48話 死は突然訪れる
即席の家が炎上する少し前、ジュンヤは相変わらず「裏切りの森」で伐採作業に精を出していた
当然鎧を着たままなので、汗が沢山出て辛い。そんな彼にアイが飲み水を持ってきた
「ふー…あっつ…鎧なんて脱いじまおうか…?」
「ダメだよジュンヤ、ルードヴィッヒさんに言われてるでしょ? はいお水」
「サンキュー、ふぅ…こんな戦い、いつになったら終わるんだろうな…」
「今は頑張るしかないよ、私達は勇者なんだから…一緒に頑張ろ、ね?
そうだわ! いつかこの世界を旅行して遊びましょ! シズカちゃんも一緒に!」
「そりゃいいな!」
ドズウゥ!!
「う…あ…」
「あ…姉貴…? 姉貴ィィィ!!」
森から投げ槍がすさまじい速度で飛来し、アイの胸を貫通したのだ
「くそおオォォ!!」
ジュンヤは、光の加減で見えないが森の中にいるであろう敵に、伐採用の斧を投げつけて
背中の両手剣を取り出して構える、するとまた投げ槍が飛んできた
「うおおおっ!?」
とっさに剣を盾代わりにして受ける。しかし、その剣を貫通し、さらに鎧をブチ抜く
「ぐはぁッ…くっそ…」
胸を貫通されることは無かったが、衝撃でジュンヤは
設置されていた木のバリケードを巻き込みながら
食堂だった建物の壁まで飛ばされ、叩きつけられて気絶した
「て、敵襲! 敵襲ー! …がはっ」
一本一本恐るべき精度で、見張りや作業中の兵士達が1人、また1人と
胸を貫通されて倒れていく。その時、ルードヴィッヒが応援を連れて駆け付けた
「盾部隊前へ! 怪我人を回収せよ!」
それに応じるように、魔族の精鋭部隊が森からヘルファイアでけん制しつつ突入してきた
いずれも「健康な肉体」を備えていて、剣で切られても動じない頑強さを発揮し
人間達に恐怖を与えていく。盾部隊の後ろからシズカを始めとする衛生兵達も到着した
「アイちゃん! …っ、ジュンヤ君は…!」
シズカは「液体感知」によってトリアージを行う、それは彼女に
「アイの血流が止まっている」という残酷な事実を突きつけていた
ノブヒロも陰に隠れながら、とげ付きの木の幹を敵にからませて侵攻を阻む
しかし人間側には決定打が無く、投げ槍によってジリ貧に陥っていた
そんな時、即席の家が燃え上がるのを見てルードヴィッヒは懇願する
「アユミ…どうにか気付いてくれ…!」
***
カラドボルグに乗って拠点に向かうアユミは、魔族と人間が戦っている側面から
恐るべき投げ槍を目撃する。山なりにではなく、重力や風の抵抗を完全に無視し
真っすぐ胸目掛けて飛んでいき、貫通させていく。まるで昔地球にあった
攻城兵器バリスタのようだ
「ニャア…どんな怪力の持ち主ニャア?」
「そんな事言ってる場合じゃない! 早くなんとかしないと!」
「落ち着くニャ、こういう時こそ斥候兵の出番ニャ、槍は森から撃っているから
吾輩達は側面からバレないように近づいて無力化させるニャ」
「うん…わかった!」
アユミ達は進路を変更し、森の中へ入っていった。木が密集していないので
程なく、投げている現場にたどりつき、藪の中に伏せて様子を探る
投げている1人の魔族を中心にして4人が囲んで円陣を組み、周囲を警戒している
恐るべきは、その投手が道具を何も使わず、かといってラゴーウンのような巨体でもなく
助走もつけずにあの勢いの槍を投げている点であった。いくら魔法のある異世界とはいえ
常軌を逸している
「なんて奴ニャ…アユミ、吾輩が囮になって護衛を引き付けるから
投手にそーっと近づいて手足を凍らせるニャ」
「うん…できるの?」
「一昨日の吾輩の活躍を、今見せてやるニャ」
***
「せいぃーッ! ふぅっ、結構倒したな」
「流石だな! あともう少し投げれば指揮官も出張ってくるだろう
頑張ってくれ! ほい、替えの槍束だ」
その時、派手な雷鳴を響かせながらカラドボルグが、正面から姿を見せた
「ニャフ…槍投げ遊びはここまでニャ」
「こ、こいつは…「凶雷の黒猫」だ!」
「オーウ、結構カッコいい二つ名ニャ、褒めてやるニャ」
「くっ! 相手は1匹だ! たたんじまえ!」
まず2人が斧で殴りかかってくるが、カラドボルグは華麗に回避しつつ
その2人を無視して投手を守っている2人に対して電撃を飛ばす
「ぐあっ!」
「この野郎…ナメやがって!」
「ニャフフ…たった2人でどうにかしようニャんて、相手の実力も測れないおバカさんニャ」
