2>> わたくしとその家族
─【 お兄様 】
当家の使用人たちの失禁事件は、使用人たちが共通して食べた食事に問題があったのだろうと結論付けられ、料理人や食材を運んでいる業者たちが衛兵に話を聞かれているらしいです。理由が判明する事をわたくしもこの邸の当主の娘として願っていますわ……
あれから一部の使用人、特に若い娘の使用人が退職してしまったとメイドたちが話しているのを聞きました。この邸で働いていた事自体をなかった事にするようです。
尿塗れにされた絨毯を買い替えるなどしている邸の中は少しバタバタとしていて、放置されているわたくしとしましては少しだけいつもより居心地が良い気がしました。
それから数日後、朝食の食器を台所で片付け部屋へと帰る廊下を歩いていたわたくしの前にお兄様が現れました。
「俺にその顔を見せるなと言った事を忘れたのか。この無能が」
自分がほとんど使う事もない廊下を、予告もなく歩いてきた癖にこの言い草です。お兄様、この侯爵家の長子であるアレックス・パーシバルはわたくしが嫌い過ぎて筋の通らない事を言うようになってしまわれておりますわ。
顔を見せるなと言いながら、どう考えても自分からわたくしに会いに来たお兄様に対してわたくしは深々と頭を下げます。
「申し訳ありません、お兄様。
まさかお兄様がこの廊下を使われるとは思わず、粗相をしてしまいました」
「この邸は俺の物でもあるのだ。そこをどのタイミングで俺が歩こうと俺の自由だろうが。それとも何か? この廊下はお前専用の場所だったとでも言うのか? 無能なお前の?」
「とんでもございません。
言葉を間違えました。本当に申し訳ありません」
吐き出すように言われるお兄様の言葉に、わたくしはただただ頭を下げます。
わたくしが何を言ってもお兄様にとっては『口答えであり言い訳』なのです。かと言って謝罪せずに黙ったままでは更に怒られてしまいます。お兄様はきっとわたくしに『無能』と言いたいが為だけにわたくしに会いに来るのだといつからか思うようになりましたわ。
頭を下げるわたくしの頭の上でお兄様が忌々しげに舌打ちをしました。
「お前、父上に婚約を止めたいと言ったそうだな」
「わたくしは」
「言い訳はするなと言っているだろうが、この無能が! 何回言えばお前は理解するんだこの無能が!!」
「申し訳ありません」
「カッシム君はお前の様な無能な女を貰ってくれるという奇特な人物だというのに、お前は一体何を考えているんだ。
まさか嫁に行かずともこの家に居場所があるとでも思っているのか? そんな事は絶対に出来ないからな!
嫁に行かないお前などに何の価値も無い!
カッシム君との婚約が無くなった時点で、俺はお前を娼館に入れるからな!!」
「え?!」
あまりの発言にわたくしは慌てて頭を上げてお兄様の顔を見ました。
父と同じ色の髪と瞳をしたお兄様はお父様とよく似ています。そんなお兄様のわたくしを睨む顔は本当にお父様とそっくりで……わたくしを心底憎そうに見てくるその瞳はわたくしから反論する気持ちを奪っていくのです……
「当然だろう。嫁に行かないお前が少しでもこの家に貢献する為には、娼館に売られて少しの小銭になる事だけだ。それ以外に何ができる? まともな魔力を持たないお前が、何の役に立つと言うのだ。
それに何処かに働きに出るなど、パーシバル侯爵家の娘として許される訳がないだろう。下位貴族の娘でもあるまいに……そんな事をすればパーシバル侯爵家は他家のいい笑い者だ。
お前がカッシム君から捨てられた時点でお前はこの侯爵家から絶縁され、平民の娘として娼館へ売られる。それしかお前が皆の役に立つ方法は無いんだよ。
お前の様な無能は〜〜〜」
お兄様の男性としては甲高い声がキンキンと廊下に響きます。
この家の男はどうしてこう長話が好きなのでしょうか……
わたくしはこれを延々と聞かされて、ただただ謝罪するのです。どうせお父様もお兄様もわたくしからの言葉を求めている訳ではないのですから……
あぁ、五月蝿い…………
◇ ◇ ◇
─【 お兄様への仕返し 】
キンキンと響くお兄様の声を聞きながら、わたくしはふと思いました。
──この声、わたくしの魔力でも止められるのではなくって?──
今のわたくしにはふんわりとではありますが、前世の知識があります。その中には『声が出る仕組み』もあります。口の中にあるそれを、わたくしが唯一扱える水魔法であれば、どうにか出来るのではないかと、わたくしは本当に突然、ふと気付きました。
まだまだ止まりそうにないお兄様からの口撃。
これを聞き続けるのは本当に心にツラくて、でも泣く事も許されなくて、わたくしはただただ頭を下げることしかできません。
でも、ここでお兄様の声が一瞬でも止まれば、お兄様はそちらが気になって、わたくしどころではなくなるのではないでしょうか?
