堕ちたマイルス
こんなに予想を裏切らないサブタイトルが他にあっただろうか……
それでは、どうぞ。
【赤い不死鳥】を立て直す方法も探れぬまま、更に数日が経ち。
……ついに、【赤い不死鳥】が潰れた。
俺が今まで築き上げてきた地位を。
Sランク冒険者の肩書きを。
そして、信頼を。
アイラのせいで、俺は全てを失った。
最初は、別のギルドに移ればいいだけだと思っていた。
だが、ダックは俺の秘密もろとも自滅した。
……【赤い不死鳥】が潰れたという情報は共有され、その直接的な原因を作ったとされる問題の冒険者を受け入れてくれるギルドはすぐに無くなった。
ダックは横領の罪で逮捕されたが、俺の場合はあくまで「噂」だけで決定的な証拠は無い。
俺がお尋ね者に認定されることはなかったが、これでは同じようなものだ。
「クソ、クソ、クソ……!」
俺は一体、どうすればいい。
どうすれば、元の生活を取り戻せる。
考えろ。
今の俺には、何が足りない。
……仲間。
仲間が足りない。
そうだ。
アイラなんていなくても、あいつらさえいれば良かったんだ。
早速俺は聞き込みを始め、サナとミリーの行方を追った。
……だが、いくら聞いても、彼女達の情報は全くといっていいほど手に入らなかった。
名声高い【紅き閃光】のメンバーが何かアクションを起こせば、必ず噂は立つはずなのだが……
それでも俺は諦めずに東奔西走し、必死に二人の行方を追った。
しかし、時間だけが不毛に過ぎていった。
数日が経ち、俺はいよいよ生活にも困窮した。
冒険者以外の仕事をすれば良いのかもしれないが、それは俺のプライドが許さなかった。
普段ならば歯牙にも掛けない格安の宿に泊まり、味のしないパンを頬張ってなんとか日々を食い繋いだ。
しかし、その日は宿も見つからず、ひどく暗い夜を彷徨い歩いていた。
「クソがぁ!」
あの日から、全てがうまくいかない。
俺は、道端にあった小石を力一杯蹴飛ばす。
前には人が居たが、知ったことか。
俺の不幸に比べれば、小石をぶつけられることくらいなんだっていうんだ。
「ひどいじゃないか。もう少しで当たるところだった」
「そこにいたお前が悪いんだよ!……ってお前、あの時の魔人じゃねぇか」
「おや、これはこれは」
思いがけない再会だった。
魔人はへらへらと笑いながら、俺に近づいてくる。
「失せろ。お前に構っていられる余裕はない」
「まぁまぁ。君が仲間を追っていることは知っているよ。彼女達の行方が知りたいかい?」
「知っているのか!?」
「知ってるも何も、今や彼女達は僕らの仲間さ。魔人に引き込んだんだよ」
「……嘘をつくな」
「本当さ。もし君が魔人になるというなら、すぐにでも二人に会わせてあげよう」
「……」
仮にこいつの話が本当なら、確かに辻褄が合う。
魔人が目立った行動をして、人間から警戒されることを望むはずはない。
故に、二人が本当に魔人になったのなら、息を潜めていた理由に説明がつく。
「魔人になっても、自我が強ければ人間の意志を保てる。何をそんなに躊躇することがあるんだい?」
「黙れ。俺は……」
「禁忌の魔道具に手を染めた時点で、君は人間を半分辞めているようなものだ。《傲慢》の魔道具【洗脳の義眼】が使えているのだから」
「……傲慢の魔道具?」
「禁忌の魔道具には『適性』があるんだよ。いくら魔人といえど、全ての禁忌の魔道具を使えるわけじゃない。適性とは即ち、どんな感情が暴走して魔人となったのか、ということ。魔人としての君の根幹にあるのは、天性の『傲慢さ』だったようだね」
「傲慢、か。……確かにそうかもな」
全てを手に入れようと貪欲になる姿勢が「傲慢」だというなら、それも間違ってはいないだろう。
目的のためなら、どんな手段も取る。
それの、何が悪い。
「あれ、自覚はあったんだ。そりゃ、アイラ君を追い出したい一心で、禁忌の魔道具にまで手を出すんだもんね。君が魔人に成り切れていなかったせいで、その効力も長くは続かなかったようだけど。人間のままであんな大勢に洗脳なんてかけるからだよ」
そうだ。
気質が荒かった俺は、当初【赤い不死鳥】の冒険者から嫌われていた。
そんなことは自覚していたし、俺はそれが、たまらなく腹立たしかった。
