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3話 被検体生活1日目

歩見が目を覚まし、ゆっくりと体を起こすと

奇妙な金属製装置の数々がある部屋中央の手術台の上に寝かされていたと分かる

歩見の体には鍼灸ワンピース、加えて左腕には金属製の腕輪が装着されており

そこから鈍い痛みを感じられた


やや離れた位置で装置を操作していた男が気が付き、立ち上がった

頭はボサボサ、無精髭が目立ち、白衣を着ている

種族特有であろう長く尖った耳、頭部に2本の角もある


「ん? おお! 目が覚めたか! 気分はどうかね?」

「はい…まだボーっとして…っつ!?」


男が歩見に近寄ると、左腕の腕輪に容器を装着し、血を抜き始めた

あらかじめ血管に針を入れ、そのまま固定する腕輪だったようだ

採血される経験は勿論あったが、試験管1本程度で気分が悪くなってきた

女児の体には負担が大きかったのだ


「おっ、大丈夫か? ここまでにしよう

血抜き程度で死なれてはかなわん」


腕輪は、取り外すと同時に止血も自動で行われる仕組みだったが

いつのまにか現れた助手らしき女によって白い布を巻かれた


黒髪ショートボブでホワイトブリムにメイド服を着ている

一見普通の15歳前後の人間のようだが、ひじが球体関節になっていた

おそらく人造人間の類だろう


「むっ、これはどうしたことだ、栄養が基準値以上…

骨密度が全く減っておらんではないか!」


奇妙な装置に血入り容器を取り付け、男が声を上げた

血液検査だけで骨密度を測定するなど聞いたことがないが

ここの医療技術がそこまで進歩していたという事なのだろうか


「むむぅ…心なしか、肌の色素が戻った気がする

さてはお前…天の使いから特殊な力を授かったな! そうであろう!」

「ヘェッ!?」


いきなりバレてしまった。しかも天使の存在を当然の事のように

認識している。宗教で教えられるようなあやふやな存在だとしか

今まで考えていなかった歩見にとっては衝撃的な言葉であった


「隠しても無駄だぞ、今までの研究で胎児にカルシウムを

根こそぎ奪わせる方法は確立してある!

