26話 盗賊再び
アユミ以外全員、軽鎧と武器を装備して雑嚢袋を下げ、すでに城門前に集まっていた
5分と言ったが、3分経っていない。その規律の遵守に驚かされながら
アユミも後ろに並ぶ。程なくディーン王子もやってきて訓示を与える
「諸君! 盗賊の住処はここより北へ徒歩1時間の位置にある岩石地帯に
隠されていると判明した! 父王にも報告したが、正規軍編成を待っていては
逃げられてしまう! よって、我が部隊が先兵となり、動きを封じる任務を負う!
岩石地帯なので馬は使わずに行く! 我に続け!!」
「「「サー! イエッサー!」」」
アユミも真似して言った
***
情報提供者と思しき兵士とディーン王子が先導し、小走りで行軍する
やがて大きな岩が目に付くようになり、陰からの不意打ちを警戒しながら走る
しかし、目的地とされる地点にたどり着くまで戦闘は一切なかった
「サー、この岩の向こうで盗賊を確認できます」
「よし、諸君は待機だ」
「「「イエッサー」」」
ディーン王子が雑嚢袋から遠眼鏡を取り出し、岩から顔だけを出して慎重に観察する
アユミも見てみたいが、我慢する。
「確認した、盗賊が逃げる素振りはない。狙撃班とアユミはここで待機
他の諸君は我と共に入り口の上を取る」
「「「イエッサー」」」
ディーン王子達が大回りで移動している間、狙撃班は匍匐でディーン王子がいた位置へ
移動して石弓を構える。アユミは邪魔にならないように、岩の裏で周囲を見張っている
***
間をおいて、狙撃班が石弓を発射した
「ぐへぇ!?」
「ふがっ!?」
見張り役の盗賊に命中したらしい、再装填した後に狙撃班は立ち上がり、飛び出していった
アユミが岩から顔だけ出すと、約70メートル先で2人の盗賊がディーン王子達に
止めを刺される様子が目に映った。彼らは獣人の盗賊だった
アユミも急いで入り口に向かう
「入り口は制圧した、内部の探索に移る。アユミと衛生兵は入り口を維持
他の諸君は照明魔法を使用し襲撃に備えよ」
「「「イエッサー」」」
ディーン王子達が洞窟内に入る…よく考えたら王族自ら最前線で指揮を執るとか
地球では考えられない事だが、常識に囚われてはいけないのだろう
「むっ、それで隠れたつもりか!」
「くっ…死ねぇ! グワー!?」
王子は入り口傍に隠れていた盗賊を容易く見つけ出す、この様子なら後ろから挟撃
されることもないだろう…そのまま王子達を見送って、衛生兵達は見張りを開始する
しばらくたった後、アユミが洞窟内に目をやると、獣人が1人奥からやってきた
「ハァ…ハァ…冗談じゃねぇ…うっ!?」
その獣人とアユミの目が合った、見た目は明らかに盗賊だ
「て…敵襲です!」
「くそおぉぉ!」
剣を腰に構えて突っ込んでくる盗賊に対し、アユミはとっさに後ろに下がりながら
足元の土砂を拾って顔に投げつけた。怯んだところを衛生兵達が側面から刺突で仕留める
「やりますね」
「いえ…しかし、こんな時に盗賊がこちらに来るとは…奥のディーン殿下達が心配です」
「大丈夫です。挟撃を防ぐために一定間隔で兵を配置しているはずです
我らは勝手に持ち場を離れずに任務を全うする…それが軍隊というものです」
「…わかりました」
決して驕らず、連携を重視する姿は頼もしかった。魔族よりも単純な力では劣る
人間が完成させた一つの答えなのだろう…勇者の力を持つとはいえ
軍隊内で出しゃばるのは避けた方が良いだろうとアユミは考え、一緒に見張りを続けた
***
ここまで盗賊は皆獣人だった、そういう種族なのか…?
