【マイルス視点】魔人との接触
完全にネイとシアルが話をややこしくしている。
誰だよこんなキャラ生み出したの……
「……寝て、たのか?」
ベルク山の山腹で、俺はようやく意識を取り戻した。
数日は寝ていただろうか。
もう痛みは感じない。
相変わらず左腕の風通しは良いが、出血は止まっている。
……サナか?
辺りを見回す。
サナはおろか、ミリーの姿も見当たらない。
だが、これほど的確な治療ができるのは、【聖女】であるサナくらいだろう。
「サナには感謝しねぇとな……」
「君を裏切った女に? はは、冗談が上手いじゃないか」
「誰だ!?」
俺は咄嗟に身構える。
話しかけられるまで、一切気配を感じなかった。
……只者ではない。
「私は……そうだね、今はティフォンと名乗っておこう」
ティフォン。
どこかで聞いた名だ。
「その顔、名前……【赤い不死鳥】のギルドで見かけたな。確か、ソロでCランクになったばかりの雑魚だったか」
こいつも、アイラを慕っていた目障りな冒険者のうちの一人。
アイラを追放するのに最も面倒だったのは、あいつを慕う人間達をどう黙らせるか、という一点に尽きた。
その不安要素を取り除く算段がついたからこそ、俺は追放を実行に移したのだ。
「おぉ、かの高明なマイルス様に認知されているとは。光栄ですねぇ。まぁ、正確には違うんですが」
「……違う?」
「哀れな冒険者ティフォンは死にましたよ。私達の計画のためには必要な犠牲です」
「は?」
平然とした態度で、男は俺にそう告げた。
だが、だとすると、目の前にいる男は一体何だと言うのだ。
姿形は、紛れもなく冒険者ティフォンそのもの。
アイラを追放する時、何度も念入りに探りを入れた相手の一人だ。
見間違うはずがない。
「まぁ、精巧な変装とでも思っていて下さい。あの時は楽しかったなぁ。冒険者ティフォンのフリをして、青ざめるアイラ君にこう言ってやったんです。『……黙って聞いてりゃ、見苦しいにもほどがある! テメェの罪も認められねぇクズが、なんで今までSランクにのさばってんだ!』ってね。マイルス君もさぞ嬉しかったでしょう? 自分が目立ちたくて仕方ない君は、アイラという人気者が目障りで仕方なかっ」
「黙れ! テメェ、いつからティフォンと入れ替わってやがったんだ!」
「さてね。そういう君こそ、触れてはいけない禁忌に触れていたようだけど?」
(そこまで知られてんのかよ。なら、こいつはもう消しておくべきだ)
剣は地龍との戦いで折れた。
だが、俺にはまだ魔法がある。
こいつは俺から攻撃されるとは露にも思っていないはず。
今なら、確実に殺せる。
「【大火球
「あー、それは困るな。お座り」
「がぁ!?」
一瞬で、俺は地面に組み伏せられていた。
そして、首筋に何かひやりとしたものを突きつけられる。
……速すぎる。
何をされたか全く分からなかった。
悔しいが、片腕を失った俺では勝てない。
この俺にそう思わせるほど、こいつには力があった。
せめてこの場にエンチャントを使えるサナが居るか、剣さえ折れていなければ、結果は変わったのかもしれないが……
いずれにせよ、万全でない今の俺では、全くと言っていいほど歯が立たないことは確かだ。
「この山で迂闊に魔法を使うのは悪手だよ。地龍の野郎に嗅ぎ付けられるからね」
「……さっきまでの余裕な態度はどうしたよ。テメェでも、地龍は恐れるんだな」
「極力ぶつかりたくないというだけさ。奴と戦ってもメリットが少ない」
「答えろ。お前は一体何者だ?」
「良いねぇ、その上から目線。君、今の自分の立場分かってる?」
「うるせぇな。答えろよ」
「どこまでも傲慢。そうだ、それでいい。そうすれば、君はもっと高みへと登れる」
「何の話だ」
……気持ち悪い。
こいつ、頭イカれてんのか?