既に200件は確認したから間違いない…」


自信満々といった表情でまくしたてられ、歩見はたじろいだ

とても信じられないが、反論できるだけの医学知識は無かった


「そうです…大天使さんから「健康な肉体」というのを」

「それだけではあるまい? 「大天使」ならもう一つくらい与えられるはずだ」

「うっ…」


言葉尻を捕らえられる。うつ病の自分に話術など皆無に近い


「はい…「記憶能力強化」を」

「ほう…聞いたことがないな、ならばこの本の内容を暗記してみろ」


男は少し色あせた厚さ1センチ程度の本を棚から取り出し、歩見に渡そうとしたが

助手らしき女によって制止される


「お待ちください、研究成果を部外者に見せるのは控えるべきかと」

「案ずるな、これには最新の研究成果は書かれていない…ほれ」


そう言いながら歩見に本を手渡した。しかし、その本は

日本語とも英語とも違う文字で書かれていた


「この文字を読めません」

「何!? そこからか…さすがに面倒だ…ドール! 文字を教えるのは任せる」

「承りました。ではこちらへ」


男は、渡した本を取り上げ、席に戻ってデータを見返しながら

独り言をつぶやく


「全く…翻訳機能に識字能力もつけるべきか…? いや…生き残ったのは

初めてだからな…労力に見合わんか…保留だな」


不機嫌そうな男だったが血液検査結果を眺めていくうちに

機嫌が戻ったのか、にやけ顔になった


「後から付与…そういう事もあるのか…フフフ…」


一方、ドールと呼ばれた助手は、歩見がずっと男の角を見ているのに気付く


「じっと見て、どうかしましたか?」

「あ、その…彼の角は人間には生えないなぁ…と」

「まさか、魔族を見るのが初めてですか。しかし魔族も人ですからお間違え無きよう」

「す、すみません…」


ドールは歩見の手を取って男とは離れた席に座らせ

棚から、絵がたくさん描いてある本を持ってきて

ぶっきらぼうに教え始めた


***


1時間後


「ベロ博士、終わりました」

「お? そうか、意外に早かったな。今度こそ読めるだろう

お前の言う記憶能力強化…見せてもらおうか」

「はい…」


先ほどと同じ、研究成果とやらを受け取り、1秒に1ページの速度でパラパラと見ていく

文字列を認識していなくとも、目に映った時点で

頭の中にある手帳に自動的に書き込まれていくような感覚だ


「この内容…自分の事かい…」


程なく、全てのページを見終え、歩見はため息をついた

一気に見たせいもあるが、書いてあった内容が残酷で

少し眩暈を覚えた。だが理解はできたので

本を閉じて傍らに置き、言葉を組み立てていった


「…強化兵士量産計画」


***


「発端は人間族との戦争で失われた戦力の補充…

魔族は人間より強い体になれるが、成長が遅くて出生率も低い

即戦力を効率よく確保する為に、生化学の研究は急務だった…」


ここまで言った所で、歩見はちらりとベロ博士を見た

向かい側の席に座ってニヤニヤ笑っている…このまま続けて良いようだ


「最初に取り掛かったのは精子の強化、あらかじめ採取した

精液に薬液を混ぜることによって、生存能力を強化し

受精する確率を向上させた…しかし、薬液の入った試験管を

股間に直接挿入するので冷たい、痛いなど不満が殺到…仕方なく

人間の奴隷を使う方針になった…」


「そうだ、敵側の資源を利用することで戦術的にも優位となるからだ

ところで…精液強化薬を男が直接飲んだ場合はどうなるのだったかな?」

「…その場合は、精液は多く出たが、受精する確率は向上しなかった」

「その通りだ、フフフ…続けたまえ」


「次に取り掛かったのは生まれた子の成長促進、薬液の直接投与は

吐かれてしまうので、へその緒を通した間接投与に切り替えられた

胎内での段階、出産直後での段階で使う薬液を別種にすることで、速やかな

成長、分娩を実現。急激な成長に足りない栄養素は母体のを奪わせることで解決

母体はやせ細り、程なく息を引き取ってしまうが

子は最低でも第二次性徴が始まる時点まで成長した」


「懐かしいな…まさに試行錯誤の日々だった、兵士候補となる子を速やかに

産ませるのには成功した。だが…2つの大きな問題が待ち受けていた…何かな?」


「1つは…成長しきらず、途中でへその緒が切れて流産となってしまう事が多発した

母体が若くなく、過去に出産経験があると人間の因子と反発して確率が上がる

そこで…人間の…お、男を女に変えて妊娠させる方法が開発された」


「フフフ…確実に生娘を調達できないなら、つくってしまえばいい…逆転の発想だ

女にする過程で吸い取った精液は、成長促進剤にリサイクルできる

