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出会い

 俺は昔から恋愛の話題が苦手だった。


「なあ、このクラスで付き合うなら誰が良い?」

「そりゃ橋本さんでしょ。めちゃくちゃかわいいじゃん」

「えー、俺は石川さんだわ」


 クラスの男子が集まって盛り上がっている。女子は遠巻きにまたやってると呆れていた。そんな中、俺はひとり教室の隅で本を読むふりをする。そして祈った。どうか俺に話しかけないでくれ。


「あ、ソウは? 誰がタイプ?」


 祈りはむなしく、クラスの男子が俺に声をかけた。クラス全員の視線が俺に突き刺さる感覚に吐き気がする。声をかけられたからには黙っているわけにもいかず、本から顔を上げると笑顔で言った。


「やっぱ橋本さんだろ! 超かわいいし!」

「お、わかってんじゃん!」


 俺の回答に満足がいったのか、男子はまた他の人のタイプへと興味がうつる。それを見て、誰にも聞き取れないくらい小さくため息をついた。


 気持ち悪い。


 言いようのない不快感がこみ上げてくる。

 クラスでこんな話をする奴らも、聞き耳を立ててる女子も何もかもが気持ち悪い。でも、俺はちゃんとわかっている。みんなが正しい。テレビの中の大人もドラマの世界もそれが当たり前だ。おかしいのは俺のほうだとずっと前から自覚していた。だから、誰にも暴かれてはいけないと心の奥底にしまって、まともなフリをしてきた。


 これは、みんなと同じフリをして息を潜めて生きるのが正しいと思っていた俺の話だ。



♢♢♢♢♢



 風に吹かれて飛んできた桜の花びらが視界に入る。成長を期待してか大きい制服は違和感が強くて眉を顰めた。目の前にある校門には「入学式」と書かれた立て看板とともに新入生を祝うための飾り付けが施されている。中学とは異なる新しい生活に、新入生は嬉しそうな顔をしたり、不安げな顔をしたりと三者三様だった。


 俺はどちらかといえば不安だった。中学までは最寄り駅まで車じゃないと行けない、バスは1時間に1本くれば良い方なんていう田舎で過ごしていた。そんな俺が高校からは学校の近くに引っ越しをして、都会に出てきたのだ。だからこそ、この人の多さには不安になった。


 いや、違う。


 違和感を抱いてよく見ると、人だと思っていたものは足にいくにつれて透明になっていく所謂ユウレイであることがわかった。


 俺に霊感はない。小さい頃からそんな類のものは見たことがないと思う。見たことがあるとしたら、映画やお化け屋敷の偽物くらいだろう。


 今のこの状況に対して理解が追いつかなくてぼーっとそれを眺めているとすらっと背の高いユウレイと目が合う。ニヤリと笑みを深める彼女が目に入った瞬間に全身の筋肉がみるみる冷え固まっていくのを感じた。やばい、と思うよりも先に体が動く。恐怖で思うように足が動かないが無我夢中に走った。


 気づけば学校の林の中にいた。走りながら後ろを振り返るとユウレイは楽しそうに笑って追いかけてきている。普段運動をしないから足が重くてまともに走れない。喉は締め付けられたかのように苦しく、呼吸の中に血の匂いが混ざる。俺のそんな様子を見たユウレイは笑い声を上げて徐々に近づいてきた。


 重い足はついにまともに上げることができず、つま先が地面にはまる。地面が近づくと共にとっさに出した手のひらと膝に突き刺すような痛みが広がった。背後からはケタケタと笑う声が聞こえて、もう無理だと悟った。


──誰でも良い。誰でも良いから助けて!


