夜会 2
バリィ公爵夫妻は夜会で貴族の若い娘に声をかけられていた。
「バリィ公爵様……ショーン王子の使いがお越しになっております……奥方様もご一緒に……」
バリィ公爵夫妻は、夜会に使いが来るなんて急ぎか? と顔を見合わせたが、ショーン王子と言われれば無視できずバリィ公爵夫妻は声をかけて来た虚ろな若い娘について行くしかなかった。
今回の夜会の主催者は、ショーン王子の叔父で、警備は万全で不審者は入って来られないと、どこか安心していただろう。
そして、バリィ公爵夫妻は促されるままに控室へと入って行った。
「やぁ、ご機嫌よう……俺の顔を覚えているか? バリィ」
「どなたでしたか……?」
バリィは、俺の顔を覚えてなかったのだろう。
夜会の正装の為に、髪を上げているからかもしれない。
見覚えのない俺に、上位貴族でもないと思っている。
そして、上位貴族ではなければ、社交辞令だろうが、礼をとるメリットはないとさえ思っている。
「主であるショーンが処刑した男を忘れたか?」
「……っ!! シグルドか!?」
バリィ夫妻はすかさず逃げようとしたが、扉の前にはすでに気配を消したヴィルヘルムが立っていた。
「……っ何が目的だ!?」
「察しがいいな。この許可証にサインしてくれ」
笑顔で、テーブルに出して置いた許可証と、インク瓶と羽ペンを指すと、バリィは屈することになると思うのか、今にも怒りが爆発しそうなほと、歯ぎしりしていた。
「……何をする気だ?」
「城を落とそうと思って」
「城を落としたら国が回らんぞ! 国民はどうする!?」
「愛国心があるのか? 国民を気にするタイプとは初めて知ったぞ」
「私達がいるから国民は優雅に暮らせるんだぞ!」
「私腹を肥やしているお前達だけだ」
ショーンの右腕と言われているだけあって素直にサインをしてくれない。
意外と頑張るが……。
「ヴィルヘルム、バリィ夫人も使用人の扱いは酷かったらしいな……」
ヴィルヘルムは、バリィ公爵の邸で主に吸血した使用人達に、バリィ公爵夫妻のことを聞き取り調査のように聞いていた。
「はい、シグルド様。バリィ公爵が戯れに手を出したメイドを鞭で打って邸から放り出していたそうです。だから、メイド達はバレないように恐れていたと。皆地味にして、バリィ公爵の目に止まらないように必死だったと言っていました。トラヴィスがメイドに手を出すのも止めませんでしたし……」
だから、寵をもらったメイドは、妾にならずメイドのままだったのだろう。
「ヴィルヘルム……夫人に用はない」
「畏まりました」
「やっ、止めろー!?」
「嫌ァーー!? ……ぐっ!?」
ヴィルヘルムは逃げようとした夫人の首を掴み上げた。
生気を吸いとられるようにバリィ夫人はどんどん干からびていった。
首を押さえられているせいか、バリィ夫人は恐怖で微かな苦悶の声と顔になり、干からびた身体を強張らせたまま床に投げ出された。
「……バリィ、夫人を見ろ。」
バリィ公爵は、干からびた夫人の死体を見下ろすと憎々しい顔で俺を見据えた。
「……っすぐにまた処刑してやるっ!」
「それがお前の希望か? 夢があっていいな。だが、早くサインしてくれ。連れを待たせているんだ」
まだ、サインしないバリィ公爵にヴィルヘルムが、笑顔で近付いた。
「足ぐらい斬りましょうか?」
「……っ!!」
ヴィルヘルムは本気かもしれないが、脅しのつもりで言ったのだろう。
そして、バリィ公爵にこの脅しは効いていた。
ヴィルヘルムが、バリィ公爵の側でそう言うと、バリィ公爵の表情が変わった。
「歩けなくなるだろ。こんなむさいオッサンを担ぐなんて俺は嫌だぞ」
「俺も嫌ですねぇ」
ヴィルヘルムのいつもの飄々とした物言いに、バリィ公爵は恐怖が増したようで、ワナワナと震える手でサインした。
「二枚目以降の書類にもしっかりサインしてくれ」
口角を上げ、座ったままの俺はバリィ公爵にそう言った。
一枚目にサインし、二枚目、三枚目……と確認していた。
ショーンの右腕と言われるだけはあるのか、書類の確認は怠らない様子で、書類の内容にこの状況でも納得がいかないようだった。
「これにサインしたら、財産が全て無くなる!!」
「もう要らんだろう」
「ふざけるな!!」
こんな状況で財産を気にする余裕があるとは呆れる。
そして、助かると思っているのだろうか。
「では、夫人からお願いしてもらおう」
操り糸を扱うように夫人の干からびた死体を動かし、バリィ公爵を後ろから抱き締めるようにすると、バリィ公爵は汚いものを見るように、そして恐怖で夫人を突き飛ばした。
「……っわあぁぁぁーーー!? 近寄るなーー!?」
「夫婦円満じゃないのか?」
「困った公爵様ですねぇ。お盛んなようですし」
世間話のように話す俺とヴィルヘルムに、バリィ公爵はもう逃げられなかった。
そして言うことを聞かないと、夫人と同じ目に合うとそろそろわかってきたようだった。
気付くのが遅すぎる。
もっと早く決断してくれと思う。
「……っこれで気がすんだか!?」
「いや……もう一つある。お前の死体もくれ……」
「……っひぃ!?」
既にヴィルヘルムの耳は魔族の尖った耳に戻っており、そのままバリィ公爵は夫人と同じ末路になった。




