ただ一緒に過ごしたいだけなんだ
ソウをユウレイから守るという依頼をうけたとき、正直面倒くさいと思っていた。
月見さん……ソウのお兄さんにはお世話になっていたから長期間というイレギュラーな依頼も快く受け入れた。とはいえ、普段から依頼で関わる人は禄でもない人が多く、ソウに良い印象を抱きづらかった。
俺の仕事はユウレイに襲われる人を守ること。
ユウレイに襲われるといっても理由は様々だが大抵は自業自得なことが多い。おもしろ半分で幽霊スポットに行ったり、禁忌とされている遊びに手を出したり。犯罪紛いのことをして死に追いやった結果襲われるというやつもいた。
要するにこれまで会ってきた人は総じてクソだったのである。俺に守られている立場なのに偉そうに指図してきたり、暴言を吐いてきたりする。ほとんどの人は心霊現象に気づいてもユウレイは見えないので俺が守ったことにも気づかない。なんでお金を払わないといけないんだ、といちゃもんをつけてくる奴すらいた。これで生計をたてているから仕方なくやっていたが、心の中は常に荒んでいた。
このような経験のせいで、ソウも今までの奴らと同じだと思っていた。ユウレイに狙われやすい体質とは聞いていたが、狙われるのは本人に何か悪い理由があるのだろうと思ってしまっていたのだ。
「ソウ。ごめん、ごめんね」
依頼を受けてソウのお兄さんのもとへ行った時、ソウは病院のベッドで横たわっていた。ソウのお兄さんはひたすら手を握って謝っていた。俺はそんな彼に声をかけることができず、お兄さんの横に立ってソウを見下ろした。
俺に気づいたソウはぼんやりとした瞳で俺をみつめる。
その瞳には悪意は一切こもっておらず、今までの依頼人と異なる様子に戸惑った。
ソウが眠りについたところで、お兄さんに連れられて病室から出る。
「トキ。この子のこと頼んだよ」
「はい、もちろんです。でもなんで幼馴染のフリをしないといけないんですか?」
「僕はソウの傍にいることができないからね。できるだけ心の支えが必要なんだ」
ソウは今までの記憶が一切ない。
初対面の人といるより、記憶にはないが昔から親しい人といる方が安心するのだろう。
俺はそう納得して幼馴染のフリをすることにした。
「ソウ。わからないことがあれば何でも聞いてね」
「ありがとう」
一緒に過ごすうちに、やはりソウは今までの人たちとは違うと実感した。
自分が守られていることに気づいていない点は他の人と一緒だ。しかし、ユウレイに襲われるような悪い奴には見えなかった。普段は大人しい性格だが、たまに見せる笑顔が眩しい。純粋でキラキラしたやつだと思った。
一緒にいて楽しいし、同じ空間で過ごすだけで満たされた気分になった。依頼のせいでまともに学校の友達と遊んだことがなかったからかもしれない。でも、それ以上の何かがある気がした。
始めはソウを守るために一緒にいたが次第に友達として、家族のような存在として一緒にいたいと思うようになった。それを思春期の周囲の人間がどう思うかなんて考えもしなかった。
「もしかして付き合ってるんじゃねえの」
トイレから教室に戻ろうとしたとき、クラスメイトの声が聞こえた。彼が言葉を放った先にはソウがいる。
恐らく、俺とソウの関係に口出ししようとしているのだろう。
クラスみんなが笑う中、ソウは呆然としていた。その様子にクラスメイトは低いトーンで尋ねる。
「え……。冗談だったけどマジなの?」
「ち、ちがう! 付き合ってるわけないだろ!」
「おいおい! そこまで否定されたら逆に疑わしく聞こえんだろ!」
ソウの焦る様子にクラスの奴らは笑った。
まるで新しいおもちゃを見つけた子どものようだ。
反吐が出る。
クラスメイトへの殺気で、近くのユウレイが逃げ出したのが見えた。しかし、ここで俺が出ていくと逆効果だ。俺は話題が変わるのを待って教室へと足を踏み入れた。
あれから日に日にソウの表情は死んでいった。あの眩しい笑顔はなくなり、生気のない灰色の顔で無理やり作った笑顔を見せるようになった。
俺がいない間にこの間みたいなことが何度かあったのかもしれない。
せめて助けを求めてくれれば俺は何だってするのに。
そう思って、本人に尋ねた。
「最近、顔色悪いよね。なにかあったの?」
「……え」
驚いて目を見開く姿は、嬉しそうに見えた。その表情にきっと正直に話してくれるのだろうと思った。
しかし、ソウの答えは拒絶だった。
「大丈夫だ」
嘘だ。
大丈夫じゃないことくらい分かる。その表情と顔色、そしてソウのことを知っている俺だからこそ分かるのに。
きっとソウは俺に助けられることを望んでいない。
だったら別の方法で助ければ良い。一日に一回会えばユウレイからは守れる。周囲に勘違いされないように接触を減らして、「俺に彼女ができた」なんて噂を流せば俺とソウの関係も友達だと認識されるだろう。変な噂もきっとすぐになくなる。そうすれば元通りの関係に戻れると思っていた。
計画通りソウと話すことは少なくなった。教室で会えば挨拶はするが、スキンシップは減ったし、放課後に家に行くことはなくなった。寂しい気持ちはあったが、我慢した。我慢すればソウの中学生活を守れると信じて疑わなかった。
自分が我慢すれば、自分が距離をとれば、自分が見て見ぬフリをすれば。
結局自分のことしか見ていなかったのだ。
ソウがどう思っているのか、今どんな状況なのか。何一つ分かっていなかった。
ソウは俺が知らない間に引っ越していた。ソウのお兄さんからの依頼……ソウを守るということが困難になり焦った。いや、それだけじゃない。ソウと元通りになれないかもしれないという現実を突きつけられて頭が真っ白になったのだ。
幸いどこの高校に行くかは先生に教えてもらうことができたので、同じ高校に行くことができていた。しかしクラス数も多く同じクラスになることはできなかった。
♢♢♢♢♢
「だから、ソウを見つけた時は酷く安心したんだ」
「トキ……」
トキは俺の頬に手を当ててじっと見つめた。
瞳を細めて笑みを浮かべるトキに心臓が高鳴る。
「今更こんな話されても困るよね」
「いや……」
俺から距離をとったのは、俺のためだった。
考えもしなかった真実に思考が追いつかない。
「それでオマエは何がしたいの?」
ユウの声にハッとする。ユウを見ると先程よりも落ち着いて見えた。
たしかに、今トキが俺にこんな話をしたのは何のためなのだろうか。
「今ソウを守ってるのは僕。オマエが守る必要はない」
「そうだね、そうかもしれない」
たしかに俺をユウレイから守る必要はない。
じゃあトキが隣にいる未来はもうないのだろうか。
トキはゆっくりと口を開いた。
「でも、ソウの傍にいたいんだ。依頼のためじゃなくて、中学のときみたいにただ一緒に過ごしたいだけなんだ」
ダメかな、と首を傾げるトキに俺は何故だか顔が熱くなった。
俺はそっと頷いて見せた。