大手ギルドからの除名
執務室を出てから、僕はすぐにギルドの受付に向かった。
【紅き閃光】のことを割り切れたわけではない。
むしろ、まだ引きずっている。
ソロで何かクエストを受けて、少しでも気を紛らわせよう。
そう考えたのだ。
とはいえ、「荷物持ち」である僕がソロで達成できるクエストは、かなり限定されてくるのだけれど……
「すみません、クエストを受けたいのですが」
「……残念ながら、現在アイラ様に受けられるクエストはありません。パーティーの募集依頼も承りかねます」
「え? 他の冒険者は普通にクエストを受注していますし、パーティー募集の張り紙もちらほら見かけましたが」
「……はぁ」
受付嬢は深いため息を吐くと、僕に冷ややかな視線を投げかける。
これは、さっきマイルスが僕に向けた視線と同じだ。
受付嬢の態度からは、僕を軽蔑する感情がひしひしと伝わってきた。
「あれだけのことをしでかして、よくもまぁ反省する様子もなくのこのこと顔を出せましたね?」
……あれだけのこと?
心当たりのないことを切り出され、僕は困惑する。
「全く心当たりがないんですが、一体なんのことを言っているんですか?」
「へぇぇぇ、そうなんですね。私はマイルス様から貴方のことを『他人が倒したモンスターの死体を【収納】し、そのまま自分で手柄を独り占めしようとしたコソ泥野郎』と聞いていますが、それに対して何か弁明は? 貴方はそれが理由でパーティーを追放されたのでしょう?」
「なっ……」
……ありもしない濡れ衣だ。
当然、僕はそんなことはしていないし、しようと思ったことなど一度もない。
しかし、それにしてはおかしい。
どうして、受付嬢が僕がパーティーを追放されたことを知っているんだ?
いくらなんでも、情報の回りが早すぎる。
僕はマイルス達よりも先にここに来たはずだ。
僕がパーティーを追放されたという情報は、まだギルドには広まっていないはずなのに……
そこまで考えて、僕は考えうる中で最悪な仮説にたどり着いた。
マイルス達は、予めここまで根回しを済ませてから僕を追放したのではないだろうか?
僕を正式に脱退させる頃には、このありもしない噂がギルド全体に浸透しているように。
勿論、こんな予想は外れるに越した事は無い。
しかし、もはやそう考えるほか、この状況を説明できる手立てがなかった。
周囲の冒険者達の視線も、心なしか……いや、確実に冷たいような気がする。
いつもなら【紅き閃光】の誰かがギルドに姿を見せると、それがたとえ荷物持ちの僕だったとしても「Sランク冒険者だ!」と、多少周囲がざわつくというのに、今は静まり返っている。
僕は、その静寂が不気味だった。
……まるでここにいる皆が、僕と受付嬢の会話に聞き耳を立てているような気がして。
「僕はそんなことしていません。誤解です」
「パーティーリーダーであるマイルス様が2年も共に過ごした貴方を苦渋の決断で追放した上、そう証言したんですよ。マイルス様と貴方、どちらが正しいかなど考える余地もありません」
受付嬢の言葉に、僕は歯を食いしばる。
荷物持ちと、パーティーリーダー。
マイルスと僕では、立場も信頼も天と地ほど違うのはわかっているつもりだった。
……しかし、僕の見積もりは甘かったと言わざるを得ない。
その信頼の差で、ここまで一方的に庇護されるのか。
「更に残念なお知らせがあります。先程ギルドマスターとも話しましたが、貴方を正式にこの【赤い不死鳥】から除名処分とすることが決定しました」
「待ってください! 流石にそれは……!」
「やりすぎだと思いますか? 【紅き閃光】は今や、王都だけでなく他の町にも認知された知名度の高いパーティー。そんな高名なパーティーに寄生し、遂には手柄の横取りを試みた。それがどれだけのことか、貴方は事の重大さを分かっていないようですね」
「だから僕はそんなこと……」
「しましたよね?……もう証拠は出揃っているんですよ。これ以上貴方に使う時間はありません。それでは、さようなら」
受付嬢はそういうと、何やら机の中を漁り、取り出した誰かの契約書を目の前で真っ二つに裂いた。
……いや、あれは僕の契約書だ。
「ふざけないで下さい! マイルスがありもしない嘘を仕立て上げて、僕を追い出そうと画策したんです!」
僕は懸命に声を張り上げた。
さっき僕がマイルスに何も言い返せなかったのは、マイルスの言っていることが悔しくも的を得ていたからだ。
……でも、これは違う。
受付嬢が口にしたのは、どう考えてもマイルスが僕を嵌めるために広めた嘘だ。
こんなの、おかしいじゃないか。
「……黙って聞いてりゃ、見苦しいにもほどがある! テメェの罪も認められねぇクズが、なんで今までSランクにのさばってんだ!」
「おいコソ泥! そこに居られると邪魔なんだよ、さっさと受付を空けろ!」
「アイラ、お前のことは荷物持ちからSランクまで登り詰めた凄え奴だと思っていたが、とんだクソ野郎だったな。二度とその顔見せんな!」
……そう言い放ったのは、今まで僕のことを慕ってくれていたはずの冒険者達。
数人がそう叫ぶと、やがて周囲の冒険者たちもせきを切ったように便乗して僕に罵声を浴びせた。
その中には、僕が他パーティーでは最も親しかった弟子の姿もあった。
「アイラさん、見損ないましたよ。……今までずっと、貴方に憧れていたのに! 貴方に憧れて、荷物持ちを目指したのに…!」
「違うんだ、ネイ。僕はそんなこと……」
「私、マイルスさんにスカウトされたので。『紅き閃光』の荷物持ちは私に任せて、アイラさんは気兼ねなくどこへでも行って下さい。……できれば、二度と会わないくらい遠くへお願いしますね?」
……同じ荷物持ちとして僕を慕ってくれていた彼女すら、マイルスの言葉を微塵も疑おうとしない。
僕はそれがたまらなく悲しかった。
もう、何を言っても無駄なんだ。
僕の味方をしてくれる冒険者なんて、ここには1人もいない。
少なくとも、【赤い不死鳥】には。
もし、いるとしたら……
失意のまま、僕はギルドを後にした。
僕へ向けた非難の声は、扉を閉めるその瞬間まで終ぞ途絶えることはなかった。
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