68話 千年恨んだ
アユミ達は遠隔操作ユニットを残らず撃ち落し、インテグル博士の後を追って
モノリスの中へと入った。特にギュスターヴの動きは元いた世界の自衛隊のように
洗練されていて、罠や待ち伏せをしっかり警戒しているように見えた
もうユニットがいない水槽区域を通りすぎ、大きなモニターがある部屋へたどり着く
警戒を怠らずに進むが博士は居ない。どうやら奥の下り階段の先にいるようだ
「居ない? 奴め…どこに…」
「ギュスターヴさん、こっちに下り階段があります」
「分かった、むっ…暗いな…ライト!」
明かりの無い完全な暗闇の通路に、アユミのとは比べ物にならない明るさの
照明魔法が灯る。一本道の通路だと改めて確認できたが、インテグル博士の
姿はまだ見当たらない
「ここにも居ないか…見逃したか?」
「なら吾輩が後ろを見てくるニャ」
「頼むぞ…む、あれは…」
少し進むと、鳴子の罠を確認できた。ギュスターヴはそのまま蹴り倒して進もうとする
「何だ、ただの鳴子か? こんなもん…」
「待って下さい」
アユミは違和感を覚えて引き止めた
「うん? どうした?」
「…」
アユミは脳内に記憶されている配置と、今の状態を比べる
「この…位置…この角度…僕が前に見た時と寸分違わぬ状態です」
「分かるのか…それで何が気になる?」
後ろを見ると、ちょうどカラドボルグが追いついてきていた
「カラドボルグ、エルフは居た?」
「居なかったニャ、間違いなくこの先の部屋にいるはずニャ」
「分かった…なら、あれがただの鳴子だったらわざわざエルフが立てたまま
奥の部屋に向かうでしょうか…追われてたら僕なら蹴り倒して行きます」
「うむ…確かに、「ただの鳴子」ならな」
「ちょっと下がっててください」
アユミ達は鳴子から距離を取り、ギュスターヴは姿勢を低くする
そしてアユミは背負っていた鞄を手に持ち、エターナルボックスから
大きめの鉄くずを取り出して鳴子に向かって投擲した
命中した鳴子が宙を舞い、地面に触れたその時
パパパパパァン!! パパパパパァン!!
鳴子は爆竹のような轟音を響かせながら粉々に弾け飛んだ。その衝撃で
数個あった他の鳴子をも倒し、同じように轟音を響かせた
「うおお!? くっ…」
「ニャアアア!? ニャアァ…」
アユミとギュスターヴはとっさに耳を手で塞いでうずくまる
カラドボルグは混濁しながらも剣形態になった
そして轟音を合図にインテグル博士が奥の扉を勢いよく開けて姿を現し
「死ねぇ!!」
両手から強烈な火炎放射と電撃を、しばらく放ち続けた
閃光で視界がホワイトアウトする…
***
「ハァ…ハァ…どうだ…?」
鳴子が燃えたことで発生した煙が徐々に晴れてゆく…その時
完全に晴れる前に、アユミは鉄くずを投擲していた
「ぐおおっ!?」
狙いはつけられていなかったが、運よく胴に当たっていて怯ませた
そして煙が完全に晴れ、伏せていたアユミとギュスターヴが体を起こす
誰も殺せていないと分かったインテグル博士は焦りの色を隠せない
「お、おのれ…ぐぅっ!」
インテグル博士は扉を閉めようとするが、その手目掛けてアユミが投擲する
通路側に向かって開く扉の構造上、体を晒さなければ閉める事が出来ない
顔を半分だけ出して様子を伺う博士、その状態でもアユミは正確に投擲しながら
徐々に距離を詰めていった。鉄くずはエターナルボックスに沢山入っている
ギュスターヴはそれを横目でみながら、剣形態のカラドボルグを拾い上げ
アユミに追いついてきた
