64話 虚栄心の末路
あれから南東へ進み、海岸沿いを走り続けて正午になった頃、アユミ達は
マイフォへとたどり着いた。引き続きアユミは透明状態を維持し
カラドボルグは剣形態にさせて隠し持ち、村の様子を伺った
すると村長の家の方から話し声が聞こえてきた
「…だからアユミっていう人間の娘が来なかったかって!」
「知らん知らん! そんな娘なぞ…用が済んだらさっさと帰れ!」
「くっ…サボるような奴じゃないはずなんだが…」
ギュスターヴとルガイが家の前で言い争っている。会話から察するに
先に来たはずのアユミが居ないのを不審に思っているのだろう
アユミは透明のまま密かにギュスターヴに近づき、手を取った
「んっ!? この感じ…アユミか?」
「…」
アユミは手を取ったまま黙ってルガイの家の中へと誘導していく
ルガイは、一人芝居を始めたかに見えるギュスターヴを
怪訝な目で見ていたが、気を取り直して怒鳴りつける
「お、おいおいどこへ行く…」
「コラッ! ワシの家に勝手に入るな!」
***
そうして、アユミが血抜きをされていた部屋の前までやってきて
アユミはギュスターヴの手を離した。件の部屋への扉は本棚で隠された状態である
「何も…無いか…?」
「この無礼者! ワシの断りもなく…出ていけ!」
2人を横目に、アユミはカラドボルグを手に本棚の前に立つ
「投げるよ」
「ホイニャ」
「「!?」」
アユミは、丸い鉄の塊となっているカラドボルグを、本棚の正面から向かって投擲した
強烈な音とともに、扉と本棚を突き抜け、向こう側に落ちた
反動で本棚の本が落ちてきたので、アユミは素早く退避した
「うおっと!」
近くで見ていたギュスターヴも難なく回避し、空いた穴を覗き込む
「向こうに部屋…こりゃあ…隠し扉か!」
その後ろで見ていたルガイは、あっけにとられ、怒るのを止めて固まっている
その時、大きな音を聞きつけたラシューがやって来た
「お爺様! 今の音は…!?」
「…ハッ!? き、貴様! こんな事して、タダでは済まさんぞ…!!」
ルガイの文句を無視してギュスターヴは本棚を横にどかし、扉を大きく開ける
すると、お香の匂いでごまかされていた血の匂いが一気に噴き出した
「うっく…こりゃ俺でもきついな…」
「なっ…なんじゃ!? …この匂いは…血!? 何故ワシの家からこんな強く!?」
ルガイの反応をアユミは不思議に思っていた。この家の持ち主で共犯者であるはずなのに
何も知らなかったのだろうか? それだけ洗脳されているラシューが
うまく立ち回っていたという事なのかもしれない…そう考えていると
先に入っていたギュスターヴが、血で汚れた女性服とナイフとバケツを持ってきた
「村長…どういう事か説明してもらおうか?」
「し、知らん! ワシゃ何も知らんぞ!!」
このまま何も言わなければルガイだけが連行されるだろう、それが普通の対応
しかし自分以外の女性も犠牲になっているようなので、洗脳されてるとはいえ
ここでラシューを見逃そうとは思わない。アユミは透明化を解いて発言した
「ギュスターヴさん、少なくとも僕を切り付けたのはルガイ村長ではありませんよ」
「アユミ…! その傷は!?」
「なっ!? あの時の魔女! なぜ生きている!?」
ギュスターヴとルガイとラシューは一様に驚き、アユミの首元を見る
アユミからは見えないが、同じ個所を2回切られた為、傷がまだ治りきらず
痛々しい痕が残っていた
「僕を切り付けたのは、そこにいるラシューです。毒入りの茶も貰いました」
「でっ、デタラメを言うな! ワシの孫に限って…!」
「あなたが否定しようが関係ありません。僕はラシューに殺された女性の
無念を晴らす為に、地獄から舞い戻ってきたのですよ。大人しく捕まり
裁きを受けるのです」
「…くっ!」
突然ラシューは3人を押しのけて、血で汚れた部屋に走り
ナイフと本を手に取ってアユミに向き直る。ギュスターヴは持っていた物のせいで
とっさに取り押さえることはできなかった
「村の外から来た女は殺す! エアスラッシュ!」
そう唱えると、うっすら見える空気の刃がアユミに向かって発射された
