49話 留置する者
日が沈む頃、アユミは目を覚ます。新しい鍼灸ワンピースを着せられていて
傍にはカラドボルグが居た
「気が付いたニャ? 皆呼んでくるからちょっと待ってるニャ」
「あ…うん…」
カラドボルグは少し怒っているように感じた。アユミはそのまま見送り
刺されていた部分をさすりながら体を起こし、寝床を出て土下座しながら来るのを待った
「起きたかアユ…ミ…な、何をしているんだ」
「いえ、僕のようなゴミはこうすべきかと」
「ハァ…アユミ、実は阿呆だったかニャ? アユミの土下座ニャんて誰が見たがってるニャ」
「うん…そうなんだろう…けど、責任を考えたらこうせずにはいられない…」
「ニャー…」
カラドボルグは、土下座しているアユミの脇から懐に潜り込み
脇息のようになって持ち上げた
「う…う…?」
アユミはそんなカラドボルグに少し慌てて、正座の姿勢になり顔も自然に上がる
そこでカラドボルグとルードヴィッヒ、そしてノブヒロの顔を見た
ジュンヤとシズカは居ない
「アユミが責任って言っても、吾輩達にはサッパリ分からないニャ
観念して説明するニャ」
「あ…うん…何から話したもんかな…」
「全部話すニャ」
自分のトラウマ体験でもあるので気は進まなかったが
うまい言い訳や処世術も持ち合わせていないアユミは溜息を漏らし、話し始める
***
「まず…魔族によってこの世界に召喚されたときは、25歳の成人男性でした
しかし、魔族の開発した薬品によって女の体にされ、精液を注入されて
魔族の子を孕まされ、一瞬で臨月を迎えて出産…その後もへその緒から養分と
「異世界召喚」で得た能力を奪われ、結果このような女児の体になったわけです」
本当は今のような10歳女児ではなく、5歳幼児だったのだが
非力な女という点では大した違いはないだろうと思い、省略した
「それで…奪った養分で魔族の子は一瞬で大人の魔族になり、これは想像ですが
一月程簡単な訓練を積んだだけで、戦線に投入されることになったのでしょう
「投擲」という…僕から奪ってアイさん達を殺すのに使った能力をひっさげて」
2人と1匹は黙って聞いていた、アユミは罪悪感で彼らの顔をまともに見れない
「あの凄まじい投げ槍は僕も見ました。勇者の能力でもないと、あれは不可能です
僕が「投擲」なんていう能力を持っていたからこのような事に…申し訳ありません」
アユミは再び土下座の姿勢になる
「…で、どうやって精液注入されたのニャ?」
「逆さに吊り上げられて、フラスコを股間にねじ込まれて…」
「まさか、魔族と通じていたと言っていたのは…」
「え…へその緒で通じていたんですから嘘じゃないですよ」
カラドボルグは、再び脇息のようになって持ち上げた。アユミは今度は
顎と腕を乗せたままにする
「ニャんじゃー! やっぱりアユミは悪くないじゃニャいかー!」
「そうですよ! 全部魔族が悪いんじゃないですか!」
「いえ…魔族が何故産ませたのか、今ならわかります。魔族には魔族の正義があると…」
「そんな士気が下がること、他の兵士達には言うなよ?」
「言えませんよ…言ったって信じられる話とも思えません、その点ルードヴィッヒさん達なら
言っても大丈夫だと思いました。ジュンヤさんとシズカさんには刺激が強いかもしれませんが…」
「それは、折を見て僕が伝えるよ…まろやかな表現にしてね」
「…お願いします、ノブヒロさん」
ルードヴィッヒは溜息をつくと、ゆっくりと立ち上がる
「よくわかった…アユミのは比喩とかではなく、肉体的に通じていたわけだな
自分ではどうにもできない状況だった事も想像できる…これで責任を問う事などできんよ
さて…私達は火葬の準備があるからこれで失礼する。アユミはもうしばらく休んでいると良い」
「もう火葬ですか…」
「早く焼かなければ疫病の原因になる。魔法兵達が居るから少ない燃料で済むし
さすがに魔族も連日…戦力の逐次投入という愚行は重ねないだろう、今夜行うのが最善だ」
「…わかりました、後で僕も向かいます」
「うむ…では、また後でな」
ルードヴィッヒはノブヒロを連れて出て行った。アユミはこのままカラドボルグを
撫でようかと視線を落とすと、目立たないが脇腹に、槍で開けられた穴を見つける
「あ…ここ大丈夫?」
「痛覚無いから平気ニャ、後で鍛冶してくれれば良いニャ…それより
まだ分からない点が残ってるニャ」
「え…?」
「あの投手を殺った時…どうしてあんなに取り乱していたニャ? 自分の子供だったからニャ?」
「それもあるけど…僕の姿を見て言ったんだよ…心臓喰わせろ、って」
「ニャんと」
「本来は、この方法で産み出された魔族は、母の心臓を食べる事を本能に刻まれていてね…
僕もあの時に殺されるはずだった…でも、もう一人未熟児が産まれてね…双子だったんだ
そっちを食べたから僕は難を逃れたけれど、後で…この方法で生み出された魔族を集めて