性転換薬も安くはないが、2種の成長促進剤を無駄にする可能性を考えれば

良心的なコストだというわけだ…さて、もう1つは?」


「もう1つは…子が急激な成長で精神的に不安定になることが多かった

命令を聞かず、味方を攻撃する事もあった。調査の結果

誕生直後に母体を損壊させると安定していくことがわかり

心臓を抉り出して喰うまで放置すれば、狩猟本能が満足し

その後も順調な成長が見込める…」


「そういうことだ。骨密度を重要視したのは、骨を折りやすくさせ

心臓を喰わせやすくする為、幼子に変化させたのは、やせ細った母体よりも

警戒心を抱かせずに襲わせられる為。その成分も成長促進剤の中に

含まれていた…本来お前は心臓を喰われ、間違いなく死んでいる…はずだった

しかし、こうして生きている…その原因は何か?」


そう聞かれ、歩見は目を閉じ考え始める。「その原因」は

渡された研究成果の中には載っていなかったからである

咳込んだ衝撃で飛び出てきたもう一つの生命体の心臓を食べたのを

見ていたが、それだけの理由で自分が見逃されたのかは定かではない

そう言えば先ほどベロ博士は「生き残ったのは初めてだからな」

と言っていたことを思い出す


「その原因は…今は分からない、僕が初めての事だったから?」

「その通りだ…すばらしい!」


聞いたベロ博士は満面の笑みを浮かべ、拍手した


「お前は見たであろうが、母体の代わりに双子の片割れの方を喰ったと

報告は受けている。幼児化したお前よりもさらに弱そうな存在がまろび出れば

そちらに意識が向き、狩猟本能も満足させられるかもしれない」


腕を組み、一拍置いてから続けた


「だが! 研究において不明な点を、ただ一度の事象で決めつけてかかるのは

危険な考えだ! お前が生き残った事も情報の1つに過ぎん

研究成果に載ってない通り、今は答えが無いのが答えだ!」


ベロ博士はそう言うと同時に膝を叩き、勢いよく席を立った


「よくわかった! お前は素直な良い子ちゃんだ! 飯食いにいくぞ!」

「えっ? えっ?」


突然違う話をされ困惑する歩見を尻目に、ベロ博士は着ていた白衣を椅子に掛け

部屋を出ようとする。代わりに、ずっと待機していたドールが歩見に近寄って言った


「今までの問答は単なる余興、あなたが嘘やごまかしをするかを

確認していただけです。そうして従順でいれば博士もむやみに

死なせる事はないでしょう」

「そういうことだ…早く来い!」


背筋が凍った。うすうす気付いてはいたが、やはり自分は彼らに

実験用モルモット程度にしか認識されていない。そして今の問答では

なぜ自分が選ばれたのかが判然としない。この様子では

聞いたところで教えてはくれないだろう。 合点がいかないまま

ドールに手を引かれ手術室を出た。外には美しい夜空が広がっていた


***


着いた場所では、設置された長テーブルに複数人の魔族が座って食事を取っていた


「なんだ、ベロ博士か…うん?」


基本的に魔族の肌は青い、そんな中に白い人間の子供が来たら

自然に注目が集まる。歩見は少したじろいだが

そんなことはお構いなしにベロ博士はカウンター席に座り手招きをした


それを見た歩見は隣に座った。椅子の脚が長くて座るのには苦労した

ドールはベロ博士の傍らに立つ


割烹着姿のふくよかな魔族女性が近づいてきて応対する


「博士…ここに奴隷を連れてくるとか聞いてないんだけど?」

「こいつは奴隷じゃない、私の研究対象だ」

「そうなの? 奴隷じゃない人間なんて初めてねぇ…」


ベロ博士は長テーブルの方を向き


「お前たちも! こいつは強化兵士量産計画で生き残った貴重なサンプルだ!

殺すんじゃないぞ!」


言うと、少しざわつく


「えぇ…あれで生き残ったのか…ホントかよ…?」

「これはひどい目に遭う…間違いない」


好奇の目に晒され、歩見は恥ずかしくなって俯く

その間にベロ博士はカウンターに向き直り、注文した


「じゃあロザ、私はいつもので、こいつには肉野菜炒めを出してくれ」

「はいよ、ハンバーグセットと肉野菜炒めー!」


「「「うーす!」」」


カウンターの奥から3人の男の声が聞こえ、程なく肉の焼ける良い匂いがしてきて

歩見は顔を上げた


「で…ロザに頼みたいことがあるのだが」

「何だい? 面倒なことは勘弁しとくれよ?」

「朝と夜、こいつをここに来させるから肉野菜炒めを毎回出してほしい

昼飯はこちらで用意するからいい」

「まぁ、その位ならいいよ。お代は博士のとこから出してもらうからね

それでこの子の名前は?」

「名前!? うーん…被検体1号!」

「ダメよそんないい加減じゃ! 会計の子が困るって前にも言ったでしょう!