「こんな話を知ってるかい。負の意識が限界を超えるところまで高まった人間が、人間ではない別の生き物に変貌するってね。私がそれさ」
「お前、まさか魔人か!?」
魔人。
圧倒的な力を持ちながら、モンスターとは違って自らの意思で行動する生命体。
モンスターは自分が生き残るために人を殺すが、魔人は自分の欲求を満たす為だけに人を手にかけるという。
実際に会ったのは初めてだが、なるほど確かに、冒険者を一人、何の躊躇なく殺している。
「そんな魔人が、俺に何の用だ」
「勧誘だよ。禁忌の魔道具を使うには、少々魔人の力が要るんだ。つまり、君には魔人になる資質が眠っている」
……そうだ。
こいつの言う通り、俺は確かに、禁忌の魔道具に手を出した。
何故かは知らねぇが、世間では使用を禁じられ、それを所持していることが発覚するだけでも咎められるという、まさしく禁断の魔道具。
だが、そうでもしなければ、アイラをパーティーから追い出すことができなかった。
悔しいが、あいつにはそれほどまでに人望があった。
どうしてそれを、こいつが知っている。
俺はこの魔道具のことを、仲間にすら話していないというのに。
「何故そのことを知っている。あれは俺がダンジョンの宝箱から……」
「私がその宝箱を仕組んだのさ。あの魔道具がマイルス君の魔力に強い反応を示したからね。そして、君がその魔道具を使う場面を、冒険者ティフォンとして見届けたというわけさ」
つまり、俺がそれを見つけたのも、俺がアイラを追放する時にその魔道具を使ったのも、全てこいつの掌の上だったってわけか?
こいつは一体、何なんだ。
何が目的で、そんなことを……
「お前は……」
「おっと、君が魔人側に加わる決心が固まるまで、まだこれ以上の情報は与えられない。悪いね」
「そうかよ。なら、さっさと帰ることだな。俺は魔人の仲間にはならねぇ」
「残念。でもまぁ、気が変わったらいつでも私を探すといい」
そう言うと、魔人は俺の前から姿を消した。
言葉の割に、口調は軽い。
あの魔人は、どうやら心の底から残念だと思っているわけではなさそうだった。
……早く、ギルドに戻らねぇとな。
いや、オヤジに剣を直して貰うのが先か。
俺は折れた剣先を拾い、山を下り始める。
道中、内蔵が抉り出されたモンスターの死体が多数あったのは、恐らくあの魔人の仕業だろう。
俺は再度、自分の意思を確認する。
俺は……こうは、なりたくねぇ。
(……気持ち悪ィ)
◆ ◇ ◆(side unknown)◇ ◆ ◇
禁忌の魔道具。
それは、力の代償として使った人間を狂気に染め上げるという危険な代物。
使用したある者は発狂し、後に自殺した。
ある者は欲望に呑まれ、魔人化した。
またある者は自我を失い、凶器を手に見境なく暴れた。
それ故に人間は、禁忌の魔道具を厳しく規制しているのだ。
禁忌の魔道具には、力の副作用として使用者の負の思想を爆発的に増幅させる力がある。
人間はそれに耐えられず、狂ってしまう。
ならば、一つの負の思想がこれ以上増幅しないところまで引き上げられた存在……魔人がそれを使用した場合、どうなるのか?
人間たちは知らない。
元から感性が狂っている魔人ならば、禁忌の魔道具をほとんどノーリスクで使うことができると。
……最も、マイルス自身もそれに気づいていないようだったが。
マイルスは、禁忌の魔道具を使った後も正気を保っていた。
つまり、彼は既に魔人に成りかけているのだ。
人間は、快楽に繋がる思想を元に魔人化する。
マイルスの場合は「傲慢」だろうか?
いずれにせよ、あれだけの出血を自力で止めるほどの治癒力は、もはや人間のものではない。
あとは、人間の意識が消えさえすれば。
ここで何か、マイルスの「人間の心」が完全にへし折れる事件が起これば良いのだが……
そう都合良くはいかないだろう。
人間の心が折れるまで、マイルスが魔人を自覚するまで、僕はずっと彼のことを待ち続るとしよう。
……あれ、「僕」?
そうか、今の自分は商人の人格なのか。
全く、変装も楽じゃない。
おかげで人間に溶け込めてはいるが、時々肝心な自分を忘れそうになるんだから。
僕は禁忌の魔道具【死者投影の手鏡】を眺めながら、少しだけ憂鬱な気分になる。
「久しぶりに大量虐殺でもするかねぇ。そうすれば、魔人としての感覚を思い出せるだろうし」
……その魔人は、不気味に鼻歌を唄いながら、山を降って行った。
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