22話 決闘裁判
決闘裁判当日の朝、アグリー・バーンから指定された円形闘技場へ、彼の私兵に先導されて向かう
アユミは無地のローブを着てフードを目深に被り、肌を出さないような恰好に手甲をしている
ギュスターヴは軽鎧を着てセコンドを務められるように武装
ロータスは教会の正装にコートを着て「看破の水晶」と応急手当て用の薬品を持っている
作戦はこうだ
「健康な肉体」と「骨折無効」を駆使して防御しながら相手の懐へ潜り込み
ヒートハンドでアグリーの持つ武器を溶かし、手にも火傷を負わせて
戦闘不能状態に持ち込み、相手を降参させる
勿論アグリー・バーンが正々堂々と勝負するかは分からない。魔族には人権が無いので
どんなことをしても許されると思っているかもしれない。そういう事態になっても
アユミは死なないので、「両手を上げる」と決めた合図があるまでうかつに飛び出さないよう
2人にお願いしてある
「アユミが自身の能力を書いてくれたけれど…心配だわ」
「そうか? 自殺禁止されてるらしいから、無謀な挑戦というわけでもないのだろう」
「どうも刹那的で…もっと自分のことを大切には思えないのかしら…」
***
割り当てられた待合室の中で時を待つ。奥には戦場に通じる門が見える
何か罠が仕掛けられていないかと警戒し見まわしたが、ここではまだ企みはないようだ
次第に騒々しくなってきた…どうやら観客が集まってきているようだ
「決闘裁判は殆どブラフで、実際にやるなんて滅多にないからな…」
「はぁ…人が殺しあう所を見世物にするなんて…」
「…? 教会は決闘裁判を容認してないんですか?」
「教会は…割れてるわ、神の御威光を示せると言う派と、私のように
野蛮だと言って忌避する派…でも国の法律で決闘裁判が認められているから私は少数派なのよ」
「そうですか…」
「アユミ、今は目の前の戦いに集中するべきだぜ。いくら死なないと言っても
子供が蹂躙される所なんか見たくないからな」
「…はい」
一昨日25歳男だと明かしたはずなのに、まだ10歳児で通すのか…それはともかく
この戦いには自分だけでなく、冒険者ギルドの名誉もかかっている
ぜひとも勝っておきたい…小さな手を握り締めて気合を入れる
やがて闘技場を管理する兵士がやってきて告げる
「時間だ、戦場に出るものは門前へ移動せよ」
「ふぅ…では行きます」
「アユミ、必要ならすぐに合図を出すんだぞ!」
「…幸運を!」
頷くと、ゆっくりと上がる門をくぐり、戦場へと歩き出した
***
戦場内は乾いた地面が広がり凹凸は無い。観客席へは高い壁で仕切られていて登れない
会場は盛り上がる…と言うよりはざわめいている。どちらかを応援するような雰囲気は無い
戦場の中央にはあの守衛の男…アグリー・バーンと審判員らしき男が立っていた
アグリー・バーンは背中にある身の丈程の幅広剣と腰にある予備の剣で武装しているように見える
アユミが近づくと、あと10メートル程といった距離で審判員が手のひらを向けたので、立ち止まる
「本日はヴィガ・エンゼ陛下とディーン・エンゼ殿下もご覧になられている
醜態を晒さぬよう心せよ」
審判員の言う通り、観客席の一区画がぽっかり空いていて、2人の貴族が座っているのが見える
恐らくあご髭を長く伸ばしている方が国王なのだろう。アユミはフードを脱ぎ一礼した
足まで伸びた真っ白なアユミの髪があらわになり、風になびくと会場が若干静まる
それにしても国王まで招待するとは思わなかった
それだけアグリー・バーンは自分の正当性を示したいのだろうか?
