正解の選択肢は存在するのか
『簡単なことだよ。お前がどの世界を選択するかだけだよ。』
男は大学時代に文学部の日本文学を専攻していた。卒業後には出版社で文芸誌を扱う編集者として編集に携わりたいと思っていた。
高校時代に昭和のある文豪の代表作を読むと止まらなかった。それを口火に、あれよあれよという間にその文豪を読破したことを切っ掛けに、読者の虫になる前に作家の道に見せられ目指した。高校時代から毎年作品を書いては送っていた文学賞には、最終選考すらかすりもしていないようだった。
大学時代に書いた作品も出版社に飛び込みで直談判を試みたこともある。原稿を受け取ってはくれたが、そう言った人間が多いのか、編集者の人間は話しもまともに聞かずあしらうように帰された。当然のことながらその後の音沙汰はない。出版社に入社すればと、淡い期待を持ちつつ入社後もパソコンと向き合い書き続けてはいた。
文芸誌を扱う複数の出版社を受け入社する事は出来たが考えが甘かった。希望する部署で働ける訳ではなかったのだ。同じ出版社でも文芸誌を扱う部署ではなく女性ファッション誌の配属となった。専属モデルの撮影に同行する機会も増えると、撮影が円滑に気分良く望めるようモデルさんのご機嫌とりのような仕事ばかりだった。歌手やタレントが出演する大きな主催イベントに専属モデルが出演する際も裏方として会場に同行した。
男が控え室前の通路を資料を見ながら歩いている時だった。前を歩く人に肩が当たってしまった。すると、物凄い表情で睨まれ舌打ちをされた。よく見るとテレビでも活躍するモデルだったが、テレビではお笑い芸人顔負けの笑顔が印象的な彼女とは全く雰囲気が違っていた。背後にいたマネージャーらしき男も、チンピラのような風貌で上から下まで嘗め回すように男を睨んだ。うちのタレントに怪我させたらどうなるか分かっているのか。と言わんばかりに『気をつけろよ』と、こめかみの血管を浮き立たせながらひと言いって控え室に入っていった。
それでも文芸誌に配属される事を期待していた数年後。女性週刊誌を扱う部署に配属され、芸能人のスキャンダルを追う日々が続いた。夏の炎天下だろうが、雪が降る真冬だろうが、警察署の前や芸能人が住む高級マンションの前や空港。何時間だろうが、何日だろうが、ひたすら待つ事もあった。
生活に困窮している訳でもなかったが、真夏の炎天下や雪が降る真冬に警察署や高級マンションの前でひたすら待つこと以上に、近くて遠い文芸誌の部署に配属されず、高校時代から書き続けていた執筆の時間が減ったことも、男にとっては焦りでありストレスであり拷問にも近かった。
出版社に就職して30歳を迎えようとしていたある日。再び移動を命ぜられたが文芸誌に配属されないことを知ると退職届を提出した。
退職後は、雑誌やネットに記事を書く仕事などで何とかやりくり出来たがその数ヶ月後に震災が起きた。男の住む地域も被害を被った。その復興を目指すさなか、一年と経たず今度は台風による大雨での水害。震災による復興を目指していたにも関わらず、男の住む地域は土地が低い上に川の堤防が一部崩壊した事で多くの家屋が水没する形となり、再び復興する意欲を沸き立たせる前に心の病に陥る人も多かった。
パソコン一つで出来る仕事ではあったが、実家に帰り核シェルターなど防災機器を扱う父が勤める会社でお世話になることになった。実家とは言っても、男が住んでいた都心から電車で一時間半ほど。いつでも帰れる隣の県ではあったが震災や水害の被害はさほどない地域だった。
父は数年前に団地から小さいながらも新築でマイホームを購入した。その際、必要性について母親と揉め父親からは男の所にも相談の電話がかかってきていた。結論が出ないまま電話を切ったが、結局自社の核シェルターも地下に設置していたようだった。近年、近隣での災害が重なり、他人事ではないと父は核シェルター内にミネラルウォーターや非常食も数週間分は常備していた。オマケに、音楽や映像を聴いたり観たり出来る設備も整い本格的に大災害が起こっても万全な状態だった。