きっとそうです。そうなるに違いありません。
なら試してみる価値はありますわよね。
そう思ってわたくしはお兄様の声を止める為に、
気道を唾液で塞ぐ事にしました。
人間の体の中には何かしらの体液が流れています。口からはまず唾液。それに、気道や食道がカラカラに乾いているなんて事は無いでしょうから、それらをわたくしの水の魔力で操って一箇所に集めて、固定します。
そうしたらきっと……
「の無いお前の兄でいる事がどれだけ俺の負担になったと、おっ、、?! ……っ?!? はっ?!???」
ほら、出来た!
「ッハっ、……!? っっ?!??!?」
ハクハクと口を動かし、慌てて喉を手で押さえたお兄様が驚いた顔をしています。
「っ?! ど、どうされました坊ちゃま!?!」
実はずっと最初からお兄様の後ろに黙って立っていた老執事が、お兄様の異変に気付いて慌ててお兄様の体を支えました。実はこの方、昨日のあの時間にお兄様の外出に付き合っていて家に居なかったのですよね。この歳でお漏らししていたらどんな気持ちになっていたのでしょうか……ちょっと気になります……
と、そんな事よりお兄様です。わたくしも慌てて驚いた顔をしてお兄様に声を掛けました。
「っ、お、お兄様? ど、どうされたのですかっ?!」
「っ……っ、っ!!?!」
ただ目を開いて口をハクハクと動かすお兄様に、わたくしも老執事も慌てる事しかできません。
……あら? 何か間違えたかしら……?
お兄様の反応に、わたくしも驚いてしまっていたのでしょう。
さっさと魔法を解いてしまえばよかったのですが、老執事の慌て様と異変を聞きつけて集まって来た使用人たちに追い払われる様にお兄様から遠ざけられたわたくしは、お兄様が白目を剥いて倒れたのを見てそこでやっと魔法を解くことに気付いたのでした。
「だ、誰か医師を!! 早く呼んでくるんだ!!」
老執事の叫び声が廊下に響きます。
わたくしもお兄様が心配でその場に居たのですが、他の使用人に邪魔だからと追い払われてしまい、仕方なく自室へと戻りました。
自室に戻り、部屋の扉を閉めた後にふとまた記憶が呼び起こされます。
あら?
声を止めるには、『気道を塞ぐ』のではなく『声帯を止める』のではなかったかしら?