それでいて、自分を変える気は毛頭無かった。
あいつのように媚びを売らなくても、俺は実力で観衆を味方につければいい。
そう思いつづけて、やがて俺たち【紅き閃光】は、Sランクパーティーになった。
やがて、少しずつではあるが、俺に憧れて冒険者を始めたという新人も現れた。
……だが、それでもアイラには及ばなかった。
この頃、あいつはいつの間にか弟子まで作り、ギルドの中に派閥的なものを築きつつあった。
どうして俺を見ない。
アイラなんかより、俺の方が強い。
荷物持ち風情が、調子に乗るな。
だから、あの時、偶然ダンジョンで【洗脳の義眼】を見つけた時、人気を一身に集める目障りな荷物持ちを追い出してやろうと計画を立てた。
そして、その人望を自分が代わりに貰い受けよう、とも。
俺は【赤い不死鳥】の奴らに「俺の言うことは全て正しい」という洗脳をかけた。
最初は上手くいっていたが、結果はこのザマだ。
洗脳はすぐに解け、荷物持ち達に出し抜かれた。
禁忌の魔道具にはクールタイムがある。
魔道具が回復するまであと3日ほど。
もう一度あいつらに洗脳にかけるには、時間が足りなかった。
「……あの時、もし俺が完全な魔人になっていたら、結果は変わっていたのか?」
「禁忌の魔道具を使いこなせていたら、その効力は今も続いていたはずさ。自分は人に好かれる努力はしない。そのくせ、人望のあるアイラ君には嫉妬する。なんて傲慢なんだろうねぇ」
「……あんな奴に嫉妬なんてしていない。俺はずっと、正当に評価される環境を作りたかっただけだ。だから、実力以上に不当な評価をされているクズ共を間引いた。それのなにが悪い。反省なんてしてねぇ。俺は何一つ間違っちゃいない!」
「理不尽だねぇ。でも、それでいい。純粋な狂気ほど、強い力を生み出す。今の君が魔人になれば、今まで君を見下してきた奴らに復讐できる力が手に入るよ。そして、君を正当に評価してくれていた仲間にもまた会える。どうだい?」
「……そうすれば、全てが元に戻るのか?」
「知らない。それは君次第さ」
……俺次第。
俺にもし、地龍をねじ伏せるだけの力があれば、二人が姿を消すことはなかった。
【透明な空】に負けることもなければ、【赤い不死鳥】が無くなることもなかった。
今の俺に、足りないものは……
「そうだな。認めよう、俺には力が足りない。気に入らないもの全てをねじ伏せ、誰もかもを従わせるだけの力が。俺に力をよこせ」
「……あぁ、その言葉を待っていたよ」
魔人は嬉しそうに俺の胸元に手を近づける。
その手には、禍々しい宝珠のようなものが握られていた。
「そいつを当てれば、魔人化するのか?」
「当てる? ははは、違うよ」
魔人は、俺の胸に文字通り手を突っ込んだ。
「が、は……う!? う、ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!」
身体中に激痛が走る。
呼吸ができない。
痛い。
痛い。
痛い。
「グァァァァァァ! ァァァ、ァァァァァァアアアアァァァアアアアァァァ、ァァァ」
苦しい。
苦しい。
苦しい。
悲鳴がやがてうめき声になり、ついに俺は、声を出すことすらもままならなくなった。
「おやすみ。核が定着したら、また会おう」
(クソっ、たれが)
魔人の言葉を最後に、俺は意識を手放した。
◆ ◇ ◆ (???視点)◇ ◆ ◇
魔人というものは、本当に不思議な存在だ。
魔人化する素質があり、かつ本人に魔人になるという意志がなければ、魔人核を無理やり人間の体内に入れても死んでしまう。
だから、彼には彼自身の意志で魔人化して貰う必要があった。
……魔人化して、人間の意思を保つ。
確かにそれは不可能ではない。
だが、「魔人核」という魔道具に頼って魔人化した時点で、魔人は大魔王マスティマ様の命に背けなくなる。
「魔人核」とは、人間にモンスターの力を与える魔道具。
あらゆるモンスターを配下につける最強の魔王にかかれば、モンスターの因子が取り込まれた人間を操ることなど造作もない。
……マスティマ様が復活するまで、我々は軍を整え、来るべき決戦の日に備えるだけだ。
