82話 被害者になって申し訳ない
アユミがこの世界に召喚される時に用いられた部屋
そこの培養槽の1つにまた入れられる事になった
骸骨の状態で入れられると、頭皮から順に再生していき
顔だけはすぐアユミと分かる程度にはなり、以降は
筋細胞から順に形作られていく…内臓が再生していく様は
非常にグロテスクであり、培養槽の側面から見た者は
吐き気を免れないだろう
***
ややあって
そんなアユミを横目に、ルードヴィッヒがベロ博士に掴みかかって抗議し
ギュスターヴが横からルードヴィッヒをなだめている
「アユミ…こんな変わり果てた姿に…どう責任を取る気だ!」
「方法はある! 現に今、顔だけはすぐに再生した!
確かに予断を許さない状態だが…過去に同じような治療経験はある!」
「落ち着けルードヴィッヒ、今は信じるしかない…しかしアユミは
ディーン王子殿下直々に外交官に指名されている、ごまかしは効かんぞ」
「…分かっている! 私に機会をくれ!」
「まだ5人の駐在武官には言っていないが、露見は時間の問題だ
早めに頼むぜ…」
3人が言い争っている傍では、ドールとカラドボルグが床に座って
アユミの培養槽の側面から内部をじっと見つめている
「私が見ていますから、休まれてはどうです?」
「余計なお世話ニャ…そっちこそ休んだら…何笑ってるニャ」
カラドボルグは、ほんの僅かにドールの口角が上がっているのが見え
指摘されたドール本人は、手で口元を押さえるが、特に驚いた様子はない
「笑う…私が…そうですね、嬉しい…のだと思います
過去に私もこの培養槽で命をつなぎましたから
同じ境遇で共感…のようなものを感じました」
「成程ニャ…」
ドールは感情こそ希薄だが、ベロ博士の完全な操り人形というわけではないと
カラドボルグは理解した
「私が成功したんですから、アユミもきっと成功するでしょう」
「…吾輩は、ただ待ち続けるのみニャ」
***
現実で、培養槽の中で漂っているのと同じように
アユミは薄暗い虚空の中に力なく浮かんでいた
顔を向けると、サリエルが居るのが分かった
「歩見、不老不死に例外は無い。魔族の治療を受けて
程なく目を覚ますだろう」
「はい」
サリエルは、アユミが何故か晴れやかな表情をしているのを見て
しばし考えてから言った
「…やはり、恨みはないか」
「はい…今までいつ喰われるかビクビクしてましたけど、一度喰われたら
もう慣れたもので…喰う必要があったのも分かっていますし
…今思うと、魔弾の投手には可哀そうな事をしました」
「苦労を…かけるな…」
「いえ…」
アユミは晴れやかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じた
***
次にアユミが目を開けた時、ちょうどドールが両手をアユミの両脇に差し込んで
培養槽の上部から引き上げているところだった
「んう…」
「おはようございます、アユミ」
「あ、どうも…」
寝ぼけ眼のまま引き上げられて、その場に立つと
カラドボルグが飛びついて来て尻餅をつく
「わっぷ!」
「アユミィ! 良かったニャ…今回は流石にダメかと思ったニャ…」
「いてて…心配かけたね…」
アユミがカラドボルグを撫でていると、ドールがスッと立ち上がり
鍼灸ワンピースとタオルを取り出して言った
「アユミの治療が終わった事は、既にベロ博士に通知しています
体を拭いて、これを着て下さい」
「わかりました」
カラドボルグを離して、受け取ったタオルで
体についている培養液を拭いていると
「ニャ…アユミ…さらに可愛くなってるニャ!」
「…うええっ!? な、何なのさ! 急に…」
突然の言葉で赤面し、カラドボルグに背を向ける
「本当ニャ、後で鏡でも見ると良いニャ
ドールもそう思うニャろ?」
「私には分かりかねます」
「もう…」
今までは悲哀のこもったジト目であったが、一度喰われて再生した際に
正常な表情筋となって顔の印象が改善
肌表面の古い角質も全て無くなってツヤツヤになっていたのだ
***
拭き終わり、鍼灸ワンピースを着て、階段を使って培養槽上部から下りたところで
ベロ博士がやってきて、やや早口でまくしたてる
