火炎のダンジョン、攻略開始
心底どうでもいい話ですが……
アイラの名前の由来は「Air」からです。
後から「空間魔法の伏線はなんと主人公の名前でした!」とか言おうと思ってたけど、「Airだとどちらかというと風魔法を連想されるのでは?」と思い、断念しました。
でも結局名前はそのままになりましたとさ。
「アイラ、こっちだ!」
クエストボードの前にクロウさんを見つけ、僕は駆け足で彼らの元へ向かう。
「君が例の荷物持ちか。俺はこのパーティーで盾役をやってる、キースって者だ。よろしくな」
「魔道士のミラよ。よろしくね、アイラ君」
「キースさん、ミラさん、よろしくお願いします!」
【黒い雷】のメンバーとの自己紹介が終わり、僕は改めてクロウさんに挨拶をした。
「お誘い頂き、ありがとうございます。皆さんの足は引っ張りませんので、どうか遠慮なく戦って下さい」
「……お前こそ、荷物持ちだからと言って遠慮はするなよ。一体引き付けてくれるだけでも、俺たちは大分楽になるからな」
「クロウ!? いくらなんでも、荷物持ちに戦闘を強いるのは……」
(キース、アイラはかつて【赤い不死鳥】でSランク荷物持ちだった。……むしろ、俺たちが気を使われないか心配なくらいさ)
「Sランク!?」
困惑している様子のキースさんに、クロウさんがそっと何かを耳打ちをする。
クロウさんの話は聞き取れなかったが、その後のキースさんの反応で大体の内容は察せた。
「昔の話ですよ。今は皆さんと同じBランクですから。それに、荷物持ちがパーティーメンバーに気を配るのは当然です」
かつて僕がSランクに登り詰めたのは、あくまでパーティーでの話。
僕はそのことを決して誇らしいことだとは思っていないし、実力第一の冒険者界において、過去の肩書はただのお飾りでしかない。
「最終確認だ。目標【火炎のダンジョン】最深部。ブレイクは最小限に抑え、なるべく短い時間での脱出を目指す。途中でもし怪我人が出たら、即時にダンジョンから撤退する。何か質問はあるか?」
(おお……凄い)
パーティーリーダーとしてメンバーを仕切るクロウさんの姿に、僕は一種の感銘を受けた。
これが、リーダーとしてあるべき姿。
比べて、マイルスがいかに怠惰だったか……
パーティー内の空気は、先程までとは一転して緊張感が張り詰める。
「……よし、無いな。出発するぞ」
こうして、僕と、【黒い雷】によるダンジョン攻略が、始まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「クロウ、ここだ!」
「ふっ!」
キースさんとクロウさんの流れるような連携が決まり、目の前に立ち塞がったモンスター……レッドリザードは、たちまち絶命する。
ダンジョンに入ってから、僕はしばらく後方で彼らの立ち回りを観察していた。
剣士と盾役が前衛、魔道士が後衛という、ダンジョン攻略においてはかなりオーソドックスな陣形。
しかし、特筆すべきは、彼らが専属の回復役をパーティーに入れていないことだ。
一応、ミラさんは回復魔法も使えるようだが、彼女はここまで一度もその鱗片を見せず、魔道士として攻撃魔法での援護に徹している。
……即ちそれは、各々がダメージを受けないような立ち回りを心得ているということ。
Bランクパーティーとはとても思えないほど、個々の能力が高い。
その上、クロウさんとキースさんに至っては、戦っている最中ですら、ミラさんの魔法の射線上に入らないような位置取りをしている。
恐らく、「ミラさんと敵の直線上には入らない」といったような、パーティー独自のルールがあるのだろう。
今すぐに僕がこの輪に加わったところで、かえって彼らの連携を邪魔してしまうかもしれない。
しかし、それは僕も想定内。
僕は当初の予定通り、最初は【黒い雷】のサポートに全力を注ぐことにする。
(さて、まずは)
僕は感覚を研ぎ澄ませ、周囲の魔力の流れを感じ取る。
……モンスターの魔力を感知することは、索敵の役割を担う上では必須レベルの技能。
僕は何故か、昔から索敵が得意だった。
(曲がり角のところに、レッドリザードが二体いる。あと、天井にも三体、別のモンスターが………………………………あれっ?)