カラドボルグに挑発され、4人掛かりで殴りかかる。そこを投手がカラドボルグに狙いを変え始め
アユミは後ろからゆっくりと投手に近付いて行った
投手が狙いをつける速さは異様に速く、4人と1匹が入り乱れているにもかかわらず
迷い無く槍を投げた。カラドボルグの脇腹に命中し、貫通はしなかったものの、吹き飛ばされる
「ウニャッ」
「やったか!?」
カラドボルグは槍が刺さったまま素早く立ち上がる
「なにぃっ!?」
「フーッ、鍛錬してなかったら今頃真っ二つだったニャー」
その様子は投手にも少なからず動揺を与えた。アユミはこの機を逃さず
コールドハンドで投手の足に掴みかかる
「ギャアアア!」
「しまった! 仲間がいたのか…グアッ!」
「吾輩を無視するニャ」
投手はたまらず尻もちをついたので、今度は槍を投げていた手を思いっきり掴む
叫び声とともに、みるみる組織が壊死し水膨れとなる、これでもう槍は投げられないが
両手両足を入念に凍らせていく、この時はまだ命まで取る気はなかった
投手が仰向けに大の字になって動けなくなったところで、アユミはその顔を見る
「なっ…あなた…は…」
アユミの記憶がフラッシュバックする、自分の股間から這い出てへその緒から力を奪い
急激に成長した男…その顔であった。その時はまだ「記憶能力強化」は無かったが
死が隣にあった場面での衝撃的な出来事だったので、顔はしっかり覚えられていた
母だと名乗るべきだろうか? 再会で懐かしさも感じ「透明化」を解いてみた
だが次の瞬間、後悔することになる
「か、母さんだよ…わかる…?」
「し…し…」
「え…?」
「シンゾークワセロ…」
アユミは苦虫を噛み潰したような顔で投手に馬乗りになり、ヒートハンドで首を絞める
オグホープ舞台での実験がトラウマになっていたのだ
「お前も! お前もそれを言うのかっ!? 人を食料みたいに言うなぁ!!」
「ア…ア…カ…」
首を焼かれた投手は絶命した。しかし気の収まらないアユミはどんどん温度を上げ
投手が自然発火を始める
「魔弾の投手がやられた!」
「くそっ! 隊長に報告だ!」
護衛だった4人は、替えの槍束を捨てて拠点の方向へ走り去っていった。一方でカラドボルグは
今まで見たことのないアユミの怒り狂う様を見て驚き、引いていた
「アユミ! 森林火災になるニャ! もうやめる…ニャ!」
「ウアアアアー!!」
カラドボルグはアユミに電撃を放つ、だがそれでも止まらない
「ア…アユミ…」
カラドボルグは応援を呼びに拠点に走っていった。残されたアユミは泣き叫んでいた
自分の生み出した子供が嬉々として大量殺戮をし、第四世代のような事を言われたので思わず殺した…
アユミの中で善悪の境界線が崩壊し、感情が抑えられず、温度は上がり続け
投手は完全に火葬されてしまった。装備と槍も燃え尽き、溶けた金属で周囲の木々に飛び火し始めている
「なんで…こんな奴を生み出しちゃったんだ…死…」
にたい、という言葉が続けて出てこない。自殺幇助要求を禁じられているので
頭が強制的にスッキリし、出ていた涙も止まり、ヒートハンドも止まる
そんな自分に嫌悪感を抱き始めた時、骨だけとなった投手から光の粒子が立ち上り囁き掛ける
「コレ…カエス…」
アユミの中に光の粒子が入っていく、その最中「投擲」の能力が戻ってきたと
理屈はないが感じた。これは「異世界召喚」で備わるはずだったアユミ本来の能力だ
しかし今戻ってきても全く嬉しくない、それどころか自分の能力で大勢の人間が死んだと
突きつけられた気がしてさらに嫌悪感が増した
***
しばらくして、カラドボルグはルードヴィッヒと分隊を連れて戻り、アユミの背中を発見する
裸で、魔族の骨の上に乗ったまま、うつむいて動かない
「大丈夫かアユミー! …むっ、まだ火災規模は小さい、フリーズで対処せよ!」
「了解!」
ルードヴィッヒは、離れた場所に捨ててあった槍束を発見する
「この槍は…! こいつが狙撃していたのか…よくやってくれた、おかげで命拾いしたぞ」
「命…あっ…」
ルードヴィッヒの外套を被せられながら、改めてこれが戦争なのだと思い知る
前に、熊獣人盗人の賞金首を手にかけて、殺しは慣れたと思い込んでいたが
自らが産んだ子を殺す事になるとは、全く予想も覚悟もしていなかった
「僕…僕が…僕が殺しました…」
「アユミよくやったニャー! アユミが狙撃手を倒したおかげで防衛にも成功したニャー!