曖昧な記憶のせいで間違えたかもしれません…………
テヘッ☆
◇ ◇ ◇
─【 一難去って 】
お兄様が謎の病を発症されて倒れた日から少し経ちました。
お兄様はあれから部屋に運ばれて、この世界の医師と呼ばれる『回復魔法の使い手』から治療を受けて回復されたと聞きます。
この世界の回復魔法は5属性魔力の複合技です。5属性の魔法はみんなが使えますが、そこから回復魔法を使えるようになるには本人の生まれ持っての素質とかなりの努力が必要とされています。更に治療に必要な知識も頭に詰め込まなければいけないので、この世界の医師は前世の医師と同じような『資格持ち』の人たちとなります。しかし回復魔法と言っても万能ではありません。治らないものは治らない、治療が遅れれば手遅れ、になります。まぁ、お兄様はちょっと息が止まっていただけなので、回復魔法は必要ないのですけどね。
医師はお兄様が何故倒れたのかを調べている様ですが何も分かってはいないみたいです。お兄様からは「あんな無能に構ったせいで」と言われているみたいですけれど、周りはさすがに呆れている様ですね。
さて、わたくしはと言うと……
「何なの一体!! 本当に何なの全くっ!!」
ヒステリックな女性の声とバシバシと物を叩く音が部屋に響きます。
「この家はどうなってしまったのかしら、全く!!」
お父様の後妻であるキャリビナ・パーシバル侯爵夫人がプリプリと怒りながら、手にした扇子でわたくしの腕をバシバシと叩いています。
これが継母のストレス発散方法なのです。
「邸のあちこちは臭くなるし! お気に入りの絨毯は駄目にされるし! アレックスは原因不明で倒れるし! 何なのよ一体!?!」
バシバシ、と勢いよく叩かれて腕が痛いです。
お義母様のお気に入りの扇子は支えに魔獣の骨を使っていて、扇面の部分は鳥の羽が使われていて柔らかくふさふさと触れるだけなのですが、叩く為に使われている親骨の部分が頑丈で強く、わたくしの腕はもう真っ赤です。
「あぁイライラする!! イライラするわ!!!」
強く強く叩かれて、そろそろわたくしの腕から血が流れるかもしれません。そしたらそしたで、また更にお義母様は怒るのです。わたくしの大事な扇子を汚らしい血で汚した、と。
でも今ならわたくしはそれを回避できます。『流れる』ものなら止められますもの。
◇ ◇ ◇
─【 お義母様 】
「お前はアレックスの側に居たそうじゃない? でも無能な欠陥品のお前に出来る何かなど無いものね。
きっとお前の顔が余りにも腹立たしくてアレックスの体に不調が出てしまったのよ! 何も出来ない癖に、そんな問題は引き起こすのだから本当に要らない存在よね、お前って!
リンナは何でこんなゴミを産んだのかしら! 同じ女として恥ずかしいわ!」
お義母様はわたくしの産みの母であるリンナにもよく暴言を吐きます。そうすれば『母を馬鹿にされたわたくし』が悲しむと思っているのです。ですがわたくしは母リンナが『わたくしを産んだ事により精神的なショックを受けて体を壊して亡くなった』事を知っているので、産みの母だからといって思慕の情が湧いたことなどありません。嫌われているのにその相手を好きになるほどわたくしは酔狂ではないのです。
「生まれてきてしまい、申し訳ありませんでした」
わたくしはお義母様に謝罪し頭を下げます。
そうするとお義母様は言うのです。
「あら、嫌だ。生まれてきた事を責めている訳じゃないのよ? 生まれてきてはイケない子供など居ないのだから。
ただね。“人としての最低限のライン”ってあるじゃない? “人として認められる最低限の条件”よ。
それを貴女は満たしていないの。
人としての“最低限の要素”を、貴女はお母様のお腹の中に忘れてきてしまったのよ。
あぁ、なんて可哀想なのかしら!!
きっと産まれてくるお腹を間違えてしまったのね……
わたくしならきっと“完璧な娘”として産んであげられたでしょうに!」
「はい、お義母様。わたくしはお義母様から生まれてきたかったですわ」
「そうよねぇ! そうに決まってるわよねぇ!!
