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86話 もうひと悶着

町名と組織名を決めて以降、アユミが指示をしなくとも皆自主的に動き

瞬く間に木造の家屋が立ち並び、ノブヒロがエンゼに帰った頃には

人員も集まって立派な町を形成していった


また、オグホープとエンゼの掲示板にヒュージリバー団の宣伝が張り出されており

ギュスターヴ達が呼び寄せた者以外にも、それを見た我こそはと思う者が

馬車などで向かって来ていたのだ


「ここまで出来たね…これならエルフに滅ぼされる未来は回避できるかな」

「それもアユミの偵察の出来次第、油断は禁物ニャ」

「うん、頑張るよ」

「程々にニャ」


アユミとカラドボルグは集会施設の外側に立って、活性化していく町をボーっと見ていた

アユミは外交官用の礼服を着てはいるが、発足式をまだ行っていない現在

まさかこんな少女が最高責任者たる象徴だと思い至る者はおらず

視界に入っても、どこかの貴族の娘かと、興味を持たずに立ち去る者ばかり


***


しばらくすると、また新たな馬車が厩舎に止まり、中から人が下りてきた


「あっ、リューツさんと…ジェニファーさんだよ」

「おー本当ニャ」


見知った顔に安心し、駆け寄ろうとしたアユミだったが

その反対側から急に来た女性に呼び止められる


「あら、貴方がアユミさんですね?」

「はいそうです…っ!?」


アユミが振り向くと、そこには貴族が着るような立派な服を纏い

厚化粧をして、貼り付けたような笑顔をしている女性がいた


アユミは動揺しつつも、態度に出ないように努めた

彼女こそはエンゼでアユミを気絶させて連れ去り

ズタズタに切り裂いて「血の海事件」を引き起こした主犯の1人なのだ


「実はあなたの肖像画を描きたいと思いまして、一緒についてきて下さい」


彼女の変装術は一流だった。しかしアユミは「記憶能力強化」によって

相手の顔の輪郭、骨格まで完璧に覚えていたので騙されない

そんな彼女は淡々と話した後、強引にアユミの手を取って連れ去ろうとする


「わっと…カラドボルグ、ギュスターヴさん達に…」

「ニャ? …ニャ」


猫らしい返事をすると、カラドボルグは走り去っていき

アユミはそのまま連れ去られていった


***


女性に引っ張られ、歩きながらアユミは熟慮していた

まだ「血の海事件」から3ヶ月余りしか経っておらず、当然指名手配されたまま

変装しているとはいえ、余りにも大胆な行動ではないだろうか?