(終わりましたよ、クレイ様。これで、味方に引き込んだ魔人は目標数の100体に達しました)
『……ご苦労さん。お前は引き続き魔人の数を増やしつつ、例の魔人の行方を追ってくれ。空間魔法の継承者?っていうやつもな』
「畏まりました」
直属の上司であるクレイ様への報告を終え、私は次にやるべきことを考える。
唯一、マスティマ様が操れない魔人。
それは、命令を下す媒体となる「魔人核」を使うことなく魔人化したイレギュラー。
そして、「空間魔法の継承者」。
僕がディフォンとして潜入していたギルドに空間魔法らしき魔法の目撃情報が寄せられたが、魔道士が誰なのかはまだ特定できていない。
どちらを先に追うべきか。
「……まぁ、そんなに急がなくてもいいか。それにしてもマイルス君は可哀想だ。仲間なんて、とっくに死んでいるのに」
他でも無い、この僕が殺したのだから。
もしマイルスが僕より先に彼女達と会ってしまっていたら、彼は一度折れかけた心を持ち直してしまっただろう。
それだけは、避けたかった。
彼女達にも魔人としての素質はあったけど……マイルスほどの逸材ではなかったからなぁ。
魔人核は有限だ。
故に、未来の魔人として有望な人間以外においそれと使うわけにはいかない。
『殺したの? あら、可哀想〜』
「!?」
真上から降ってきた嫌に間伸びした声に、僕は一瞬だけ硬直する。
魔力量云々もそうだが、魔力の「質」が恐ろしく洗練された存在。
……人間ではないな。
「誰だ……精霊?」
『ご名答。貴方が探し求めている【空間】のね』
その答えに、僕は満面の笑みを浮かべる。
鴨がネギを背負ってきた、とはこのことか。
……いや、少し違うか?
まぁいいや。
「ご足労感謝するよ。死ね」
『貴方が死になさい。コソコソとアイラを嗅ぎ回るような魔人を、私が野放しにするとでも?』
「へぇ、空間魔法の使い手はアイラ君だったのか! あの時殺しておくべきだったなぁ。君の後で、しっかり彼も殺しておくよ」
『……あぁ、すっきりした。やっぱり貴方だったのね。ギルドの前でアイラ達とマイルスが対峙した時に感じた、嫌な視線の主は。でも良かったわ。もし貴方の視線が無ければ、あの場でマイルスを肉片にしていたかもしれないもの』
「それは良かった。それじゃあ、そろそろ殺すよ」
『殺す?……そう、貴方は知らないのね。この世界の支配者が一体誰なのか。大魔王じゃない。人間でもない。まして、魔人でもない。教えてあげる。この世界の支配者は、精霊なのよ』
「精霊? ハッ、ただの精霊では魔人、ましてマスティマ様の力には到底及ばない。それはお前もわかっているはずだ。それなのに何故、お前はのこのこと俺の前に姿を現した! 【反射する拳】!」
魔人の身体機能をフルに活用した、人間では到底不可能な軌道を描いて放たれる拳。
前に拳闘士をストックしておいて良かった。
空間魔法だろうが、放たれる前に潰してしまえば……
『何故……か。そうね、私は約束を果たすためにここに居る。そして、空間魔法を絶やさないために、アイラというか細い火を守るためにここに居る。それが理由かしらね』
「……は?」
どういうことだ。
精霊といえど無敵ではない。
だが、目の前の精霊には、俺の拳は当たらなかった。
否、すり抜けた。
……いや、落ち着け。
相手は空間の精霊。
視認できない魔法で防いだに違いない。
拳に何かが当たった感覚は無かった。
つまり、転移系の魔法だろう。
『なるほどなるほど、この速さは厄介ねぇ。今のアイラ達だと、かなり苦戦しそうだわ』
「余裕だねぇ。だが、お前の魔法はなんとなく掴めたぞ。次はお前の腹に風穴を空けてやる」
『ふーん、魔人っていっても、脆さは人間と変わらないのね。回復力は凄いみたいだけど』
「何を言って……」
そこで俺は、自分の腹に見えない剣のようなものが突き刺さっていることに気づいた。
……魔人は驚異的な回復力と引き換えに、「痛み」という感覚が薄れてしまっている。
無いわけではないが、ダメージに気づくのが遅れる。
魔人が人間に劣る、唯一の欠点だ。
「こんなもの、すぐに治る。一発入れたくらいで、良い気に……」
『蹂躙せよ。【空間の刃:百の太刀】』
「はぁぁぁ!?」
イカれてる。
今の魔法を、百発だと?