ホント、貴女は可哀想っ!」
「はい、お義母様」
バシバシとわたくしの腕を扇子で叩きながら、お義母様は少しだけ楽しそうです。既に死んだ前妻にはどうしても勝てないのでその鬱憤をどうにかわたくしで晴らそうと必死なのです。
わたくしの母リンナが伯爵家からこのパーシバル侯爵家に嫁いで来た時、既にこのキャリビナと父は愛人関係にあったと聞きます。政略結婚であっても母リンナは父ガレリオを愛し、父ガレリオもリンナを邪険にする事なく夫婦仲は円満で、リンナは結婚後直ぐに侯爵家の跡取りである長男を産みました。リンナが第二子で大失敗したからと言って父ガレリオはリンナと離縁する事は考えてはいなかった様で、愛人であったキャリビナはそれが未だに許せなくて腹立たしく思っている様なのです。
だって母リンナが死ななければ、キャリビナは死ぬまでずっと“日陰者の愛人”だったのですものね。『ガレリオは、自分という女を愛しながらも、リンナと離縁する気は無かった』という事実が、キャリビナのプライドを未だに傷付けているのです。
そしてその憤懣を、居なくなったリンナの代わりにわたくしで解消しているのです。
バシバシと、わたくしの腕を叩く行為はお義母様が疲れるまで続きます。そして言うのです。
『お前のせいでわたくしの腕が痛くなってしまったじゃない!!』
と。自分の腕が疲れると分かっていてわたくしの腕を叩きたがるのですから理解できません。加虐嗜好でもおありなのかしら? そうだとしてもわたくしは被虐性愛者ではありませんから、わたくしを相手にするのは本当に止めて欲しいと思います。
◇ ◇ ◇
─【 義母への仕返し 】
「あぁ! 腹立たしい事ばかり!!」
バシンッ、とお義母様がわたくしの腕を扇子で叩きます。
痛みと熱を持った皮膚が、ピッと切れた感触がありました。わたくしは無意識の内に流れ出そうになった血を止め、その他の体液で血管をカバーして、汗腺からの僅かな汗と空気中にある水分を合わせた物をお義母様にはバレない様に傷の上に張りました。目にも見えない水分の膜に何の意味があるのかと自分でも思いましたが意外と保護力があり、お義母様が扇子で叩く痛みを緩和してくれました。
しかしこれがどこまで保ってくれるかも分かりません……わたくしは仕方なくお義母様へ抵抗を試みる事にしました……
要は“お義母様の腕が早く疲れれば良い”のです。
そこでわたくしは前世の時に自分も体験した事のある、『血流が悪くなって腕が痺れた』状態をお義母様の腕に再現しようと思いました。
あの、寝ている時に腕を圧迫してしまったのか起きた時に腕が痺れている、とか、そういう感じのやつです。
それならわたくしの水魔法でもできます。だって『血流を止めれば』いいのですもの。きっと。
わたくしは早速魔力を操作してお義母様が扇子を持つ腕の肘から下の辺りの一番太い血管を意識して、その血管の一箇所の血を止めました。
これはとても繊細な魔力操作を必要としますが、使う魔力は本当に微々たるもので、使うわたくしには一切の負担が無いのが嬉しいです。
腕の血が止まったお義母様は早速ご自分の腕の違和感に気付きました。
「あら? ……何かしら……?」
ご自分の腕を見て、逆の手で腕を触りながらお義母様が首を傾げます。
一番太い血管の血が止まっているお義母様の腕には直ぐに変化が訪れました。
「手が冷たいわ……叩き過ぎたのかしら?」
なんてお義母様が言っている間にも、お義母様の腕の色は徐々に白くなってきました。
「な、に、かしら……
嫌だわ……腕が…………」
さすがに焦り始めたお義母様の異変に、部屋の隅で待機していた侍女たちが動き出します。
「奥様、どうされましたか?」
「っ! まぁ、奥様! 腕のお色がっ?!」
「な、何か変なの、痺れて……っ!」
「だ、誰か来てっ!! 奥様がっ!!」
途端に部屋の中が慌ただしくなりました。
わたくしは困った顔をしてただその場に立ち尽くします。お義母様の指示がなければこの場から動けないからです。
わたくしは侍女に押されてどんどんとお義母様から引き離されます。
遂に顔色まで悪くなったお義母様が不意にギッとわたくしを睨んで言いました。
「お前っ!? 変な病気でも持ってたんじゃないでしょうね!?!」
「そ、そんな、……っ!」
「さっさと出て行きなさい!!」
「し、失礼します」
鬼の形相で冷や汗を浮かべて怒鳴るお義母様に言われて、わたくしは慌てて頭を下げてその部屋を出ました。扉付近で騒ぎを聞きつけた執事やメイドなどとすれ違いますが誰もわたくしなど気にしません。
出来損ないで欠陥品のわたくしが、何かを出来るなんて、誰も想像すらしないからです。
「い、痛いわっ! 何なのよこれはっ!? 誰かどうにかして頂戴!!」
お義母様の騒ぎ声が後ろから聞こえてきます。お義母様から叩かれたわたくしの腕も赤黒く変色して痛いです。
お義母様にわたくしの痛みを少しでも体験してもらっても……少しなら、許されますよね……?
