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79話 生きている溶岩

「朝だー! 錨を上げろー!」


甲板から船員の声と、錨が巻き上げられる音が響いてくる中

木箱の中で寝ていたアユミは目を覚ました


「う…朝かぁ…」


ゆっくりと体を起こし、腹をさすってみる

あれほどの傷を負ったにもかかわらず、痛みは無い


「起きたニャ? 今ギュスターヴを呼んでくるから大人しくしてるニャ」

「うん。お願い」


カラドボルグは猫形態になって貨物室から出ていき

待っている間、アユミは飲みかけの飲み薬を飲み干した

ややあってカラドボルグは、救急箱と白いワイシャツを持ったギュスターヴを連れて来た


「今蓋を開ける…大丈夫か?」

「はい、もう起きれると思います」


ギュスターヴが木箱の蓋を開け、アユミはゆっくりと立ち上がり、麻袋の口が足元に落ちる

そしてギュスターヴが両手をアユミの両脇に差し込んでゆっくり持ち上げて箱の外に出して

巻かれている布を慎重に取り除いていく


「出血は…もうしてないか」

「はい」


布が取り除かれるにつれ、腹部に大きなかさぶたがついているのが見え

ギュスターヴは一瞬たじろぐが、気を取り直して

乾いた血を丁寧に拭いていく


「ぬう…本当に大丈夫か? 痒い所も無いか?」

「はい」

「そうか…なら薬は最低限にしておくか…」


そう言うと、ギュスターヴは所々剥がれたかさぶた痕に薬を塗ってから

白いワイシャツを着せた。当然ブカブカである


「ささ、僕が何の問題も無く船に乗っていると誇示しに行かないと、ですよ」

「お、おう…あまり無茶するなよ」


***


まず、アユミが赴いたのは食堂、殆どの船員は食べ終え席は空いていたので

あえて中央の席に座ってパンを食べ始める。隅のほうを好んで選んでいた

少し前までのアユミでは考えられない行動だと、カラドボルグは思った


一方、5人の駐在武官の内の1人がギュスターヴに話しかけた


「ギュスターヴ殿、彼女がアユミ…ですか?」

「ああそうだ、魔族の地に最初の一歩を踏み出すのは難しいだろうが

経験済みのアユミが居れば何とかなるだろう」

「そうですね…わかりました」


***


次に、ギュスターヴは空いた手で直射日光を避けながら

アユミの手を引いて甲板へと上がり、アユミに問いかける


「風が吹いてるな…傷に染みたりしてないか?」

「はい、大丈夫みたいです」


恐らく「健康な肉体」の恩恵だろう…そう考えていると

作業している魔族の船員の1人に話しかけられる


「お? 子供がこんなところに…」

「子供じゃなく、外交官ですよ」

「そうか、悪い悪い…居てもいいが邪魔にならんようになー」


妙にあっさりと納得された。そういえばオグホープにいたロザも

肉体年齢なんて関係ないと言っていたから、魔族にとっては

子供が外交官でもおかしくは無いようだ


***


アユミは、大体の船員に自分の姿を見せ終わった。これでとりあえずは

最初から乗っていたと強弁できるだろうと思い、一息つく


ギュスターヴから離れ、カラドボルグだけを連れて、甲板上の

船の進行方向に向かって右側の、船員の邪魔にならないような位置で

陸地をぼーっと見ていた


雨が降ったのはエンゼ周囲だけだったようで、未だに溶岩が流れている

船が進むにつれ、完全に埋まったヒュージリバー跡、城塞都市グルー跡と

エルフの所業を改めて確認させられる


また、オグホープに近付くにつれ、良くない思い出が呼び起こされる

特に、第四世代達と出くわしたらと考えると不安が募り、ため息が出た


「はぁ…いよいよ心臓を食わせる事になるのか…」

「ニャ…何急に言い出すのニャ」

「オグホープに行くって事は、第四世代達に心臓食わせろって言われて

迫られるって事…不老不死だから死にはしないだろうけど…憂鬱だよ」

「ニャ!? ニャ…すっかり忘れてたニャ」


そんなアユミとカラドボルグの元にゼログニがやってきて話に加わる


「…そうか、謁見の時から元気が無いと思ったが、第四世代を気にしていたか」

「あ…はい」


そう言ってアユミは振り返り、カラドボルグはゼログニに詰め寄る


「ゼログニ…まさか外交官に危害を加えようニャんてことは…」

「ちょ…ちょっとカラドボルグ…」


アユミは後ろからカラドボルグを抱きしめ止める

ゼログニは肩をすくめる動きをしながら


「やれやれ心外だな…前にアユミには言ったが、俺達は蛮族じゃない

平和条約を結んだ今、人間への無礼は俺が許さんさ。それに

第四世代達についても、ベロ博士が対策を講じているところだ」

「ベロ博士がですか?」


「オグホープに居た時に採取したお前の卵子…それを培養して

人工肉を作り、第四世代達に食べさせる実験を行っているそうだ」

「ニャんと」

「結果は出ている…精神的に不安定だった第四世代達も

通常の魔族と変わらぬ落ち着きを得た。量産すれば

理性を失ってお前に迫ることも無くなるだろう」


「ぶっ飛んだ実験ニャ…どうせアユミから無理やり採取したんニャろ?」

