【第5話】ユーリャと精霊
そう言われて連れて行かれたのは、王城の敷地内にある森の入り口だった。
そこには、私と同じような服を着たお父様、お母様、ルティ兄様、セーズ兄様がいた。
「ユーリャ様をお連れしました」
「ああ、ありがとう。私たちからは少し離れていてくれ。他の者もだ」
お父様は周りにいた侍女や近衛兵たちにそう言った。
周りにいたみんなが離れると、お父様は話し出した。
「いいかい、ユーリャ。エルフにとって一歳の誕生日というのはとても重要なんだ。エルフは寿命が他の種族と比べて長い。平均的に三百年ぐらいは生きる。その年月を共に生きてくれる存在が精霊だ。精霊に初めて祝福をもらうのが一歳の誕生日。民の前で演説した時に『エルフ・ユーリャに精霊の祝福を』と言ったのは、ユーリャを祝福したい、つまり自分の力を与えたい精霊を見つけるためだ」
「それなら、あの色とりどりの光は精霊ですか?」
「そうだ。あの時はあくまでも祝福したい精霊を見つけるためだから、まだユーリャは祝福をもらっていない状態だ。まさかあれほどの精霊が集まったのには驚いたがな」
お父様はそう言って苦笑した。
「祝福だけではなく契約まで、となる場合もある。契約は、その精霊に適した場所でないと結べないからね。あの時、空色の光の精霊が『精霊の森で待っている』と言っていたよね? 精霊が『待っている』と言った場合、契約がしたいという意味だ。そして、その精霊の森というのがここ。精霊と契約するには、エルフの伝統的な衣装を着るのが慣わしだ。ユーリャ、準備はできているね。今からその精霊に会いに行こう」
「……今からですか? こ、心の準備がー!」
私は今、ルティ兄様に抱えられている。
あの後、誰が私を抱っこするかでじゃんけんが行われた。その結果、勝利したのがルティ兄様だった。ちなみに、お母様は、母親の特権でいつでも抱っこできるからと言って不参加だった。
「兄上、ずるいです」
とセーズ兄様。セーズ兄様が拗ねているところなんて初めて見た。
「ルティーノ、変わってくれていいのだよ?」
お、お父様、笑顔なのになぜか怖いです。
でも、なんだか楽しいな。家族っていいな。
……うん? どうして四人そろってこっちを見ているの? しかも、心配そうな顔で。
「ユーリャ? 大丈夫? 悲しいことでもあったの?」
「え? どうしてですか?」
「あら、気づいていないのね?」
そう言ってお母様は私の頬をそっと撫でた。
「っ!」
私は泣いていることに気づいた。
嬉しくて楽しいのに、心のどこががズキズキする。
「大丈夫、大丈夫だよ。よしよし」
ルティ兄様がしばらくそうしてくれていたら、いつの間にか涙は止まっていた。
「もう大丈夫です。ありがとうございます!」
心のズキズキは止まっていないけれど、それを隠すように笑顔で言った。
「うん、それならよかった」
ルティ兄様はそれを察してくれた気がした。
森の中をしばらく歩いて、大きな木の前に来た。
目的地に着いたようで、私はルティ兄様の腕からおろしてもらった。
「ユーリャ、あの時の空色の精霊を呼んでごらん。君が思うように呼べば、きっと来てくれるよ」
「わかりました。呼んでみます」
なんとなく、お父様たちから数歩離れた。
「空色の大きな光の精霊さん、どうか私の前に現れてください!」
さわやかな風が吹いた。
瞬きをしたら、目の前に人間離れした美貌を持つ人が立っていた。
「呼んだかな?」
「……は、い」
この人があの精霊さん?
「そうだよ。私が空色の光の精霊こと、空の精霊王だ」
空の精霊王? どこかであったことがあるような?
「うん? 覚えていないの?」
「あ、はい……?」
言葉に出したかな?
「言葉に出さずとも、君の考えていることは分かるよ」
「どうしてですか?」
「君と私は魂の調和性が高いから」
魂の調和性? それは何ですか?
「人によって合う合わないを感じる時はない?」
「あります」
即答できるぐらいには。……あれ? そんな経験あったかな?
「それと同じようなものだよ」
「……なるほど」
確かに空の精霊王、様? とは話しやすい気がする。
「君は私に『様』をつけなくていいよ。それと敬語も使わなくていい」
「う、うん。ところで空の精霊王は名前はないの?」
「私に名前は無いよ。……いっそのこと、君が名前をつけてくれないか?」
「私でいいの?」
「ああ、ぜひ君に名前をつけてほしい」
「わかった。少し考えるね」
うーん? 空の精霊王に合う名前って何だろう? …………あ! これはどうかな?
「……アズはどう?」
「アズ! 気に入ったよ! ありがとう! これで契約成立だね」
空色を乗せた不思議な風が私たちの周りをぐるりと一周した。
「……契約成立?」
「おや? 知らなかったの? 名前をつけ、それを精霊が認めると契約が成立するんだよ」
初耳です……。
「ちなみに、契約したらどうなるの?」
「魔力をくれたら魔法を使う手伝いや精霊魔法が使えるよ」
「そうなんだ」
「というわけで、よろしく。ユーリャ」
「うん、よろしく。アズ」
無事契約できた!
……そういえば、お父様たちの声がしない。
振り返っても誰もいない。お父様たちはどこ?