一週間の成長ーアイラ編②ー
ランキング復帰に向けて、書き溜めを頑張っています。
現在、ストック2です(絶望)
対戦よろしくお願いします。
抜かりはないように思えたダンジョン攻略の中で、僕は一つだけ、取り返しのつかないミスを犯してしまったらしい。
【空間探知】で次のフロアを探った時、僕はそのことに気づいて呆然とした。
……僕は、まさかすぐ下のフロアがボス部屋になっているとは露にも思わず、クゥとの会話に多くの時間を費やしてしまったのだ。
貴族達より、【空間探知】を使えるこちらの方が、早くボス部屋まで辿り着ける。
そんな確信じみた思いがあったからこそ、僕は先にクゥを解放することを選んだ。
しかし、僕達がそこにたどり着いた時には、貴族達は既に……
「ギャァァァァァァ! 来るなぁァァァ! だ、誰か、ワタシを助けろォォォォォ!」
中から悲痛な叫び声が聞こえるが、こうなってしまってはもうどうしようもない。
僅かな希望にかけて【空間探知】を使ってみるが、動いている物体は二つしか見当たらない。
恐らくこれは、ボスと、貴族。
……奴隷の女性達は、既に戦闘不能に陥っているようだ。
しくじった。
誰かがボスと戦っている間は、部屋の扉は固く閉ざされてしまい、部外者がその中に入って加勢することはできない仕組みになっている。
『どうする? 助けに行く?』
「……え、行けるの?」
『【空間転移】なら、壁なんて関係ない。とはいえアイラの転移系魔法はまだ安定してないし、行くなら私が使うわ』
「じゃあ、お願いしようかな……?」
ネフィルの言う通り、転移系の魔法を習得するのに、一週間という時間はあまりにも短すぎた。
しかし、当然ながら空間を司る精霊であるネフィルは、息を吐くようにそれを使いこなす。
ネフィルの力を借り、僕達は彼らのボス戦に乱入する形で中に入ることができた。
中に居たのは、このダンジョンのボス「毒蛇の王」。
そして、その毒液に侵された奴隷の女性達が倒れており、逃げ回る貴族が今にも噛みつかれようとしていた。
……非常に良くない状況だ。
「クゥ、悪いけどこれをお願い」
「これって……あ、倒れてる人に使えばいいのね?」
クゥに解毒剤を持たせ、僕は毒蛇の王と対峙する。
ポイズンスネークを一回り大きくしたような、禍々しい体色の大蛇。
このモンスターの攻撃手段は、殆どが毒を絡めた攻撃だ。
毒の牙はもちろん、体表からも毒の粘液を分泌するのが、普通の蛇との大きな違い。
毒を通さない装備を身につけることで攻略難易度が大きく下がるという点を考慮し、蛇の王はCランクモンスターという立ち位置に落ち着いてはいるが、対策無しの場合の攻略難易度はB〜Aランク相当。
はっきり言って、無謀だ。
いくら彼女達が戦闘経験のある奴隷とはいえ、何の対策もされていない装備でこれと戦うのは荷が重すぎる。
この貴族は、自分が攻略するダンジョンのボスの情報など、まるで調べていなかったのだろう。
「あ、アナタは、さっきの……」
僕の姿を認め、希望を見出した様子の貴族だが……
ただで助けてやるつもりはない。
改心を促さなければ、助けたところで彼は第二、第三の被害者を産み出すだろうから。
「僕の助けを期待しないで下さいね。そいつと戦うことを選んだのは貴方です。引き返すことだってできたはずなのに」
「そ、それは」
「奴隷の方々は助けますが、貴方の命は被害者であるクゥに委ねます。彼女が許すというなら、貴方を助けましょう。……他人に命を預けることがどれだけ恐ろしいことか、身を以て知ってみるといいですよ」
