51話 猫が鼠をやる
深夜、シズカと共に骨を砕き終えたジュンヤが、二重にした麻袋に骨粉を入れてやってきた
アユミの方も、鋳型を作り終えた後、ノブヒロと共に石炭をハンマーで粉々に砕く作業に加わり
こちらも麻袋に纏めておいた。さすがにノブヒロには寝てもらった
「よーし、じゃあ鋳造を始めるニャ。まずアユミは服を脱いで、この屑鉄を溶かして
鉄の箱に2割くらいになるまで流し込むニャ」
「はーい」
この場に、アユミが裸になって困ったり動揺したりする者はいない
本来は型となっている鉄の箱を取り外してから溶けた鉄を流し込むのだが
今回は骨粉を無理やり混ぜ込むので、このまま流し込むことにする
ヒートハンドで温度を上げ続け、指の間からドロリと溶け出た鉄を垂らしていく
「そういえば…こんニャ近くで溶けた鉄見て…眩しくないニャ?」
「ん? ああ…そういえば平気だな」
「私もジュンヤ君も「健康な肉体」の能力を授かってるから大丈夫だと思うわ」
「便利なもんニャ…あ、鉄は一旦止めて、骨粉と石炭を入れて、アユミが直接
手で熱を加えながら混ぜ込むニャ」
「よし、いよいよか…姉貴…」
「飛び散らないように、スコップですくって入れるニャ」
「あっ! そうか忘れてた…」
「私が持ってるわ、これを使って」
「流石だなシズカ! じゃあ早速…」
「骨粉と石炭を交互に入れていくニャ…アユミは手を止めちゃダメニャ」
「う、うん」
石炭を入れる度に炎が沸き起こるが、アユミは全く熱くないので
粘土遊びか生地作りをするようにこね続ける。そんな中、カラドボルグは
投入される骨粉に語り掛ける
「アイ…返事はしなくていいからそのまま聞くニャ、今お前の前に
沢山の鉄の穴が迫ってくる感覚のはずニャ、そこに手足を突っ込んで
離さないようにするニャ…しばらくすると体が溶けて気持ち良くなってくるから
怖がらずに待っているニャー」
実体験の伴うカラドボルグの言葉は一味違う…こねているアユミには全く分からないが
そうこうしている内に、骨粉と石炭を入れ終わったようだ
「アユミ、すくえなくなった、ひっくり返して入れるぞ」
「はーい」
麻袋の断片が落ちて燃える、砕いて入れた骨粉の体積は、骨壺の3割程に
なっていたらしく、石炭の分を合わせてもまだ入る余裕がある
「アユミ、手触りはどんな感じニャ?」
「うーん…結構じょりじょりする…海岸の砂場みたい」
「ちょっと鉄が少ないかニャ…これを溶かして入れるニャ」
「はーい」
カラドボルグが咥えてきた鉄片を右手で受け取り、左手で混ぜ続けながら溶かし入れる
結局鋳型である鉄の箱一杯になった
「よしよし…今日はこれで終わりニャ、自然に冷えるのを待って…明日掘り返しに来るニャ
さー今日はもう遅いニャ、皆さっさと寝るニャ」
「で、でもよぉ…」
「吾輩が見張っといてやるニャ、生きてる剣には睡眠ニャんて必要ないからニャー」
「わかったわ…おやすみなさい」
「お疲れ様です」
「姉貴に変な事するなよ!」
そう言って立ち去り、カラドボルグだけが残った。赤く強い光を出していた鉄も
やがて冷えて光が弱まっていき、辺りは見張りの持つ明かり以外無い暗闇に包まれた
***
「フーッ、ジュンヤは心配性だニャー…まぁ、嫌いになるよりはいいかニャ
…吾輩がついててやるから、大人しく冷え固まっておくニャ
…吾輩の場合は、ミナモも寝ちゃって、見ててくれる奴が誰もいなかったニャ
だから寂しくニャいように吾輩がついててやるのニャ、有難く思うが良いニャー
