66話 線を超える
アユミがバローの家へ着くと、ちょうど荷物を纏めるのにバタバタしている所だった
「ただ今戻りました」
「おう、戻ったか」
「吾輩のカッコイイ姿を見るが良いニャ」
そう言うとカラドボルグは剣形態のまま姿を見せた。手に取ったバローは
様々な角度で見ながら唸る
「…これは中々のもんだ、鍛冶屋のガンダーに習ったのか?」
「ええっと…」
「ガンダーには「ヒョロヒョロしたガキが鍛冶なんかできるもんか」って言われて
すごすごと引き下がったから、ほぼ独学ニャ」
「カラドボルグの教え方が良かったんだよ」
「そうか…このくらいできるのなら、俺からガンダーに言ってやってもいいが…」
「あー…今はエルフの事に集中したいので…」
「そうだったな…俺らの事は気にせず、先に休んでいろ。俺のベッドを使っていいから」
「あ…はい、お先に失礼します」
エターナルボックスに荷物を入れればと一瞬思ったが、自分でないと中身を取り出せないし
エルフと対峙して無事でいられるとは思えなかったのでやめておいた
***
翌朝、アユミ達が朝食をとっていると家の外側から話し声が聞こえてきた
「ん? 外に誰か…」
「来たか…慌てずに食っていればいい」
「あ、はい」
食べ終え、外に出て確認すると、大勢の村人達が荷物を持って
バローの家の前に集まっているのが分かり、アユミは驚きを隠せない
「まさか…ここまでの大人数を集められるなんて…一体どんな魔法を使ったんです?」
「そう不思議な事ではない、皆ルガイの元での鬱屈した日常を脱したかっただけだ」
アユミが驚いていると、それに気付いた数人の獣人が近寄ってきた
「あなた…生きていたのね? あの時は見殺しにしてしまって…ごめんなさい」
「い、いえっ…いいんですよ、あそこで庇っていたらきっとあなたが
村八分にされてたでしょうから…こうして生きてるんですし、水に流しましょう?」
「まぁ…できた子なのね…ありがとう」
お互い頭を下げていると、やや固い表情のギュスターヴが
冒険者達を引き連れて来た
「おはよう、昨日話した通り、冒険者ギルドが護衛を引き受けるから
道中の心配はいらないぜ。難民として受け入れられるかは…」
「俺の腕次第というやつだな? 任せておけ、俺は商売人だぞ」
昨日アユミが鍛冶をしている間に、話し合いがまた持たれたようだ
大体の内容は察したので、アユミは口を出さない
そうしていると、ギュスターヴは今度はスーザンを呼ぶ
「スーザン、いるか?」
「はーい!」
自分の荷物を持ったスーザンが家からひょっこり現れた
そんな彼女にギュスターヴは2通の手紙を渡す
「これはワンダラのリューツに…で、こっちはエンゼの教会にいるロータスに
それぞれ渡してくれ。確実に本人の目の前で開封するようにな
俺は野暮用を片付けてから、ギルドに戻る」
「はい! お任せください!」
「あの…ギュスターヴさん、ジスは…」
「ああ、それならあいつに任せた」
ギュスターヴが示した先では、バローの倉庫で寝袋に入って寝泊まりをしていた男が
アユミに手を振っていた。都合をつけてくれたと分かり、アユミは胸をなでおろす
その時、背後からルガイの怒号が聞こえてきた
「貴様ら! こんなところに集まって何をしている! 朝の狩りはどうした!?」
村人達は誰も返事をせず、冷めた目でルガイを見るばかりである
「な…何じゃその目は…!?」
「村の衆は、俺と一緒にエンゼに移住する事にした。ちゃんと面倒見るから心配するな」
「バロー! 貴様がそそのかしたのか!」
「フン…何故こうなったのか、自分の胸に手を当てて考えてみるといい」
「グッ…村長はワシじゃ! ワシじゃぞ!」
「村人が居ない所の村長なぞ虚しいだけだろう…警備する奴も去って危険になる
お前もどこぞへ移住したらどうだ?」
「…分かったぞ…さてはワシが居ない間に引き返し、居座って村長になる気じゃな!?
