46話 人間の常識に価値は無い
魔族の一個小隊は、ベランダからカラドボルグが下りてきたのを見て行軍を止めた
しかし黒猫1匹に怖気付く事はなく、まずけん制として槍を投げてきた
「ニャッ、ニャッ」
10本投げられたが、カラドボルグは全て回避する。だが魔族はけん制の勢いを殺さずに
斧、槌を持って突っ込んでくる。カラドボルグは電撃を纏ったネコパンチで応戦する
どちらも決め手に欠けていたが、小隊の後方から叫び声が上がる
「ぎぃやぁアッチイィィ!!」
「なんだ!? ぐぅイッチ!!」
「罠か!? グァァァッ!! 蛇か!?」
魔族には見えない灼熱の手が足に絡みつき、火傷を負った者が次々と蹲る
「気をつけろ! 同士討ちはアガガガガ!!」
「吾輩を無視するニャ」
派手な黒猫と、見えない手、両方に集中することはできず、戦闘不能者が増えていく
「くそっ…怪しげな術を…っ! 退却だ!」
「その隊長を捕らえて!」
「わかったニャ!」
「!? グオオオッ!!」
電撃が「退却指示を出した魔族」に集中し、カラドボルグが前足で押し倒す
「た、隊長ォォ!!」
「グッ! 命令順守だ! 退却しろ!」
「は、ははぁっ!!」
足を引きずりつつ、または手を貸しあいつつ、魔族は隊長を置いて西へと逃げて行った
そして城塞都市グルーまで下がったのを確認してから、アユミが「透明化」を解いて
隊長に姿を現す。もちろん全裸であるが、もはやアユミは何とも思っていない
「くっ…こんなガキにやられるとは、俺も焼きが回ったか…殺るならさっさと殺れ!」
「…殺しません、あなたには伝言をお願いします」
「な、何…?」
「魔王ゼログニに、貴方のじゃじゃ馬アユミが木の上で待っている、と伝えてください」
「お、お前はまさか…島で走らされていた、あの…!?」
「あぁ…ドールさんに、腰に縄を付けられて引っ張られてましたから…目に映りましたか
まぁ僕のことを知っているなら話は早いです。何とか魔王ゼログニにお伝え下さい」
「…わかった、だが何を企んでいる? ゼログニ様を罠にでも嵌めるつもりか?」
「少し…話がしたいだけです。それに、魔王がこんな小娘にやられるわけがないでしょう?」
「そうか…そうだな…伝えよう」
隊長は起き上がり、ゆっくりと西へ歩いて行った。アユミとカラドボルグは
そのまま見送り、家の階段を上っていった
***
鍼灸ワンピースを着たアユミは、東側の椅子に座って保存食を食べていて
カラドボルグは寝転がりながら外をチラ見している
「結局、魔王と話すのニャー…結果は期待できんニャ」
「うん、僕だっていきなり仲良くやろうなんて全く思ってないよ。でもいつの日か…
10年後…20年後…「真の敵」が現れた時、根回しをしてないと、今戦争中の敵種族と
手を組もうなんて絶対思わないだろうしね…」
「アユミは夢見すぎニャア…ニャ?」
「別にそう言われてもいいよ…正しいかどうかは歴史が証明するってやつ…」
ベリベリベリィッ!!
「いよう! じゃじゃ馬ァ!」
「ングッ!?」
突如西側の垂れ幕が勢いよく剥がされ、2つの影が乱入してきた。ゼログニとリークルだ
翼のあるリークルはともかく、ゼログニはここまで跳躍したのだろうか?
カラドボルグはちゃっかり西側から離れていた
「魔王を呼び出すとはいい度胸だなぁアユミ!」
「ゲホッ…ようごそゴホッ…おごじぐだざいゴーッホ!!」
カラドボルグが水筒を咥えて持ってきたので、手に取って飲む
ゼログニ達はその様子を笑って見ている
「は…早いですね…」
「フフ…相手の準備が終わる前に突入するのは戦の常套手段だろう?」
「はぁ…何もありませんが、どうぞお掛けになってください」
アユミは食べかけの保存食を片付け、手を付けていない食糧から甘そうな物を選んで
2人に差し出した。ゼログニは椅子に座ったが、リークルは座らない
出した甘味もゼログニは手を付けず、リークルはすぐに食べる
恐らく毒見なのだろう…敵種族相手なのだから当然かもしれないが、少し寂しく思った
「で…何の用だ?」
「「魔王」である貴方にしないと意味が無い話をしたいのです」
「ほう…だが、俺からも話がある」
「…何でしょうか? 先にどうぞ」
「お前がオグホープ島から脱出したと知れ渡り、ちょっとした騒ぎになった。特に
ベロ博士は警備網の穴はどこだ責任者は誰だと大騒ぎしていた…見ていて滑稽だったがな
答えを教えてもらおうか?」
「答えは…これです」
アユミは「透明化」を使いながら鍼灸ワンピースを脱いだ。リークルは驚くが
ゼログニは目を細めて唸りながらじっと見つめる…魔王の力で見えているのだろうか?
「まぁ…こんな力を隠していたなんて…」
「…」
「魔王ゼログニ…貴方にはやはり見えているようですね」
「そうなのですか!?」
「非常に薄っすらとだがな…これだけ近く、意識も向いてればわかる」
「…やはり迂闊に脱走を強行せず、機会を待ったのは正解だったようですね」
「そういうことか、お前自身の能力だけでなく、慎重さも合わさり
誰にも発見されることなく逃げおおせたわけか」
「はい」
そう言いながらアユミは着直して「透明化」を解く
「代わりに、卵子を全て取られて閉経するハメになりましたが…ね」
アユミとゼログニがリークルに視線を向け、本人は目をそらす
「フッ…聞きたい事はもう一つ、この短期間で随分背が伸びたな…何があった?」
「脱出成功して寝ていた所、天の使いがやってきて願いを叶えていったのです」
「ほう…新たな「チート」か? 後から与えられるとは初耳だ…妙に優遇されているな?」
「詳しい話は省略しますが…僕の死んだ母親が多大な貢献をしたとかで、そのお礼で
叶えてもらえる事になったので…僕は成長を望みました」
「なるほど…しかし…人間の成人女性は見たことがあるが、何か中途半端な成長だな?」
「僕も…18歳位の成人女性を望んだんですけどね…卵子も卵胞も何もなく
第二次性徴に必要なホルモンを生成できず、10歳以上になれないそうです」
再びアユミとゼログニがリークルに視線を向ける
「わ、私だけじゃなくベロ博士も関わってますから…」
「まあいい…しかし、相変わらず素直なヤツだ、敵となった相手に自らの情報をペラペラと…」
「貴方には嘘でごまかせるなんて思っていませんから、それに…敵とは思っていません」
「何だと…?」
ゼログニの表情が引き締まり、アユミを鋭くにらみつける
怖気づきそうになりつつも、なんとか耐えて深呼吸する
リークルはゼログニの変化を感じ取り、身が引き締まる
…そんな3人をカラドボルグは黙って見つめていた