とっさに両腕で防御するが吹き飛ばされ、衝撃で家の一部が破壊され
アユミは外にまろび出て、腕から出血した
「くうぅ…!」
「エアスラッシュ! エアスラッシュ!」
ラシューは鬼の形相で追ってきて連発する。アユミはとっさに近くに生えていた木に隠れる
魔法は木ごと切り裂く程の威力は無いものの、徐々に距離を詰められていった
周囲に落ちている石を投げて応戦したらラシューを殺しかねない
そう悩んでいると、ラシューの横から猫形態のカラドボルグが密かに駆け寄り
「ウニャ!」
「いっつ…このっ…!」
微弱な電撃で本を持つ腕を痺れさせ、本を咥えて奪った
それからは魔法を撃つことはなくなったが、ナイフを両手で構え
なおもアユミだけを責め立てる
「殺す! 殺す!」
「ッ! え…エアスラッシュ!」
進退窮まったアユミは両手の平をとっさにラシューに向けて魔法を唱える。すると
空気の刃は出ず、代わりに強力な推進力が働いてアユミは後ろに吹き飛び
バランスを崩して尻餅をついた。ラシューは追いかけて攻撃をしようとするが
その時、2人の人影が現れてラシューを取り押さえた
「ううっ…!? はっ放せ!!」
「おおっとぉ…お嬢さん、おいたはそこまでだ!」
「お前…ラシューか? こんなことする奴とは思わなかったが…」
彼らはバローと、倉庫で寝袋に入って寝泊まりをしていた男だった
その2人を始めとして、男達がぞろぞろと現れてラシューを取り囲み
あっという間に縄で縛り上げた。アユミはあっけにとられていたが
後から追いついてきたギュスターヴに外套を被せられて我に返る
「あっ、ギュスターヴさん…」
「災難だったなアユミ…バローのお陰で何とか面子が揃ってな」
話していると、バローはアユミの方へ小さく手を振った
「よう、スーザンがなかなか揃えるのが難しいと言ってたんでな
倉庫でゴロゴロしてた連中を引っ張り出してきたのさ
今月の家賃を免除すると言ったらすぐ揃ったよ」
ただ金にうるさいだけの店主ではなかった…アユミは心の中で謝罪した
その時、カラドボルグが本を咥えたままひょっこりと現れた
「あっ、カラドボルグー」
「ンガッ…重かったニャ」
本を受け取ると早速開いてみた、しかし本には何も書かれておらず
全て白紙のページだった。横から見たギュスターヴが驚きの声を上げる
「なんだこりゃあ…? てっきり魔族の魔法が書かれてある本だと思ったんだがな…」
「…魔族の魔法だと分かりますか?」
ギュスターヴは、白紙の本をアユミから受け取って続ける
「確か人間なら「ウィンドカッター」だった筈だ、本来魔法には不向きなはずの獣人が
あれだけ立派な魔族魔法を使ったと俺とアユミが目撃しているから…とりあえず
魔族の後ろ盾があった事は立証できるな」
「それなんですが…この事件の黒幕は魔族ではありません」
「な、何言ってんだよ…魔族以外に誰が…?」
エルフはマイフォでの計画が露呈した時に備えて、あえて魔族の魔法が使える本を
ラシューに渡しておき、彼女以外が触れたら効力を失うよう細工しておいた
全ては魔族に罪を被せて印象を悪化させ、火口の圧を溜める時間を稼ぐ為
…と、資料には書いてあった。とても気の長く、念の入った計画である
「黒幕は分かっていますが、ラシューはその名を聞いた瞬間に自害するように
洗脳されています、今は別の場所に隔離して…」
「貴様ら! その汚らしい手をどけろ! ワシの孫だぞ!! ゼィ…ゼイ…」
ルガイがようやく追いついてきた。激昂し、縛られているラシューに近付こうとするが
その行く手をバローが塞いだ
「ふん…元気そうじゃねえかルガイ」
「バロー! これは貴様の差し金か!?」
「相変わらず周りを見ない奴だ、お前が孫娘をしっかり見ていれば
こんな事件は起こらなかったんじゃないのか?」
「黙れ! ミミを置いて出稼ぎに行くような奴に言われたくないわ!」
「…なんだと?」
ルガイが下卑た笑みを浮かべながら続ける
「ミミならワシの女になった! ワシに突かれてよがり狂っておったわ!」
「くっ…」
「お父さん!」
その時、スーザンがミミとカーメルを連れてやって来た。ミミは心なしか
