30話 猫が教師
倉庫はレンガ造りの建物だった。中に入ると同じ大きさの部屋に整然と区分けされ
金属の扉が取り付けられていて非常に頑丈な造りだった。このような建物を所有している店主は
よほどの金持ちか、暴落したところをうまく買い取ったのか…その時、誰かがくしゃみをした
音が倉庫内に響き渡る…店主は耳の後ろを掻き、音の方に近付きながら話す
「…そういや、なんで倉庫なのに敷金を取るのか言ってなかったな…これが理由だ」
店主はマスターキーを使ってくしゃみの音がした部屋の扉を開けた
中には家具が置かれており、男が一人寝袋に入って横になっていた
「なっ!? バローさん!?」
「おうおう…ここは寒いだろう…大人しく宿にでも泊まったらどうだ?」
「勘弁して下さいよ…今月キビシーんですから…」
「フッ…忠告はしたからな?」
そう言うと、バローと呼ばれた店主は扉を閉めてアユミに向き直る
「ま、ご覧の通りだ。金に困った…しかし野宿よりはマシという理由で、ここを使う奴が
後を絶たない…俺はあえて禁止していないが、住み心地は最悪だぞ。使うなら覚悟するんだな
…ああ、部屋に穴開けたりするような大掛かりな改造は禁止な」
「わかりました」
契約書にもそう書かれてあった。やがて、「37」と書かれた金属の扉の前にたどり着く
「ここがお前の倉庫だ、開けて見ろ」
「はい」
アユミは先程渡された鍵で扉を開けた、広さは3畳、レンガ壁以外何もなく、埃っぽい
とりあえず背負っていた鍛冶道具とカラドボルグを下ろすが…掃除が必要だろう
「あのー、モップとかありませんか?」
「それなら、あの角に置いてある共用のやつを使うといい。ちゃんと洗って返すんだぞ」
「はーい」
「アユミ、後は一人で大丈夫かしら?」
「はいジェニファーさん、ありがとうございました」
バローとジェニファーは帰っていき、アユミは掃除用具を見に行った
「うわぁ…」
モップとバケツがあったが、汚いまま放置されていた
下水道掃除の時にツナギ類を洗った水場にいってモップとバケツを洗い
バケツに水を入れて倉庫に戻って、一旦鍛冶道具とカラドボルグを外に置き
天井、壁、床の順で掃除した
「健康な肉体」の持久力で腕が痛くなることもなく、小さな部屋なので短時間で終わった
鍛冶道具と契約書とカラドボルグを中に置き、またモップとバケツを洗って返却し、一息つく
ちょうど夜になっていた
「ふぅ、終わった…」
「お疲れ様ニャー、でも夜はこれからニャ」
「…え?」
***
アユミはカラドボルグだけを持って北門から街の外に出て北西へ歩き
道中で食べられるキノコをつまみながら話をする
「それで…何をするの?」
「次にやるのは、水源の確保ニャ、心当たりはあるかニャ?」
「え? ワンダラの井戸じゃダメなの?」
「井戸じゃ効率悪いし、ガンダーとかいう鍛冶オヤジに反対されたんニャー
街中でカンカンしたらまた怒られて邪魔されるかもニャ、飲み水じゃニャくても良いから
水が出そうな場所はあるかニャ?」
「あぁ…水の流れる音ならゴブリンの巣穴で聞こえたよ、行ってみよっか」
森の中に入り、ゴブリンの巣穴であった洞穴の場所まで向かった
入り口はあの時と変わらずにあった
***
枝を集めて火をつけて中に入る。糞尿の臭いは大分やわらいでいた
奥に進むと水の流れる音が、あの時と同じように響いてきた
「オーウ、これは期待できそうニャ…臭いけど」
「あの時はゴブリン退治に集中してて水がある所とか探さなかったんだ…こっちかな?」
さらに地下深くに降りていく、道はそこまで険しく無い、やがて足から水溜りの感触がした