いや、ワンダラの古物商店主のような方もいるし決めつけるのは良くない
…そこまでアユミが考えたところで、ディーン王子だけが奥からやってきた
「アユミ、頼みたいことがある。一緒に来てくれ…衛生兵も1人来い」
「はい」
「イエッサー」
先程聞いた通り一定間隔で兵を配置し、部隊が安全を確保しているようで
洞窟奥までは何事もなく進めた。周囲に獣人達の死体が転がっている
…さらに奥へ行くと、女性の叫び声が聞こえてきた
陰から様子をうかがうと、敵が1人に人質が2人…
トラの頭の獣人が3歳程の男児を左腕でかかえ、右手の剣を首にやって人質に取っている
男児は恐怖からか動けずにいる。傍には鎖に縛られた女性が悲痛な表情を見せている
「やめてー! その子じゃなく私を人質にー!」
「来るな! さもなくばガキの命は無い!」
「落ち着け! その子は関係無い! 放してやれ!」
兵士の1人が説得を試みているが、効果は期待できない。近付いてよく見ると
敵は、あのヴァニアに従っていたトラ男だった。ヴァニアが死んだ後も人さらいを
し続けていたとは…地球の場合は背後に大掛かりな犯罪組織が絡んでいるものだが
あの魔王ゼログニが主導しているとは思えない
そう考えていると、ディーン王子がアユミに声を掛ける
「アユミ、見ての通りだ…このまま強行突入することもできるが
確実に犠牲者が出る、狙撃も厳しい、「透明化」で奴に近づき
氷の手で腕を封じるのだ…できるか?」
「はい、やってみます」
奴の本当の主人は魔族ではなく別にいるのだろうか?
ふと、サリエルの言った「真の敵」という単語が頭をよぎる
…いや、今は男児を救う事に集中しなければ
アユミが全裸になって「透明化」を使うのを見た後、ディーン王子が
剣を持ってトラ男に姿を見せる
「まてっ! 我が名はディーン・エンゼである! 我が国民に刃を向ける事
看過できぬ!」
トラ男は驚き、剣を王子に向けながら狼狽する
アユミは慎重に行動を開始する
「人間の王子がなぜこんな所に…!? ち、近づくんじゃない!」
「その少年を殺しても何にもならんぞ! 放してやるんだ!」
「フッフフ…俺の勘が言っている…このガキからは、やんごとなき雰囲気を感じる
こんな服装だが俺は騙されんぞ!」
「おおっ…」
鎖につながれた女性が顔を手で覆う
「放さぬか…ならば我が先に放してやろう!」
「なっ…何を!?」
ディーン王子は持っていた剣を目の前に投げ捨てた
洞窟内に金属音が響き渡る。アユミはこれを好機と見て
横からトラ男の、剣を持つ右手に飛びついて、全力のコールドハンドを使う
「ぐわぁあああ!?」
完全に不意を突かれ、トラ男は成すすべなく剣を落とした
そのまま右腕を振り回してアユミを振りほどくが、凍傷は時間差で悪化していき
たまらず、人質の男児を放して右腕を左腕で押さえる
「ああっ! ヘンリー!!」
急に放されても男児はうまく着地できない
このままでは床に頭をぶつけると思った女性は、ひと際大きな悲鳴を上げる
だが、透明なアユミの腕で受け止められ、男児にはケガはない
それらを見届けたディーン王子は指示を出した
「…突入! 捕らえろー!!」
「「「イエッサー!!」」」
「グワァッ…クソォッ…」
凍傷を負ったトラ男は痛みで動けず、もう一方の女性を盾にすることも叶わず
兵士達に捕らえられた。その様子をアユミは見ていたが
腕の中で震える男児に気が付き、「透明化」を解く
「もう大丈夫だよ…」
「う…ウワー!! 怖かった! 怖かったよぉ…」
「うんうん…頑張ったね…」
男児は緊張の糸が切れたのか、アユミに抱きつき、大声で泣きだした
アユミは一瞬驚いたが、拒絶することなく抱き返し、優しく頭を撫でる
ディーン王子は、鎖に縛られた女性の拘束を解き、アユミと男児の元へ来た
「よくやったアユミ! おかげで犠牲者を出すことなく
首謀者を生け捕ることができた」
「いえ、殿下の采配が功を奏したのです」
「ふむ…と、少年よ、こちらの女性がそなたの母親だと言っている、間違いないか?」
アユミは抱いている男児に、女性の顔が見えるようにした
「…マギー母さん!!」
「ヘンリー!!」
アユミから離れ無事を確かめ合うように抱き合う、もはや疑う余地はない
見届けたアユミは安心し、服を着る
***
洞窟から脱出したアユミとディーン王子達は、点呼を取って欠員がいないかを確認し
正規軍が来るまで待機することになった。その間に衛生兵達が全員の怪我の具合を確認する
兵士達には負傷者は出ず、ヘンリーにも怪我はない、トラ男は右腕切断とまではいかず現状維持