「だ、だが、クゥには隷属の首輪がある。ワタシを助けなければ、クゥだって……」
「残念ですが、僕は隷属の首輪を外す術を持っています。クゥの首輪は既に外しました」
信じられないという表情を浮かべる貴族。
やはりあの時の「外してやってくれ」という言葉は、外せないことを見越して言ったのか。
「わ、ワタシがダンジョンから戻らなければ、アナタが父上から疑われますよ!?」
「そんなの、事故とでも報告すればいいだけです。例えば……カエルの餌になった、とか。これはさっき、貴方自身がクゥに言っていたことですけどね」
「……あ、あぁ…………」
交渉の糸が次々と断たれ、貴族はその場に崩れ落ちる。
そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を地面にこすりつけ、プライドを捨てた命乞いを始めた。
「ワタシが、悪かったんです。もう面白半分でダンジョンにも来ません。だから、どうか、命だけは……」
「謝る相手は僕じゃない。クゥに許しを乞え」
「ぐ……。クゥ、ワタシが悪かった。どうか、許してはくれませんか?」
「えー?」
クゥはしばらく何かを考えるそぶりを見せたが、やがて貴族の前に歩み寄り、何かを催促するように手を振った。
「その剣、頂戴。そしたら、助けてあげる」
「さ、差し上げます。だから、助けて……」
「やったー。この剣、前から興味あったんだ。ほんとに竜を斬れるほど、斬れ味が良いのかなぁ?」
クゥは貴族から【竜殺しの剣】を受け取ると、毒蛇の王の方へと無造作に歩み寄る。
僕が中級魔法【不可視の結界】で毒蛇の王を閉じ込めていることは、恐らくこの場の誰にも気づかれていない。
勿論、不自然なほどに動かない敵に対して、不信感を覚えることはあるかもしれないが……
まるで襲われないことを理解しているかのように、彼女は平然としていた。
会った時から今に至るまで、クゥからは緊張感というものがまるで感じられない。
……僕の魔法を見抜いているのか、はたまたあの程度のモンスターは眼中に無いのか。
「賢者の娘だからって魔法の杖を渡されても、私はあんまり魔法が得意じゃないんだよ。最初からこれを渡してくれれば良かったのに」
クゥは貴族に聞かせるようにそう呟くと、【竜殺しの剣】を構える。
その一連の動作は洗練されており、とても幼い少女の所業とは思えなかった。
「シャァァァァァァァァ!?!?」
毒蛇の王は命の危険を察したのか、僕の結界の中で体を暴れさせる。
「……え? 結界?」
そこで、クゥはようやく結界の存在に気づいた。
つまり、彼女には最初から、いつ襲われても対処できるという確固たる自信があったのだ。
「気にせずやっていいよ。直前で解除するから」
「わかった!」
クゥは今度こそ剣を振り下ろす。
それを確認してから、僕は魔法を解除する。
刹那、毒蛇の王の頭が吹き飛んだ。
……決して、ヤツの体が柔らかいわけではない。
クゥの一閃は、僕が今まで見てきたどの剣士の斬撃よりも、美しい軌道を描き出していた。
「なにこれ、思ったより斬れ味が悪いじゃない! 不良品だったんじゃないの?」
「不良品……そうでしたか。ワタシは随分、損な買い物をしましたね…………は、はは、は」
クゥのこの一言で、貴族の心は完全に折れたらしい。
(驚いたな、あんなに幼く見えるのに。斬った感覚で剣を判別できるなんて、一体何者なんだろう?)