なんて考えて少しだけ時間を置いてから、わたくしはお義母様に掛けていた魔法を解きました。
あの後、お義母様は腕の痛みに加えて熱も出てしまったらしく、寝込んでしまった様です。ベッドの上であの子が何かやったんだと騒いでいる様ですが……それを信じる人はこの邸にはいません。
だってわたくし、『無能』なんですものね。何をできると言うのでしょう。
◇ ◇ ◇
─【 義妹 】
バチバチッ、と小さな雷がわたくしに向かって飛んで来ます。
「っ……!」
わたくしはそれをどうにか手元の枕で防ぎ、わたくしに小さな雷を飛ばしてくる義妹になんとかお願いしてみます。
「や、止めてちょうだい、ララーシュ!」
自室の壁際まで追い詰められたわたくしを、義妹のララーシュは憎しみの篭った目で睨みつけてきます。
彼女は素晴らしく整った顔をしているので、そんな顔を悪意に満ちた表情で歪めているのですから本当に恐ろしいです。
「貴女が何かやったに決まってるのよ!! みんなは無能な貴女には何も出来ないって言うけど、お兄様もお母様も二人共貴女と居る時におかしくなったんだから、絶対に貴女が関わってる筈よ!!
一体何をやったのよ!? あんなにお元気だったお母様が寝込まれるなんてありえないんだから!! 道具でも使ったんでしょ!!
無能な貴女にだって、やる気になれば悪さくらい出来るはずなんだから!!」
バチンッ!
叫びながらララーシュは小さな雷魔法を飛ばしてきます。
「……っ!!」
わたくしはそれを枕で防ぐフリをして、空気中の水分を使って雷の電気をわたくしに当たらないように拡散させます。ララーシュからはわたくしに当たって弾けている様に見えるでしょう。
前ならこの雷魔法をわたくしは直に受けていました。小さい電気の玉なので、皮膚が焼けるとかは無いのですが、当たると焼けた針が刺さった様な痛みとビリビリとした痛みが続いてツラいのです。
ララーシュは後妻キャリビナの連れ子で、歳はわたくしの2つ下です。わたくしの年齢が今17歳なので、彼女は今15歳となりますね。
後妻の連れ子と言ってもキャリビナはララーシュをわたくしの父ガレリオの子供だと言っています。ララーシュの髪の色はお父様に似ていますから「父の血を引いている」と言われればそうかもしれないとも思えるのですが、ララーシュの顔はお父様には似ておらず、母親似でありながらもそれはそれは整った美しい顔をしているのです。美少女のララーシュをお父様もお兄様も喜んで受け入れておりますが、あまりにも美少女過ぎて……わたくしは本当にお父様の血を引いているのか? と疑っておりました……
そして、その疑いは間違いなかったとお義母様自ら聞かされました。わたくしや実母のリンナを馬鹿にする為にお義母様は軽やかに口を滑らせてくれました。
『やはり子供の可愛さは種の良さで決まるのよ。お前だってもっと良い種から生まれてくれば、欠陥品でも愛されたでしょうに……ララーシュを見てみなさいよ。見目が良いからそこに居るだけで華が咲いたように美しい。誰もあの子の血の事なんて気にしないわ?
後妻の子だって馬鹿にされる事もなく、寧ろお前よりもこの邸の皆に愛されてる。今じゃどちらが本妻の子か分かりゃしない。それもこれも、ララーシュが可愛いから。可愛いから誰も疑いもしない。
あんな可愛い子があの男から生まれる筈がないのにね』
わたくしが誰かに話してもわたくしの言葉を誰も信じないと知っているから、お義母様はわたくしにその話をしたのでしょう。わたくしが傷付くと思って。
話を聞いて驚いたわたくしにお義母様は言いました。
『ララーシュに言っては駄目よ? まぁ言っても信じないでしょうけど。
あの子の種をくれた男性はね、それはそれはもう美しい男だったわ。顔だけじゃなく体も均整が取れていて、スラッと背が高くてね……凄かったんだから……フフフ、リンナは知らずに死んだのね……あんなに素晴らしい……フフフ
平民の血でも“あんな奇跡”が生まれるのだから、貴族の血しか入っていないのにお前のような“失敗作”が生まれても仕方がないわよね』
バシンッとわたくしを叩きながらお義母様は“ララーシュが自分と平民との間に生まれた子供”だという事を教えてくれました。
きっとララーシュ自身は知らないのでしょう。
知らないから、『自分も紛うことなき侯爵家の娘』だとして、前妻の娘であるわたくしを『同じ立場だと思って』楽しそうに虐げられるのです。
本来ならば血が違い過ぎて不敬罪となるところなのですけどね……
そう考えると、何も知らない彼女も可哀想な存在ですね。わたくしに劣らず。
◇ ◇ ◇
─【 義妹への仕返し 】
バチッ、バリッ、と雷魔法が響く音が何度も何度も聞こえます。
「貴女なんか要らないのよ!
