84話 未来に向けての使命
アユミが外交官として人間と魔族との間を取り持ち
アユミ本人が居なくても、それぞれの駐在武官同士での
交流ができるようになった頃、オグホープからエンゼに戻ったアユミは
ディーン王から新たに、鍛冶で農機具作成の手伝いを命じられた
同じくエンゼに逃げ延びていたガンダー達と共に、まともな炉を作るまでの間
アユミが熱し、ガンダーが打ち、他の職人が柄をこしらえるといった形で
鍬や鎌などを作っては、ノブヒロ達に卸す日々が続いた
アユミは勅命だからと割り切って、黙々とヒートハンドを使う一方
ガンダー側にはエンゼでの出来事が原因でわだかまりがあった
しかし、アユミの熱心な仕事ぶりを見て考えが軟化したのか
後日頭を下げてきたので、アユミは驚きつつもガンダーの謝罪を受け入れた
以降、我流だった鍛冶をガンダーの教えを受けて修正し
規格を知った事で、鉄インゴットを納品して稼げるようになり
カラドボルグも陰でご満悦な表情になっていた
***
まともな炉が完成し、次に命じられたのはエルフのモノリスの偵察だった
インテグル博士は死んだが、引継ぎがやって来る事は彼の口から語られていたので
エルフの前線基地になりうる場所を放置するわけにはいかないと王は判断し
ジュンヤが率いる本隊が進軍する前に調べてくるようアユミに言ってきたのだ
アユミ自身も、モノリスを確実に偵察しに行けるのは自分だけだと考えていて
すぐに承諾し、カラドボルグをエンゼに残し、最初から透明、全裸の状態で
出発することにした。「空気摂取」があるアユミならではの手ぶら進行である
ノブヒロが耕した畑地帯を過ぎると、あたり一面、冷え固まった溶岩で覆われた大地
感傷に浸りそうになるのを堪え、「遠隔操作ユニット」が高空から来ているか警戒するが
見つけられなかったので、今度はサラマンダーが跋扈する中をすり抜けていく
たとえ透明でも、誤って触れたら暴れられてエルフに察知されるかもしれない
そんな緊張感をもって進んでいった
夜通し歩き続け、魔法で偽装された「木々の壁」の所までたどり着く
周囲は冷え固まった溶岩なのに、まるで横断幕のように木々が描かれているので
強い違和感を感じた。手を伸ばすと、相変わらずのれんのようにすり抜けた
溶岩に埋まって上る必要がなくなった樋を跨ぎ、「遠隔操作ユニット」を
やり過ごして森に入った所で、猛烈な眠気に襲われた
このままでは偵察任務に支障をきたすと考えたアユミは
前に来た時に匂い消しの為に潜った沼に再び浸かり
「呼吸省略可」を利用して水底で仮眠をとる
勿論、起きたら泥と蛭をヒートハンドとコールドハンドで落とす
眠気も覚め、これでアユミは匂いで勘付かれる事は無くなったと判断し
モノリスがある敷地内へと足を踏み入れる…すると
「ああもう、言うことを聞け! 私が新しいご主人様だぞ!」
「ゴシュジン? ゴシュジン?」
「そうだ! さっさと南の様子を…ああこら! どこへ行く!?」
エルフの男が1人、数体の「遠隔操作ユニット」に向かって指示しているが
うまくいってないようだ。無能を装っているのかと一瞬思ったが
自分以外誰も居ないと考えている状態では装う必要は無いと、アユミは思い直した
それから3日間、アユミはモノリスと沼とを行き来し、エルフの観察を続けたが
彼はインテグル博士と比べて無能で臆病で魔力も弱く
「木々の壁」の幻を更新しようともせず、「遠隔操作ユニット」の扱いに
四苦八苦するのみだった
3日待っても他のエルフが来る様子が全く無いのを不思議に思いながらも
アユミは偵察を切り上げて帰還し、ディーン王にモノリスの様子を報告した
後に、エルフの出生率がとんでもなく低く、おまけに他種族を卑下しているから
洗脳した者以外の人手が全く無い事が判明するが、それはまた別の話である
***
偵察任務が終わり、続けて命じられたのは、人間と魔族間の親書のやり取り
手紙そのものを直接保管、手渡すという地味ながら非常に重要な任務だった
今まではリークルが担っていたが産休に入る為、人間と魔族両方から信頼されている
アユミに役が回ってきたのだ
ギュスターヴから革の背負い鞄、バローからエターナルボックスが返却され
改めて女性物の外交官用の礼服を着たアユミは、親書を中に入れて船に乗り込んだ
アユミ以外に取り出せないので、親書が捏造される心配も無く
丁寧な仕事ぶりで信頼だけでなく実績も積み上げていった
…そうして、ディーン王即位から2か月経った頃
***
この日もアユミはいつものように、ディーン王の親書を
執務室で椅子に座っているゼログニに渡し終えた
「こんにちは、ディーン王からの親書です」
「うむ、ご苦労」
アユミは一礼して執務室を出て行こうとする。ゼログニが返事を書き終えるまで