「俺が最初に部屋の中に突入する! 奥の壁まで足を止めずに行くから
アユミは扉の死角を見てくれ!」
「はい!」
***
ギュスターヴが部屋に入ってすぐに、アユミも続いて入り、扉の横を見る
すると、姿勢を低くしていたインテグル博士と目が合った
博士は右手に短剣を握りしめてアユミに襲い掛かった
「死ねぇ!!」
「ううっ!」
「アユミ!」
とっさにエターナルボックスを盾にした。すると偶然インテグル博士の右腕が
ボックスの中にすっぽりとはまった。ギュスターヴは素早く振り返り
カラドボルグをその場に置いて、持っている剣を両手で構えて突撃し
インテグル博士の右腕を切り落とした
「ぐあああ…っ」
肩から血しぶきが噴き出し、インテグル博士は部屋の奥へと後ずさる
切断された右腕はボックスの中へ消えていった
「そ、それはエターナルボックス…そんなものまで持っていたとは…っ」
「さぁ、おとなしくしろ!」
ギュスターヴは剣を納め、雑嚢袋から縄を取り出して詰め寄る
インテグル博士はそれでもなお不敵に笑った
「…それで勝ったつもりか? 愚か者がァ!!」
インテグル博士は左手を自らの胸に当てる、するとそこから
炎が巻き起こり、博士は火だるまとなった
「なっ!?」
「フハハハハ!!」
博士は後ろを向き、部屋の奥の本棚にある資料に触れて火を付け始めた
「ああっ!? 資料が!!」
「貴様らにやるものなぞ何も無い! どけぇ!」
あらかた火を付け終わると、今度は扉の近くにある資料に火を付けようと
突っ込んで来た。アユミはとっさに鞄とエターナルボックスを手放し
全身でコールドハンドを使いながらインテグル博士を抱き止めた
「なっ、何を!? ひ…火が…!」
アユミの体が火だるまの博士を冷やす。服を着たままなので
熱伝導効率は悪いが、炎の勢いは妨げられ、髪と左腕以外は殆ど消えて
代わりに白い煙を出していた
「こしゃくな真似を! ならばその魔力、奪ってくれる!」
そう言うと博士は左手でアユミの頭を掴んだ…が、何も起こらない
「吸えない…だと!?」
「あぁ…出がらしだから何も吸えない…そういう事」
「何を言っている…くそが…」
そう吐き捨てるように言った直後、博士は立つ力を失い崩れ落ち
左腕が壊死して転がり落ちた。全身から火は消えたが白い煙だけは出続けている
「えっ…どうして…」
「アユミ! 貸してみろ!」
アユミは床に静かに寝かせ、ギュスターヴは薬草や塗り薬を取り出して
アユミの横で博士に塗り込んでいく。だが状態は改善しない
「くっ…駄目か…」
「無駄だ…我が命を燃やし尽くすまで消えることは無い…冷やしても
時間稼ぎにしかならん…どの道貴様らは溶岩に流されるのだ…」
アユミは両手で冷やし続けながら、決然とした表情を浮かべて言った
「ギュスターヴさん、扉近くにある資料にエルフの企みが纏められています
それを持って先に脱出して下さい。量があるので僕の鞄を使って下さい」
「これか…アユミはどうする気だ?」
「僕はインテグル博士が死ぬ瞬間まで、このまま冷やし続けます
時間稼ぎ…上等です、とことん付き合ってやりますよ」
「だがお前は脱出できるのか…?」
「言いませんでしたが、最近空を飛べるようになったんです
溶岩で塞がれても自力で何とかします」
「分かった…アユミ!」
「はっ…はい?」
「お前に出会えて良かった」
「あ…僕も、そう思います」
アユミの鞄は小さいので、ギュスターヴは左肩に背負うようにしてから出て行った
見送ったアユミは引き続き冷やし続ける
「ククク…愚か者め…ククク…」
