聖女は?
もう衛兵もいない階段を昇ると扉が一枚あった。
扉は鍵がかかっていた為に、右手を掲げ小さな爆発を魔法で起こし扉を壊すと、部屋の中には薄絹姿のレティシアがベッドの柱に両手を一纏めにして縛られていた。
「レティシア……大丈夫か?」
そう言いながらレティシアに近付くと、何だか雰囲気が違う。
「た、助けて下さい! 勇者様!!」
「は?」
何の冗談なんだ。
レティシアは俺を勇者様なんて呼び方はしない。
いつもはシグルドと呼ぶ。
「レティシア……? 頭でも打ったか?」
「打っていません! いいから、早くほどいて下さい!」
レティシアらしくない。
……レティシアではない気がしてきた。
姿形はレティシアで間違いないが、雰囲気というかなんか違う。
とりあえず危険は無さそうだから、ほどいてやると、急に叫ばれた。
「危ない!!」
一人の衛兵が後ろから忍び足で近づき俺を殺そうと剣を振り下ろした。背中から、血が舞う。
どうせ、斬られても死なないから、剣を取り上げて、そのまま返り討ちにして斬ってやった。
「血が……!? 斬られましたよ!?」
「大丈夫だ。俺は死にはしない」
「でも……っ」
レティシアは、心配そうに斬られた背中をシーツで止血しようとする。
だがレティシアならすぐに回復術を使うはずだと思う。
彼女の行動に、怪訝な表情で聞いた。
「お前……誰だ?」
レティシアもどきの彼女の腕を掴み、真正面から目を見据えた。
「さすが勇者様です……大正解ですよ! 私はレティシア様じゃありません! レティシア様は私と身体を入れ替えて逃げたのですよ!」
心臓を貫かれて俺は生きているし、レティシアは身体を入れ替えて逃げたと言う。
何がなんだかわからなくなってきた。
レティシアが身体を入れ替えて逃げた?
「レティシアは魔女じゃない。聖女だぞ」
目の前の薄絹姿のレティシアもどき?にそう言った。
「聖女でもなんでも、そうなんです!」
「……ならお前は誰だ?」
「私は塔に囚われた聖女レティシア様のお世話係です」
「……名前は?」
「ティナです」
「レティシアはどこに行った?」
「知りません! 私と入れ替わって縛りつけたあと、私のフリをして出ていきました!」
ティナが嘘を言っているようには見えないがレティシアがそんな魔法を使えるなんて全く知らない。
しかも、ティナが言うには入れ替わって身体がふらついている状態の時に、レティシアに縛られたらしい。
「お前もショーンの手の者か?」
「私はレティシア様の世話係に雇われただけです!」
「ショーンはどこだ?」
「さっきまで来ていましたけど、騒ぎが起きて、来てすぐにどこかに行きました」
質問には答えるから、臨時で只雇われたのだろうと思う。
しかも、起きた騒ぎは俺がここに来るのに衛兵を倒しまくったからだ。
レティシアは逃げたらしいがどうしたもんかと立ち上がると、ティナが助けを求めるように懇願してきた。
「ま、待って下さい! 私をおいて行かないで下さい! ここにいたらショーン王子に手込めにされちゃいます!」
「は? 手込め?」
「レティシア様が逃げる時に言っていました! ショーンの相手なんかまっぴらよ! って! さっきも縛られた私をショーン王子はニヤニヤ見て顔に触ったんですよ!?」
話を聞くと、どうやら今日中にショーンはレティシアに手を出す気だったようだった。
だから、その薄絹姿にしたのではないのか。
だが、ティナは世話しか頼まれておらず、いつショーンが手を出すかは聞いてなかったらしい。
「レティシアの薄絹はティナが着せたんじゃないのか?」
「この塔に来てからレティシア様にはずっとこの薄絹を着るように指示されていましたから、言われた通りに出しただけです!」
すがるようにレティシアの姿をしたティナは、ずっと俺の腕を掴んでいた。
その手は微かに震えている。
わけのわからないまま身体が入れ替わったせいだろうかと察してしまう。
そして、血塗れの俺よりもこの塔にいるが怖いのだろう。
ティナのことはまだよくわからないが、扉の向こうの階段から衛兵達の騒がしい声がする。
確かにこのまま置いて行けばティナはどうなるかわからないし、レティシアの手掛かりだ。
「わかった。一緒に連れて行ってやる」
「ほ、本当に!?」
レティシアがいないならこの塔にいる必要もなくなった。
そして、不安そうなティナを横抱きに抱きかかえて窓に向かって走った。
「しっかり掴まっていろよ!」
「な、何っ? ……キャアァァァ––––––!?」
悲鳴が木霊するように叫び、ティナは必死でしがみついていた。
そのまま、窓をぶち破りティナを抱えたまま塔から飛び降りた。