ロザの店で肉野菜炒めを食べながら待とうと考えていた。それがいつもの習慣だったが
この日はゼログニに呼び止められる
「ああ待て、まだ話したい事がある」
「…? はい、何でしょう」
アユミは向き直り、ゼログニは親書を片手に話し始める
「ディーン王と共に決めた事だが、エルフに対抗する為に魔族と人間の合同部隊を
編成する事になってな、アユミには総司令官になってもらいたい」
「え…えええ!? ぼ、僕が!?」
驚き固まるアユミに含み笑いをするゼログニ。そんなアユミの影から
剣から猫形態になったカラドボルグがひょっこり顔を出す
「ニャーるほど…王様達はずいぶん思い切った考えをするニャー」
「し…知ってたの?」
「うんニャ、でも今回ディーン王がミョーにくれぐれもよろしく頼むって
出発前に言ってたから何かあるとは思ってたニャ」
「そう言われてみれば…」
ゼログニは机に親書を置き、こう切り出した
「炎の猛将…ジュンヤがこの前、エルフの拠点を制圧した事は聞いている
前日にはアユミが偵察をして、成功率を高めた事もな
もし、魔族領側にエルフの拠点が見つかった時には
こちらにもアユミのような優秀な斥候が欲しい…」
ゼログニはアユミが落ち着くような話し方で続けた
「ディーン王側も、人間だけでエルフと戦い続けるのは現実的ではないと
言ってきた。魔族の兵と人間の勇者を合わせて
ようやくエルフに反転攻勢を仕掛けられるとな。魔族にとっても
アユミが代表的な立場に立ってくれれば、人間へのわだかまりは少なくて済むだろう」
「うぅ~っ…」
アユミは両手で頭を抱えて唸る
「アユミ、前に言ったよな? 魔族と人間が手を取り合う時が来ると」
「た、確かに言いました…けど…総司令官だなんて…
指揮能力が無いこんな小娘に務まるはずがない…
王様達の願いとはいえ、今回ばかりはお断りを…」
そう言いながら頭を下げようとしたアユミの後ろからリークルが声を掛ける
「待ちなさい、アユミにとって良い方法があるわ」
「リークルさん…」
アユミが振り返ると、慎ましやかなマタニティドレスに身を包んだリークルがいた
腹部も大きくなり、今までとは違った美しさを見せている
「ノブヒロから聞いたのだけど、アユミ達の居た国では「テンノーセイ」っていう
不思議な君主制があるそうね?」
「…テンノーセイ?」
一瞬アユミは理解が追い付かなかった。リークルはゼログニのもとへゆっくり歩きながら
話を続けた
「テンノーという存在を顔役にしつつ、国内の実権はソーリという存在が握り
テンノーはソーリを指名した後は、他国の王と仲を深める位しかしないそうね?」
「ソーリ…まさか天皇制!? ノブヒロさん…そんな簡単に…」
アユミは再び両手で頭を抱え、カラドボルグがその様子をじっと見ている中
ゼログニは、リークルを手招きして近くの椅子に座らせてから口を開く
「俺は又聞きした程度だが…この場合、テンノーとソーリ、2人の王が居る事になる
にもかかわらず、その制度で国が正しく回っているという…実に興味深い!
そうなった歴史的背景も聞いてみたいものだが…それはまた今度にしよう」
「ううん…一応天皇陛下の方が総理より上の立場ですが…」
「まぁとにかく、指揮能力が無いと言うならテンノーセイを真似れば良いのではないか?
テンノーはアユミ、ソーリはギュスターヴ辺りに任せておけばいい」
「…ンン~~!!」
アユミは混乱していた
改めて考えてみれば、人間側の王政とも、魔族側の力による統治とも違うから
興味を持たれるのも自然な流れかもしれない。しかし、自分が天皇の真似をするとか
あまりにも恐れ多くて死んでしまいそうだ
そう考えたところで、一周回って冷静になり、手を膝に置いて深く息を吐く
言い出したノブヒロと相談すれば良い形になるかもしれない
それにここは異世界、天皇制を真似たとしても咎める者はいない
そう思い直したら気が楽になった。顔を上げてアユミは質問する
「…はぁ~…魔王ゼログニ、そちらはどの位手伝ってくれますか?」
ゼログニは笑みを浮かべてから返す
「お前が望めば、大体の者は派遣させる事ができる…もっとも
妊娠中の者を無理やり引っ張っていくような意地悪なアユミではないだろう?」
「分かりました。合同部隊の話は一旦持ち帰り、人員はまた改めて要請したいと思います」
「ああ、期待しているぞ」
***
「あんニャに説き伏せられて…本当は嫌だったんじゃニャいか?」
「まぁね…でも、今考えても…これが出来るのはやっぱり僕しかいない
人間魔族共存と言い出した責任は取らないと」
「…損な性格ニャ」
***
「フフ…上手くいきましたね」
「ディーン王の希望通り、一石は投じた。これで身中の虫をどこまで駆除できるか
お手並み拝見といこう」