…しっかし姉弟仲が良いニャー…寝るのも一緒の布団でーとか…ニャーんて
流石にニャいよニャー…でも、これからは寝顔が見放題ニャー
アユミも寝顔がすんごく可愛いんだニャー、あれで元々男だったニャんて信じられんニャー
…後は何話すかニャー…まー夜空をボーっと見ているのも悪くニャいかニャ…」
***
翌朝、日の出とともにジュンヤが鍛冶場に現れた
鎧は穴を修復した物だが、剣は質の悪い片手剣に交換していた
「カラドボルグ! 姉貴はどうなんだ!?」
「心配しニャくとも、ご覧の通りニャ…アユミはどうしたニャ?」
「お? おう…俺1人だ」
「モーウ、アユミがおらんと鍛冶できニャい…さっさと連れてくるニャ」
「わ…悪い…連れてくる」
そう言うとジュンヤは、渡ってきた生木の橋へ全力で戻っていった
***
当のアユミは、シズカと一緒の個室で寝ていた。女性と一緒で緊張はしていたが
見張り任務が徹夜になったことと、ストレスの溜まる出来事が相次ぎ、ぐっすり眠っていた
そんな部屋の中に、姉の事で頭が一杯のジュンヤが入ってきた
「アユミ! 朝だ! 起きろ!」
「ん…!? ちょ、ちょっとジュンヤ君!?」
シズカは乙女らしい反応を見せる。女性の寝所に男が乱入するとはどういう事なのか
普通の人ならば分かっている事だろう…普通なら
「姉貴はとっくに冷え固まったぞ! 早く続きをするんだよ!」
「…う…? うにゅ…」
ジュンヤの怪力で強引に起こされたアユミはすぐ二度寝した。体は10歳児なので
眠りは深く、覚醒には時間を要する
「よっ…ほら行くぞ! アユミが来なきゃ始まらないからな!」
「う? うー…むー、むー」
ジュンヤはアユミを体育座りにさせると、背中に回って
自分の両腕をアユミの足の下に通して持ち上げ
寝ぼけて不機嫌になりペチペチ叩くアユミを無視して無理やり連れ去った
後にはシズカだけが残された
「もう…自分勝手なんだから…」
そう言いながらも顔は笑っていた
***
生木の橋に川上から吹き付ける風で、アユミはようやく目を覚ます
しかし、何故ジュンヤに抱えられているのか、すぐには分からず
周囲をキョロキョロ見回す
「お、起きたかアユミ! さぁ鍛冶をするぞぉ!」
「えっ…はっ…はい…」
ジュンヤは心なしか生き生きしている。元気になるのはアユミも望むところなので
これはこれで良いと考えた
***
そしてカラドボルグの前に来て、アユミは下ろされた
「来たニャ? これから冷え固まった鋳鉄を掘り起こすんニャけど…
2人には心得といて欲しい事があるニャ」
「な、なんだよ勿体ぶって…」
「十中八九、内部からボッキリ折れるけど驚かニャいようにするニャ」
「なんだって!? 平気なのかよ!?」
「僕の混ぜ方が悪かったのかなぁ…」
「アユミは見てるはずニャけど、吾輩みたいな生きてる剣は、たとえ衝撃で
バラバラになっても、打ち直して元通りにできるニャ。それに、魂がこもってる部位は
自分の意志で浮かせたりできるから不純物を取り除くのにも活用できるニャ
まーそもそもアイの宿った骨粉自体が、鉄にとっては不純物そのものニャから
アイが魂を鉄に鞍替えできたかが焦点になるニャ」
「姉貴次第ってことか…大丈夫だ、俺は姉貴を信じる!」
「…吾輩も失敗するとは全く思ってないニャ、さ、シャベルで掘り起こすニャ!」
「おう! …あっちぃ!!」
「ニャ? そっかー固まったケド持てる程には冷えてなかったかニャ
地面の中だったからニャー…アユミが冷やしながら取り出すニャ」
「うん、わかった」