「おっ! み…水だ!」
「もうちょっと奥に行くニャ」
水際に沿ってさらに進んだ所で
「ギャヒィィィ!!」
「えっ!?」
後ろからゴブリンが1体襲ってきた。アユミは完全に不意を突かれた…が
カラドボルグが反応して電撃を放った
「ギッ!?」
「アユミ、止めを刺すニャ」
「う、うん」
コールドハンドで止めを刺した、それにしてもまだ生き残りがいたとは
「助かったよ…ありがとう」
「気にするニャ、ゴブリンとゴキブリは気付いたら湧いてるものニャ
しっかしここ使うニャら隅から隅まで探索しといたほうがいいかもニャー」
「それは…また今度で、今は水源を見つけよう?」
そして水の周囲を…5分程で回りきってしまった。
どうやら地下からこんこんと湧き出るタイプで、きれいな上流から水を取るという手が
使えそうにない。水の中にはゴブリンの物とおぼしきフンが流れ切らずに残っている
「よーし、吾輩を持ったまま泉の中央まで行くニャ」
「えぇ…錆びるんじゃ…」
「精錬すればまるっと解決ニャ…本当は嫌ニャけど」
それは剣としてなのか猫としてなのか…多分両方か、そう思いながら
鍼灸ワンピースとバレッタとストラップを外して泉の中に入った
***
最初は足首くらいの深さだったが、途中から急に深さを増したので火を持つ手を上げながら進み
1メートル程の深さになった所で、水中で砂が舞い上がっている地点を見つけた
「ここから出てるみたいだね」
「フーム…思ったより酸性じゃないみたいニャ。深さも十分、よしアユミ
一旦水から出るニャ」
「うん」
水から出るときにはどうしても外側にあるフンが目に付く。しかし水の出ている内側の方
には無いので、掃除すれば使えそうではある。飲み水としては使えないだろうが…
上がった時、カラドボルグから思いもよらぬ願いを聞く
「よし、これから吾輩に焼きを入れて、不要な金属を取り除くのニャ」
「えっ…今から!? 鍛冶道具も無いのに…」
「熱して折るだけだから、そこらの岩で代用可能ニャ。もう待ちきれないニャ~」
「大丈夫かな…?」
それからアユミはカラドボルグの計画を聞き、適した岩を探し、1つは割って尖らせた
いくらカラドボルグから大丈夫だと言われても、初めてやる事なので不安は拭えない
***
「じゃ、さっき言った通りにするニャ」
「う、うん…」
アユミはカラドボルグの柄の方からゆっくりと剣先にむかって、右手を刀身に沿わせていく
「もうちょい…もうちょい…そこニャ!」
手をそこで止め、裏側に左手を添えて刀身をはさみ、その部分をヒートハンドで集中的に熱する
赤く白くなっていき、ヴァニアの牢から出たとき程の色になった
「いいニャ! 切り込みを付けるニャ!」
熱した部分を大きな岩の上に置き、尖らせた石を当てて、上から手のひら大の石でガンガン叩く
熱して柔らかくなったので、石でも切り込みを付けることができた
同じ要領で、反対側にも切り込みを付ける
「いい感じニャ…今度はもう一度、さっきよりも熱するのニャ」
アユミは頷くと、また同じようにヒートハンドで熱する。まだ熱は残っていたので
程なく白くなった
「もっと熱するのニャ!」
さらに熱し続けると白く強烈な光を放ち始めた。「健康な肉体」により
溶接ゴーグルが無くても平気だが、とても眩しい
「今にゃ! 吾輩を泉に投げ入れて伏せるニャー!!」
アユミは力いっぱい、弧を描くように泉に向かって投げ、伏せて頭を抱え防御姿勢を取る
カラドボルグは浮力を働かせて自らの飛距離を伸ばし、泉の中央に落ちた
ボジュウウゥゥ…ボゴォーン!