***


「さぁ、着きました」

「…」


ヒュージリバーの町から北西、かつて「裏切りの森」と呼ばれていた場所

ここもまた溶岩によって木々が流されてしまったが、小高い丘となっている所に

1本だけ生き残った木が立っている。たしかに肖像画を描く場所としては

相応しいかもしれない…だがアユミは警戒を解かないようにしていた


周囲を見回すと、数十人の軽装歩兵の男達が、アユミをチラチラと見ながら

しかし悟られないように背を向けて待機していた。彼らは

女性とアユミが木に近付くにつれ、2人を包囲するように移動していった


木のそばには白いキャンバスが置かれていた、しかし明らかに絵の具の種類が少ない


「画家は後から来ますから、茶でも飲みながらお待ちください」

「はい…」


女性は赤い茶の入った陶器のカップを差し出した

受け取ったアユミは飲むふりをしながら中身を確認する

その色、匂いはかつてマイフォのラシューから差し出された

毒薬と全く同じものだった


「…!」


間違いなくこの女性は自分を殺そうとしていると

恨みの感情を持てないアユミでも確信に至り

陶器のカップの中身を女性の左手に向けてぶちまけた


「ギィヤァァァ!?」


女性の左手はただれてケロイドになった。そして叫び声を聞いた軽装歩兵達が

石弓を構えて狙いを定め、女性は地面に伏せながら指示を出す


「ぐっ…撃ち殺せ!!」


四方八方から一斉に矢が発射されてアユミに迫る。だが慌てることなく

エアスラッシュを使って真上に急上昇して回避した

行き場を失った矢は流れ弾となって交差し、互いに反対側の軽装歩兵に命中した


「ぐあっ!? 妙な術を!」

「卑怯者! 降りてこい!」

「この魔女めぇ!」


このままヒュージリバーの町まで飛んで逃げることもできる、しかし

こちらに新たに向かってくる集団と、その中にカラドボルグの姿が見えたので

アユミは時間を稼ぐために着地した


***


「クク…観念したか…すぐに殺してやるぞ…」


女性は右手で左手を押さえながら立ち上がり、軽装歩兵達は剣を抜いて

アユミの元へにじり寄る。顔を見ると予想通り、アグリーの私兵達だった

無駄かもしれないと思いつつも、アユミは声を上げる


「貴方たちは指名手配されている! こんな事をして

キャリー夫人に申し訳ないと思わないのか!」


アユミの言葉に、女性とアグリーの私兵達は足を止めて頭を抱えて唸りだす


「キャリー夫人…うう…アグリー様のお母上…

ああっ! アグリー様をお守りする事が出来ずっ…!」

「お、奥様っ、私はそんなつもりでは…」


意外にも効果はあった。しかしこのまま沈静化とはいかず

私兵達の中からルガイが声を上げる


「しっかりせんか! そのキャリー夫人とやらもこの魔女に

誑かされているに決まっておろう! 魔女を殺して夫人を救うのじゃ!」


「そ…そうだ! まずはこいつを殺すんだ!」

「奥様…今助けますからね!」


一時正気に戻っていたようだが、また目を血走らせながら

剣を手にアユミの元へにじり寄ってくる。やはりキャリー夫人本人でなければ

説得などできるはずもない、アユミの顔が曇る…その時である


「そこまでだ! 指名手配犯共め! おとなしくしろ!」


ギュスターヴを始めとし、グラク、スーザン、ベロ博士、ドール、ロータスと

人間魔族獣人混合の部隊が辿り着いたのだ

その人数は拮抗しており、アグリーの私兵達は動揺しながら剣の向きを変える

スーザンはその中からルガイの姿を見つけて驚く


「そ、村長!? なんでこんな所に!?」

「う…うるさい! ワシの村民を好き勝手にするんじゃない!」


一方、アユミのそばにいた女性は、アユミの体を後ろから抱きかかえ

隠し持っていた短剣を抜いて、切っ先を首元に向ける


「動くな! 動いたらこの女の命は無い…!」


部隊の足が止まり、女性はほくそ笑む。だが次の瞬間


ブシュウッ


「…へ?」


アユミは自らの首へ刃をあてがい、思い切り真横に引いた

首からおびただしい量の血が流れ出る。しかしこの程度では

死なない事は百も承知だったアユミは、困惑する女性に

微笑みを投げかけながら意識を手放した


***


一瞬の静寂の後、ギュスターヴが叫ぶ


「か…確保ォ!!」


声と同時にアグリーの私兵達との戦いが始まった

だが石弓の流れ弾によって負傷していた私兵達は思うように動けず

次々に刺股などの非殺傷武器によって捕らえられていった

そんな中、ギュスターヴはロータスを連れてアユミの元へ駆け寄る


「こ、殺した…? そう! 魔女は死んだのよ! オホホホホ…」

「どけぃ!!」

「ホゲェッ!」


ギュスターヴは、アユミを捕らえていた女性の顔面を殴り飛ばした


「ロータス! 治療を頼む!」

「ええ! …っ、この傷では…」

「アユミは殺されても死なない! 見た事あるだろう!」

「そ、そうね…ヒール!」


ロータスの治療によって出血は止まり、程なくアユミは目を覚ます

だが、まだ立ち上がれる状態ではなく、へたり込んでいる


「ううん…ありがとうございます」

「アユミ、すまなかったな…実はディーン陛下の依頼で指名手配犯をおびき出して