アユミは腕を擦りむいたので布を巻き、マギーは顔に打撲痕があったので水を含んだ布を
当てて安静にすることにした。処置は終わったようだがマギーの顔がすぐれないように見えた
アユミは、泣きつかれて眠ったヘンリーに膝枕をしているマギーに小声で話しかける
「あの…大丈夫ですか?」
「あなたはアユミさんね? ヘンリーを助けてくれてありがとう」
「いえ、ディーン殿下のおかげでうまくいったのです。それよりも…何か心配事でも?」
「そうね…私は今までヘンリーを一人で育ててきたの…でも私だけでは
こうして攫われたら成すすべがないと思い知ったわ…もう恥とか言っていられない…
ヘンリーの為にも母親である私がどうにかしなければ…」
「父親は?」
「アグリー…彼にお情けを受けたのだけど、堕胎しなかった私を責めて追い出し
未だにヘンリーが我が子だと認知してくれないのよ…」
「アグリー…その名はアグリー・バーンではありませんか?」
「ええ、そうだけど…知っているの?」
あの男、正真正銘のクズではないか…そう思い、少し顔が渋くなる
「アグリー・バーンの母親であるキャリー夫人とは懇意にしていただいています」
「奥様と!?」
「それに、アグリー・バーンは王命で爵位を失い
新たにキャリー夫人に子爵の勤めが課され、家督も夫人が持っています
今なら悪いようにはならないと思いますよ」
「そ、そうね! 奥様相手ならまだ希望はあるわ!」
「シーッ、ヘンリーが起きますよ」
「あ…コホン」
「エンゼに戻ったら僕と一緒にバーン家へ行きましょう」
「はい…! ヘンリーのためにもその時は…」
アユミは頷いて、今度はトラ男の尋問が行われている場所へ向かう
***
尋問は兵士が行っており、ディーン王子はその様子を少し離れたところから注視していた
トラ男は縄でぐるぐる巻きにされた状態で地面に座らされている
「…では、やはり魔族の差し金で誘拐を行っていたと?」
「ああ…そうさ! 魔族に奴隷を届ければ金になるからな…」
あのチャラ男と同じような事を言う…だが今回はあの時とは事情が異なる
依頼主だったヴァニアは既に死んでいる…それに
魔族に奴隷を届けると言っているが実際は…
アユミはディーン王子の傍に寄り、話を切り出す
「ディーン殿下、あの男の言い分…どう思いますか?」
「ふむ…特に黙秘もせず、素直に話している…ように見える、だが
台本に従って話しているかのような違和感がある。今この場には
「看破の水晶」が無いから、本格的に調べるのはエンゼに戻ってからになるだろうが…」
「…彼はかつて冒険者ギルドに入り込み、メンバーの誘拐も企てていました
ヴァニアという名の魔族の指示を受けて」
「なんと…ではやはり魔族の差し金か?」
「いえ…ヴァニアは既に死んでいます、にもかかわらず誘拐を続けていた…
魔族とは別の首謀者がいるように思えてなりません」
「ふむ…そこまで言うのなら、アユミが尋問をしてみるか?」
「え…良いんですか?」
「奴の事をよく知らない兵士達では限界がある。別の視点から攻めれば
また違う証言を引き出せるかもしれないからな」
「では…頑張ります」
アユミとディーン王子は、尋問している場所へ近付いた。アユミの姿を見て
トラ男は驚いた表情を見せた。洞窟内ではアユミの顔までは見ていなかったのだろう
「おっ…お前は…!」
「冒険者ギルドでの誘拐事件ではお世話になりましたね」
トラ男の目を真っすぐ凝視しながら尋問…というより話を始める
「まず、ヴァニアは死にましたよ」
「…」
特に驚いた様子はない
「その様子では…既に知っていましたね? ヴァニアは魔族であなたの上司だった
本来ならヴァニアが死んだ時点でこんな誘拐を続ける動機はなくなっているはずですが…」
「フン! 別の魔族の上司が新たに派遣されたのさ! 俺を捕えても
第二、第三の誘拐が起こる!」
「…魔族に奴隷を届ければ金になるから?」
「ああ、そうさ!」
「それは嘘ですね?」
「なっ! 嘘じゃない! 魔族は人間の奴隷を欲している!」
「僕はこの目で見てるんですよ…無から有を生み出す感じで、必要な人間を
必要なだけ、その場で作り出す術を…もはや奴隷を買う理由がありません」
「な…に…?」
異世界召喚の、核心部分を伏せながら言った
うつ病の自分には話術スキルなど皆無だが、これは単に事実の羅列をしているだけなのだ
「もう魔族には、人間を軍に入れ使役する考えすらありません、足手まといだからです
なのに誘拐を繰り返していたと言うことは…」
「…」
