16話 盗賊団の実態
目を覚ますと、かなり大きな牢の中に居た。シャベルは没収されたがツナギはそのままである
周囲には他の人間が多数いて、全員ツナギ姿だった。下水道掃除の最中に誘拐されてきたのだろう
汚水がちょっと付いていて臭い
「コラー! 出せー!」
「この裏切り者ォォ!」
「なぁ…仲間だろぉ…? 出してくれよぉ…」
全員、看守らしき男2人に向かって罵声を浴びせている。その2人とは
あのチャラ男とトラ男だった
「ヘッヘッヘ…騙される方が悪いんだよぉ!」
「お前たちは全員奴隷落ちだ…もう会うこともないだろう」
なおも言い争いは続く、誰もこちらを見ていないとアユミは判断し
部屋の隅の方で「透明化」を使い、ツナギとワイシャツを脱いで全裸になった
窓もない薄暗い室内なのも手伝って、看守2人の意識が向いてこない
ワイシャツの胸ポケットに1900ゴールドと木の札が入ったままだが、あきらめた
脱ぎ終わり、ツナギ等を部屋の隅に置いた…その時であった
パリーン シューッ
突然ピンク色の煙が発生し、人達は次々に倒れ伏していった。気化した睡眠薬のようだ
アユミは隅にいたので難を逃れた。部屋内に看守2人はおらず静かになった
「よし…今だ」
牢の隅の鉄の棒部分を掴み、ヒートハンドを使う。掴んだ部分がみるみる赤くなっていく
しかし、まだ曲げたりできない。早くしないとチャラ男が戻ってくる
「ふん…くっ…」
手だけでなく体全体を鉄の棒に押し当て、熱し続ける。体を横にしても
まだまだきつくて出られそうにないが、次第に白く光りだした
「ふんっ!」
力を入れた瞬間、棒がわずかにゆがみ、なんとか出ることができた。しかし
光ったままにはできない。すぐにコールドハンドで冷やし、元の鉄の色に戻した…が
バキィッ
「ヒッ!?」
突如鉄の棒から大きな音が出た。急激な温度変化に耐え切れずに破断したのだ
「何の音だ!?」
チャラ男が入ってきてあたりを見回す。こちらも見に来たが
牢の異常に気付く事は無かった。棒のゆがみ具合が、触らないとわからない程度であり
破断したと言っても、天井と床にそれぞれくっ付いていたので
やはり触らないとわからない。むしろ眠っている元同僚にチャラ男の視線が向けられた
「ヘッ…驚かせやがって…」
チャラ男側から来たお陰で、気化した睡眠薬はもう効果が無くなった事がわかった
牢への扉も開けっ放しであり、楽に部屋から出ることができた
鉄の棒が破断したのは予想外だったが、結果的にアユミに有利に働いた
***
牢を出て1分程歩くと、トラ男と…アユミを殴った男性職員が話し合っているのが見えた
「ではヴァニア様、いつもと同じルートでよろしいのですね? 予定は早めで」
「あぁそうだ、予定より大人数になったからな…睡眠薬の量も足りなくなる
小出しでも良いから休まず送れ」
「わかりました、今から運び屋を集めて…明朝には輸送開始します」
「頼むぞ…俺はギュスターヴの元へ行って「有能な参謀」にならなくてはならんからな」
話が終わると二手に分かれて、トラ男の方は駆け出した。ヴァニアと呼ばれた男性職員は
もう片方の道へと歩き出した。アユミはヴァニアの後をついていく
「全く…博士の薬は効きすぎて困る…あそこまで増殖するとはな…」
ヴァニアはそんな独り言を呟いた
***
やがて、道は下水道と同じ作りの卵形直管に続いた。下水は一切流れていない
振り返ると、今通ってきた道がただの壁に映っている、再び入る事もできたので
目の錯覚か、魔法で偽装でもしているのだろう…と考えていると
ヴァニアが体長1メートル程のネズミ1匹に襲われていた
「キッ、チチッ!」
「ちっ…雑魚め! アイスコフィン!」
ネズミに攻撃された衝撃で、ヴァニアの「化けの皮」がはがれた
肌の色はよく見えないが、長く尖った耳と頭角が確認できた
「ヂュイィィィ…」
「…!」
ヴァニアは魔族だったのである。ネズミが氷柱で死んだのを確認すると
懐から液体の入ったビンを取り出し、頭から被った
すると耳と頭角が丸く見えていき、目立たなくなった
「睡眠薬と…偽装薬も注文しなければ…面倒な…」
