8話 不可視の盗人
まず何をするにも情報が必要だ。周囲を見回すと、島で見た歩兵と
同じような格好の魔族が出入りしている建物を見つけた
表札には「守衛詰所」と書かれている、思ったよりも大きい建物だ
「少しくらい物にぶつかってもバレはしないだろうけど…」
不可視の何かがいる、と感じさせるのも避けたかったアユミは建物周囲を回り
側面にガラス窓があるのを見つけた。それは5歳児にとってはかなり高く
背伸びしてわずかに手が届く高さだったので
アユミは窓のへりに手をかけてジャンプした
「ふんっ、くぅぅ…」
ジャンプが甘く、右腕しかへりにかからなかったが「健康な肉体」の持久力を発揮
なんとか左腕もへりにかけた。これなら窓越しに内部が見える
今は書き物をしている魔族が一人だけ居るのがわかる
壁に地図らしき絵が飾ってあるが、窓ごしでは見づらい
「今なら…いけるね」
へりから飛び降りて正面から静かに入る、アユミの「透明化」に気付く様子はない
壁には世界地図、机の上には付近の地図が置かれており、空いてる椅子に乗ると
両方はっきり見ることができた、「熊獣人盗人の賞金首ポスター」もある
「ん? 誰だ?」
静かに書き物をしている魔族が、わずかな物音を聞きつけ、アユミの居る方を向いた
一瞬固まったが、見えているわけではないと思い直し、アユミは椅子から慎重に下り
そのまま守衛詰所を出た。地図を見れたのは大きく、「記憶能力強化」により
頭の中に地図そのものが複製された感覚である。元が正確であるという保証はないが
「次は…飯」
一瞬とはいえ「健康な肉体」の持久力を使ってしまった
もう腹が減りすぎてハイハイ移動する事は避けたい
今なら港に引き返せば何かあるだろうが、ゼログニと鉢合わせる可能性があるし
しばらくの間ここを中心に活動するつもりなので、余裕があるうちに
食料調達方法は確保したい…アユミはそう考えていた
***
少しの距離を歩いていると、小高い丘の上に
「守衛詰所」よりも大きな石造りの建物が見えてきた
中を見てみると…「スーパーマーケット」
もうそれ以外の適切な言葉が見つからない内装をしていた
あの島でもそうだったが、魔族の技術力の高さには驚く
「異世界」という色眼鏡で見てはいけないと実感する
営業時間のピークは過ぎているようで、肉や魚は無い
しかし固くなったパンの売れ残りがあったので、それをくすねてお腹を満たした
持ち出したいとも思ったが、パンが宙を浮いている光景を思い浮かべ、やめた
いずれはそうしなければならないだろうが、今はその時ではないと考える
その後、内部を見て回ったが、1階のみの構造で
屋上へ続く階段には、鍵の掛かった扉が設けられていた
「これじゃ…寝床として使うには危険だね」
ずっと寝ていないので眠くて仕方ないが、魔族が通る所で寝るわけにはいかない
そこで、先ほど見た地図を思い浮かべる
今いる港町が「オゲート」、大陸で最も南西にある
今まで居たあの島が「オグホープ」でオゲートのさらに南西にある
オゲートから東に40キロの地点に「グルー」と書いてあるが
5歳児が徒歩で行くのは無理
オゲートのすぐ北に「裏切りの森」というのが広がっている
名前が物騒だが、今行けるのはそこしかない
パンをもう一つ食べてから森へ向かった
***
「オグホープ」のように石壁に囲まれていないので港町からはすんなり出られた
しばらく森を歩いているが、木があまり密集して生えていないので林に近い
道らしい道がないので迷いそうだが、「記憶能力強化」でその心配はない
毛虫やヒルが体に付くこともあったが、ヒートハンドで払った
そうしていると、木のうろの部分が開いていて
洞窟の入口になっている個所が見つかった
「ん…深いかな?」
入口高さは大人の人間の背丈程度、奥は結構広そうだった
「照明魔法は…グロウ!」
指先に豆電球程度の小さな明かりが灯った、これでは足りない
「うん…知ってた…」
一度引き返し、森の中から地面に落ちた長めの木の枝を拾い集め
ヘルファイアで着火した。これなら明かりとして使える
***
洞窟内はほぼ一本道だった、コウモリなどの野生動物の姿が見えない
毒ガスが出ている様子も無いが…と、奥から明かりが漏れ出ているのが見えた
火をコールドハンドで掴んで消し、枝をその場に置いてゆっくり近づく
ほぼ真っ暗闇だが、明かりで先が見えていた所は目をつぶっていても歩ける
「…うわぁ」
そこでは魔族とは違う種族の大男が、蝋燭をつけっぱなしにして仰向けで寝ていた
顔をよく見ると「熊獣人盗人の賞金首ポスター」に描かれていた顔とそっくりだった
壁際には盗品なのか、雅な工芸品や宝石、食料などが乱雑に置かれている
「これを奪うことができれば…」
一瞬躊躇したが、あのポスターに「強盗殺害」の文字があったと思い出し
「よし…こいつ1人だし…殺そう」
もはや同じ穴のムジナであるが、アユミも生きるのに必死である
なにより眠くて判断力も鈍ったがゆえの安易な行動だった
宝石類の傍にあった短剣を手に取り、寝ている男の首に真っすぐ突き刺した
「ふんっ!!」
「ブガァァァ!?」
さらにヒートハンドで焼く、首はただれ、自然発火
しばらく暴れていたが、呼吸できなくなった男はやがて絶命した
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
悪党だとわかっていても、他者を殺すというのは強いストレスを感じさせる
アユミは短剣を手放し、宝石置き場とは別の、空いてる壁際にフラフラと移動し
そのまま倒れるように横になって寝てしまった