「へ…陛下っ…!」
国王に礼をした後向き直ると、アグリー・バーンが動揺した様子で国王を見つめていた
どうやら国王を招待したわけではなかったようだ
「これより双方の名誉を賭けて、決闘裁判を開廷する! 神も御照覧あそばされる戦い…
その結果は神聖にして不可侵なるものなれば、両者とも異を唱えることまかりならん!」
「はい」
「お…オオッ!」
審判員は端に移動する、そばには大きなドラが設置されてある
「始めー!!」
ドラの音が響き渡るとともに歓声が上がる。恐らくもう戦い始めて良いのだろう
アユミは手甲をした腕を前に出し構え、すり足で慎重にアグリー・バーンに近づく
てっきり剣を構えるものとばかり思っていたが、「看破の水晶」を懐から取り出し掲げた
それは磔台でギュスターヴから取り上げた物だった。かかった血は拭き取られている
「アユミ! 貴様は魔族の魔力を持っているな!?」
「…はい」
水晶が青く光る、素直なアユミには問いを無視して殴り掛かる発想は無い
その様子を見て観客席がどよめく
「魔族の魔力は魔族しか持つことはない! 我が国では魔族に人権は無い!
我ら人間を欺きバーン家の名誉を汚した女狐に正義の鉄槌を!!」
「でも僕は人間…!?」
アユミが言い終わる前にアグリー・バーンは「看破の水晶」を地面に叩きつけて割った
それとともに観客席最前列の人々が立ち上がり罵声を浴びせる
「にっくき魔族め!」
「この女狐め!」
「地獄に落ちろ!」
彼らは服こそ一般市民と同様だが、統制のとれた行動からアグリー・バーンの
息がかかった者だと予想できる。さらに彼らは弓と大量の鉄の矢を持っていた
アグリー・バーンも小型の石弓を取り出し、アユミに向けて発射した
「うぐっ…」
腹に突き刺さる。それをきっかけに矢の雨がアユミに向かって降り注ぐ
アユミは全身にヒートハンドの熱を行き渡らせながら、腹の矢を引き抜いた
「ここまでするなんて…」
着ているローブと手甲が自然発火して燃えカスとなり、陽炎が立ちのぼる
市民達が放った矢は精度はあまり無いが、数本はアユミに直接当たる
しかし矢じりの先は熱で丸くなり刺さらない。当たって痛い事に変わりはないが
***
「もっと良く狙え!!」
アユミはうずくまって1分間耐えていた、周囲には溶けた鉄が水銀のように集まっていた
それを両手ですくい、アグリー・バーンに投げつけた
「あっぢイィィ!?」
構わず投げ続ける。液体になった鉄を避ける事はできていない
やがて鎧が溶け出し、雑嚢袋が焦げてきた所で
「フリーズだ! フリーズを放て!!」
指示を受けた市民達は言われた通りに魔法を放つ。今度は密度の濃いひょうが襲い掛かる
凍傷無効だし熱ですぐ溶ける…と思いきや、突如爆発が起こりアユミは吹き飛ばされた
温度差により水蒸気爆発が発生したのである
「うっ!?」
連続で爆発し、そのまま戦場内を壁際まで転がされたので、ヒートハンド状態を解除した
なおもフリーズは止まず、アユミの首から下に張り付いて氷像と化していった
止んでから再びヒートハンドを使おうと考えていると、アグリー・バーンは
背中から、身の丈程の幅広剣を取り出しアユミに向け、不敵な笑みを浮かべている
「クックックッ…バーン家の家宝の力を見よ!」
そう言うと、剣先から雷が連続発生してアユミをとらえた
「あばばばば」
雷も基本的には焼き切る系統に含まれるので、痺れる事以外はアユミには効いていない
しかしフリーズとの組み合わせでアユミは全く動くことができずにいた
そんな中、雷放出を維持したままアグリー・バーンは距離を詰めていく
誤爆を防ぐためかフリーズは止み、雷だけで拘束しつつ、アグリー・バーンは上段の構えを取った
アユミは再びヒートハンドを使い始めたが、温度が上がって氷が溶けるまでに時間がかかる