そこから少し歩くと、マンホールの梯子があり、ヴァニアは上っていった
アユミは音を立てないようについていくが、突然地上にあるであろう光が消えた
蓋を閉めたのかと思ったが、近づいて見ると絨毯で覆っただけだった
目だけ出すと、ヴァニアの足が建物を出ていくのが見えた
這い出てみると、先ほどアユミが殴られた場所だった
日は昼過ぎ頃の位置にあった
***
冒険者ギルドまでやってきたヴァニアは耐水性の装備に着替え、杖を持ってから
南の外れにあるマンホールまでやってきた。周囲には見張りの守衛がいて
挨拶すると、開いたままのマンホールの中へ下りて行った
アユミも後から続く
降りた先は、今までよりも広い卵形直管で、北側にはギュスターヴ達がいて
ゴキブリ達と交戦していた。どうやらここは沈殿槽の上部であり
登ってくるゴキブリを上から叩き落して戦線を維持しているようだ
「ギルドマスター、お待たせしました」
「ヴァニアか! 遅いぞ! 何やってた!」
「返す言葉もありません。ですが今は助太刀をします」
そう言うとヴァニアは杖をゴキブリに向けて振るった。すると宙から大量の氷柱が現れ
ゴキブリの群れを貫いた。どうやら杖があれば詠唱しなくても良いようだ
沈殿槽周りにいたゴキブリはほぼ死滅し、人々の歓声が上がる
「よくやったヴァニア! 全員突入!」
ギュスターヴ達が行くのを見届けた後、ヴァニアは嘲る様な笑みを浮かべ
「クックックッ…そうでなければ困る…増えすぎた時は焦ったが
これは使えるな…増殖薬も注文するか…」
アユミは近くで全て聞いていた。つまり最初にヴァニアが薬でゴキブリを増やし
街が混乱しているうちに、本命の誘拐を行ってから
ギュスターヴのピンチに颯爽とかけつけて助ける…とんだマッチポンプである
困ったことになった…黒幕がヴァニアだと知っているのはアユミだけ
たとえ糾弾しても、ただの幼女と実績のあるギルド職員どちらを信じるかは
火を見るより明らか…誘拐された人を救うことにのみ集中したほうがよさそうだ
***
ゴキブリの掃討が終わり、本来の下水道掃除も終わった頃…夕方になって
ようやく行方不明者が大勢いることに気が付いたギルド職員達は慌てていた
地上に溢れたゴキブリの後処理もあり、もはやゴキブリ大発生の原因究明どころではない
「依頼中に不幸が起こるのは珍しくありません…しかしこの人数は異常です」
「だらしねぇ…と言いたい所だが、ゴキブリの数が尋常じゃなかったからな…」
「全く、どこに行ったのかしら…アユミも…」
「ゴキブリは倒せたのですから、隠れている者は戻ってくるのでは?」
ヴァニアが適当な事を言って、もう少し待つということで話し合いは終わった
職員達はそれぞれの持ち場へ…ギュスターヴは「ギルドマスター部屋」の席で
下水道の地図を見ながら頭を抱えていた
「あ~くそぅ…皆どこに行っちまったんだ…」
「ギュスターヴさん、アユミです」
「アユミも…うん? アユミ!?」
「透明化」を使っていたアユミは、ギルドマスターの机の上に正座してから
姿を現した
「う、うおぉぉ!?」
驚きのあまり、ギュスターヴは椅子ごと机の向こうに倒れた
もう少し良い明かし方があったかもと、アユミは反省した
「い…一体どんな魔法を使ったんだ…」
「透明になれる能力です…そんなことより、僕は行方不明になった皆の居場所を知っています」
「なんだと!? 一体どこに…」
アユミは下水道の地図に、机の上にあった万年筆を取って書き足し始めた
「記憶能力強化」により、模型を見ながら描き写しているような感覚だ
「こ…ここは使われてない下水道…しかもこんな横道があるとは…」
「…やっぱり信じられませんか? でも明朝までに助け出さないと
皆奴隷にされてしまいます。誰も行かないなら僕1人で行きます」
「待った! …俺も行こう。お前はせめて服を着ていけ」
ギュスターヴが自分の予備の服を渡してきた。また白いワイシャツである
***
「ギュスターヴ…アユミ!? 今まで一体どこに…」
「話は後だジェニファー! 出かけてくるから留守を頼んだぞ!」