トラ男は黙って聞き入っていた。今まで言ったことに心当たりがあり
よけいな事を漏らさぬようにしているのか…いずれにしろ次の台詞が大事だ
しかし、今アユミには真の首謀者の見当はついていない。ならばと思いついたのが…
「奴隷を本当に欲しているのは、あなた達…獣人です!」
「なんだと!?」
「魔族にはもう奴隷が必要無い、となれば消去法で首謀者は獣人という事になります!」
「ち、違う! 魔族と獣人には奴隷を融通する特別な密約があって…」
「それも嘘です! 魔族は200年前の戦いで獣人に攻撃を仕掛けられた事を恨んでいます
魔族と仲が良いのはオークとサキュバスのみ! あなたのようなトラではありません!」
「がっ…ぐっ…」
「さあ! あなた達獣人は人間を誘拐して、何を企んでいるのです!?」
「違う! エルフが…っ!!」
「…エルフ?」
トラ男の顔が青ざめていく、よほど口を滑らせてはまずい単語だったのだろう
「エルフとは何ですか?」
「…」
黙り込んでしまった。他に聞き出せることもなさそうだ
「殿下…自分ではここまでのようです」
「いや、十分だ。諸君は引き続き尋問を頼む」
「イエッサー」
アユミとディーン王子は尋問場所から距離を置いて話を続ける
「…先程はあのように言いましたが、獣人が首謀者である可能性は低いと考えています」
「同感だ、このまま奴を処刑してもトカゲの尻尾切りとなり、何の解決にもならないだろう」
「先程彼が口にした「エルフ」という単語…心当たりはありますか?」
秋田歩見は知っている…ゲームやフィクションによく登場した、森と共に生きる長命な人種族
だがこのような先入観はこの世界ではあまり役に立たないだろう
「エルフか…聞いたことがない単語だが、古い歴史書あたりに載っているかもしれん」
「城に書庫でもあるのですか?」
「厳重に管理されていて、王族以外に許可はまず下りないだろうがな」
「そうですか…」
人間の歴史を知るためにも読んでおきたいが、無理やり決行して敵対するのは避けたい
「もしエルフというのが…人間に敵対する存在だったらどうします?」
「いきなり全面対決にはならない。まず外交部が相手の言い分を聞く事になるだろう」
「なるほど…」
人間と魔族の手を組ませるには、この程度では足りないだろう
それにしても、まず外交とは…魔族を差別してきたとは思えない発言だ
ゼログニが真っ赤な嘘をついているとも思えないが…そう考えていると
「我らは王の命を受けた正規軍である! ディーン王子殿下はおられるかー!」
「ここだ! 待っていたぞ…馬車の用意はあるか?」
「馬車は離れた位置に2台です」
「うむ…わかった! 1台は首謀者の護送に、もう1台には怪我人を乗せて出発する!」
王子は振り返り、先兵の部隊に向けて言った
「この洞窟は爆破封鎖する! その前に、今一度点呼を取れ!」
「「「サー! イエッサー!」」」
その後、火薬の爆発によって洞窟入り口が埋められ、帰路につく
馬車内ではトラ男の両脇を兵士が囲み、もう一方の馬車には
アユミ、ディーン王子、マギーに、目を覚ましたヘンリーが乗り込んだ
***
エンゼに来るときに使った馬車と比べると出来が良く、揺れが抑えられていて
舌を噛むことは無さそうだった。ディーン王子が口を開く
「アユミ、予定は変わったが…そなたの実力は十分見させてもらった
加えて、むやみに突出せず、戦列を乱さなかったのも評価できる
訓練を積めば優秀な斥候兵になれるだろう」
「斥候…どのような役割があるのですか?」
「戦闘中に前線で本隊に先駆けて、敵情や地形などの偵察、監視を秘密裏に行う兵だ
それだけではなく、相手の斥候と遭遇した時の戦闘能力も求められる。アユミは
両方の条件を満たしている。他の勇者達のような派手さはないが、間違いなく稀有な人材だ
我が一存では出来ぬが…今からでも冒険者ギルドから引き抜きたいくらいだ」
「そ、そうですか…」
王子からそう言ってもらえるのは嬉しく、照れ笑いをする
「あ、マギーさんとヘンリーをバーン家に送り届けたいのですが…いいでしょうか?」
「む? そなたらはバーン家に属する者であったか」
「あ、その…」
「まだ属していません、これから属しに行くのです」
文法的に変だが、アユミは真顔でそう言った
「ふむ、何か考えがあるようだな? アユミは今日だけの約束であるし、実力も見た
送り届けた後は、そのまま冒険者ギルドに戻って良いぞ」
「ありがとうございます」
「殿下…恐れ入ります」
2人はディーン王子に一礼した。ヘンリーだけは何のことか分かっていなかったようだが…




