という
怪現象が起き、DNA検査により「秋田歩見という人間が致死量の出血をした」
という事実だけが残り、空の棺で葬儀を執り行うことになり
…お母様は発狂してしまわれました」
「…」
「死後、お母様はすぐに歩見さんの姿を探し始めましたが、既にあなたは黒い扉に
落とされていました…あなたは黒い扉に自分が近寄ったから落とされたとお思いでしょうが
どこにいたとしても黒い扉の手が伸びてきます。あの列に並んでいても周囲を巻き込んで」
「そうなのですか」
そんな危険な扉をどうして放置しているのかとアユミは思ったが
言葉に出すことはしなかった
「書類上では、歩見さんは生きていることになっていましたが、息子に会わせろとの
主張を止められなかった為、改めて調査した結果今回の改竄が明らかになりました
さらに「自殺禁止」に「自殺幇助要求禁止」という天罰まで受けられて…
我が主神に代わり、深くお詫び申し上げます」
「それは…そんなに重大な天罰なのでしょうか?」
「…自殺は咎です、しかし条件付きで咎にならない場合があります
敵に我が身が慰み者にされることを儚んでの自害
猛毒や病魔などに身を蝕まれ助からない時にする死の懇願…等
それらができないというだけで相当なペナルティです」
「そう…ですか…」
「あなたは前任の大天使に「健康な肉体」、「記憶能力強化」、「透明化」
の3つを与えられましたが、受けられたペナルティと見合っていません
お母様の貢献の事も鑑み、加えて1つ願いを叶えることにいたしました」
「願いを…」
つまりこれは天使達の不祥事を示談で解決しようという事なのだが
素直なアユミは気付かない
「では、元の25歳男性の体を…」
「それは男に変えるので1つ、25歳になるので1つ、合わせて2つ分の願いになるので…」
「あ、ハイ…むぅぅ…」
アユミはしばし口を押さえて考える
「ならばこの体を、18歳位の大人に成長させて下さい!」
「成長ですか…」
もうなんか女の体でも良い気がしてきた。ただ5歳児なのがダメだ
戦うにしろ逃げるにしろ、幼児では話にならない
そう結論付けた
「それならば、問題なく叶えられます…お手を拝借…」
アユミは権天使と両手をつなぐ。頭を鷲掴みにしていた大天使とは大違い
やがて光に包まれ、手足が伸び、体の線がより女性的になり、髪の毛が足まで伸び
そして胸が大きく膨ら…まない!
「お、おおぉ…お?」
成長は10歳程度で止まり、それ以上は変わらなかった
「権天使さん、もうちょっと何とかなりませんか?」
「あれぇ…お、おかしいですね…ちょっと調べますね」
「んむっ」
権天使はアユミを抱きしめた。これで分かるのだろうか?
「うーん…魔族の力とか移植されました?」
「はい…何か魔族の魔法を使えるようになりましたが」
「後天的に…? なんて技術…でも成長が遅くなる位で
完全に止まるなんてことは…ちょっとごめんなさい!」
「はうっ」
今度はアユミの下腹部に顔を押し当て、しばし固まっていた
「あの…」
「…っは! 歩見さんどういうことですか! もう閉経してるなんて!」
「へい…けい…? ちょっと権天使さん!? 適当なこと言わないで下さい!」
「もう卵子も卵胞も何もありません! カラッポです!」
それを聞き、オグホープで飲まされた排卵薬が脳裏に浮かぶ
「これでは第二次性徴に必要なホルモンを生成できません
「健康な肉体」によって不調になることは無いですが
あなたの体は…10歳以上になれず、妊娠もできないことに…」
「…」
妊娠はどうでもいいが、10歳以上になれないのは問題だ
しかし、これ以上はないものねだりになってしまう
5歳から10歳にはなれた…と妥協すべきだろうか?
そう思い始めた時であった
「「おやぶーん! しっかりしてくだせぇーっ!!」」
虚空の中に男の声が響き、アユミの顔が青ざめる
まさか熊獣人盗人に仲間がいたとは
もし寝ている間に「透明化」が解けていたら大変なことになる
「権天使さん! もう覚めなきゃ! さよならっ!」
「お待ちください! まだ不完全で…!」
「待てない! 適当にやって! ごめんなさーい!」
***
アユミはハッ! と目を覚ました
「おやぶーん! 誰がこんなことを!」
「うおぉ! 絶対許さねぇ!!」
…まずは落ち着いて現状把握
火のついた松明が自分のすぐ横に投げ捨てられている
にもかかわらず、子分らしき2人のオランウータン似の猿獣人は
こちらに気付いた様子がない、つまり寝てても「透明化」は
維持し続けられたということ…これは物凄く大きな発見だ!
アユミは透明になったままガッツポーズをする
後はこの2人の処遇をどうするか、変に情けをかけて生き残らせ
凶悪になられても困る…魔族がどうなろうが知ったことではないが
この周りに置いてある宝や食料を確保したいなら…
やはり殺すしかないと、短絡的に考えた
幸い、今2人は並んで立っている。10歳になったこの体なら
2人同時に手が…届いた!
「あづううぅ!?」
「ギャアアァ!?」
ヒートハンドによって服が燃えて悶え転がる2人のうち
背の高い方に飛び掛かり、顔面に再びヒートハンド
「あが…ガ…」
「ヒイィィ! お、お助けぇー!!」
動かなくなったら、すぐにもう1人を追った。かなり暗いが
「記憶能力強化」の前では障害にならない
逆に相手は、アユミが灯に使っていた長めの木の枝の束を踏んで転んだので
飛び乗って後頭部からヒートハンド
「あ…づ…う…」
もう1人も脳を焼かれて絶命した
***
「はぁ…なんたる外道…」
荷物を選別しながら呟いた。自分が生きる為…相手が盗人だったとはいえ
この短時間に3人も殺してしまった。元の世界では死刑は免れない凶悪犯罪だ
善悪の基準が壊れる…もう軽々しく強盗殺害なんてしたくないが
「…こちらが望まずとも相手は来る…か、少なくとも魔族領を出るまでは」
荷物を一つの背負い袋にまとめた。そばにあるキャリーカートを使えば多く持てるが
ヒュージリバー越えを見据えた場合は向かないと判断した。できるかぎり食糧
水筒を入れ、一掴みだけ宝石類、そして死んだ盗人から使える服を脱がせて入れた
だがまだ着ない。「透明化」は服には適用されないからだ
「よし、荷造り完了…重さも…現実的だね、10歳になれてよかった」
ここで目を閉じて脳内の地図をじっと見る。どうやら歩いた位置までわかる
オートマッピング機能まであるようだ。恐るべし「記憶能力強化」
とりあえず森を出ることにし、背負い袋をかついだ
横目で熊獣人盗人の死体を見る、こいつを町の近くまで運べば
賞金首が死んだとわかり安心できるだろうが…
魔族にそこまでしてやる義理は無いと考え直し、そのまま洞窟を出た
「いざ、人間領へ…!」
外はちょうど日の出の時間だった
***
「ああっもう! 定命の者はせっかちでいけません…成長の願いが不完全で…
こんなに「願いポイント」が余っているじゃないですか! このままじゃ
ポイント横領の咎で大天使の二の舞になるは必定! なんとかすぐ使えて
影響が少ないもの…よし! 余ったポイントは全部寿命に振りましょう!
…ふぅ! これなら問題ないわね…秋田歩見さん、よい旅を」