快適さも相俟って、男は休日になると静かなシェルター内で音楽や映画を聴いたり観たりして入り浸ることも多かった。
傍から見れば一見幸せそうにも思える平穏な毎日。何が不満なのかと首を傾げたくもなる。しかし、男には目に見えぬ痼りが違和感として日々蓄積していった。内側から徐々に腫れ上がってきている感覚が自分でも感じ取れるくらいに憂鬱な日々でもあった。やりたい事が出来ない葛藤が男の心の中に蠢きストレスを重複させていた。
俯瞰で見た自身を例えるなら、映画やドラマでは家族団らんの演技をして好感度抜群だが、実生活では妻や子供とも会話がなく、世間的イメージを崩すと仕事にも支障が出るために、最低でも子供が成人するまでは離婚も出来ずに仮面夫婦を貫く俳優みたいだと感じていた。自分の気持ちに抗っているようで辛く厭世的な気持ちになり始めていた。
男にとって、型に収まった平穏な毎日こそが苦痛であり窮屈でもあった。仮に書くことが奪われてしまっても。ではなく、何か刺激があってやり甲斐がある仕事や生活を送れないことの方が自分自身にも欺いているようで耐え難かったのだ。
両親も新築の家に男が住む場所を確保してくれてはいたが、休日には核シェルター内に籠もることも多くなり映画や音楽以外にも瞑想に耽ることも多くなっていた。◇家の核シェルター内が静かな上に利便性もよく、時々一人でリラックスする為に映画や音楽をヘッドホンで観たり聴いたりしていた。ある日、時を忘れてしまい数時間は経っていた頃だろうか。シェルターの扉を開けると、言葉を失い一旦思考が停止した。そして、暫く扉の外を無言で眺めてしまっていた。家の地下に設置された核シェルター。扉を開けると家の中にある見慣れた部屋の風景ではなく、全くの別世界へ来たかのようだった。男が見える範囲では近くにあった雑居ビルも真ん中から真っ二つに折れ曲がるように崩壊。どこまでも見渡せる瓦礫だらけで震災後を思い出させた。数キロ離れた山々は見える範囲ではかろうじて無事で緑が生い茂っていた。まさか隣国の誤射で爆弾が落ちてきたのか、男は一瞬そう思ってしまった。しかし、そんなはずはない。もう一度シェルター内に心の整理と理解をする為に戻ったが、気がつくと数時間を要してしまっていた。だが、心の整理と理解もつくはずもなく、もう一度扉を開けると星屑が散りばめられた夜空となっていた。
ふと、遥か遠くに見える山々の上空に光る物体が浮遊しているのが見えた。次の瞬間、光線がサーチライトのように地面を照らすと人のような叫び声が微かに聞こえた。もしやと思っていた爆弾の誤射と言う予想は見事に外れたようだった。がしかし、それ以上に最悪の事態が男を襲っていた。男が核シェルター内にいるあいだ、映画やドラマの世界でしかあり得ないと思っていた未確認飛行物体が地球を侵略しにきたのだ。もしかしたら、隣国による爆弾の誤射の予想が当たってしまっていた方がまだ良かったようにも思える事態だった。浮遊する光る物体が再び地面に光線を放つと泣き叫ぶ声が聞こえてきた。距離感は掴めないが徐々に男のいる地域に近づいていることは確かだった。
ふと、冷静になった男は浮遊する光る物体の行動を観察していて思った。熱を発して動く生物に反応して光線を放っているのではないか。暗闇の中、熱センサーのようなもので感知しなければ光線を人間に命中させる事など不可能だろうと咄嗟に思ったからだ。熱を通さない上に頑丈な核シェルター内にいた男は、核シェルターの強度も何事もなかった要因の一つのようだった。
おそらく、ただ動いているものに反応しているのではなく、体温を発する生物に反応して光線を放っていることも分かった。何故なら、体温以上の熱を発し、炎に包まれ慌てふためく焼け焦げる人に反応して光線が放たれていることはなかった。
一時間ほど経った頃だろうか、離れた場所から光線での攻撃があったのか小さな揺れと衝撃音を感じた。恐る恐るシェルターの扉を開け外を眺めると、やや埃は舞っていたが全く視界がないというほどでもなかった。暫く外を出歩くのは難しいと判断した男は、外の揺れと振動を感じながらシェルター内で待機した。シェルター内には、小食の男なら一ヶ月ほどは暮らせる食料とミネラルウォーターも常備されていた。ここ数年で起きていた震災や災害を教訓に半年前に父親が買い揃えていたのだ。教訓が生きたことを心から感謝した。