待てよ、何かがおかしい。
確実に、いつもより感覚が鋭くなっている。
今まで僕ができたのは、せいぜいモンスターがどの辺りにいるのかを漠然と感じ取ることだけ。
そこに居るモンスターが何か、そこにモンスターが何体いるかまでは判断できなかった。
モンスターの「形」をはっきりと感じたのは、これが初めてだ。
『空間魔法の適性が成長した影響よ。空間魔法は、文字通り空間を意のままに操る力。今のアイラなら、自分の周りの物質の流れが手に取るように分かるはず』
……本当だ。
今、ネフィルは精霊体となって透明化しており、肉眼で捉えることはできない状態。
しかし、集中して辺りを探ると、頭上で僕の魔力が漂っているのがわかった。
これは今朝、僕がネフィルに分け与えた魔力だ。
「過保護すぎ。ついてくるなとは言わないけど、せめてもう少し離れて見ててよ」
『あ! 教えなきゃよかった……!』
ネフィルは大袈裟に悔しがりながらも、僕から数歩分ほど距離を取る。
……何だかんだ言っても、僕の指示に背く行動は謹んでくれるらしい。
「そこの曲がり角にレッドリザードが二体、天井に炎を纏った蝙蝠が三体居ます。皆さん、戦闘準備を!」
「……お、おう!」
ダンジョンで最も恐れなければならないのは、曲がり角のような死角からの奇襲と、リスポーンしたモンスターによる後方からの奇襲。
……いずれにせよ、奇襲。
モンスターのいる位置を探れるだけでも、命を落とす危険は格段に低くなる。
「火を纏った蝙蝠は任せて。空中の敵は魔道士の仕事よ」
「なら、俺とキースでレッドリザードだ」
「あぁ!」
角を曲がるや否や、レッドリザードが先陣を切ったキースさんに襲いかかってくる。
……が、これはキースさんが難なく対応。
「甘ぇ!【盾攻撃】!」
「グァ!?」
「キース、伏せて。【遠雷】!」
キースさん、ミラさんの範囲攻撃で、レッドリザード一体と、火を纏った蝙蝠三体が一網打尽にされる。
「ふんっ!」
……そして、残った一体もまた、クロウさんの剣ですぐに倒された。
本当に、見惚れるような連携だ。
「皆さん、流石ですね」
「アイラ君が教えてくれたからよ。来るとわかっていたから大丈夫だったけど、奇襲されてたらもう少し手間取ったと思うわ」
「同感だな。ったく、相変わらず常識が通じねぇ奴だ。索敵でモンスターまで割り出せるんなら、それはもうスキル【鑑定】の域じゃねぇか……」
レアスキル【鑑定】。
対象のスキルや適性を丸裸にするという、冒険者にもそれ以外の職業にも重宝されるスキルだ。
僕の索敵は敵のスキルまで知ることはできないし、そんなに上等なものではない。
「とりあえず、収納しますね」
僕はいつものように、倒されたレッドリザードの死体を回収して回った。
レッドリザードの皮には熱耐性があるので、主に防具の素材として重宝される。
蝙蝠のほうは残念ながら素材としての利用用途は非常に少ないので、このまま放置してダンジョンの力で魔力に還元してもらおう。
「おいアイラ、解体しないのか!?」
「大丈夫です。大した量じゃないですから」
「おおぅ、俺の中での荷物持ちの常識が、音を立てて壊れていく……」
そんな、大袈裟な。
「想定よりも早く進めている。この分なら、ブレイクは次のフロアで良いかもしれないな」
「そうね。まだまだ体力にも魔力にも余裕があるし、行けるところまで行っちゃいましょう」
僕たちはなんと数十分で、既にダンジョンを半分程度攻略することに成功していた。
このダンジョンはどうやら5階層から成っているらしく、次に進むのが3フロア目だ。
「気を引き締めろよ。ここからは更に熱も増すし、敵の数も多くなるからな」
ダンジョンは下層に行くほど敵が強くなる、という訳ではない。
勿論、そういった特殊なダンジョンもあるにはあるが、基本的には全てのモンスターが全てのフロアに出現する可能性がある。
……フロアの進行によって変動するのは、襲ってくるモンスターの数だ。
「……前方から、レッドスライムが5体来ます!」
「げっ、確実に増えてやがる……!」
「半分終わったとは考えない方が良さそうだな」
「ですね。ここは僕に任せて下さい」
このスライムは自身の体液を発火させ、擬似的な火魔法を放ってくる厄介な敵だ。
スライムながらも、冒険者協会が選定する驚異度ではCランクに分類されている。
……ここから先は敵の数も増え、クロウさん達と言えど疲労は溜まってくるだろう。
ただでさえ、熱気で体力が削られるのだ。
僕も、なるべく彼らの助けにならなくては。
僕はレッドスライムの群れに突っ込み、一番前にいた一体に斬撃を加える。
「ピギャァァ!」
その一撃で、レッドスライムはあっけなく弾け飛んだ。
……実は、スライムは「核」となる部分を砕いてしまえば、誰でも簡単に倒すことができる。
その核を見つけるのが中々に困難なのだが、僕はどういうわけか、索敵の要領で核の魔力を感知することができた。
だからこそ、スライム類が出現した時は、僕が率先して倒すようにしているのだが……
今思うと、これも空間魔法の適性によって成されていた技なのかもしれない。
「はあっ!」
更に、2体。
今日は特に普段よりもはっきりと、レッドスライムの「核」が体のどの辺りを移動しているかがわかった。
……なるほど。
僕は決して魔力の流れに敏感だった訳ではなくて、それとは別に空間内を把握する力があったお陰で人一倍の索敵が出来ていたらしい。
シアルとクエストに行ったあの日、僕が魔力草の魔力を感じ取ることができなかったのがそれを裏付けている。
魔力を感じ取れたシアルは、紛れもなく前者なのだろう。
3体、4体。
特に苦戦することもなく、僕はレッドスライムを倒し終えた。
「す、凄いな……」
「非力でも討伐できる数少ないモンスターですからね。僕の唯一の見せ場ですよ」
「唯一ってことはねぇだろ。さっきからお前に助けられてばっかだ」
『そうよ、もっとアイラに感謝しなさい』
「……」
「どうしたの、キース? そっちに何か気になるものでもあった?」
「あぁ、いや……」
クロウとミラがアイラを褒める一方で。
……キースは、どこか浮かない表情を浮かべているのだった。
ブクマ・評価ありがとうございます!(既成事実)