……こいつ、イカれてやがる!
「【魔法反射】……ぐ、ァァァァァァァァァ!!」
僕の鏡の間を縫うように斬撃を飛ばしてくる。
なんだ、なんなんだこいつは。
過去に対峙した精霊も、精霊使いも、こんなに強くなかった。
魔人である僕が、精霊に負ける?
……いや、あたしはこんなところで死ぬわけにはいかない。
ワシには、マスティマ様からの崇高な命が……
『見つけた、そこね。【崩壊する空間】』
「え? は……」
ひどく嫌な感覚だ。
魔人としての自分が、消失していくような。
そうか、こいつは今、我の魔人核を潰したのか。
魔人核とは、人間でいう心臓部分。
ここだけは、再生できない。
力が抜けていく。
視界がぼやけていく。
……俺は、こんな道半ばで死ぬのか?
『さっきから色んな人格が出てるわよ。アンタ、実は元の自分も覚えてないんじゃないの?』
「うる、せぇ……」
『まぁいいわ。ちなみに、サナとミリーは私が回収したわ。こんなところで死なれてもつまらないもの。壊れるまでたっぷり可愛がってあげるつもりよ』
(クソ……。せめて死ぬ時くらいは生まれ持った体で居たかったが、こいつの言う通りだ。どれが本当の自分なのか、全く判断がつかない。この魔道具も考えものだな)
自分すらも見失った哀れな魔人は、それ以降、もう二度と言葉を発することはなかった。
◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆
『……死んだか』
ネフィルは消滅した魔人の懐から転がり出た無数の魔人核を見て、満面の笑みを浮かべる。
『最近魔人が多いと思ったら、こいつが増やしていたのね。これでしばらくは大丈夫かしら』
ネフィルが夜な夜などこへ行っているのか。
……その答えが、この魔人狩りである。
しかしながら、精霊であるネフィルには、「町を守る」などという意思は一切無い。
彼女の中にあるのは、「アイラを殺す恐れのある危険因子を排除する」という動機だけだった。
空間魔法を意図的に排除しようとするのは、かつて空間魔法に苦汁を飲まされた大魔王とその直属の部下か、自らの意思で人を殺す魔人くらいのもの。
しかし、大魔王が封印されている今、モンスター達に大きな動きはない。
故にネフィルは今、魔人を倒して回っているのだ。
ネフィルは知らなかった。
一部の魔人と大魔王が結託している今、それが結果として魔王軍を弱らせることに繋がっていることに……
『ミリーとサナをどうしようかしらねぇ。アイラに伝えようにも、あの子はきっと優しいから。……本当にどうしたものかしら』
ネフィルの空間の中では時間は経過しない。
こうしている間も、二人の時間は重傷を負った状態で止まっている。
『……それでもやっぱり、アイラに話は通しておくべきかしらね。よし、決めた』
ネフィルは何事もなかったかのように家に帰ると、眠りについた主の寝顔を堪能する。
そして数時間後、彼を起こしに来た吸血鬼と死闘を繰り広げたのだった……
一歩間違ったらネフィルが重度のメンヘラになった世界線がありそう。
流石に書かないけど。
ぶっちゃけるとミリーとサナの終わりはもう近いです。
ここからが二章の山場。
頑張って書くので応援よろしくお願いします!




