一週間の成長ーシアル編②ー
週1投稿したつもりが遅れてたっぽいですね(他人事)
「いいか、魔法には威力によって等級がある。初級、中級、上級、王級、極大。だが、あの時お主が放った魔法は、極大魔法という域すらも超越しておる。神級魔法。使い手が少なすぎるが故に、幻のものとされている魔法じゃ」
「神級……」
「初手で神級魔法を放ったお主は、普通の魔道士とは全く逆のルートで修行をする必要がある。お主の最初の目標は、『極大魔法』を放つことじゃ。威力が8倍されていては意味がない。一般的な極大魔法を撃てるようになれ」
「は、はい!」
それから毎日、シアルはディノによる魔法の手ほどきを受けた。
「魔力の操作が甘い。魔法の形が崩れておる」
「はい」
「馬鹿者、魔力の込めすぎじゃ。それでは数発で魔力切れを起こすぞ」
「気をつけます」
「何処を狙っておる! 我は正面に当てろと指示をしたはずじゃ!」
「す、すみません!」
(もっと正確に、もっと魔力を温存して……)
「阿保、その魔法で一体何を倒そうとしている! そんなんじゃ羽虫程度しかくたばらんわ!」
(ひ、ひぇぇぇ……)
教え方こそ上手いが、ディノの指導は、それはもうスパルタだった。
だが、シアルは与えられた課題を必死こなしていった。
目覚ましいほどの成長速度。
必死に喰らいつき、教えた技術をスポンジのように吸収していくシアルの姿を見て、ディノもまた、徐々に心を動かされて行った。
「……シアル、お主は夜な夜な我の目を盗んでここに来ているな?」
「す、すみません。少しでも、昼間教わった技術を定着させたくて」
「悪いことだとは言っておらん。だが、次からは我にも声をかけろ。夜中でも構わん」
「それではディノ様に悪いですよ。聞くところによると、吸血鬼は睡眠を必要としないようですし……」
「その程度、なんてことはない。戦乱の時代は、不眠不休で何日も戦い続けることもざらにあった。……それに、お主とて完全な吸血鬼ではない。その調子で不眠不休を続けてみろ、いつか倒れるぞ。お主を管理する側面でも、我が側に居た方が都合が良い」
「……わかりました。では、お願いします」
極大魔法から、王級魔法。
王級魔法から、上級魔法。
通常の魔道士とは全く真逆のルートではあるが、シアルは着実に魔法を上達させて行った。
そして、修行開始から、6日目の夜。
「【火球】!」
シアルの手から放たれた弱々しい炎が魔断石に衝突し、呆気なく消える。
側から見れば、なんてことはない初級魔法。
だが、この二人にとって、この魔法は極めて大きな意味を持つものだった。
「で、できました!」
「ようやく、といったところか。まったく、神級魔法が打てるにも関わらず初級魔法で喜んでいるのは、この世でお主くらいじゃろうな……」
「完璧な」初級魔法を撃つ。
それは、初手で極大魔法を放ったシアルの第一の目標であり、魔力操作が上達したという証。
シアルが初級魔法を撃つと、本人の意図はどうあれ、どうしても中級魔法以上の威力が出てしまう。
だからこそ、シアルが「初級魔法の威力を持つ初級魔法」を撃つには、常人よりも遥かに緻密な魔力操作が必要となった。
それを、わずか6日と半分。
これは、魔法を極めたディノの目から見ても、末恐ろしいことだった。
「魔力操作の感覚は大方覚えたな。では、次はこいつに傷をつけてみろ」
「でも……」
シアルが懸念しているのは、神級魔法を放っても魔断石が無傷だった場合だ。
彼女の魔力量を以てしても、連続で神級魔法を放てるのは良くて3回。
もし3回とも失敗したら、また魔力が回復するまでリトライはできない。
……だが、ディノには、シアルが既に魔断石を砕ける実力を付けているという確信があった。
「つべこべ言うな。やれ」
「や、やってみます。上手くいくかはわかりませんが……」
シアルは手先に魔力を集め始める。
それは他の魔道士で言うところの「詠唱」という行為に近いのだろうが、その間、シアルは一切声を発さない。
至極当然のように、高等技術の無詠唱を体得しているのだ。
(もし吸血鬼が魔法を使えたら、モンスター界の上下関係が逆転する……とはよく言ったものだ。まさしく、その通りじゃないか。我が数百年もの歳月をかけて体得した神級魔法を、僅か1週間でコントロールするに至るとは!)
