襲われた村
ランティスの村は襲われていた。
家は焼かれ、村人を捕らえようとする兵と、虐殺に転じている兵がいる。
村人は兵ではないが必死で抵抗し、立ち向かおうとしていた。
「酷いっ……なんてことを……!」
断末魔のような叫び声の響く村に、焼ける匂いのする血臭の溢れる村の側についたティナは顔を覆うように心を痛めた。
「ここに隠れていろ。絶対に見つかるなよ」
「シグルド……」
この目の前の村の虐殺にティナは青ざめ震えていた。
そして、心配そうに俺を見たティナを草むらに隠し、村へと突撃した。
「勇者シグルドはどこだ!!」
「知らないっ! シグルドなんてもう何年も帰ってないんだ!!」
「ギャアァァァァ!?」
悲鳴が飛び交う中、村人にそんな質問をしていた兵を、後ろから切り裂くと、叫びながら倒れた兵から、腰が抜け怯えている村人が見えた。
「……まさか……シグルド!?」
「逃げろ」
村人に一言そう言うと俺は疾風のように次々と兵を切り裂いた。
村人を虐殺していた兵は、立場が逆になり、悲鳴は段々と村人ではなく兵達の逃げまどう悲鳴と断末魔に変わった。
村中がエンディスの兵に殺された村人と、俺に殺されたエンディスの兵の死体で溢れるように転がり凄惨な状況だった。
エンディスの兵を一人捕らえて木に縛りつけると、すでに死を意識しているのか命ごいをしてきた。
「た、助けてくれ!」
「すぐに殺してやるから待っていろ」
殺さないでくれと泣き惨めったらしく喚く姿に、武人としてのプライドは微塵にも感じなかった。
生き残った村人の元に行くと村長の息子のダリルもいた。
ダリルとは同い年で昔はよく遊んだ仲だった。
「シグルド……処刑されたとエンディスの兵が言っていたが……」
「……他に生き残りはいないのか?」
ダリルは聞きたいことが沢山あるんだろうけど、村の状況を目の前にそれ以上突っ込んで聞いて来なかった。
「村の中はこれだけだ……あとはエマが子供達を連れて山に逃げたから、すぐに迎えに行かないと……!」
エマは薬草採りの娘だ。
山には慣れているんだろう。
「すぐに連れて来い。この村は……」
この村はもう安全じゃないと言おうとしたところで、村の外の草むらに隠したティナの悲鳴が聞こえた。
「キャァァァーー!? シ、シグルドーー!!」
一目散にティナの元に駆けつけると、ティナが知らない男に抱き付かれるように捕まっていた。
「ティナ!? ティナから離れろ!!」
引き裂いてやろうとしたが、その男はティナを放しクルリとバク転するように離れた。
そして、すかさず氷の魔法で攻撃してきた。
氷の礫が吹雪のように飛び交い、致命傷にならない攻撃に違和感があった。
まるで試しているようだった。
しかし、ティナには防ぐ術はない。レティシアと入れ替わっても、ティナには聖女の力はないのだ。
その為に、男に背を向けティナに氷が当たらないように庇った。
「キャア!? 冷たい! 私は冷凍食品じゃないんですよ!?」
そして、ティナはうるさい。
しかも、冷凍食品とはなんだろう……。
またわけがわからん!
「おや、効きませんね? では、あなたが不死王様の息子ですか?」
魔法が止まると男は淡々とそう言った。
しかも不死王の息子だと言い出した。心当たりはない。
「お前誰だ?」
「不死王様の部下のヴィルヘルムです。ヴィルと呼んで頂いて結構ですよ」
この飄々とした冷たいガラスみたいな瞳の白髪男はヴィルヘルムと名乗った。
明らかに人間じゃない。耳が尖っている。
「ティナに何をした?」
「別に……美味しそうな人間だったので少し血を頂こうかと思いまして……」
「ティナには手を出すな!」
「あぁ、奥方でしたか……それは失礼しました」
ヴィルヘルムは俺の身体の異変を必ず知っていると確信するように思った。
そして、ティナが泣きながら叫んだ。
「シグルド! あの男は変態です! 私の首筋を舐めたんですよ! それに私はシグルドの奥様じゃありません!」
そして、ティナは凄惨な村を見ないように俺の胸に顔を埋めて、今度は俺の心配を始めた。
喜怒哀楽が激しすぎてちょっとついていけない。
「シグルドは大丈夫ですか?」
「斬られてもすぐに治るだろう」
「傷じゃありません……怪我も心配ですけど……」
「……大丈夫だ」
ティナは俺の生まれ故郷が凄惨なことになったことを心配していた。
だが、いつまでもここにはいられない。
このヴィルヘルムという男に聞きたいこともある。
氷の礫から逃げるように物陰に隠れていたダリルを呼んだ。
「ダリル! 山に逃げた村人を迎えに行ってくれ。俺はこの男と話が出来た」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。行ってくれ」
ダリルもすぐに逃げたいのだろうけど、残った村人が心配で逃げられなかった。
次期村長となるから責任をまっとうしようとしているように見えた。
そして、責任をまっとうしようとしているということは、村長はこの屍の中にいるのだろう。
「……ヴィルヘルム、話を聞かせろ! 俺が不死王の息子と言ったな」
「はい、貴方が俺の次の主です」
ヴィルヘルムは俺の前に跪きそう言った。