で、名前は?」


「歩見…歩見です」

「アユミね、わかったわ」


話していると、カウンターの奥から男が一人、料理を持ってきていた


「おかみさん、できやしたぜ」

「あら、話し込んじゃったかしら、どうぞ召し上がれ」


歩見の目の前に肉野菜炒めが出された。豚肉と雑多な青野菜を使った

何の変哲もない料理だ。横に目を見やると、すでにベロ博士はハンバーグを

食べ始め、ドールとこの後の計画を話していた。ドールには食事は必要ないらしい


「では…いただきます」


歩見はフォークを手に取り食べ始めた。塩だけを使ったあっさりした味

しかし豚肉の質は良く、野菜も食べ慣れたものがほとんどだったので

普通に美味しい


***


「ふーっ食った食った…ん? お前はずいぶんゆっくりだな?」


そう言われて、自分のがまだ皿の半分程度残っていると気付いた

女児になって食べる速度が大幅に落ちている。当然といえば当然だが


「ふ、ふいはへん(すいません)。ング、ング…」

「あぁ急がなくていい、今日の実験予定は無い

ドール! 後は言った通りに頼むぞ」

「了解しました」


ベロ博士は食堂を後にし、ドールは歩見が食べ終わるのを

立ったまま微動だにせずじっと見つめて待っていた

少し怖い


「お、お待たせしました」

「では食器はこちらで下げてください」

「はい、ご…ごちそうさまでした」

「「「うーす!」」」

「では案内します」


再びドールに手を引かれ、今度は兵士達の詰所らしき建物にやってきた

夜だからか魔族は疎らで、訓練設備の点検をしている者しか残っていない

その一角に受付窓がついた部屋があり、そこに連れられた


「リークルさん、連れてきました」

「待っていたわ」


そこに居たのは、歩見の精を抜き取り女にして縛り上げた

あのサキュバスであった。とっさに歩見はドールの後ろに隠れる


「嫌われちゃったわね…ドール、ベロ博士が呼んでいたわ

ここは引き継ぐから、行ってきなさい」

「了解しました」


そう言ってドールは歩見を置いて部屋を出て行った

「待って」と言うことはできなかった

隠れた手前、非常に気まずいが、サキュバス…リークルの対面に座った


「…本来、あなたとの関係はあの時に終わっているはずだった…

まさか、生き残ってこうしてまた会うことになるなんて

200回以上やってきて初めての事だったわ…私を恨んでいるかしら?」

「本を…読みました…強化兵士量産計画の事を…人間との闘いの為に

必要だったこと…共感はできないけど理解はできます」

「そう…」

「死んだわけではないですし、恨みとかは無いです。ただ…

次に使う人にはあまり痛くない方法でお願いします」

「善処するわ…さて、私の役目はあなたを空いてる寝床に案内すること

さ、いらっしゃい」


リークルは歩見の手を取って詰所を出て、監房らしき建物に連れてきた

金属の刺又で武装した軽装歩兵が向き直り、一礼した


「リークル様、お疲れ様です」

「新しい入居者よ、ベロ博士のお気に入りだから独房の手配を頼むわ」

「了解」

「さ、あなたはこっちよ」


入り口で、木の名札に自分の名前を書かされた後、部屋の奥に連れていかれた

そこは「写真撮影所」と書かれていて部屋中央に立たされた


「はい、名札を胸元まで上げて、こっちみてーそのままー…グロウ!」


瞬間的に赤い光が発せられた。どうやら魔法を利用した

インスタントカメラのようだ


「んーよし、一発で綺麗に撮れたわね。後は部屋だけど…」

「リークル様、3番部屋ならすぐ使えます。毛布と水差しは換えておきました」

「ご苦労様、後は私がやっておくから戻って良いわ」

「了解」


リークルに手を引かれ監房内を歩きだした。一番向こうに上り階段が見える

左手側に牢が見え、1階は雑居房区域だとわかる。入っているのは人間の女だけで

皆破れかけの服を着て薄汚れている…おそらく奴隷だろう

途中、石の壁で仕切られ、今度は人間の男だけが入った雑居房が見えてきた

彼らは歩見を視認するやいなや


「カ、カワイイ!」

「ナニ? ダレ!? カワイイ!」

「「カワイイ! カワイイ!!」」


男達の言動からは理性を感じられず

牢ごしに手を伸ばしてきた、歩見は小さく悲鳴を上げる


スパーン!!


リークルは鞭を取り出し、床にたたきつけた。男たちの手が一斉に引っ込み

顔が青ざめ、静かになる。そのまま何も起こらなかったかのように

歩見の手を引き2階へ上がった


2階は、左右両方に牢があり、石で仕切られた一部屋当たりの広さは

3畳ほどになっていて、それぞれに低いベッドが1台置かれていた

ほとんどの部屋には黒ずみ汚れがあったが

3番独房は一応は掃除されているといった印象を受けた


「はい到着、ここが3番独房よ。まずは入っちゃって」

「はい、失礼します」

「名札は…高くて届かないわね、入れてあげるから貸して」

「はい」


歩見は抵抗せずに中に入り、リークルは「3」と書かれた表札を外し

代わりに歩見の書いた名札を差し込んだ。そうしていると

いつのまにかドールが、金属製の箱を2個持ってやって来ていた


「リークルさん、便壺を持ってきました」

「あら、そうねぇ…置き場所ならあるわね。お願いするわ」


ドールは2個とも牢の中に運び入れて、歩見に向き直る


「アユミ、ベロ博士からの伝言です。この箱には尿を

こちらの箱には便を入れるように。検査のため、別々にします

便をした時の木べらはここに置いておきます、使用後は

一緒に箱に入れてかまいません」

「はい、分かりました」


話し終わったドールが牢から出て、それから鍵が掛けられた


「それじゃ私たちは行くけど…大人しく寝ててね

何かあったら見まわってくる看守に言えばいいから」

「はい、おやすみなさい」


(ベロ博士の言う通り、本当に素直な良い子ちゃんなのね…

少し同情するわ)