「【神の炎】!」
洞窟内が昼と化すような眩い閃光と共に、地面から金色の火柱が立ち昇る。
黄金に輝くその炎は、まさしく「神の炎」の名を体現しているようにすら思える……が。
惜しくも、魔断石を破壊するには至らなかった。
「やっぱり、ダメでした……」
「魔法が悪い。広範囲に攻撃する魔法ではダメだ。力を一点に凝縮しなければな」
「魔力……凝縮……」
シアルは、ディノのこの発言を何度も咀嚼した。
魔力の凝縮。
言葉通りに捉えるなら、魔法の一点に魔力を込めろ、というメッセージ。
事実、ディノはその意味で伝えようとしていた。
だが、このときシアルの頭の中には、魔法とは全く別の攻撃手段が浮かんでいた。
(魔力を一点に凝縮する。それが徹底できていなかったから、今までは……)
「……む?」
シアルは魔力を右腕に凝縮させる。
凝縮なんて軽いものではない。
文字通り体内の全魔力を、右腕に集約させた。
自身の血を流れる、濃度8倍の魔力。
それを、この1週間で体得した魔力操作で一点に集中させることで、部分的に濃度10倍の血液を作り出す。
それが、シアルが導き出した「答え」だった。
「【操血:血塗れの鎌】!」
「なんじゃと!?」
ひどく美しい、真紅の鎌。
シアルが大鎌を振り下ろすと、パリン、という軽快な音を立てて、魔断石が周囲に散乱した。
「や、やりました!」
「……はぁ。確かに、我は『魔法で』魔断石を破壊しろ、とは言っていなかったな。シアル、お主の戦略勝ちじゃ」
(魔断石は魔力を弾くが、弾ける魔力量には限界がある。本来ならば、魔断石の一点に凝縮した神級魔法をぶつけるのが正解じゃったが……前提として、シアルは吸血鬼。これで良かったのかもしれぬな)
無邪気に喜ぶシアルの様子を見て、ディノは満足げに笑う。
「一週間、ありがとうございました!」
「阿保、気が早いわ。お主にはまだまだ説明しなければならないことが残っておる」
「あ……修行が終わったら話す、と言っていたことですね。失礼しました」
「一旦、上に戻るぞ。密閉空間での炎魔法は煙たくて敵わん。まずは風呂でも沸かそうか」
「すみません、お背中、お流しします……」
「よかろう。今回はそれで手を打ってやる」
本人は気づいていないが、シアルは既にディノに対して萎縮することが無くなっていた。
ディノと対等な会話が成立しているのも、この一週間の成長の一つなのかもしれない。
二人は冗談を言い合いながら、悠々と別荘へ帰って行った。
……常人の目にはとても追えないスピードで。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(……一週間前は我と目を合わせることもままならなかった小娘が、心身共にここまで成長するとは。わからないものじゃな)
一週間前と同じようにシアルと机を介して向かい合った我は、少しばかりの名残惜しさを感じる。
時間をかけて鍛え上げれば、いずれは我の右腕として、あるいは我を超える存在となるやもしれぬ。
……だが、約束は約束。
途中、物好きな精霊にも釘を刺されたからな。
アレは一体、何の精霊なのか。
今まで見てきた精霊とは、どうにも違う気配。
アイラという青年に関係するのは、口ぶりからして明らかじゃったが……
「シアル、精霊に心当たりはあるか?」
「せいれい?」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
アイラに関係するのは間違いないが、アレをアイラが使役している、とは限らない。
まして、シアルが知っているはずもない。
そろそろ、本題に入ろう。
「お主がまず知っておくべきことは、世界の勢力についてじゃ。今、勢力は三分化されておる。勇者や冒険者、騎士団を始めとした人間陣営に、相対する魔王軍。そして、魔人勢力。最近動きが出てきたのは魔人の勢力じゃ。一部の魔人が、大魔王復活計画に加担したようでな。反対に、人間の勢力は衰えておる。原因は、勇者が戦線から退いたことじゃ」
「勇者……アラン……」