アユミとギュスターヴが外に出ると、もう日が沈んでいた
まず、蓋の無いマンホールのある建物へ案内し、絨毯をめくる
「こんな真上に建てるとは…いつの間に…」
驚くギュスターヴを尻目に、アユミが先に下りていく
ギュスターヴはライトの魔法を使ってから下りてきた
しばらく歩くと、例の壁にたどり着く
「ここです」
「おいおい、何も無いじゃねぇか…」
何の目印も無いから仕方ないが、説明するのも面倒になったアユミは
壁の中に入った
「…は? ど、どこへ…」
「こっちです」
また出て、今度はギュスターヴの手を取って壁の中に入った
「うおぉ…おっ、抜けた…こんな高度な偽装があるとは…」
「謎解きは後にして、今は捜索をしましょう」
「そ、そうだな」
***
しばらく進むと、チャラ男と出くわした
「ヒッ!? ギルマス!? なんでこんな所に!?」
「それはこっちのセリフだ…こんな所で何をしている」
「い、いやぁ~それは…」
「この男は誘拐犯の一人です」
アユミがそう言うと、一気に緊張感が増して、一瞬静まり返る
「誘拐だと…?」
「ギ、ギルマス!? そんな子供の言うことを信じるんですかい!?」
「この先にも部屋があるな…」
「だ、ダメっすよ汚くて!」
「いいから通せ」
「だ、ダメって…言ってんだろこのハゲェェェ!!」
チャラ男は豹変し、剣を抜いて襲い掛かってきた。しかしギュスターヴは
まるで赤子の手をひねるように、剣を持つ手を掴んで投げ飛ばした
「ガファッ!」
「ハゲは余計だ」
その後、牢の中を確認したギュスターヴは、気絶したチャラ男から鍵を没収して開けた
もう起きていた者がいるのか、歓声が聞こえてくる
「マスター! もうダメかと思ったっすよ~」
「た、助かったぁ…」
「帰れる…帰れるんだぁ!」
「いやなに…アユミからこの場所を聞いて…アユミ?」
アユミは着ていたワイシャツを脱いで通路の隅、ギュスターヴに見える位置に置き、牢の部屋の隅で
「透明化」を使って黙って待機していた。脱ぎ捨てたツナギとお金と木の札を
回収する為であり、自分の活躍をヴァニアに知らせない為でもある
「あいつめ…俺に丸投げするつもりか…まぁいい! こいつをふんじばれ!
引き上げるぞ!」
牢から全員出たのを確認してから、アユミは牢屋内に置いたワイシャツとツナギを回収し
着替えてから、通路の隅のワイシャツも回収してギュスターヴ達の列に後ろからついていき、脱出した
***
他の冒険者達と一緒に、着ていたツナギ類を水で洗って返却
シャベルは没収されたから返せないが、今回の事件を鑑み不問とされた
その後皆は石造りの公衆浴場に向かっていったのでアユミも後に続いた
男女で分かれていたので、間違えないよう女性達についていった
脱衣所に着くと皆、脱いだ服の内から、汚れた個所がある服を持って
浴室に入っていく…どうやら下水道掃除の日は特別に洗濯が許されているようだ
アユミも木の札とお金を預け、汚れた方のワイシャツを持って浴室に向かう
浴室内は、壁から常に一定量のお湯が流れ込む構造の巨大な浴槽が
中央に設置されていたが…誰も入っていない
皆そこから木の桶でお湯を汲んで、下着類を揉み洗いするか、体にかけるかをしていたので
アユミもそれにならう。浴室内には大量の桶はあるが、石鹸や洗剤等は一切無い
「…ふぅ」
さすがに10歳児の力では大変だが、洗濯くらいは自分でなんとかしなくては
…あまり綺麗になった気がしないが、お湯だけではここまでだろう
ここで、そばにいたベテランの風格漂う女性冒険者らしき人に
気になったことを聞いてみた
「あの…なんで皆湯船に浸からないのでしょう?」
「あら…ここは初めて?」
「はい」
「下水道掃除の日だけの…暗黙の了解よ。誰だって汚水がついた人の入った後のお湯なんて
使いたくないでしょう? あなたも汗を流すだけにとどめた方が無難よ」
「わかりました」
見回すと、アユミの体がスッポリ入る位大きな桶もあったが、用意に時間がかかるのは
公衆浴場では好ましくないだろう。諦めて小さい桶にお湯を入れて頭を突っ込んで
わしゃわしゃと洗い、体もよく流した
