60話 死亡確認者達
アユミは薄暗い虚空の中に力なく浮かんでいた
この光景も見慣れたものである。また権天使かサリエルに呼び出されたのか
…と思って辺りを見回してみると、様子が違う
辺りに海霧が立ち込めてきて、所々岩石も見える
その岩陰から足のない朧気な女性達がアユミに群がって来た
「オォォ…イキテル娘ェ…」
「カワイィ…ウラメシィ…」
「ホシイィ…オマエガホシイィ!」
「うっ…やめ…オゴォ」
彼女らは液体状になり、アユミの口から無理やり体の中に入っていった
「凍傷無効」を持っているはずなのにゾクゾクする冷たさを感じた
「ギィヤァァァ!!」
「イダイ…イダイィ…」
「ナンデイギデルノォ…ウアァァァ…」
彼女らはアユミの内部で一頻り叫んだ後、口から勢いよく吐き出されていった
頸動脈を切られて海に落とされた体に入ろうとするのだから、きっと痛いのだろう
「ゲホッ、ゲホッ…何なのさ…」
「マダヨ! 子宮ニトリツケバイツカ復活…!」
「うああぁ…」
今度はアユミの股間から中に入っていった、非常に気持ちが悪い
妊婦のように下腹部が膨らむ
「ナイ…卵子ガナイヨォ!」
「ソンナァ…アリエナイ…」
「いい加減に…してよ!」
アユミは下腹部を繰り返し押して、液体状の彼女らを追い出した
「ウウウ…ヤッパリ体ヲノットルシカ…」
「イヤヨォ…アンナ痛イノハァ…」
「コンナ機会ヲノガスナンテェ…」
朧気な体に戻った彼女らは、アユミを恨めしそうに見つつも、包囲を解かない
しばし睨み合っていると、今度は朧気な1人の男がやってきた
その風貌は、アユミには見覚えがあった
「アユミィ…貴様サエイナケレバ…」
「ま、まさか…アグリー…?」
朧気なアグリーは、アユミの首を絞めてきた
「貴様サエイナケレバ俺ガ死ヌコトハナカッタ!
恨メシィ…ウラメシィィィ!!」
「うぐぐ…」
まさかアグリーが死んでいたとは思わなかった。ということは
周囲の女性達も死んでいる…亡霊なのだろうと想像できる
思ったよりも強く締められていて振りほどけそうにない
どうするか考え始めた…その時、アグリーの背後に立った何者かが
胴を真っ二つに切り裂いた
「グアァァァ!! オレガ…キエル…ウオオォォ…」
その場でアグリーは雲散霧消した。切り裂いた男は女性達にも
手に持った大鎌で切りかかった
「キィヤァァァ…」
「イヤ…マダ消エタクナイノ…」
「タスケテ…タスケテェ…」
アユミ以外全員雲散霧消させた所で、男は顔を向けてアユミを見た
「さて、生霊は…!? お前は秋田歩見!」
「えっ!? まさか…大天使…さん…?」
わざわざ助けに来てくれたのか…と思ったが、どうやら違うらしい
彼は苦虫を噛み潰したような顔でアユミを睨みつける
「お前の母親が嗅ぎ回ったせいで…私は精霊へと格下げされた! なんとか天使には戻れたが
出世コースからは完全に脱落した…どうしてくれる!」
「そんな…あなたが公文書偽造なんてするのが悪いんじゃ…」
「黙れ! そもそもお前さえ居なければ…」
天使は大鎌を振り上げ…
「地獄に落ちろォ!!」
「ヒィッ!?」
思い切り振り下ろした、アユミはとっさに腕で防御姿勢をとった
ガァン!
