62話 人工妖精遺跡
全裸で透明のアユミと、猫形態のカラドボルグは
海岸から西に広がる森の中へと入っていった
アユミが透明状態でも、近くでならカラドボルグは認識できるので
はぐれる事は無い
今度の森は、今まで見た森と比べると木々が密集していて
草花で地面が見えにくい。その為、小さなトゲを踏んだり
鋭い葉に触れたりして、小さな傷を連続して負ってしまう
「つっ…」
「大丈夫ニャ?」
「何とかね…」
裸足で歩くのに慣れているアユミだが、慎重に進んでも無傷は難しい
「健康な肉体」による自然治癒能力で破傷風になることはないだろうが…
一旦引き返して、ボロの鍼灸ワンピースを拾って足に巻くかと思い
振り返ると
「うわ…」
そこには、ワンダラ下水道内で見た巨大ゴキブリがたむろしていた
いくら透明とはいえ戻るのは困難だと考え、再び西を見て進む
***
「ゲヒッ、ゲヒッ」
「ギュイィ! ギュイィ!」
しばらく進むと、複数のゴブリンと巨大ゴキブリが入り乱れて
戦闘をしている場面に遭遇した
「剣になってて」
「ニャ」
カラドボルグに小声で合図し、剣形態に…今は丸い塊だが…変化させて手に持ち
姿勢を低くして様子を伺いつつ臨戦態勢をとる
戦闘は、好戦的なゴブリンがやる気の無い巨大ゴキブリを一方的に蹂躙していた
手の空いたゴブリンはゴキブリの死骸を貪っている。あまり考えたくはないが
これがここでの食物連鎖なのだろう…そう思った次の瞬間
ブシュウッ
「ギャヒィィィ!?」
「…!」
突如、剣だけが飛来してゴブリンを突き刺した…よく見ると
柄の部分には羽の生えた小さな…プラモデルのようなフィギュアのような…
謎の生き物が付いていて、剣を軽々と操ってゴブリンだけを駆逐していった
そして生き残ったゴキブリはゴブリンの死骸を貪って卵を産み付けた
この森に何者かの手が加えられていると予想できる
「…このまま、あの変な生き物を追うよ」
「わかったニャ」
アユミはカラドボルグを持ったまま謎の生き物の追跡を始めた
相手は剣を持ったままなのに、人が走る速さで飛んでいく
アユミは足元と進行方向を見ながらなので、徐々に離されていく
「くうっ…速い…!?」
ドボン
眼前に沼が広がり、アユミの足が浸かって止まる。謎の生き物は沼の上を飛んでいき
その向こうの木々の間に入った所で見えなくなってしまった
「ハァ…これは迂回するしかないね」
「落ち込む事はないニャ。相手に気付かれなかったようだし、また機会はあるニャ」
気を取り直し、沼の周囲と、謎の生き物が飛び去った先を見て脳内地図を更新する
時刻は正午となっていた
***
キノコをつまみながら沼の迂回をしていく。ギルドの植物図鑑に載っていないキノコも
散見されるが、アユミ1人が食べる分を選別、確保するのは難しくなかった
「自然が豊富だね…ここら辺は伐採とかされない場所なのかな?」
「豊富すぎて、人間には住みにくそうだけどニャー」
「…確かに」
ひょっとしたら、地球でもあった自然環境保護団体が活動しているのかもしれない
地球では狂暴な熊とかが出たら殺さざるを得ないが、異世界ならその辺は魔法で解決できそうだ
もっとも、保護しなければならないほど自然が少ないのかは分からないが…そう考えているうちに
謎の生き物を見失った地点にたどりついた
「通った跡とかは無いか…うん?」
ふと西の方向を見ると、開けた場所に古めかしい建物があるのを発見した
恐る恐る近付いて見ると、土と石で造られた…森の中では目立つ
明らかなモノリス…人工物だった。敷地面積は大体1LDKといったところ
内部から件の謎の生き物が…複数体、高い所から出入りを繰り返している
空を飛べないと入れないかと思いながら周囲を見回すと
人間でも入れる地上に面した扉の無い入り口が見つかった
だが大人の人間は屈む必要がある程度には狭く
ゴキブリが入ってこないようになのか、返しまで作られていた
異世界の中では非常に高い技術が使われているとわかる
「カラドボルグ、僕が先に入り口近くの様子を見てくるから。ここで待ってて」
「アユミ、その前に…いい匂いがするから何とかするべきニャ」
「匂い? あぁフェロモンかぁ…教えてくれてありがとう
じゃあ沼に行こう」
アユミは先ほど見た沼まで引き返し、濡れない位置にカラドボルグを置いて
沼の中心まで行って潜り、体をバタバタと動かし、沼の泥を体中に塗り込んだ