この失敗作! 出来損ない!!」
キーーッ、と高い声を更に高くしながらララーシュがヒステリックに雷魔法を飛ばします。
雷魔法も五属性の複合技で、光魔法からの派生ではないかと言われています。ですが前世を思い出したわたくしには、この雷魔法は光の魔力ではなく風の魔力系ではないかと思えます。だって静電気の強い版でしょ? ピカピカ光るけど光の魔力とは違う物理的なものだと思うんですよね。
「……っ!!」
なんて、無関係な事を考えていたらララーシュが飛ばした雷魔法が頭を掠めました。鋭い痛みが頭を駆け抜けて悲鳴を上げそうになります。でもわたくしの喉はただ引き攣って声が出る事はありません。声を出して痛がれば、もっと怒られるからです。体が『悲鳴を上げてはいけない』と覚えさせられてしまったのです。
ですが、ララーシュはそれに眉を顰めます。彼女はきっと悲鳴を聞きたいのでしょう。
「もう! つまんない!! なんとか言ったらどうなの!?」
「や、止めてちょうだい……」
「嫌よ! 悪いのは貴女なんだから!? 貴女がみんなに謝るのが先でしょ!!」
バリンッと彼女の飛ばした小さな雷が壁に当たって弾けます。
わたくしはそれに肩を窄めて身を縮こませます。
「わ、わたくしは何も……」
「じゃあ、貴女じゃなかったら誰なのよ!! 無能な貴女が何かやったとしか考えられないんだから!! 白状しなさい!!」
「……っ!!」
バリバリバリバリッと一層大きな音が響きます。
頭に血の上ったララーシュが大きな雷を頭の上に作っていました。
「や、止めて……っ!」
さすがにあんなのを食らっては堪りません。大火傷どころではない気がします。
ですが頭に血が上ったララーシュにはそれがわからないのです。青筋を立てた鬼の形相でわたくしを睨みつけてきます。
「貴女なんか……要らないのよ……」
そう言ってララーシュはわたくしに雷魔法を放とうとしました。
「っ!!」
わたくしも咄嗟でした。
咄嗟に、
ララーシュの頭に上った血を下げたのです。
ゴンッ!!!
っと大きな音を立ててララーシュが後頭部から床に倒れました。
頭の血が一気に下に下がったのです。急激な貧血を起こしたような状態のララーシュは一瞬で意識を失って倒れたのです。そして受け身も取れない体はそのまま後ろに倒れて後頭部と床が激突しました。ララーシュの意識が途切れた瞬間に魔法も消えます。
「ら、ララーシュ……?」
恐る恐る声を掛けたわたくしに、義妹は返事をしてくれません。
「だ、誰かっ!! 誰か来てください! ララーシュがっ!!!」
ララーシュの名前を出せばメイドなどがわたくしの声にも反応してくれます。
廊下に待機してたであろうララーシュ付きの侍女たちが慌てて部屋に入ってきて、ララーシュを介抱します。
わたくしを睨み付けてきますが、彼女たちもわたくしに何かができるなどと思ってはいないので、混乱しながらもララーシュを連れて部屋を出て行きました。最後に出ていく一人が
「呪われてんじゃないの……」
とわたくしを睨みながら呟いて去っていきました。
『わたくしが呪われているのに、被害があるのはわたくしとは別の人』だなんて、なんて面白い“呪い”なんでしょう。言った本人はおかしいとは思わないのでしょうか?
とはいえ皆がわたくしを無能だと思っているので、わたくしが何をしても、わたくしのせいにはならないのは嬉しいものですね。