どれほど経ったのだろう、上空に浮遊する光る物体の気配も消えた。光線による衝撃音と揺れもなくなっていた。もしかしたら、地球外生命体も地球上の人間を死滅させ自分達の星へ帰還したのか。男はそんな事を思っていた。
ある夜、男は意を決し外へ出た。すると、遠くで小さく二つに光るモノが見えた。動いている車なのかと思ったが違うようだった。二つの光は目の光を放っている犬だった。犬も生存しているのか。男は、暗がりで軽く震え怯えているようにも見える犬に、宥めるように口笛をふきながら呼んだ。ビスケットを近くに放り投げるとよほど空腹だったのかむさぼるように食べた。手の上に二つ目のビスケットを差し出すとこれも食べた。首輪もあり飼い犬だったのだろうか、警戒心が取れた犬は男に近寄り尻尾を大きく揺らしていた。
男は、瓦礫で荒れ果てているとは言え崩れた建物の一部を見て、今自分がいるであろう位置を頭の中でおおよそ地図にして歩いていた。試しに1キロほど離れた川へ向かってみた。橋は崩壊し車の中にいる人の腐敗臭も漂い向こう岸には行けなかった。驚くべきことに家屋やビルは崩壊しているものの、それ以外の土手、運動場、普段はひとけのない公園などは綺麗なままだった。
撫でてやったら纏わりつくようにはしゃぎ、男の後をついてきていた犬も公園で走り回っている。暫くすると、陽気に走り回っていた犬が足を停めて見つめ、摺り足のように屈め茂みの中へ入っていった。誰かいるのか。そう思った次の瞬間、暗がりから動く黒い物体が出てきて逃げ回っている。
『犬か、いや違う猪だ』犬が追い回すと、しだいに公園の茂みから出て走り去っていった。
動物以外、誰一人生存者はいないか。絶望感と諦めに近いものが男を襲っていた。しゃがみ込んでいると犬も猪の後を追うのを諦め公園に帰ってきていた。暫く飼い主とも会えずひとけもなくなり寂しかったのか、男の頬を舐め遊びたがっているようだった。すると、茂みの中から再び音が聞こえてきた。犬は警戒心なく茂みの中へ入ると次の瞬間、悲鳴のように泣き叫ぶ犬の声。数十秒後には泣き叫ぶ声も絶え絶え消えた。男は心配になり茂みの方へと近付くと唸り声が聞こえてきた。まさか、逆襲の為にやってきた猪に犬がやられてしまったのか。恐る恐る男は犬が向かった茂みに近付くとそこにいたのは人のようだった。しかも、犬に覆い被さりうつ伏せのような状態だが動いている。男は、人間の生存者がいた事で沈んでいた気持ちが一気に高揚したが、どことなく禍々しさも感じていた。
犬の上に覆い被さるようにうつ伏せになっているのはやはり人間だった。動いてはいるが片足がない。
『おい、大丈夫か』
男は、血だらけになって息絶えている犬に対して言っているのか、血だらけになった犬に覆い被さりむさぼり喰っている人間に対して言っているのか、ここ一、二年で起きた災害で酷たらしい光景を数限りなく目にしていた自分でも判断がつかないくらい動揺していた。
『おい、何してんだよ。おい』
犬をむさぼり喰う人間に近づき肩を叩いた瞬間だった。 口のまわりを赤く染め青白い顔をしたその人間は、唸り声をあげながら今度は男をむさぼり喰わんばかりに襲いかかろうとしたので仰け反った。
しかし、片足がないその人間は男を威嚇するが這うことしか出来ずにいた。男がある程度の距離を保つと、また犬の方へ向き直りむさぼりだした。
何かがおかしい。話しかけても威嚇をしてくるだけで言葉を理解している人間とは思えなかった。観察しているうちに、これと似た光景に遭遇していたようにも感じるが気が動転していて想い出せずにいた。すると、先ほど逃げた猪が公園に戻ってきた。男が驚くと、猪も慌てるように公園の外へ再び逃げ出した。猪の逃げ出した方向を見て男は目を疑った。人間だ。三人組の人間が歩いている。男は思わず叫んでしまった。
『おーい、こっちだ』