やがて、泥と蛭まみれのアユミが沼から上がる
「まるで泥人形ニャ」
「…」
喋ると口に泥が入るので無視して、全身にヒートハンドの熱を行き渡らせる
すると泥の水分が蒸発して、表面がボロボロと崩れていく、ついでに蛭も熱で焼いた
次にコールドハンドで髪の毛の間にまだあった水分を凍らせて払った
「これでよし…行こう」
アユミはカラドボルグを持って、再び入り口前に赴き、木陰にカラドボルグを置いた
「じゃ、ちょっと行ってくるね」
「深追いは禁物だからニャ」
「うん」
アユミは中腰で入り口へと近づき、内部を覗いてみる
武器を持っていない謎の生き物が、見える範囲で数体、周囲を巡回している
動きを観察していると、いずれも地に下りることなく飛び続けている事に気付く
アユミは謎の生き物が居ない時を見計らって、入り口の敷居を跨ぎ
その場でうつ伏せになって、また来るのを待った
「さて…どうかな…?」
もし気付かれても入り口近くならすぐ逃げられると考えていた
間を置いて、巡回する謎の生き物がやってきた。アユミは動かずに
相手の動向を見守る
謎の生き物は、アユミの真上を通過し、入り口から外を覗き見るような動きをした後
モノリスの奥へと戻っていった。アユミに気づいた様子はない
「よし…匍匐前進でいけば気付かれることはないね…」
アユミはゆっくりと1階の調査を開始した。天井付近の穴から採光されていて十分見える
内部は一見無機質的に見えるがそうではなく、石の壁と天井に植物の蔓が張り付いて明滅している
謎の生き物が去っていった区域に赴くと、茶色い液体の溜まった水槽の中に
先程の謎の生き物が浸かって停止し、別の謎の生き物が水槽から出て動き出した
水槽の中にも植物の蔓が入っていて、エアーポンプのように泡を出していた
どうやらここは、謎の生き物達の休憩所のようだ。水槽は複数個設置されていて
先ほど使っていた剣用のもあり、完全に自動化されているように見える
…部屋の反対側に、さらに返しの付いた、別の部屋への入り口が見える
このシステムを作り上げた主が居るのかもしれない
アユミは恐る恐る部屋の中を覗き込む、扉は無い
「…!」
そこには1人の、椅子に座る男が居た。耳が魔族みたいに尖っている以外は肌色も人間と
大差ない…ゲームやフィクションによく登場したエルフのイメージそのものの姿だった
彼は、植物の枠で囲われた大きなモニターを見上げながら、なにやら思案しているようだ
アユミはゆっくりと入室し、彼とは部屋の反対側になる壁際に移動して様子を窺う
モニターには世界地図の一部が、主にここから南を中心に映し出されている
アユミの脳内地図と比べても全く遜色ない、非常に正確な地図だ。何より驚いたのは
左下に描かれている島…オグホープの位置まで正確に記されていることだった
…一体どうやってここまで正確な地図を作れたのか?
さらに地図をよく見ると何やら細かい点が、特に人が集まるような街、戦場に表示されている
人口密度を表しているのだろうか? そうアユミが考えているとエルフの男は
モニターの左上の方を見てニヤリと笑う
「あと100年か…フフッ…」
彼は満足げに呟く、何だろうと思いアユミも左上を見ると、山を線で強調して
99.99…と数字が並んでいた。とても不気味だが、直接聞くわけにはいかない
部屋の奥に下り階段があるのを発見してから、アユミはそっと脱出した
***
外に出たアユミは、カラドボルグと合流して拾い、森の中まで退避した
退避し終わるまで声を発することはなかった
「後は…つけられてないね」
「それで、どうだったニャ?」
「うん、1人のエルフっぽい統率者と、あとは数体の…さっき追った謎の生き物が
周囲を見回っていたよ」
「エルフっぽいニャ?」
「僕の元の世界では、エルフって空想上の種族だから…カラドボルグが見れば
本当のエルフかどうか分かると思う」
「ニャるほど…それでこれからどうするニャ?」
「奥に下り階段があったから、夜を待ってもう一度…今度はカラドボルグも
一緒に来て欲しいかな、僕の「透明化」は擬態に近いから
体でカラドボルグを覆えばバレることは無いはずだよ」
「フーム、相手に夜目が無くて、十分暗いニャら安全に行けるかニャ…」
話はまとまり、巨大ゴキブリが跋扈する中、キノコを食べながら夜を待つことにした