その手には乗らんぞ!」
「忠告はしたからな…よぉし! お前ら出発するぞー! まずは南のワンダラを目指す
そこで馬車を調達したら、さらに南東のエンゼに向かう! いくぞー!」
「「「オオー!!」」」
「おっ…おい…本当に行くのか!? 待て…待ってくれ…!」
引き止めようとするルガイの手を、村人達は振りほどき、そのままマイフォを出ていき
後にはルガイとアユミとカラドボルグとギュスターヴが残された
「ではギュスターヴさん、僕達も出発しましょう。現地まで先導します」
「待てィ!! この魔女め! 貴様のせいでワシの村は終わりじゃ! どうしてくれる!」
ルガイは今度はアユミに詰め寄った。誰かを責め続けていないと己を保てないようだ
「だから僕は魔女じゃなくて勇者…」
「黙れ! 皆をたぶらかしおって! これが魔女でなくて何だと言う!?」
「…じゃあ魔女でいいよもう」
「…!? げ、言質は取ったぞ! 覚えておれ! 絶対にタダでは済まさん!」
「はい。では出発しましょう」
面倒になったアユミはそのまま背を向け、北へ向かって歩き出した
その後ろをカラドボルグがついていき、ギュスターヴは
肩をすくめる動きをしてから、後に続いた
そしてルガイは、アユミ達が見えなくなるまで口汚く吠えていた
***
マイフォから出てしばらくして、件の「木々の壁」にたどり着いた
「行き止まりか…?」
「いえ、これは幻です」
そういうとアユミは手を突っ込んで見せた
「ヴァニアの一件で、下水道の壁に似せた幻がありました…あれと同じです」
「同じ…って事はヴァニアをエルフって奴が雇ってたってのか…?」
「資料には、そう書いてありました。この幻の壁の向こうはエルフの支配下です
入ったら上空に気を付けて下さい。剣を持った人形が串刺しにしようと
突っ込んできますので、なんとか対処して…」
「本当の事だった…か、アユミ…話がある」
ずっと固い表情のままでいたギュスターヴが、一層真剣な表情になって口を開いた
「な…何でしょうか?」
「人間の「絶対防御魔法」…タダで発動できるものじゃない
何を使って発動させるか…知っているか?」
「…いいえ」
「…本当に知らないのか? エルフとやらの資料に書いてなかったか?」
「はい…魔法の効果時間は長くても2日、連発はできない…とだけ」
「ギュスターヴ、アユミは嘘つきじゃないニャ。もったいつけずに言うニャ」
アユミは、嫌な予感がしつつも話に耳を傾ける
そしてギュスターヴは大きく息をついてから話を続けた
「あの魔法はな…現国王が全ての魔力を振り絞って発動させるものだ
したら最後、命すらも使い果たして死ぬ」
「え…ええっ!?」
「ニャ…ニャ…」
「どうやら、本当に知らなかったようだな」
「ちょっと待つニャ! どうしてそんニャ事知ってるのニャ!?」
「ここだけの話だが…実は俺は王家の血を引いていてな、この秘術の事は
子供の頃から聞かされていた。一般の国民には混乱を招くから知らされていないがな」
「ハァ~そんニャギュスターヴ様が何でギルドマスターやってるのニャ?」
「よせよ…そういう堅苦しい扱いに嫌気がさして王族の肩書を下したんだ…と
アユミどうした? 酷い顔だぞ」
アユミは膝ががくりと折れ、両手を地面につく
「そ、そういえば魔王の広範囲破壊魔法も命と引き換えにするものだった…少し考えれば
同じ代償だと想像できたはず…王様がし…死ぬことを前提に計画を立てるなんて…
なんて申し訳ない…!」
「アユミ! しっかりするニャ! 吾輩達は知らなかったんニャから!」
ギュスターヴは、両手でアユミの肩を掴んで諭す
「考えるんだ! どうすれば陛下を死なせる事なく、エルフの企みを阻止できる!?」
アユミは一瞬驚いたが、なんとか心を落ち着け、目を閉じて考える
「…エルフは、僕がラシューに殺されて海に投げ落とされたと資料に記載していました
おそらく独自の監視網を敷いていて、バローさん達が移住するのも見ているでしょう
だから一旦戻って完全に避難させたり、軍を呼んだりしたら感づかれて噴火させるかも…
このまま少人数で向かうしかないと…思います」
「そうだな…それにこんな不確かな事では、俺は納得できても軍を動かすことはできん
それでエルフに遭遇したらどうする? 殺すのか?」
「いえっ、エルフが死んで火口を封じている魔力が途絶えたら、その時点で噴火が始まります
ですから陛下を死なせる事なく、エルフの企みを阻止するには…」
「生け捕り…だな? 分かった、それでいこう」
「でも…それは非常に困難…」
「だが、何をするか明確にしておけば、敵と相対しても迷いなく戦う事が出来る
さあ、行こう」
ギュスターヴはアユミを立たせてから、幻の壁の様子を調べに向かった
「アユミ…大丈夫かニャ?」
「うん…」
返事はするが、アユミは思い詰めた顔になっていた
***
ギュスターヴは横目でアユミを見ながら
「最前線から帰ってきて、残酷な考えに染められたかと思ったが、杞憂だったようだな…」