一網打尽にする作戦が裏で進行中だったんだが、まさかここまで後先考えずに

突貫するとは思わなかった。例の連中から洗脳を受けている疑惑があったが

あながち間違いでもなかったか…」


***


その時、誰が発したかは定かではないが


「こいつらが、エルフに洗脳された連中だってのか…?」


その言葉が紡がれた瞬間、アグリーの私兵達に異変が起こる


「エルフチガイマス、エルフチガイマス」


私兵達は突如棒立ちになって定例句を繰り返した後、無表情のまま

自分の剣を首に押し当てて、躊躇なく引き裂いた

アユミではないので当然即死である


「なっ!?」

「エルフチガイマス、エルフチガイマス」


伝染するように、他のアグリーの私兵達も次々に自決していく

押さえつけられて剣を使えない状態の者は舌を噛みちぎって果てた

ギュスターヴが殴り飛ばした女性も、短剣を自ら首に刺して絶命していた


「いかん…! 自決させるな!!」


焦燥に駆られてギュスターヴが叫ぶ、だが人間魔族獣人混合の部隊は

相手を自殺させない訓練など受けているはずもなく、アグリーの私兵達は

ルガイを除いて全員死んでしまった。辺りは数十人分の死体と血で

地獄絵図と化している


***


「ヒィィッ!? やめっ…やめろぉぉ!?」


ルガイは洗脳度合いが浅いのか、定例句を繰り返す事は無かったが

短剣を持つ言うことを聞かなくなった右手を、左手で必死に抑えている

だが、やがて力尽きて短剣が首筋に近付きつつあった


そんなルガイの元へ、回復したアユミが駆け寄り

血がにじむ事など気にせず左手で短剣の刀身を掴む


「なぁっ…あぁ…あぁ…!?」


短剣での自殺が封じられたとみるや、今度はルガイの口が大きく開き

舌が長く伸ばされ今にも噛みちぎらんとしていたので、アユミは素早く

右手をルガイの口内へ突っ込んだ。それと同時に口が閉じられ

前歯が手の甲に食い込む


「痛うぅ…早くさるぐつわを!!」

「ホガ!? ホガァァァ!!」

「分かった! 待ってろアユミ!」


ギュスターヴと協力してルガイの口にさるぐつわをかませ

短剣を落とさせてから後ろ手に縛った

しかし、それでは収まらず、さるぐつわを噛みちぎらんばかりに

顎が激しく動いていた。アユミはそんなルガイの両肩を掴み


「しっかりしてください! あなたが死んだら誰がラシューの面倒を見るのですか!」

「ガッ!? ググ…フーッ…フーッ…」


ルガイは目を充血させながらも、顎を動かさないように堪えていた

どうやら孫娘への愛だけは確かなものらしい


「ロータスさん! 洗脳を解くのはお任せします!」

「分かったわ!」

「…! アユミ! あれを見るニャ!!」


アグリーの私兵達との戦いが終わり、アユミの元へ戻ってきていたカラドボルグが

前足で指し示した先には、エルフの用いる「遠隔操作ユニット」が

空中でホバリングしながらこちらを監視していた


アユミが顔を向け、監視しているのがバレたと判断するや否や

踵を返して飛び去ろうとする


「待てェ…ッ!!」


アユミはルガイの落とした短剣を拾い、遠隔操作ユニットに向かって投擲した


「カ、回避…フノウッ!?」


短剣は背中の羽に命中して破損し、バランスを失って地面に墜落した


「確保します」

「ハナセー! ハナセー!」


落ちた所をタイミング良くドールが押さえ、縄で縛った

後から追いついたベロ博士が満足げに見下ろす


「でかしたぞドール! …おお! こいつが話に聞いていた「遠隔操作ユニット」か!

…うむ! 状態もよし! まずは持ち帰って分解だ!」

「ヤメロー! ヤメロー!」


***


一連の騒ぎで、半ば置いてけぼりを食らった人間魔族獣人混合の部隊を

ギュスターヴとグラクとスーザンがなだめている一方

アユミはカラドボルグと離れた場所で見ていた


「ほっ…僕じゃあんな風になだめられないから助かるね」

「何言ってるニャ、あの3人…特にギュスターヴは

アユミに甘えてるだけニャ」

「そうなの?」

「そうニャ」


アユミには分からなかったが、ディーン陛下の依頼を話さないまま

はからずも囮に利用した時点で相当甘えている


「それより発足式どうしようか…こんなに血で汚れたら

洗い落とすのは一苦労だよ」

「…服ニャ? そういえばジェニファーがアユミの服を持ってきてたから

後で見に行くと良いニャ」


***


そして発足式の日、アユミはジェニファーが持ってきた

アダムが作った炎獣の革のドレスを着て、人間魔族獣人混合の部隊に姿を見せた


それはワニ革に似た重厚感と、青く艶やかな光沢を出していて

普段は可愛らしいアユミの雰囲気が引き締まり、威厳を感じさせるものになっていた


「皆さん、人間、魔族、獣人…隣にいる人は違う種族です

しかし、エルフによって財産、住処、愛する人を奪われた者同士でもあります

エルフは、種族間で一致団結される事を何よりも恐れています

互いに生き延びる為に力を貸して下さい、ここからエルフへの反撃が始まるのです

よろしくお願いします」


こうして、エルフに蹂躙される未来は回避されたのだった


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