やつれているように見え、カーメルは落ち込んでいる
「スーザン…ミミ! 大丈夫か!?」
「あなた…ごめんなさい、私…」
「父さん…僕が邪悪な魔女を呼び込んだと…言われて…母さんが責任を…っ!」
そう言うとカーメルは涙を流す、アユミは彼の言葉を聞き
崖から落とされた後に何が起こったのかを理解し、ミミに駆け寄って土下座した
「申し訳ありません、僕が魔女に間違えられたばかりにこのような事に…」
それを見たバローは、自分の手でアユミの顔を起こし、それから
カーメルの背中をさすり、ミミを優しく抱き寄せた
「謝るな! アユミは悪くない、カーメルもだ、ミミ…具合はどうだ?」
「私は大丈夫…あなたさえいてくれれば…」
「ミミ…分かった」
バローは決然とした表情でルガイを睨みつけ、言った
「俺達はマイフォを出て、人間の町で暮らす」
「な…なんじゃと!?」
「元々、お前の言う程人間がロクでもない種族かを確かめる為に出稼ぎに行っていたんだ
百聞は一見に如かず…大事な家族を招けると分かったし、今回の事は
良い機会だと思うとしよう」
「ぐっ…クックッ…逃げるのかバロー?」
「ハァ…俺の大事なミミを傷つけたお前と、もう話す事は何も無い」
その場に居合わせたものは全員ルガイの異常性に、冷ややかな視線を向ける
その中には、通りすがりのマイフォの住人も数人含まれていた
「ぐぬぅ…! ワシゃ帰るぞ!」
ルガイは地団駄を踏み、自分の家に戻ろうとするがギュスターヴが引き止める
「村長、事件の証拠を集め終わるまでは大人しくしててもらうぜ?」
「…勝手にしろ!」
ギュスターヴは、面子を数人連れてルガイの家へと戻っていき
ラシューは縛られたまま、マイフォの守衛の所へ連行されていった
「アユミは俺の家に来な…スーザンのお下がりの服くらいはくれてやる」
「あ、はい…ありがとうございます」
「これで一件は落着かニャ」
***
アユミはカラドボルグを連れて、またお世話になる事にした
スーザンのお下がりを貰って村娘スタイルになり、革の背負い鞄も戻ってきた
「ミミは少し休んでいろ…今日は俺が夕飯を作る、手伝ってくれスーザン」
「はーい!」
居間には、アユミとカラドボルグとカーメルが残された
「「…」」
「どうしたニャ?」
アユミとカーメルは、椅子に座ってお互いをチラチラ見合うが
どう話を切り出したらよいか分からずにいた
アユミは今も自分のせいでミミとカーメルに災難が降りかかったと思っていて
カーメルはアユミをみすみす崖から落とすのを止められなかった後ろめたさで
やはり謝らなくてはと考えていたのだ
「「あのっ」」
2人は同時に切り出して、一瞬言葉が詰まる
「あ、カーメルさん先にどうぞ…」
「いえっ、アユミさんからどうぞ」
「あ、はい…僕には不老不死という能力があって、どんなに切られようが
死ぬことは無いのです」
「不老不死って…やっぱり魔女なんですか?」
「魔女じゃなくて勇者です…とはいえ、紛らわしかったのも事実
最初に説明しておけば無用な混乱も避けられたはず…改めて謝罪します」
アユミは座ったまま頭を下げる
「アユミさん…母さんが村長にやられて、アユミさんを恨んだりしていました
でも村長とラシューが悪いと分かって…自分の弱さを棚に上げて
恨んでいた自分が恥ずかしくなりました。本当にごめんなさい」
カーメルも座ったまま頭を下げる
「…2人とも面倒くさいニャ、早く握手でもして仲直りするニャ」
「あ、う、うん…」
「そ、そう、ですね…」
カラドボルグに言われてアユミとカーメルは、ためらいながらも握手をする
しばらく見つめ合う2人…その時、奥からバローの声がした
「夕飯できたぞー、カーメル、ミミを呼んできてくれ」
「はっ、はーい!」
カーメルは少し慌てて手を離して立ち上がり、呼びに向かった
アユミは一瞬呆けていた所を、カラドボルグに擦り寄られ、反射的に撫でた
「やれやれだニャ」
「ありがとね…」
そしてアユミはバロー一家と一緒に夕食をご馳走になった
マイフォの山の幸をふんだんに使った鍋料理だった




