番外編:白雪先生の恋愛相談室
今回は、俺と白雪さんの出会いについて話そうと思う。
ちょうど入学してすぐの頃、休日に家にいるのが嫌で街へと繰り出していた。子どもから大人まで様々な人がショッピングをしたりと休日を楽しんでいる。運良くソウが見つかれば良いなと思っていたがやはり人が多い。それにつられてかユウレイもたくさんいた。
人が多いのは苦手で少しそれた路地へと逃げ込んだとき、女性の話し声が聞こえる。
「ねえ、ユリ……」
話す女性はこちらに背を向けていてよく見えない。しかし、話しかけられている女性は見覚えがある。同じクラスの白雪百合だ。
白雪百合は入学早々に学校中で噂になっている美少女である。同じクラスということもあり、クラスメイトが嬉々として話しかけていた光景を思い出した。その彼女がここにいることは不自然ではないのだが、なぜか彼女から目を離せないでいた。
「ユリ、好き。大好き……」
友達にしては熱のこもった言い方に違和感を覚えていると、女性は白雪さんの唇に自分のそれを重ねていた。そのとき、白雪さんの瞳が俺を捉えてニコリと目を細める。
「っ……!」
本能的に危険を感じて足早にその場を立ち去るとポケットに入れていたスマホが震える。
『月曜日の放課後、屋上』
白雪さんからのメッセージに俺は背筋が凍った。
♢♢♢♢♢
約束通り放課後に屋上へとつながる重い扉を開けた。
屋上は立ち入り禁止とされているがうまく角度をつけて押せば開くようになっていることは生徒間で周知の事実だ。それでも入って先生にバレればただでは済まないので、入る人はほとんどいない。そんな場所を選ぶということは、よっぽど人に聞かれたくない話なのだろう。
屋上へと足を踏み入れると強い風で髪がなびく白雪さんが立っていた。
「遅くなってごめんね、白雪さん」
俺の声に気づいた白雪さんはこちらを振り返って口を開いた。
「小門くん、この間見たんでしょ?」
「……この間って」
あのキス、だろうか。
”キス”という明確なキーワードを出してもし間違っていればと思うと続きの言葉を吐き出せなかった。
なんて答えれば良いものかとうつむいて眉間にシワを寄せる。
そんな俺を見てクスリと白雪さんは笑った。
「あー、やめやめ。別に責めてるわけちゃうねん」
「え? 白雪さん、その口調……」
実は関西出身やねん、と口を大きく開けて笑う。おしとやかに微笑む彼女しか見たことがなかったので思わず目を見開いた。
「それで、今日はお願いがあって。こないだ見たこと他の人に言わんといて欲しい」
「別に言うつもりないよ」
「ありがとう。小門くんがそういう子じゃないっていうのはなんとなく分かっててんけど心配やってん」
笑顔で言うが、そこには安堵の色があった。それだけ知られたくないことだったんだ。
白雪さんはフェンスに手をかけて空を見つめた。遠くからはボールがバットに当たった音と一緒に歓声が聞こえてくる。
胸の中でモヤモヤしたものを感じ取って俺は口を開いた。
「白雪さんは同性が好きってこと、だよね……」
白雪さんは俺を見つめて閉口した。
踏み込みすぎた質問だったかもしれない。慌てて何か言おうとするがうまく言葉が浮かばなかった。
俺が何かを言う前に白雪さんが口を開く。
「うん、そうやね。私は女の子が好き!」
白雪さんのニコリと笑顔で堂々と言う姿に目を離せなくなる。きらきらと輝いて眩しい。
羨ましいという言葉が頭をよぎった。
「小門くんは」
「え?」
「小門くんはどうなん? けっこうクラスで女子に話しかけられること多いけど、好きな子おる?」
たしかに女子から矢鱈と話しかけられる。それは中学からそうだった。でも、別にその中で好きな子がいるわけでもない。俺の中身ではなく、俺の見た目を見ている奴ばかりだったからだ。
しかし好きな子がいないわけではない。
「……俺、中学のときから好きな子がいるんだ」
「中学からかー。同じ高校?」
「うん。クラスは違うけどね」
ふーん、と言う白雪さんに少し安心した。根掘り葉掘り聞かれたらきっとしんどい。この絶妙な距離感に息がしやすくなった。
白雪さんなら、この人なら話せるかもしれない。
覚悟をきめるために息を吐き出した。大丈夫だ。
「その子が……好きな子が男の子だって言ったら、笑う?」
思わず声が震えてしまった。それをごまかすように笑顔を浮かべる。
白雪さんは俺を見て目をパチパチとさせた。
「いや、笑わへんけど……」
「そっか。……そっかー」
知らず識らずのうちに強張っていた体から力が抜ける。思わず乾いた笑い声が出た。
「俺、その子にひどいことしちゃったんだ」
「ひどいことって?」
「俺のせいでからかわれてたんだ。俺と付き合ってるんじゃないかって。別に付き合ってたわけじゃないんだけどね」
「……」
「それで、俺がその子から距離とればいいかって彼女つくったフリして離れた。自分が我慢すればそんなふうにからかわれることはなくなって、また昔の関係に戻れるって思ってたんだよね」
「うん……」
「自分のことしか考えてなかったからさ、その子へのからかわれ方が悪化してることに気づかなくて。中学卒業を機に俺に教えることなく家を引っ越してた。だから今どこに住んでるか分からないんだ」
俺の話を笑うことなく聞いてくれた。そのことに安堵する。
白雪さんに目を向けると眉間にシワが寄った表情をしていた。もしかして俺の行動に怒っているのでは、と思わずうつむく。
「その行動がどうやったかは置いといて、その子は同じ高校なんやろ?」
「うん。どのクラスかは分からないけど」
「でも同じ高校やんか。絶対会えるやん。ほんで会ったときに、中学のこと話してみたらええねん」
「中学のこと」
「そう、中学のこと。小門くんの話だけ聞いてると、2人でちゃんと話すことなく距離とったんやろ? なんかすれ違い起きてる気がすんねんなあ。やからとりあえず話してみたら?」
早くソウを見つけてユウレイから守らないと、とはずっと思っていた。入学してすぐの頃はソウを見つけるために、他のクラスに「月見爽」がいないか聞いて回ったり街で探したりしていた。
でも、ソウを見つけた後どう接するかは考えていなかった。
とりあえず話してみる、か。それで何か変わるのであればやってみる価値はある。もちろん、まずはソウを見つけるところからだ。
「そうだね、ありがとう」
「で、その子の名前は? あたし知ってるかもしれへんし」
「月見爽だよ。平均的な身長にかわいい笑顔の子」
「いや惚気か。……月見爽やな、こっちでもなんか分かったら教えるわ」
「なんでそこまでしてくれるの?」
白雪さんの秘密を話さないにしても、そこまでしてもらう理由がわからない。
「なんか親近感わいたから。それだけ」
青空の下で笑う姿は頼りがいがあって、思わず白雪先生と呼びたくなった。