アユミは傷一つ負うことなく、大鎌は腕で止まった
その様子を見た天使の顔が青ざめていく
「な…何故だ!?」
天使は狼狽しながらも再び切りつけてきた
だが結果は同じだった
「畜生!! 何故だ…何故切れない!? このままではアイツが来てしまう!!」
そう言いながら繰り返し切りつけてきたが、アユミの体は
まるで鉄の塊になっているかのようにビクともしない
やがて疲れたのか、大鎌を杖にし、肩で息をし始めたので
アユミも腕をさげた。その直後、聞き覚えのある声が響いた
「そこまでです、元大天使」
「うっ! け、権天使…!」
権天使が姿を現した。彼女の方が大天使よりも上位のはずなのに
敬う様子がない…ひょっとしたらこの2人は同期なのかもしれない
「い、言われた通り亡霊共は駆逐したぞ!」
「そしてそのまま歩見さんにも切りかかったと…ちゃんと見ていましたよ」
「くっ! な、なぁ…黙っててくれないか? 礼ならするから…!」
権天使は大きく溜息をつく、彼女の背後にもう1人居たからだ
「ほほう、随分と恥知らずな天使がいたものだな?」
「ヒィッ!? サ、サリエル様!?」
天使は驚きのあまり大鎌を落とした。権天使は横に控え
サリエルが進み出てきた
「申し訳ありませんサリエル様。お見苦しい所を…」
「よい、そなただけの責任ではない…」
そう言いながらサリエルは落ちている大鎌を拾い上げた
「何故この大鎌で歩見を切れなかったかが気になっているようだが…
これは、切りつけた対象の維持可能年数…寿命を1万年削ることによって
相手を瞬時にミイラ同然の状態にして雲散霧消させる兵器だ」
何故そんな恐ろしい兵器をこんな天使に持たせてしまったのかと
アユミは思ったが口にはしない
「歩見は「不老不死」にさせたのだ。寿命を1万年削ったとしても
無限の前では無意味となる」
「なっ!? わざわざこいつにそんな恩恵を!?」
「…馬鹿者! 不老不死は天罰だ! そんな事も分からんとは…」
その時、どこからか電話の着信音が聞こえてきた
プルルルル…プルルルル…ピッ
「私だ…うむ」
サリエルは、鳴った携帯電話を懐から取り出して話をしている
「やはり今年も居るか…ちょうど良い人材を送るから有効活用してくれ」
ピッ
「元大天使よ、そなたには「捨て子魂の代替」となってもらう」
「ヒッ!? ヒィィィ!! そ、それだけはお許しを!!」
「黙れ! そなたは生者である歩見に15回も切りつけている!
亡者でない魂を強奪せんとする、天使にあるまじき行い!
無力な赤子の体で悔いるがいい!!」
「い、嫌ダァァァ!!」
天使の体に雷が落ち、跡形も無く消え去った
見ていたアユミはいまひとつ状況を理解できずに茫然としていた
サリエルは襟を正してアユミに向き直り、頭を下げた
権天使もそれに倣う
「歩見よ、騒がせてすまなかった」
「い、いえ…一体なんだったんですか?」
「海に投げ落とされた歩見の体を狙って亡霊が寄り集まっているとの情報を得てな
歩見は、特別な身体の都合上、乗っ取られたり呪いを受ける心配は無いものの
放置するわけにはいかん。そこで、信用のない元大天使に亡霊を駆逐、昇天させる
仕事を与え、汚名返上の機会とした…はずなのだが、見通しが甘かったようだ」
「はぁ…それで「捨て子魂の代替」…ですか?」
「歩見も、地球にいた頃、捨て子が社会問題と化していた話は聞き覚えがあるだろう
中には死以外の運命が無い哀れな赤子も存在する。それにも魂は入れなければならんのだが
天使達から有志を募って「魂の代替」となってもらう制度があるのだ
本来は、特別給与をもって報いるのだが、元大天使の目に余る数々の咎を鑑みて
今回強制的に「捨て子魂の代替」となってもらう事にしたのだ…15人分のな
天使には死刑という概念は無いから、ここらが落としどころだろう
いい加減に更生してもらいたいものだが…と、これは我らの社内の問題だ
歩見が気に病む必要は無い」
「そうですか…」
つまり、あの天使はこれから15回死ぬ事になる。中々えげつないと思ったが
これも口にはしない
「さて、今回の詫びに…何か願いがあれば聞こう。安らぎを与えても良い…」
「…僕の今の望みは、「エルフ」という種族が「真の敵」であるか否かを知ること…」
「歩見、前にも言ったが…」
「分かっています、自分の力で暴けと仰るのでしょう? ならば願いはありません」
「ふむ…」
サリエルは口元を手で覆い、そのまま独り言のように
「西へ…」
「え…?」
「西へ行くと良い」
「…ありがとうございます」
漠然とした指示だが、今の自分にとっては何よりも重要な指針となる
そう考え、アユミは頭を下げた…その時
「ニャア…アユミ…起きるニャア…」
「えっ…カラドボルグ!? う、嘘っ…」
虚空の中にカラドボルグの声が響く。ルガイによって海に落とされたところまでは覚えていたが
まさか追ってきたとは夢にも思わず、嬉しさと申し訳なさで目を回す
「落ち着きなさい、どうやら目覚めの時が来たようだな
血を失い、しばらくはまともに立つこともできないだろうが
挫けずに頑張るのだぞ」
「はい、では失礼します!」
「うむ、よき旅をな」
言い終わると光の中へとアユミは消えていった
***
「行ってしまわれましたね…せっかく安らぎ弁当を用意してきたのに…」
「フフ…どうやら歩見には既に、安らげる居場所があるようだ、それに加えて
我らが別の安らぎを与えようとするのは無粋というものだ」