ドシン。
血しぶきを上げながら、ボスが地面に横たわる。
僕はその素材を収集しようと、その死体に近づこうとするが……
「ゲコッ!」
「あ、まだ……」
ボス部屋にいるボスが一体だけとは限らない。
恐らくこのエメラルドフロッグは……
(僕達が来なければ、毒蛇の王に食べられる運命だったんだろうな……)
憐れみの情が湧かないこともないが、敵対してしまった以上は情けは無用。
「いいよ、僕がやる」
既に剣を鞘に戻しかけていたクゥを制し、僕はある魔法の形成に取り掛かる。
この魔法の準備に要する時間は、約2秒。
この2秒という時間は、強者との戦いになればなるほど重くなってくるが……
それだけに、強力な魔法なのは間違いない。
今まで攻撃手段を持たなかった僕が手に入れた、修行の集大成とも言える攻撃魔法。
「【崩壊する空間】!」
紙の上にどれだけ頑丈な盾を描いたところで、紙を破れば盾は呆気なく真っ二つになる。
この魔法をわかりやすく説明するなら、この例えが一番わかりやすいだろう。
「空間」そのものに攻撃を仕掛ける、防御不能魔法。
最後にエメラルドフロッグを討伐し、僕たちは晴れて「森林のダンジョン」を攻略した。
「ついてこい。地上まで送り届ける。次は無いぞ」
「は、はい……」
『ふふ、どっちが貴族だかわからないわね。そんなアイラも素敵よ?』
(……うるさい)
気絶していた女性達が目覚めるのを待ってから、僕達はダンジョンを後にする。
貴族はすっかり萎縮し、無言を貫いていた。
奴隷の女性……レヴィアさんとフェリンさんの話を聞く限り、彼はどうやら剣士、盾役、回復役、魔道士という構成でダンジョンに潜ったとのことだったが……
クゥが「魔道士」などではなかったことと、ろくに戦えない自分を頭数に数えていたことが、大きな失敗だった。
盾役、回復役のコンビであの蛇と相対させられた2人には、少し同情してしまう。
「……そういえば、貴方はどうしてクゥをパーティーに加えたんですか? 彼女はノースキルで売りに出されていたはずですが」
「ノースキルでも、流石に魔法の一つは使えると思ったからです。ワタシも物心ついた時には魔法や剣技を教わりましたし、賢者の娘たるクゥなら、ワタシ以上に魔法を扱えるのかと……」
……ふと気になった疑問を投げかけてみると、貴族ならではの思考が返ってきた。
彼らの世界では、幼少期から魔法や剣技、読み書きなどの英才教育を受けるらしい。
クゥもどうやら父親が名のある人物だったようだし、それならば、と思ったのだろうか。
「事前にクゥと話しておけば、防げたことです。奴隷を道具としてしか見ていなかったから、貴方にはクゥと『対話をする』という発想が無かった。使えないと分かると平気で捨てようとした。……奴隷は道具じゃない。同じ人間です。感情も、命も、貴方と同じように持っています。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないで下さい」
「……は、い」
俯いて、涙を流す貴族。
これが反省の涙なのか、平民に諭される屈辱から出た涙なのか、僕には判らない。
しかし、彼がもしその気になれば「貴族」という立場を利用していくらでも僕に反論することができる。
それをしてこないということは、本気で反省してくれているのかもしれない。
……さて、僕が奴隷を解放する力を持っていることを、レヴィアさん達にどう切り出すべきか。
そんなことを考えていたのだが、僕が手を出すまでもないことだったようだ。
僕達がダンジョンを出ると、地上には腕の立ちそうな数人の騎士と、いかにも身分の高そうな男が居た。
「……ち、父上。どうしてここに」
「あと少し待っても出て来なかったら、彼らと共に突入するつもりだったのだぞ。ウシャード、迂闊にダンジョンに手を出すなとあれほど言ったはずだ。……おい、その奴隷は何だ! お前、まさか、また私に無断で奴隷を買ったのではあるまいな!?」
「い、いえ、これには訳が……」
「理由は聞いておらん! そうか、事情は良く分かった。腕の立つ奴隷を連れて面白半分でダンジョンに潜り、死にかけたところをその冒険者に助けられた、ということだな?」
「……はい。申し訳、ありません」
「帰って説教だ。あぁ、ウシャードが買った奴隷の方々はご同行願いたい。正式な手順を踏んだ上で解放させて貰おう。お前も、それでいいな?」
「……はい」
「「……!」」
……ここで僕が、『【収納】した方が早い』と口を出すのは野暮というものだろう。
相手は貴族。
息子を叱る姿は悪い人のようには見えないが、万が一、ということもある。
僕はそっと騎士の包囲を抜け、帰宅を試みた。
……が、失敗した。
「待ってくれ、冒険者の方。こんな愚か者でも、息子は息子だ。ウシャードの命を救ってくれて、ありがとう。是非、君の所属ギルドを教えて欲しい」
「【蒼い彗星】です」
「ミシャルさんのギルドか。では、後日、そこに連絡を入れさせよう。本当はすぐにでも礼をしたいところだが、今は立て込んでいるんだ。すまない」
「いえ、見返りが欲しくて助けた訳ではありませんので。僕はここで失礼します」
助けた貴族の息子(名をウシャードというらしい)の父親の登場で、事態は丸く収まった……のだろうか。
この準備の良さ。
僕にはこの父親が、事前に息子の行動を把握していたようにしか思えないのだが……
まぁ、そんなことを僕が考えていても仕方がない。
死者は出さなかったし、奴隷も助けられた。
僕の空間魔法が、ダンジョンのモンスター相手に十分通用することも分かった。
十分すぎるだろう。
『まぁ、上出来なんじゃない? ……ところで、この子はどこまでついてくるつもりなのかしら』
「ついて……えっ?」
咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはごく自然に溶け込んで歩くクゥの姿が。
そういえば、クゥに帰る家はあるのだろうか?