「なんじゃ、知っておったのか?」
「前に一度、殺されかけました」
ふむ……
やはり、そうなのか。
「勇者に思うところがあるのは分かった。お主はどうやら操血術を使う時、或いは激しい感情の高まりが起きた時に、片目が従来の吸血鬼のように赤く染まる体質のようじゃな」
「え? 今、赤くなってますか?」
「薄暗いトンネルでは確信を持てなかったが、これではっきりしたな。瞳の色は自分では確認できない。くれぐれも、事情を理解している人間以外の前では操血術を使うな。そして、感情を抑える術を身につけろ」
「……はい、すみません」
なんとも、難儀な体質じゃ。
尤も仮に気づかれたとしても、並の冒険者では今の此奴をどうこうできるとは思えんが……
「話を続ける。大魔王復活までの残り時間は、もうそれほど残されていない。我らの目的は、来たる決戦の日に備え、より多くの戦力を引き入れることじゃ」
「それで、私を鍛えたのですか?」
「確かにそれも理由の一つじゃな。お主に時間を割くだけの価値があると判断したのもまた事実」
「では、他に理由があるのですね」
「……あぁ。だが、それは我の口から話すことでは無い。近いうちに直接話すことになるだろう。そう仕向けた張本人とな」
「さっき話していた、『せいれい様』という方のことですか?」
「精霊は種族名じゃよ。お主はもう少し、常識というものを知った方が良さそうじゃな」
「……善処します」
「まぁ、それは時間をかけて覚えて行けばいい。その次が問題じゃ。我は最初に、お主は下山した後に死ぬと言ったな」
「はい。理由を修行が終わった後に話す、とも」
「簡単なことじゃ。近いうちに、この町でスタンピート……所謂、モンスターの暴動が起こる」
「ど、どうしてそんなことが分かるのですか?」
「近頃、モンスターの様子がどうも忙しない。そして数日の間、我がこの山を留守にする。スタンピートの兆候に加え、『竜』という抑止力を失った山。モンスターが暴動を起こすのは、目に見えたことじゃ」
モンスターは「異分子」を真っ先に狙う習性がある。
例えばそれは、人間に組する吸血鬼だ。
もしシアルが何の力もないままスタンピートを迎えた場合、生存できる確率は極めて低い。
……今となってはその心配は不要か。
「ディノ様が居ない間は、私がこの町を守ります。この町の人達は、アイラ様やミシャル様を始め、こんな私にも温かく接して下さった方ばかりなんです」
「うむ、その意気じゃ。留守の間は任せたぞ」
第一、この町の冒険者は、我が居ないと町を守れないほどの臆病者ばかりではないだろう。
前にギルドに足を運んだ時に辺りを見回したが、数名、確かに腕の立つ人間が居るようだったしな。
「では、失礼します。今度こそ、一週間ありがとうございました!」
「お主はまだまだ未熟じゃ。教えることは山ほど残っておる。気が向いたらいつでも修行の続きをつけてやるから、そのつもりでな」
「はい!」
(うむ、体の使い方も上手くなった。ようやく、吸血鬼の身体能力を使いこなせてきたな)
……我らしくないな。
遠ざかっていく弟子の後ろ姿を眺めていて、少しばかり感慨深いものを感じてしまった。
我が魔法の指導をしたのはこれが初めてでは無いが、その中でも間違いなく一番の逸材じゃった。
無属性以外の全属性への適性。
及び、各属性の神級魔法の行使。
更には、吸血鬼固有の操血術まで操る。
一体どれだけ神に愛されれば、これほどの好条件が整うのだろうか?
アイラという小僧にやるのが勿体無いくらいじゃ。
ところで、精霊は「私とあの子を失望させるな」などと言っていたか。
その言葉、そっくりそのまま返してやろう。
大口を叩いたからには、シアルを我の手元に置いておけば良かった、とは思わせないでくれ。
……名も知らぬ精霊よ。
神級魔法、実は全属性分のネーミングは考えてません。
良い案あったら採用するかも。
ぼちぼち不死鳥サイドも進めていきます。
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