「いいよ」


 鈴を転がすような声が聞こえたかと思ったら、あれほど痛くて動かなかった体が俊敏に動いてユウレイに触れる。黒いモヤと共にけたたましい叫び声を上げてユウレイは消え去った。あれほど逃げ回っていたことがバカみたいに一瞬だった。


 消え去った方向を見ているとチャイムの音が響き渡る。入学式が始まったのかもしれない。とりあえず学校に向かわないと、と思い歩き出そうとするが、体は俺の意思に反して地面に縫い付けられたままだった。


「ああ、ごめん。色々話したいけど一旦体返さないといけないね」


 先程の声が俺の口から聞こえた瞬間、倦怠感に襲われて立っていられずに地面へ倒れ込む。薄れる意識の中、心配そうに俺を見下ろす少年が見えた気がした。



♢♢♢♢♢



「あ、れ……」


 見慣れた天井が視界に入った。俺の部屋だ。起き上がろうとすると、全身にピキリと痛みが走った。まるで筋肉痛にでもなったみたいだ。徐々に意識がはっきりとしてきてユウレイに追いかけられていたことを思い出す。ヒリヒリと痛む手のひらと膝から、夢ではなかったと思い至る。


「あ、よかったー! 起きたんだね。体調は大丈夫?」

「だいじょうぶ」

 

 フードをかぶった少年が声をかけてきて、思わず答えてしまった。

 この少年は誰だろうか。


 俺の返答に安心して浮かべられたあどけない笑顔は俺と同年代に見える。問題は体だ。あのユウレイと同じように足がない。俺の視線に気づいたのか少年は口を開いた。


「どこまで覚えてる? ユウレイに追いかけられてたことは覚えてるのかな」

「それはまあ。あとはなんかユウレイが黒いモヤと一緒に消え去ったのもなんとなく」

「なるほどなるほど。それやったの僕なんだ。まあ、僕もユウレイなんだけどね」

「どういう、ことですか?」


 少年は状況を飲み込めない俺に丁寧に説明してくれた。俺はどうやらユウレイに好かれる体質で、追いかけられたのもその所為らしい。今までそんなことはなかったと伝えると、少年は「突然変異かな」と不思議そうな顔をしていた。少年はユウレイに追いかけられる俺を見て、俺に憑依することでユウレイを祓ってくれたという。この筋肉痛は憑依の代償らしい。


 そこで俺は一つ疑問に感じた。なぜ俺を助けてくれたのだろうか。俺に憑依して悪いことをするのならまだ分かる。しかし、少年は俺を助けた上に自宅まで運んでくれて体も返してくれている。少年のメリットが分からない。


「あのね、もう察してるかもしれないけど一つお願いがあるんだ」

「お願い?」


 やっぱり何か要求されるのかと思ったものの、なかなか言い出さずに黙る少年に手が汗ばむ。候補としてあれこれと思い浮かべるが、どれもしっくりとこない。少年は覚悟を決めたのか俺をまっすぐに見つめた。頭にかぶったフードで隠れていた目がようやくはっきりと見えた。


「僕、早くに死んじゃったから学生生活送れなかったことが未練になってるみたいなんだ。だから、成仏できるように一緒に学生生活を送らせてほしい!」

「それだけ……?」

「え、うん」


 安堵のため息が思わず出た。少年は俺の反応に慌てふためいて口を開いた。


「だって! こんなのユウレイと相性の良い君にしか頼めないし」

「相性って……。ユウレイが見えるくらいなら他にもいそうだけど」

「ユウレイの姿が見えて声が聞こえる。ましてや触れることができる人なんて一握りだよ。君がユウレイに好かれるのも『自分を誰よりも感じ取ってくれる』って思われるからだろうね」


 そういうものなのだろうか。確かに自分の周りではユウレイが見えるという人すら見たことない気がする。


「それで、俺は何をすれば良いの?」

「授業受けるときに一緒にいるのを許してくれればオッケー! あ、その代わり君が他のユウレイに襲われないようにするから任せて!」


 僕けっこう強いから、と得意げに言う少年を見つめる。ウソを言っているようには見えない。しかし一つ気になることがあった。


「もし俺が断ったら?」

「ユウレイに襲われて為す術なくパクリって食べられるかな?」

「……」

「……?」

「謹んでお受けいたします」

「ホントに!? やったー!!」


 ほとんど拒否権がなかったような気がするが、生きるためには仕方がない。俺は右手を少年に差し出した。


「遅くなったけど、俺は月見爽(つきみそう)。よろしく」

「僕は……ユウ! よろしくね」


 右手に冷たい手が重ねられる。死んでいることがウソかのように優しい力でギュッと握られた。

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