手もまだ凍り付いていて動かせない
「天誅!!」
アグリー・バーンはそのままアユミの頭めがけて真っすぐ剣を振り下ろした
「骨折無効」なのでかち割られることはないが、脳は揺れるし痛みも走る
「いっ…たぁー!!」
「なっ!? これでもか!? うわっちぃ!!」
涙目になり、頭が朦朧としつつも、手の氷を溶かして何とか刀身を両手で掴み
高熱を加えるとアグリー・バーンはたまらず剣から手を放す
剣は刀身の先から順に溶けてグニャリと曲がる
「や、やめろ! 我が家の宝剣だぞ!」
そんな大事な物をどうして持ってきてしまったのか…当然アユミは聞く耳持たず
柄の方まで熱が伝わった…その時である
「ニャ!? フーー!!」
「うぇっ!?」
突然剣から猫の叫び声が聞こえてきて、思わず手を放す。剣は黒ずんで巨大になっていき
やがて体長3メートルを超える黒猫になった。この様子を見ていた観客たちは
王族を除いてパニックになる。アユミもこんな助っ人がいるとは予想しておらず
たまらず「両手を上げる」合図を送る。そんな中アグリー・バーンは
「は、ははっ…流石はご先祖様だ! お家の危機にこのような助っ人を用意されていたとは!
さぁカラドボルグよ! そこにいる魔族に正義の鉄槌を…? お、おいよせっ、やめろ!」
「フーーッ!!」
カラドボルグと呼ばれた化け猫はアグリー・バーンの鎧を前足でひっかいてボロボロにし
そのまま後ろ足で蹴り飛ばした。衝撃で小型の石弓が破損した
「かはっ…何故…」
「ニャァアーァ…」
持ち主であるのに、味方という感じではない。次にカラドボルグは
アユミを見据え、突っ込んできた
「させるかー!!」
「ニャッ」
ギュスターヴが横から飛び出し、剣でカラドボルグの首を突き刺す。しかし
苦しむ様子もなく、前足でギュスターヴを振り解く。剣は刺さったままである
「くっ…効いてないのか?」
「いえ…そういうわけでもなさそうです」
「ウニャー…」
フリーズによる拘束を完全に解き、アユミはカラドボルグを観察する
肉球では、深く刺さった剣をうまく抜くことができず
血は出ていないが心地が悪そうに首を掻いている
「もっと多く剣を刺して動きを封じましょう!」
「わかった! 持ってくるから待ってろ!」
「はい! じゃあ僕は…」
振り返るとアグリー・バーンが倒れたまま立ち上がれずにいたので
腰にある予備の剣を奪いに向かう
「剣を借りますね」
「な、何を…あっちぃ!!」
ヒートハンドを100度位に抑えれば、剣は溶けず妨害されることもない
奪った後は、カラドボルグに走り寄って正眼の構えをとり叫ぶ
「やい化け猫! こっち向け!」
「フカッ!? フーーッ!!」
カラドボルグは毛を逆立て、アユミに向けて雷を連続発射する。痺れる事に耐えていると
ややあって雷が止んだ。それに合わせて、両手それぞれに1本ずつ剣を持ったギュスターヴが
まず股間に1本剣を突き刺し、それに気付いて振り返ったところに諸手突きを食らわせて離れた
自然にアユミの方に股間が向いたので、ヒートハンドを乗せて股間に剣を突き刺した
「ニャアァ…イイニャァ…」
「…え?」
何故かカラドボルグは仰向けに寝転がり、元の剣の姿に戻っていった…もっとも
刀身に4本の剣が突き刺さり、大きくひん曲がったソレを剣と呼べるかは微妙だが…
騒然としていた観客席も静まり返る。呆けていると、ロータスが近付きながら呼びかける
「アユミ!」
はっと我に返る、ロータスの手には「看破の水晶」があった
ヒートハンドを解除して向き直る
「答えて! アユミは人間ですか!?」
「…はい!!」
水晶から青い光が放たれ、観客席にいる全員がそれを見た
ロータスはさらに、よく通る声で続けた
「この者アユミは国で唯一の、魔族の魔力を持つ人間である!