豪快な水蒸気爆発が起こった、溶け込んでいたアンモニアにも引火して散発的な爆発も起きる
幸い天井は高くてうまい具合に衝撃が分散されたので崩落することはなさそうだ
30秒数えてからカラドボルグを回収し、壁に立てかけると沸騰している泉の中に戻り
ヒートハンドを使いながら手でフンを掬って泉の外に出していった
***
時間は分からないが、一通り泉の中のフンを出し終わった。かなり眠くなってきた
「お疲れ様ニャ、これだけ掃除すれば、湧き出る水自体が本当に鍛冶に向くかが
明日くらいには分かるニャ」
「それは良いけど…本当に折って大丈夫なの?」
「吾輩には痛覚が無いから心配は無用ニャ」
「そう…分かった」
アユミは洞窟内で段差があるところへ行き、下段に2個の岩を離して置き
カラドボルグを切り込みを付けた箇所を中心に、橋渡しをするように2個の岩の上に置き
上段に大きな岩を転がして持ってきた
「最終確認だよ! 本当に折っていいんだね!?」
「良いニャ!」
「…南無三ッ!!」
アユミは意を決して大きな岩を落とす
カパーン!!
大きな金属音がした…命中はしたようだ。アユミは音が止んでから駆け寄る
「大丈夫!?」
「いい感じニャ」
そこには、切り込みから真っ二つになった無残な剣の姿があったが
カラドボルグは意に介さぬ様子で、ゆっくりと浮き上がった
「結構軽くなったから、なんとか浮けるようになったニャ」
その場で猫形態にもなった、体長2メートル弱の、毛むくじゃらの黒猫になっていた
特に身体部位欠損も無いようで、アユミは安堵して抱き着く
「無事でよかったぁ…」
「ニャフ…これが焼き入れというやつニャ、焼き戻しという工程を飛ばせば
こんなふうに簡単に割れるのニャー」
「うん…」
モコモコの毛が眠気を誘う
「あ、コラ寝るニャ」
カラドボルグが前足でペシペシ叩く、柔らかい肉球も眠気を誘う
だがそのまま枕になる気のないカラドボルグは、アユミの腕をすりぬけて剣形態に戻った
「むー」
「こんニャ臭い場所には居られんニャ、とっとと外に出るニャ。折った方は一旦放置でいいニャ」
「いいの?」
「あれは持つ所のない鉄くずと同じニャ、誰かが見つけてもまず持っていこうなんて思わないニャ」
それを聞き、アユミは欠伸をしながら鍼灸ワンピースとバレッタとストラップを取りに行き
身には着けずに持って外に出た
***
「そういえば…どんな風に野宿するのニャ?」
「あぁ…カラドボルグにはまだ言ってなかったね、「透明化」っていう能力を使うんだ
こんな風に…」
「ニャンと」
使って見せるが…あまり驚いているようには感じない
「ニャ…輪郭はボヤけてるけど、うっっすらとわかるニャ」
「本当~?」
手に持っている服等を置いてもう一度尋ねる
「見つけるのは苦労しそうニャけど、これだけ近寄ってれば何とか分かるニャ」
「そっかぁ…人間と魔族は完全に見失ってたけど…猫だから分かるのかもね」
「フフン、そうみたいニャー」
カラドボルグがさらに続ける
「ニャら…荷物はどうしてたニャ? 透明になっても見えてるニャー」
「それは木の上とかに隠して…」
「今はいいけど、荷物が多くなったら隠し切れなくなるかもしれないニャー」
「確かに…金床とか隠せないもんね…」
「試しに、透明にならずに寝てみたらどうニャ? 危なくなったら吾輩が電気でピリっとやって
起こすニャ」
「えぇ…大丈夫かなぁ…?」
「男は度胸ニャ」
「うん? ううん…わかったよ、やってみよう…」
まぁ死ぬことは無いから…と軽く考えながら、「透明化」を解き、鍼灸ワンピースとバレッタと
ストラップを身に着け、適当な木に寄りかかって寝た