「さて…出よう」
ワイシャツを絞り、浴室を出た…その時
「アユミ、ご機嫌いかがかしら?」
満面の笑みを浮かべたジェニファーが大きなタオルを持って待ち構えていた
笑顔がちょっと怖い
「あ、はい、元気です」
「ギュスターヴがアユミをすぐ呼んで来いってね…」
「わっぷ」
大きなタオルで包まれ、ワイシャツに残る水分もふき取ってから
着せられた時、大きな腹の虫が鳴った
「…まだ昼食をとってないんですよ」
「…それじゃ下水道掃除の報酬に付いてるのを出すわ」
ギルド内でジェニファーと同じ物を食べてからギルドマスター部屋まで連れていかれた
ギュスターヴは席に座っていて、机の上には「看破の水晶」も置いてある
「おぉジェニファー、待ってたぜ」
「さすがに腹ペコじゃかわいそうでしたから」
「あ、そういえばそうだったな…悪かった」
「いえ…とりあえず、さっきのワイシャツは返しますね」
「それでギュスターヴ、何をするつもりなの?」
するとギュスターヴは急に真剣な表情になり
「いや…これはギュスターヴとしてではなく、冒険者ギルドマスターとして
アユミから聞き取り調査をしなければならん、悪いがアユミと二人きりにさせてくれ」
「…わかりましたよギルドマスター…アユミ、彼は公私混同は今までしたことがないから
そこは安心していいわ。私は他の人が来ないように見張っていますので」
「あぁ…頼む」
***
アユミはギュスターヴと向かい合う
「まず透明になれる能力の事を教えてくれ…」
「言いますから…他の人には教えないようにお願いします…
これは大天使から授かった能力です」
水晶が青く光りだす
「大天使…ってことは、アユミは異世界召喚された勇者なのか?」
「うーん…多分そうだと思いますが…」
水晶が黄色く光りだす
「僕は人間にではなく、魔族に召喚されたのです」
「魔族ゥ!?」
水晶が青く光りだす
「どうやら「異世界召喚」の秘術再現に成功し、実用化にこぎつけたらしいです」
「だ…だが勇者が大人しく従うとも思えん…洗脳でもしているのか…?」
「洗脳もできるそうですが、魔族の戦列に加わる事は無かったそうです
代わりに…勇者に魔族の精子を与えて産ませ、能力を奪っていったそうです
僕は…奪われた後に大天使から能力を授かったので運が良かったです」
「ば…バカな…それじゃ男を召喚したらどうするんだ…?」
「男を女に変える方法も開発されていました、僕は本当は男でした」
「なんてこった…勇者の力のお陰で持ち直したってのに
魔族も使えるんじゃなぁ…」
ギュスターヴは天を仰ぎ、額に手を当てた後、紙を取り出して
今の話の概要をまとめ始めた
「これは由々しき事態だ…エンゼにおわす人間国の王に上申しなけりゃならん
その時にはアユミにも証人になってもらうぞ」
「わかりました」
***
「…よし、次だ…お前は俺を牢屋まで案内した後、姿を消したな? 何故だ?」
「透明になる能力を知られたくなかったですし、僕が案内したことも隠したかったのです」
「…まぁ強力な力を隠しておきたい気持ちはわかる、しかし突然消えられたら
罠かと勘繰る奴も出るぞ…一声掛けてからにすべきだったな」
「…以後気を付けます」
「それで…黒幕は見たのか?」
「え…ええっと…見ました…けど信じてもらえるかどうか…」
「心配するな、その為の「看破の水晶」だ」
「で…ではお耳を拝借…」
アユミは机の横からギュスターヴに近付いて、両手を口元に添え囁いた
「ヴァニア…魔族です」
「なっ…!」
ギュスターヴは再び天を仰ぎ、額に手を当てた後、一拍おいてから
青く光る水晶を持って席を立った
「すぐに確かめなきゃいかん、今ヴァニアが取り調べを行っている
奴が魔族ならまずい、話は一旦終わりだ」
そう言うとギュスターヴは部屋の外に出て、待機していたジェニファーに指示を出す
「ギュスターヴ、どうしたのですか!?」
「話は後だ! すぐにギルドの出入り口を封鎖して誰も出られないようにしろ!
責任は俺が取る!」
2人はあわただしく階段を下りて行った
アユミはワイシャツを脱いで透明になり、後ろからついていく