神も、その存在をお認めになられた! アユミは人間である!」
一瞬の静寂の後、拍手が沸き起こる。アユミは偶然最初に拍手しだした者を見ていた
あご髭の無い方…ディーン・エンゼ王子であった
ギュスターヴも近寄って声を掛ける
「アユミ! アグリーを倒して化け猫も倒した! 十分勝利宣言できるぞ!」
ロータスは水晶をギュスターヴに渡し、コートを脱いでアユミに着せる
「よく、がんばりましたね…」
「はい…はいっ…よかったっ…!」
アユミは感極まって嬉し涙を流す、ギュスターヴも水晶を掲げながら良い笑顔で観客に手を振った
アグリー・バーンの息がかかった者達も、この状況では異議を唱えることはできない
本人を除いては
「…認めん、認めんぞぉ! 貴様一人の力ではないではないか! この決闘は無効だァ!!」
アグリー・バーンはヨロヨロと胸を押さえながら立ち上がり文句を言う
完全に頭に血が上っている…自分が何を言っているのかもわかっていないようだ
「往生際の悪い貴族サマだなぁ!」
「アグリー・バーン…これ以上醜態を晒さぬ方が御為かと」
「黙れ! 貴様さえ…貴様さえいなければ…!!」
アグリーの鎧は溶けて引っ掻かれてボロボロ、武器も全て失っていたが
素手で殴りかからんばかりの勢いだった。そんな一触即発の中
「静まれ!!」
いつのまにか観客席の最前列にヴィガ・エンゼ国王とディーン・エンゼ王子が移動し
国王が声を上げていた。アグリーの顔から血の気が引いていき、腰が抜けてしまう
「へ、へへっ…陛下!!」
「余がなぜ決闘裁判の制度をそのままにしておるか…考えたことがあるかね?」
「そっ、それは…」
「余は待っていたのだよ…そなたのような奸臣が本性を現す瞬間をな」
「ヒッ…ごっ…誤解ですぅ…」
やりとりを聞いたギュスターヴは得心がいったように大きく頷いた
「なーるほど…アグリーの蛮行は把握してて、わざわざこの場をお膳立てしたってわけか…
陛下もお人が悪い…」
「追って沙汰を申し渡す故、それまでは館での謹慎を申し付ける」
「は…ははぁっ!」
アグリーは土下座し、国王はアユミに視線を向ける
「さて…アユミとやら」
「はい」
「今日午後の謁見時間に…来ると良い」
「わかりました」
「帰るぞ、ディーン」
「はい、父上」
アユミは頭を下げ、王族2人は供をつれて去っていった
「アユミ、俺達も行くぞ」
「あ、はい」
ギュスターヴに手を引かれながら観客席に手を振ると、また僅かに拍手が聞こえた
そのままロータスも付いて、退場した
後には、立ち上がれずにいるアグリー・バーンとカラドボルグが残された
「なぜ…こんな…ことに…」
***
「いやースカっとしたぜ! 見たかあのアグリーの顔!」
「はぁー不良貴族だったんすね」
「子爵の権威をいいことに散々好き勝手やってきたからな…あいつはもう終わりだな」
「陛下にも醜態を見られちまったしな…それにしてもあの娘…何者なんだ?
裸なのに魔法は耐えるわ矢も剣も効いてないわ…」
「あれがワンダラで噂になってる「白い痴幼女」だよ」
「…なんだそりゃ?」
「なんだか良くわからんが、気付いたら全裸でいる…らしい」
「実際白いし…覚えやすいな」