アユミがコールドハンドで鉄塊を冷やしながら「怪力」を持つジュンヤが率先して作業を行う
骨が混じっているとはいえ、一辺が約25センチの立方体の鉄なので
約100キロの重さなのだが、ジュンヤはまるで芋を掘り起こすように軽々と取り出した
折れたりはしていなかったが、横に大きな亀裂が走っていた
「姉貴! 返事をしてくれ!」
「大丈夫よジュンヤ~」
「姉貴っ…よかったっ…」
泥だらけになるのも厭わず、鉄塊となったアイを抱きしめる
「アイ、上空に引っ張られる感じはまだするかニャ?」
「ううん、大丈夫みたい…何も意識しなくても留まっていられるわ」
「ウンウン、成功のようだニャー」
「アユミッ! カラドボルグッ! ありがとう!! それと…刺して本当に悪かった!」
ジュンヤは、アイを横に置き、頭を下げた。突然のことでアユミは面食らう
「い、いえっ、留まっているのはアイさんの能力のお陰ですし
刺したのを気にする必要もないですよ…」
「…3人とも、これで終わりじゃないニャ」
「な、何…?」
カラドボルグは真剣な表情で話を切り出す
「アイにはこれから立派な剣になってもらうニャ。2人とも吾輩の言う通りにするニャ」
「う、うん」
「別に俺はこのままでも…」
「今はジュンヤが大事にするだろうケド…お前が寿命で死んだ後もアイは生き続けるニャ
その時、こんニャ鉄の塊誰が大事に取っておくと思うニャ? 鉄くず置き場に
捨てられるのがオチニャ、姉にそんニャ寂しい思いをさせたくはないニャろ?
あ、墓まで持っていくのは無しで頼むニャ」
「うぐっ…俺は姉貴の声を聴くことばかり考えていた…」
「私が思いついたんだからジュンヤだけに責任は無いわよ~」
人間は不老不死になった後の事をロクに考えない…ジュンヤも例外ではなかった
カラドボルグは溜息を吐くと、アユミの方を見る
「本来ニャらここまでの鉄の塊を溶かすには莫大な燃料が必要になるニャ
でも今ならアユミがいるお陰でタダで出来るニャ。喜ぶがいいニャ~」
「も、もう! も…持ち上げすぎだよ…」
褒められるのに慣れていないアユミは顔を赤くしてもじもじする
「そ、それでカラドボルグっ、これからどうするのっ?」
「ニャ、剣に使える鉄にするには、今度は細長い鋳型を掘って作って
また液体になるまで熱して、今度は混ぜずに鋳型に流し込むのニャ
そうすれば鉄と不純物がキレイに上下で分かれるはずニャから
少し冷えたら金属ブラシでこするのニャ、うまく分かれたかを見て次の指示を出すニャ」
「わ、わかったよ…」
「ジュンヤ、不純物を取り除くまでもうちょっとだけ手伝って欲しいニャ
さすがにこの重さはアイも自力で動けニャいし、アユミも持てないニャ」
「お、おう…わかった」
次の作業に移ろうとしたその時、シズカが大きめのお盆をもってきた
上には朝食が置かれている
「ジュンヤくーん! 朝ごはん食べましょー!」
「ニャ? ニャんじゃー朝飯も食わずに来たのニャ?」
「あぁ…うっかりしてたぜ」
「シズカちゃんありがとねー」
「その声は…アイちゃん! 成功したのね…よかった…」
「ほら、アユミちゃんも食べて食べて?」
「あ…はい、いただきます」
「ジュンヤ君? もう…泥だらけになって…」
ジュンヤの顔についた泥をシズカが布で拭き取る。アイが死んで、もうこのような
和気あいあいとした食事もとれないのではないかと危惧していたジュンヤとシズカは
アユミに対し、感謝の念を抱きながら食べていた
当の本人は「成功して良かった」とだけ思っているが…