「おお! 完全に治っているな! さすが私の培養槽だ!」
「あ、博士…」
「魔法と科学を併用し、このような施設を作り出せる者なぞ
そうは居まい! お前は実に運が良いぞ!」
「あ、はい…」
戸惑うアユミの前にカラドボルグが割って入る
目を見開き、憤怒の表情だ
「お前…! 魔族に喰われなければこんな事には…!!」
今にも飛び掛かりそうだったので、アユミは思わず
カラドボルグにチョークスリーパーを掛けてしまった
「ニギャッ!?」
「落ち着いて…」
非力な少女で完全に入る事は無いはずだが、動きは止まった
「そんな事より、僕は透明になって空を飛んでいたのに
どうやって撃ち落としたんです?」
「そんニャ事!?」
「あぁ、あれか…軍事機密だが、遅かれ早かれ分かるか
お前はこの島の噴水は見たな? それが出来た経緯も」
「はい、勇者がチートで海の地下を掘ったとか」
「あれは対抗するために地下を探査できる魔法…正確には
生物の体温を感知する物だが、私が改良して空中も探査できる装置にし
今回さらに改良して自動迎撃機能も搭載し、試験運用していたのだ」
「なるほど…」
つまり、異世界版サーマルカメラだとアユミは理解した
「僕がもっと注意していれば避けられたかもしれませんね
次から気を付けます、すみませんでした」
「あ、アユミィ…」
カラドボルグを離して頭を下げるアユミに、カラドボルグは呆れてしまう
しかしベロ博士は険しい表情になってアユミを見る
「気に入らんな…」
「…え?」
「批判は避けられまいと覚悟していたのに、恨み言の一つもこぼさないとは…
しかもすみませんだと!? 聖人にでもなったつもりか!?」
聞いた瞬間、アユミは物凄く渋い顔になってベロ博士を凝視した
「はぁ? 僕のようなクズ人間が聖人なわけないでしょう!?」
「んなっ!?」
「それどころか、今回された事をネタに外交官の仕事を思い通りに
進めようと考えてる、なんて卑しく浅ましい…卑怯で汚い人間に
なってしまったことか!」
ベロ博士とカラドボルグは思わず引いてしまう
だがアユミの使命感からの言葉は止まらず、ベロ博士に詰め寄る
「でも今回の平和条約には人間の王ヴィガ様を始め、多くの命が費やされたのです
たとえ気に入らなくても認可してもらいますよ!」
「ま…待て! 早とちりするな…平和条約、それに付随した人権は
魔族の悲願! 私とて同じ思いだ」
「えっ…そ、そうですか…失礼しました」
アユミの表情は元に戻り、一歩引いてまた頭を下げた
「それじゃ早く、5人の人間の駐在武官の方々に
僕は何事もなかったと誇示しに行かないと
心配させたままだと正常な外交とかできませんからね」
「何事もなかったって…そう言う所がなぁ…!」
ベロ博士は髪の毛をかきむしる
「あぁクソッ! お前の計画に乗ってやるっ! 今は…
一晩たって夜が明けた所か」
「では一晩健康診断でもしていたと、適当な書類を作れば
言い訳が立つと思います」
「分かった…それで押し通すというなら…私の部屋へ来い!
ドールも手伝え!」
「承りました」
「吾輩もついていくニャ」
***
一足先に出たベロ博士は、地団駄を踏むように歩きながら述懐する
「クソッ…煙に巻くはずが、逆に丸め込まれてしまうとは…!
それに奴の言葉…自分は悪くないと分かり切っているはず
なのになお…ああ…思い出してしまった…」
ベロ博士は手で頭を押さえ、自らの忌まわしき過去を思い返していた
初恋の相手と逢瀬を重ね、いざ行為を行おうとした時
自分の股間が短小で満足できないという最悪の理由で破局
あまりの恥ずかしさと悔しさに、何事も無かったかのように過ごすことを
余儀なくされた理不尽さも味わい、性格がねじ曲がってしまったのだ
「だが私と違ってあいつは…自ら理不尽な仕事を…平気な顔で…
これが聖人でなくて何だというのかっ…クソッ…」
***
アユミ達が部屋を出ていく様を、ギュスターヴとゼログニが陰から見送っていた
姿が見えなくなってから、ゼログニは握りこぶしを作りながら自分の思いを吐露する
「アユミの奴…外交の為に、あれを無かった事にすると言うのか…!?