***
煙が充満する中、アユミは冷やし続けていた。しかしインテグル博士の自壊は止まらず
両足も壊死して崩れてしまった
「クク…この目で人間と魔族が滅びる所を見れないのは残念だが…我が復讐は成就する…
今でも十分押し流す力はある…下賤な者共よ…神の裁きを受けるが良い…」
「…」
アユミが黙って聞いていると、カラドボルグが猫形態になって起き上がった
「ニャアァ…ひどい目にあった…ニャ!? どういう状況ニャ…」
「カラドボルグ…インテグル博士が自爆してね…もう噴火は止められそうにない
ギュスターヴさんには、先に資料を持って脱出してもらったよ」
「ニャ…ニャんと…」
「カラド…ボルグ…貴様だけは特別だ、我らエルフにつけ…その電撃能力があれば
引く手数多だぞ…?」
「ニャア…吾輩を傭兵みたいに引き抜こうって事かニャ?」
「そうだ…滅びゆく人間に追随する事はあるまい…いずれ確認に来るエルフの同志に
取り入れば良いぞ…」
「お断りニャ」
「何…?」
そう言うとカラドボルグはアユミに近寄って体をスリスリさせて甘えてきた
「アユミはニャ…吾輩の事を可愛いって言ってくれたのニャ。今更別の奴に
兵器みたいに使われようニャんて考えられないニャー」
「カラドボルグ…」
「ふん…一時の感情に流されおって…もはや人間、魔族、獣人にすら正義は無い
貴様は滅びの道を選んでしまったのだ…」
「インテグル博士…なんでそんなに人間と魔族を忌み嫌うのか…
どんな恨みがある…?」
アユミがそう聞いた瞬間、インテグル博士の目が見開き、興奮気味にまくしたてる
「恨みがあるか…だと!? 二千年前、人間と魔族が手を組んで、森で静かに暮らしていた
我らの集落を襲撃し、財産を奪い、女子供は奴隷にして連れ去り、住処を焼いた!
我が妻と娘の受けた苦しみ…恨みを晴らさずにおくものか…」
「そんな…二千年も前なんて、もう誰も生きてない…」
「たった二千年だぞ!? 痴呆種族共が…!」
「…っ」
もうエルフと分かり合う事は出来ないのだろうか…
「インテグル博士…その話が本当だったとしても、溶岩で全て流す計画を
許すわけにはいかない、僕は人間だから…人間の味方なんだ」
「この愚か者がぁ…あ…? あぁ…!?」
突如インテグル博士が痙攣を始めた
「あ…お、おぉ…エリザベッタ! ジュエラ! 会いたかったぞ!」
「えっ…?」
アユミは周囲を見回すが誰か入ってきた様子は無い。「呼吸省略可」を持つ
アユミとカラドボルグは影響を受けていないが、燃えた資料から
一酸化炭素が発生して、充満した結果、博士は中毒症状で幻覚を見るに至ったのだ
「…あぁそうだ! にっくき人間と魔族を残らず一掃した! エルフの勝利だ!
正義は成されたのだ…ハァーッハッハッハ!!」
しばらく幻の妻と娘と楽しく談笑していた博士は、やがて静かになった
「ハァーッ、ハァー…」
博士の体は燃え尽きて、灰色のコークスのようになってしまった
それを見届けたアユミは手を離して立ち上がる
「僕も…長く生きたらこんなふうになっちゃうのかな…」
「心配いらないニャ、アユミは優しいんニャから」
「そう…かな…」
ゴゴゴゴゴ…
「わっ…地震!?」
「噴火が始まったニャ!?」
強い揺れが始まって、アユミは頭を抱えてうずくまる。しばらくして弱まったものの
揺れ続けていて、収まる気配は無い
「こんニャ所で生き埋めは勘弁ニャ! 早く脱出するニャ!」
「う…うん!」
アユミはエターナルボックスを回収してから駆け出した