「おさえてカラドボルグ! もう過ぎた事だよ…それに

僕の卵子が無駄にならなくて良かった」

「アユミィ…」


カラドボルグは怒りを通り越して呆れ顔になる

一方、ゼログニは真面目な表情でアユミを見つめる


「…他に言うことは無いのか?」

「そうですね…僕が普通の女性なら、卵子返せーって言って

掴みかかるのかもしれませんが…」


アユミはゼログニに背を向け、数歩歩いてから振り返り


「僕はほら…普通じゃないですから…」


そう言いながら笑顔を取り繕う。ゼログニはその姿を痛々しく感じていた

強化兵士量産計画に関わり、間接的に人間を死に追いやっていたにも

かかわらずである


「アユミ…お前は…」


ゼログニが言葉を発しようとした…その時である


***


カン! カン! カン!


見張り台に居た魔族が、欄干を小さな木づちで打ち鳴らしてから声を上げる


「前方に敵影あり! 前方に敵影あり!」


甲板にいた船員たちは、すぐさま持ち場に戻って警戒態勢をとり

数人は船首に移動して望遠鏡を使う

ゼログニも話を中断して船首に近付く


「ゼログニ様! 1時の方角です!」

「うむ」


船首の船員の1人から望遠鏡を受け取り、ゼログニが西を見る


「…ここまでとは…まずいな」


アユミも船首に近付いて目を凝らすが、裸眼では

湯気がもうもうと上がっている中で赤い何かがうごめいている

事しか分からない。空を飛んで確認しに行く事も考えたが

敵影と言っていたから、うかつな行動は避けようと決めた


ややあって、ゼログニは望遠鏡をおろして一息つく


「ふぅ…ん? どうしたアユミ、俺が見終わるのを待っていたのか?」

「あ、いえ…そういうわけでは…」

「その遠慮は、戦場では命取りになるぞ…ほれ」

「あ、どうも…」


ゼログニから差し出された望遠鏡を受け取り、アユミも西を見た


***


「あれは…溶岩? あ、歩いてる…!」


湯気の中では、半凝固した溶岩の腕と足を持つ大きな自立人形が

のっしのっしと歩いていた


「お、多いなぁ…何体いる…?」


それは1体や2体どころではなかった。オゲートからオグホープの方向に向かう

赤い道というべき光景が目に映る。そして先端にいる自立溶岩人形は

自ら海に飛び込んで、埋め立ての材料となっていった

このまま放置すれば、絶海の孤島であるはずのオグホープに溶岩の橋が架けられ

島の魔族を焼き殺すだろう


そんな予想をしたアユミは、望遠鏡をおろして身震いする

その後ろではギュスターヴが来ていて、遠眼鏡を使っていた


「何事かと来てみれば…なんて光景だ、これもエルフの仕業なのか…?」

「…現実逃避している場合ではない」


ゼログニは険しい表情で続ける


「くそっ…空を飛べなければ、様子を見ることはできん…

サキュバス部隊を置いていくべきではなかったか…」


それを聞いたカラドボルグが口をはさむ


「ニャ? それならアユミが適任ニャ!」

「えっ? あ…そっか」

「む…どういう事だ?」


アユミは望遠鏡を置いてから、手を床に向けて「エアスラッシュ」と念じる

体は宙に浮かび、そのままホバリングしてみせた


「ほう…」

「僕は空を飛べるようになったのです」

「これで透明になれば恐いものなしニャ!」

「ふむ…」


ゼログニはしばし考え


「分かった、だが手に負えないと感じたらすぐに引き返せ

お前が捕らえられたら面倒だからな」

「はい、分かりました」


アユミは着ていた白いワイシャツを脱いで置き、猫形態のカラドボルグを

自分の背におんぶをするようにしがみつかせた。肉球では辛そうだが

アユミが飛ぶ為には手を空けておかなければならないので仕方ない


「いくよ! カラドボルグ!」

「よ…ヨッシャ! 行くニャ!」


アユミとカラドボルグが船から発進する。だがアユミは透明なので

傍目からは、奇妙な恰好で飛ぶ黒猫だけが見えていた

それをゼログニとギュスターヴが見送った


***


「…やけにあっさりと了承したな?」

「根拠は2つある、1つ目はギュスターヴ…お前がアユミ達の提案を

制止しなかった事だ」

「あぁ…アユミは斥候兵の才があると、ディーン殿下のお墨付きもあるからな

もう1つは?」

「もう1つは、我ら魔族の見張りをかいくぐり、オグホープからまんまと逃げおおせた事だ

あの時はしてやられたと思ったが…あのような慎重さがあれば心配ないだろう」


「ゼログニ様! オグホープからは投石機で応戦しているようです!

撃ち合いになっている様子…我らも側面から砲撃しますか!?」

「撃ち合い…ならダメだ! この船には定員ギリギリの数が乗っている

こちらを狙われたら回避行動が取れずに的になるだけだ!

先ずはオグホープに帰り、反撃はその後だ…もう1隻にもそう伝えろ!」

「了解しました!」


「ううむ…この決断力にカリスマ性…人間側とは随分違うが

これが魔族の「王」なのだな…」


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