こんな都合のいい話が…!」
「…今回の事が明るみに出れば、魔族への批判は避けられず、外交面でも
不利な状況を強いられるだろう」
「ギュスターヴ…貴様っ…!」
「だが…アユミが訴えない以上、冒険者ギルドマスターとして
これ以上責め立てる事はしない…王家もな」
ゼログニはため息をついた
「そうか…人間に借りが出来てしまったな…」
ギュスターヴは首を横に振る
「いや…人間側も似たようなもんだ」
「何…?」
「ここに着くまでに起きたバーン家の一件だが…そもそもバーン家は
王家が最も懇意にしている貴族、そこが問題を起こしたと知れたら
王家に対しても非難が巻き起こるだろう。アグリーの一派だけだとしても
民衆にとっては関係無いからな…」
ギュスターヴもため息をついた
「ましてや今は王位継承が行われる時、非難されたら権威の失墜は避けられない
普通ならこれをネタに強請りの一つでもやるかもしれんが
アユミは…知ってか知らずか、一切訴えようとしない
正直ホッとしているところだ」
「つまり…アユミ個人に対しての借りが出来たと?」
「ああ、そうだ」
「…」
ゼログニは黙ったまま、アユミ達が出て行った方向を見つめていた
***
アユミ達は5人の人間の駐在武官のもとへ行き、何事もなかったとアピールして
ルードヴィッヒとも合流した。その後、昼間は各所に人間が駐在することを知らせてまわっていた為
自由時間のようなものは無かったが、夕方までに粗方伝え終わり
時間に余裕ができた所でルードヴィッヒがアユミに話を振った
「ベロ博士に一通り案内してもらったが…アユミが案内したい場所はあるか?」
「僕ですか? うーん…」
考えるアユミに向けてベロ博士が険しい表情でサインを送ってきた
変な所に行くなという事はわかる。特に第四世代の小区域とかが思い浮かぶ
しかしあえてそこに行く程アユミは鬼ではない
「では、ロザさんの食堂へ」
それを聞くとベロ博士は意外そうに聞き返す
「ほう、ロザの所か…」
「はい、皆さんこっちです」
***
食堂へ着くと、ロザがあの時と変わらずに応対しているのが見えた
カウンター奥の威勢のいい3人も、普段通り調理をしている
「あら、ベロ博士に…もしかしてアユミ!? 大きくなって…」
「どうも、ロザさん」
ロザはアユミを見つけて呼ぶも、その後ろにルードヴィッヒと
5人の人間の駐在武官の姿も見つけると、悟ったような笑顔になる
周囲で食事をとっていた少数の魔族も、纏まった人数の人間を見て
驚き戸惑っている
「あらあら…ついに人間がここまで来ちゃったのね」
ベロ博士が慌てて説明する
「待て待て! 戦いに来たんじゃない! 平和条約を結んで来た外交官だ!」
「平和条約? まさかそれって…!」
「喜べ…戦争が終わり、魔族とサキュバス族とオーク族の人権が認められた!」
「本当に!? なんて素晴らしい日なのかしら」
「「「ウオオー!!」」」
そばで会話を聞いていた魔族達は、エンゼ港の時のように
皆一様に喜びを全身で表していった
***
落ち着いたところで、アユミがロザの事をルードヴィッヒ達に紹介した
「皆さん、この方はロザさん。僕の知る中で最も優しい魔族です」
「あらまあ、私はただ食事を提供してただけのはずなのにねぇ」
「いえいえ…右も左も分からず、知人も誰も居なかったころ
人間だからと差別することなく僕と接してくれました
本当にありがたかったです。でも挨拶もせずにここを脱走してごめんなさい」
「律儀ねぇ…でも、これでアユミとも遠慮なく友達になれるわね?」
「友達…はい!」
アユミとロザは微笑みあう。その様子を横から見ていたベロ博士は
ここで妙な事は起こさないだろうと内心ホッとした
「…よし! 駐在武官の諸君! 今日は私の奢りだ!
ロザの肉料理の虜になるといい! ロザ、メニューは任せたぞ!」
「はいよー! お前達も気合い入れなー!」
「「「うーす!」」」
ここで、アユミがロザに頼む
「あ、では僕は肉野菜炒めがいいです」
「あら…一番安いメニューで…いいの?」
「はい、僕にとっては思い出のメニューです」
「そう…フフッ、わかったわ」
***
5人の駐在武官とともに、カウンター席に座ったルードヴィッヒは
出された肉料理の数々に舌鼓を打っていた
「ううむ…最高の味だ、味付けは塩が中心の簡素なもの…しかし
ここまで上質の肉が用意できるならこれが最善手だ
畜産が発展しているのもあるが、おかみの腕も一流
濃い味でごまかそうとする連中に持っていきたい気分だ…」
食べながら、アユミの方を見る
(ギュスターヴの予想通り、アユミは身に受けたことを全て
隠し通すつもりか…そう決意したならば私も何も言うまい)
こうして、表向きには何事もなかったようにし
二国間交流が始まったのであった