「ご主人、どうかした?」
……はい?
「えっと、『ご主人』って?」
「んー? 私の首輪を収納したってことは、私はアイラさんの奴隷ってことでいいんだよね?」
「いや、外した時点で効果は無くなってるよ」
「えぇ、そんな……」
「なんでガッカリしてんの?」
「だって、解放されても行くあてが無いから。奴隷なら、家に住まわせて貰えるかなって」
嫌な予想が当たってしまった。
確かに、クゥを奴隷から解放したのは紛れもなく僕だ。
その後の面倒を見てやらないというのは、少しばかり無責任すぎるかもしれないが……
『受け入れちゃえば? まだ確信があるわけじゃないけど、私の予想通りならその子のスキルは【勇者】並に希少なものよ?』
「ねぇ、だめかな?」
「……分かった、僕の負けだ。そのかわり、ちゃんと役に立って貰うからね」
「はーい」
『ふふ、退屈しなくていいわねぇ』
(……ほんとにね。不死鳥に居た頃からは考えられないや)
こんなに毎日が充実していると感じるのは、一体いつぶりだろうか。
これで、2人目(と1柱)。
我が家がまた少し、賑やかになった。
◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆
末恐ろしい。
それが今日、私がアイラに感じた印象だ。
あの時、アイラはクゥの斬撃を完全に見切った上で魔法を解除していた。
クゥには確かに目を見張るものがある。
だが、アイラ自身、クゥよりも高度なことをやってのけているという自覚はあるのだろうか?
……いや、恐らくないだろう。
天性的な動体視力に、迅速な状況判断力。
元々荷物持ちとして培われた二つの力が、この一週間で爆発的に伸びて行った。
まさに、「空間魔法」という水を得た魚。
アイラには伝えていないが、空間魔法は他の魔法に比べて難度が恐ろしく高い魔法だ。
例えば、結界魔法。
結界を自在に動かせるということは、裏を返せば狙った場所に展開するのが難しいということでもある。
そしてなにより、他の魔法では求められない、自分の魔力の位置を把握する技術が必要となる。
他の魔法は敵に放てばそれで終わり。
しかし、空間魔法は撃った後も気を抜けない。
殆どの魔法が不可視であるが故に、自分でも何処に放ったのか把握できなくなることがあるからだ。
アイラはこの一週間、新しく習得した空間魔法の発動に苦戦することはあっても、自分の魔法を見失うほどの大きなミスは一度も犯していない。
まさに、空間魔法の申し子。
アイラ自身は魔法適性が無いと言っていたが、恐らく適性が空間魔法に全振りされているが故に、他の魔法の適性が全く発現しなかったのだろう。
そんなアイラが、一体何処まで行ってしまうのか。
現状では、全く予想もできない。
……いや、予想ができないのはあの吸血鬼ちゃんも同じか。
(あの地龍もなかなか強そうだったし、アイラ同様、化けててもおかしくないわねぇ……)
それでも、アイラの成長速度には敵わないだろう。
そう確信できるほど、アイラは見違えた。
(あの地龍との勝負は、私の完勝ね!)
……ネフィルが勝手に対抗心を燃やしていた、「どちらが一週間でより弟子を成長させられるか?」という(彼女の中での)勝負。
勝ちを確信する彼女の笑みが僅かに曇るのは、そう遠くない未来の話。
崩壊、意味的にはcollapseなんですが……うーん。
もしかしたら修正入るかもです。
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