檻に入った僕を見せる実験が行われて…すごい…怖かった…」
「ニャ…そうされても魔族の正義とか言って…恨んで無いニャ?」
「うん、全く恨んでない…あー、ひょっとして都合の良い女とか思ってない?」
「ニャ!? ニャ…ニャんのことニャー」
「別にいいよ、サリエルさんにもそう言われたから」
「天使って、意外に腹黒なのかニャ…まー吾輩も、悪人に利用されそうとは思ったニャ」
「やっぱり…でもこの際「真の敵」を引きずり出す為なら、それでもいいかな」
「アユミはもうちょっと自分の事を大切にするべきニャア…」
「…」
アユミは無言で撫でる、大切にしろと言われても心の底では、自分が存在していなければ
アイ達…多くの兵士が死ぬこともなかったと思っているので賛同はできなかった
***
夕食を摂った後、拠点の東側で大規模な合同火葬が行われることとなった
死者の名簿を作成した後、火葬された骨は一ヶ所に集められて土の中に埋めるらしい
ジュンヤはこの方法に難色を示したが、アイの支持者達の声もあって特別に
アイだけ個別に火葬し、骨壺を用意することで合意したそうだ
「拠点奪還作戦に参加した全ての英霊達に敬意を表する! 着火!!」
クルネドの合図と共に炎が燃え上がり、荼毘に付す。アユミも遠くから見ていたが
きらめく炎の大きさが自分の罪の大きさを伝えている気がして、目を閉じて祈る
「くっ…姉貴…」
ジュンヤの目から一筋の涙がこぼれる、シズカがそっと寄り添う
この後は、最低限の見張りはつけていたがルードヴィッヒの言う通り魔族の襲撃はなく
火葬は滞りなく行われた
***
兵士達とノブヒロは火葬が終わった骨を地面に埋める作業を
ジュンヤとシズカがアイの骨を骨壺に収める作業をしている中
アユミはクルネドに呼び出され、カラドボルグとルードヴィッヒと共に会議室に来た
「アユミ、狙撃手を倒した話はルードヴィッヒから聞いた…魔族の拠点奪取と防衛に
充分な活躍をしてくれたようだな…今、残りの成功報酬を支払おう」
「はい、あの…アイさんを亡くしたジュンヤさんの事が気になって…」
「確かに残念な事ではあるが、お前は兵站の任についているわけではない
再び戦線に用いるかは私の責任で判断する」
「アユミ、気持ちはわかるが冒険者ギルドの人間だ。惰性で任期を引き延ばすべきではない
ジュンヤの事は我らに任せてくれ」
「ほらアユミ、受け取っとくニャ」
「そう…ですね、わかりました」
確かに、自分にできることはもう無いだろう…そう思い、机に置かれた5万ゴールドに
手を伸ばした…その時である
「アユミ! 来てくれ!」
「うぇっ?」
急にジュンヤが入ってきて、アユミの手を引いたので変な声が出た
「ど、ど、どうしたのです?」
「話は後だ! とにかく来てくれ!」
ぐいぐい引かれて連れられた場所には、シズカがいて、近くには開いた骨壺が置かれている
「アユミちゃん…来てくれたのね…」
「!?」
骨壺からかすかにアイの声がする
「お…おばけェ!?」
「しっかりしろアユミ! 姉貴だ姉貴! 生きてたんだよォ!」
「ニャんじゃーマッタク…」
「カラドボルグちゃん…「留置」の能力で踏みとどまってるわ…私もカラドボルグちゃん
みたいになれるかしら…?」
「ニャ、ニャんと…」
2人と1匹が動転する中、シズカは落ち着いた様子で
「皆静かに! アイちゃんの話を聞きましょう」
そこに、ルードヴィッヒも驚きの表情を浮かべながらやってきて
一緒に話を聞き始める
***
「槍が刺さってもうダメかと思ったけれど、自分の魂も「留置」できたみたいなの
それで骨だけになって、震わせることでようやく喋れるようになったわ」
「ニャ…吾輩と似た方法ニャ」
「でも骨だけだからなのか、上空に引っ張られる感じがして辛いの…成仏してしまいそう
だから、カラドボルグちゃんみたいな剣になっちゃえば安定して留まれると思うのよ…」
「この前話した吾輩の身の上話で思いついたかニャ…」
「アユミちゃんが鍛冶できるんでしょ? お願い…」
「しかし…アユミに死者を冒涜させるような真似を…」
「本人と弟が望んでるから冒涜じゃないぜ! 神や仏にも文句は言わせねぇ!」
「ぼ、僕も助けになりたいけれど具体的な手順は…カラドボルグ?」
カラドボルグを見ると、普段の軽い雰囲気は消え
深刻で真面目な表情をしている…ように感じた
「皆…吾輩とアユミだけにして、アイと話をさせるニャ」
「な、なんだよ! 姉貴に妙な事…」
「いいから、出ていけ」
今まで聞いた事のないドスの効いた声で威圧し、ジュンヤはたじろいだ
「ジュンヤ、こちらは頼む立場だ、それに生きてる剣だからこそ思うこともあるのだろう」
「ジュンヤ君、落ち着いて…信じましょう?」
「くっ…変な事はするなよ!」
そして3人は部屋を出て行った