2人が階段を下りていく音が響いた後、あたりは静けさに包まれた

1階の奴隷達も寝たのかもしれない


「ふぅーっ…」


歩見はベッドに身を投げ、仰向けになり、今日あったことを思い返す


「これが夢なら現実のほうがマシだったなぁ…」


死んだと思ったら無理やり復活させられ

女の人にエロい事されたと思ったら自分が女の子にされ

孕まされ酷い目にあっても死なない…死ねない

大天使にすごい力を与えられてもこの状況では不安の方が大きい


本来自分はうつ病ながらも静かな生活を送っていた…と思う

大型貨物車に轢かれる事以外に問題は…おそらく無かった

苦労を掛ける自分がいなくなったら、多少は母の生活も楽になるかと

思うこともあったが…こんな今生の別れをするはめになるとは夢にも思わなかった

だがもう母を気に掛ける余裕は無い。今度死んだら無間地獄行きだからだ


「なるようにしかならない…か」


毛布にくるまりながら部屋の中を見回す

廊下の明かりは消されないようで、薄暗いが部屋の中が見える。

ベッドに備え付けの棚の上には、陶器製の水差しにカップと銅の洗面桶

小さな自立式の銅鏡があり、銅鏡を手元に寄せて自分の顔を見た


「…可愛い」


幼児にしては少し痩せ気味に見えるが、整った顔立ちはまさに美少女

脱色しきった伸びっぱなしの白い髪の毛と、白人よりも白い肌が儚さを助長する

1階の奴隷達がカワイイと連呼していたのも納得できる

一瞬ナルシシズムを疑ったが、うつ病の自分がなるとは思えなかった


「んー、むむ…」


ほっぺたを手でムニムニといじってみるが、悲哀のこもったジト目は

どうにもできそうにない。これから25歳男性の秋田歩見ではなく

5歳女児の「アユミ」として生きていかなければならないと思うと

鏡の中の自分は、さらに渋い顔になった


ふと、鏡があるのなら「透明化」を試す良い機会ではないかと思った

幸い、今は看守の足音は遠い。毛布を目深に被り、念じてみる


「おぉ…」


毛と肌の色が毛布と同じになり、輪郭が分からなくなった

目元に集中すると辛うじて眼球がわかるが、薄目になると全くわからなくなった

毛布の外に手を出してみると、意識せずとも瞬時に石壁と同じ色になった

「不完全な透明化」と言われ警戒していたが、これはカメレオン化に近い

ベロ博士に追及されなかったのは不幸中の幸いである


「これは使える…ん?」


着ている鍼灸ワンピースが目に映った、体の一部でないと透明化できないようだ

いざ逃げ出そうという時には全裸にならなければダメらしい

掌に小物は隠せそうだが、この幼い体では大したものは持ち出せない

文字通りの裸一貫、逃げ出すタイミングを間違えれば野垂れ死ぬ可能性もある


「大人しくしているしかないかぁ…」


少なくとも今は、そう考え元に戻るように念じた。また整った顔立ちが

はっきりと銅鏡で見えるようになった。特に疲れも感じない

毛布から出て銅鏡を元の位置に戻すと、もよおしてきた


「トイレ…ハッ!?」


ここにきてようやく竿無しで用を足さなければならないと思い至った

たしかに未体験の事ではあるが、前世の保健体育の授業のおかげで

体の仕組み自体の知識ならある。アユミは心を落ち着けてから

「尿」と書かれた箱を開けて座った


「うーん座りにくい…ハッ!?」


看守らしき男がこちらを見ている事に気が付いた


「あ…あまり見ないで下さい…」

「慣れろ」

「…うぅ~っ」


響く水音、男は笑みを浮かべて1階へ去っていった

アユミは箱の蓋を閉め、悶えながら毛布にくるまり

涙を浮かべながら眠りについた


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