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2話 死んで逃げられない

気が付くと、歩見は薄暗い虚空の中に

うなだれた状態で力なく浮かんでいた

ぼんやりと自分の体を見やると、25歳男性の体が目に映った


そうだ、あれは悪い夢だ。男が女に変わるわけがない…と

思いたかった歩見にむかって乱暴な言葉が投げかけられた


「秋田歩見! とんでもないことをしてくれたな!

魂の不正受給に加担するとは!」


黒い扉の前で会った七三分けの男が目の前に現れ

さらに言葉を続ける


「しかもあんな化け物を産み落とすとはな!

女になってそんなに良かったか! あぁ!?」

「やめて…あれは夢だ…」

「あんなものを見せつけておいてよく言う…

お前は現実で! 悪魔を産んだんだよ!!」

「やめてくれぇーっ!!」


歩見は両手で顔を覆いながら叫んだ

改めて現実を認識するとともに、自分自身の体も

真っ白な5歳女児へと変わっていった


「すきで! うんだんじゃ…ないやい!

おんなのごで! いだいのばっかりだ!

もうやだ! 死にたい! いまずぐジニダイ!!」


顔を覆った手の間から涙と鼻水と嗚咽があふれ出る

七三分けの男は舌打ちし、何やら詠唱を始めた


「命ず、汝、自殺を禁ず」

「死に…ヒッグ…死に…」

「まだ足りんか…命ず。汝、自殺幇助要求を禁ず」

「う…」


歩見の頭が急激に冴えていく、死ぬこと自体を考えることができない

涙をぬぐい、顔から手を離し、改めて七三分けの男を見つめた


「天…使…?」

「今更か…分かるのが遅い」


男は髪をかきあげ、続けた


「ただの天使ではない、私は大天使! エリートだ!

いずれは権天使けんてんしになる男だ、覚えておくがいい…」

「はぁ…その大天使さんが何の御用ですか…」

「チッ…魂の不正受給だ! 不正受給!

何もかもお前があの扉に近付いたのが悪い!」


懐から書類を取り出し、さらに続けた


「秋田歩見25歳、大型貨物車に轢かれ圧死

担当者はこの私、転生事務所に着き次第手続きを開始…とある

お前は罪人ではなかったからすぐに済む…はずが

なぜ真っすぐ歩いてこなかった! 寄り道さえしなければこんなことには…!」

「そ、そんな事言われても…」


「もうお前を転生させることはできん…書類を改ざんして

まだ生きている事にしなければ…もはや一蓮托生だ!

なんとしても生き抜いてもらうぞ!」

「…はい」


この人はダメな天使だ…と思っても、口にはしない

大天使は歩見の頭を鷲掴みにして念じた


「うっ…」

「なんだこれは…栄養が軒並み不足して…特に骨密度がひどい

もう「健康な肉体」を付与した方が早いな…」


大天使の手が光り、歩見の体全体を包み込む

何らかの強化が施されたようだが実感はない


「さて…お前の望む能力はなんだ…? 心の底から望んでいれば

親和性により付与できるものが強力になる。思い描いてみろ…

あの化け物らに復讐できるような能力を…」

「僕の…望むのは…」


ぼんやりと、自分の前世を思い返す

うつ病であった…何故か?

それは人間関係がうまくいかなかったからだ…何故か?

腕力? 体形? 性格? …違う、努力でどうにかできる原因じゃない


「記憶力…かな」

「何…?」


他人の名前を覚えることがどうしても出来なかった

学生時代はクラスメートはおろか、家の隣近所すら覚えられない

いつも「おい」とか「あなた」とかで済ませてしまう

社会に出て、さすがにまずいと思い、手帳に相手の名前を書くようにしたが

その行為が逆に相手からの心証を損なう結果になってしまった


相手に名前を覚えてもらえるのはとても嬉しいことだと理解はできる

そんな簡単なことができない自分を責めることは何度もあった

記憶力さえあれば、うつ病にならず人生バラ色になったのではないかと…


「おい、ちょっと待て」

「…何ですか」

「記憶力が、化け物に復讐するのに何の役に立つのだ」

「…さぁ」

「さぁ、じゃない! 役立たずな能力を選びおって!

私の首がかかっているのだぞ! 全てを切り裂く剣豪とか!

怪力の格闘家とか! もっとあっただろうが!」


大天使は困惑し、歩見の頭を揺らしながら罵る

確かに、あのサキュバスに酷いことをされ

子を無理やり孕まされ、痛い思いもした

しかし、基本的にうつ病患者には相手を恨んだり復讐心を抱くのが困難であり

暴力を振るわれたとしても、ただ無力な自分を責めるばかりなのである


「そ、そうですね…透明人間とかどうでしょう? これなら

確実に逃げおおせて、生き延びられますよ。暗殺とかも…」


大天使は、わざとらしく大きなため息をついた


「その能力をなぜ最初に言わなかった!? 今更願っても

不完全な能力にしかならんぞ…擬態がせいぜいか…」


ひと際大きな光に包まれ、ようやく大天使は手を離した


「まぁいい…健康な肉体、記憶能力強化、不完全だが…透明化!

ここまでやってやったのだから「ハイ死にました」では済まさん!

その時は一緒に無間地獄に行ってもらうから覚悟しておけ!」

「…はい」

「では夢から覚めろ…奴らがお待ちかねだ」


歩見は虚空の中から消し去られ、大天使だけが残った


「ふん…こちらは書類を改竄する準備をしなければ…忙しくなるな」

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