従者として鼻が高いニャー!」
カラドボルグは、わざと声高々にアユミの功績を喧伝するが
アユミ本人にはとても空虚で他人事のように聞こえていた。顔も渋い
その様子を見てルードヴィッヒがカラドボルグに耳打ちする
「…アユミは一体どうしたんだ、心ここにあらずという様子だが…?」
「吾輩にもよく分からないニャ…とりあえず、拠点に戻って休ませてほしいニャ」
「分かった…さ、アユミ…」
ルードヴィッヒがおんぶして、連れ帰っていった
***
拠点に戻ると、アイとシズカが使っている個室では、残った「五人衆」達の言い争い…主に
胸に包帯を巻かれたジュンヤが声を荒らげて、アイは寝床に寝かされていた
そこにアユミ達も後から加わり、おんぶから降ろしてもらった
「シズカ! なんで…なんで姉貴に回復魔法を使わなかった!?」
「だめだよジュンヤ君…心臓を貫通していたの…私が駆け付けた時には…もう…」
「畜生ッ!! …おいルードヴィッヒ! 生き返らす魔法もあるんだろ!? あるんだよな!?」
「落ち着け! そんなものは無い!」
「くそぉ! ここは異世界だろぉ!? 何でもアリだろう!?」
「ジュンヤ君、僕らも気持ちはわかるから…どうか落ち着いて…」
「黙ってろノブヒロ! アイの姉貴はなぁ…最高の姉貴だったんだ!
…本当にな…どうしてこんな目に…」
ジュンヤは座り込んでアイの顔を見る
「姉貴がいたから今まで頑張ってこれた! こんな訳の分からねぇ世界に呼び出されても
姉貴が笑顔で励ましてくれた! なのに…もう姉貴は笑うことも喋ることもできねぇ…
俺は…もう戦えない…」
それは困る、ここで勇者が一気に2人も抜けたら戦線の維持が困難になるのは明白
そう思ったアユミは、自身への嫌悪感から一芝居うつ
「アッハッハ! 情けない…僕の産み出した魔族で総崩れだなぁ!?」
「「「!?」」」
「僕は、魔族と通じていたんだよ、槍投げ作戦の為になぁ!」
「なっ…て、てめェ…!」
ジュンヤは片手でアユミの首を絞めながら、撃ち抜かれてボロボロの両手剣を持って切っ先を向ける
首が絞まっているが「呼吸省略可」で肺の空気を節約すれば、まだ喋れる
「もう戦えないなら拠点を落とすのも簡単だな! 悔しいか! このシスコン野郎!!」
「黙れェェェ!!」
アユミが涙を浮かべながら罵倒しているのをシズカだけが気付き
「ダメェッ! ジュンヤ君!!」
ドズッ
シズカの叫びも空しく、ジュンヤは怒りに任せ、そのままアユミの腹を突き刺す
着せられた外套が真っ赤に染まるが、刺されたアユミは泣きながら笑っていた
「なんだ…ちゃんと戦えるんじゃないか…うそつき…」
「な…な…!?」
「刺させてごめんなさい…でもあなたは勇者なんですから…頑張るしかないですよ…」
言い終わると、両手剣の刀身が限界を迎え、真っ二つに折れる
そのままアユミもろとも地面に落下し、衝撃で刀身が腹を貫通する
「ガフッ…」
「ギニャァァァ! アユミィィィ!!」
「あわわわわ…」
「ヒール! ヒール!! ノブヒロさん呆けてないで抜くの手伝って!」
程無く、シズカの回復魔法によって止血しながら剣が抜き取られる
ジュンヤは尻もちをつき、目の前の事が信じられないといった感じである
「くそっ…分からねぇ…何だってんだよ…姉貴みたいな事言いやがって…!」
「ゴホッゴホッ…いえね…魔族と通じてた僕を刺せばやる気も戻るかなって…」
「アユミ!? まだそんな嘘を! あの狙撃手を倒したのはアユミだろう!?」
「いや…ごめん…なんだか無性に死にたくなった…死ねないけ…ど…」
そう言うと、アユミは目を閉じる
「アユミ!? しっかりするニャ!!」
「…大丈夫だ、眠っているだけだ…このまま別の寝床に運ぼう。ジュンヤ!
お前は少し頭を冷やせ」
「…分かった」
ルードヴィッヒがそう言うと、ジュンヤとシズカを残して皆部屋を出て行った
***
「…シズカは行かないのか? こんな俺…幻滅しただろ」
「もう…小学校から…何年の付き合いだと思ってるのよ…私だって叫びたかったのに
取られちゃったね…」
「シズカ…俺…異世界に来て「怪力」なんて貰って…何でもできる気でいたんだ…」
「うん…」
「実際はこのザマだ…畜生…姉貴を守れねぇ…俺はなんて弱い男なんだ…」
「大丈夫、今から強くなっていけばいいの…」
「あぁ…すまねぇ…すまねぇ…!」




