むかつく
「ねえ、なんでここにコイツがいるの?」
──ユウ?
ユウはトキを見て言った。
どういう意味か尋ねる前にトキが口を開く。
「白雪さん」
「なに?」
トキは白雪さんにサムズアップした。
「ナイスサプライズ!」
「やろ? まあ、あたしができるのはここまで。応援してんで」
白雪さんもトキにむかってサムズアップする。
応援とはどういうことだろうか。
尋ねる前に白雪さんは梅原の襟を掴んだ。
「てことで、けんちゃんはこっち」
「は? アイツなんなんだよ?」
「はいはい。あとでなんぼでも話すから」
「ちょ。おい、待てって! 靴すれてるから!」
梅原は白雪に連れられてどこかへ消えていった。無理やり引きずられる様子に「おもちゃにされた」という意味がなんとなくわかってしまった。
「ソウ」
名前を呼ばれ、ドキッとしてトキを見る。
悲しいような嬉しいような、感情が入り乱れた表情をしていた。
「トキ、久しぶり」
続けて何を話せば良いのかわからなくなった。
”元気だった?”
”同じ高校だったんだ”
”白雪さんとどういう関係なの?”
他人行儀な言葉ばかり思い浮かぶ。トキと俺の遠くなってしまった距離を明確にしてしまいそうで怖い。最後に至ってはそんなこと聞く間柄じゃないだろうと思われてしまいそうだ。
何も言い出さない俺を見て、トキは言った。
「ねえ、大事な話があるんだ」
真剣な眼差しで言うトキに俺は頷くしかなかった。
大事な話は俺の家ですることになった。トキも俺と同じでこちらに引っ越してきたらしいが家には親が居るからできるなら避けたいとのことだった。
自宅までの道、俺達は他愛もない話をした。
授業の話や、テレビの話をして二人で笑いあった。途中で話題がなくなって静寂が訪れても、その時間さえ満たされた気持ちになる。まるで以前の、幼馴染の関係に戻ったような錯覚に陥ってしまいそうになった。
♢♢♢♢♢
「おじゃまします」
「ん。お茶出すから待ってて」
自宅について靴を脱ぐとソファーにトキを座らせる。
この家に誰かを呼んだのは初めてだったので新鮮な光景だった。
ユウは俺のもとまでくるとお茶が注がれるグラスを指さした。
「ソウ。こんなやつにお茶出す必要ないよ」
──どうしたんだよ。トキのこと嫌いなのか?
トキに気付かれないようにお茶を入れながら会話する。
ユウは帰り道もずっとトキのことを睨んでいた。普段あれだけ明るいユウがここまで冷たい態度をとるなんてよっぽどだ。
「ソウも覚えてるでしょ。中学の頃、トキに傷つけられたこと」
──別に傷つけられてなんてないだろ。
なぜ中学でのことを知っているのか気になるが、それ以前に勘違いしている。俺はトキに傷つけられたことは一度もない。
「うん。その中学でのことについて今日話したいって思ってたんだ」
いつの間に移動したのかトキが目の前にいた。
会話の不自然さにトキの視線をたどるとユウがいる。そこから導き出された予測に困惑した。
「トキ。もしかして見えてるのか?」
「この子でしょ。もちろん」
トキはユウを指差して笑った。
対照的にユウはトキを睨みつけている。
「なんで今更! 話すことなんて何もないでしょ!」
「……そうだよね。ごめん」
「嘘つき! ソウを傷つけたこと絶対許さない!」
「うん」
ユウはトキに暴言を吐き続けた。フードで見えないが、こころなしか泣いてるような気がした。
トキは何を言われても肯定し続けた。
「おい、ユウ。とりあえず落ち着けよ」
「落ち着いてなんていられるわけないじゃん!」
ユウを止めようとしたが、たいぶヒートアップしているらしく力及ばずだった。
トキは相変わらずユウを冷静に見つめていた。
そんなトキにイラついた様子で、ユウは衝撃的な一言を放った。
「お前がソウの幼馴染じゃないってことも全部知ってるんだから!!」
「え、」
トキが俺の幼馴染じゃない?
一体どういうことか尋ねようとトキをみると眉を下げて言った。
「うん。本当に、ごめんね」
♢♢♢♢♢
「てことで、けんちゃんはこっち」
「は? アイツなんなんだよ?」
「はいはい。あとでなんぼでも話すから」
「ちょ。おい、待てって! 靴すれてるから!」
俺は白雪に引きずられる。
ソウの姿が見えなくなったところでようやく開放された。
「おい。いきなり何するんだよ!」
「まあまあ。なんぼでも話すって言ったやろ。何が知りたいん?」
白雪の眼差しに普段のおちゃらけた雰囲気はない。どうやら本当に俺が知りたいことに答えてくれるらしい。
「おかととき、ってやつ。あれ誰だよ」
「え、何その聞き方。小門くんのこと嫌いなん? 少女漫画に出てきそうな正統派イケメンやから、けんちゃん気に入ると思ったんやけどなあ」
訂正。すぐに答える気はないらしい。
小門時臣。俺と同じくらいの高身長にワックスで清潔に整えられた髪、ぱっちりとした瞳はアイドルだと言われても信じるくらいのルックスだ。白雪が言ったように、少女漫画の世界で出てきてもヒロインと結ばれるくらいの素質はあるだろう。
でも現実は違う。別に俺はヒロインではないのでときめかない。ましてやソウと仲良いところを見せつけられるとルックス関係なく、ある感情を抱く。
「むかつくんだよ。月見と仲良いの見てたら」
「なるほどな。嫉妬やん、それ」
「嫉妬じゃねえよ!」
──嫉妬じゃない、よな?
言った後に少し不安になった。
まあなんでもいいけど、と白雪は一息ついて口を開く。
「小門くんは月見くんの中学からの友達。他にも知りたいことあるならできる範囲で答えるから」
「……なんでそんな答えてくれんだよ」
普段、白雪には何を聞いてもかわされてきた。そんなやつが答えようとする姿勢に違和感を覚える。
「小門くんのこと応援するとは言ったけど、やっぱり身内の恋も応援したいやんか」
白雪はニッコリと笑って言った。