三人組はいっせいに振り向くと、ゆったりとした足取りで男の方へと向かってきた。
あと数メートルと言う所だった。話しかけてはいけない三人組であった事に気づく。決して、凶器を持った若者だったと言う訳ではない。その三人組は、今まさに犬をむさぼり喰う片足がない人間と同じ顔色をしていることで瞬時に理解した。
男は思わず後退りした。後ろを確認しながらではあるが三人組からすぐさま逃げた。がしかし、途中で走るのをやめた。この三人ともに一定のスピードでしか動くことが出来ず、歩くのもよちよち歩きの子供くらいのスピードだった。
男はこの光景をどこかで観たことがある。正気を取り戻した男は、すぐに核シェルターで観たゾンビ映画に出てくるゾンビそのものだったことに気づいた。
『なぜ、ゾンビが』
三人のうちの一人がむさぼり喰われている犬に気づくと、男には見向きもせず三人ともに犬の方へと向かった。最初は自分が仕留めた獲物を護る野生動物かのような争いを見せたが、しだいに四人が一匹の犬をむさぼり喰い始めていた。
ここで男は、これが映画で観たゾンビと一緒ならば試したいことがあった。すぐさま核シェルターに戻るとサバイバルナイフを持って再び公園へ戻った。
しかし、骨だけとなった犬の傍にいたのは片足がないゾンビだけだった。周りを見渡してもあの三人のゾンビの姿は見当たらなかった。男は構わず夢中になって犬にむさぼり喰う片足ゾンビの心臓を後ろからひと突きしたが、片足ゾンビはまだ夢中でむさぼり喰い続けていた。男は試しに脳へ突き刺した。すると、それまで必死にむさぼり喰っていた片足ゾンビが微動だにせず動きが止まった。恐る恐る片足ゾンビを仰向けにすると、凹んだ目を見開きながら完全に死んでいた。
ゾンビに死んでいたと言うのも変な話しだが、映画にもあったようにゾンビの心臓に鋭利な刃物を突き刺したり拳銃で発砲しても死なないが、脳幹に突き刺すと一気に電源がオフになったように動きが止まるようだった。
男は駅が近い繁華街が存在していた場所に行ってみることしにた。途中、ゆったりとした足取りで歩く人間に遭遇するがみな青白い顔をしたゾンビであることは間違いなかった。最初は躊躇したが、サバイバルナイフで後ろから脳幹に突き刺すと電池が切れたかのように動きが停止した。
ゾンビの動くスピードの遅さに男の慣れも加わり、人斬り侍にでもなったかのように次々とゾンビを斬りつけ倒した。
男は楽しんでいるようにも見えた。駅の繁華街のあった場所に近づくにつれ、ゾンビの数も増えてきているのが体感でも分かった。スピードが遅いとは言え油断は出来ないと思った男は、工事現場にあった鉄パイプで野球のバッターのように構え向かってくるゾンビの頭部を吹き飛ばした。剣道のように鉄パイプの先で突くのも一番距離を計れる上に安全だった。
男は所構わず鉄パイプを振り回していたら違和感を感じた。吹き飛ぶはずの頭部が吹き飛ばない。
『なんで・・・だよ』
ゾンビかと思っていたが人間だったのだ。まさか、生存者がいるとは思ってもいなかった。慌てて倒れた人間に近寄るも遅かった。鉄パイプで頭部を思い切り殴られたら、例え鍛え上げられた身体の大きなプロレスラーでもひとたまりもない。だが、まだ人間の生存者がいることに安堵感も生まれた。
ゾンビになる可能性として、ゾンビに噛まれたり、何かの原因で亡くなった場所のみ人間がゾンビと化す。ただ、それだけとは限らないのではないかと思っていた。
あの夜、光を放ち浮遊する光る物体が放つ光線が、放射線物質とは別に人間をゾンビ化させるゾンビウイルスを媒介している可能性も否めない。もしかしたら、すり傷や切り傷からウイルスが侵入してゾンビとなってしまうことも考えなければいけないのではないかと感じた。亡くなってしまった人には申し訳ないが合掌すると駅がある方へと向かった。
線路が見え駅まであと少しだった。この角を曲がれば駅前のロータリーだった場所のはず。途中、リュックを背負っていたゾンビからリュックを拝借するとスーパーがあった場所の瓦礫をかき分け缶詰も調達した。その間もゾンビを何人か倒し注意しながらの調達だった。男には、ゾンビ映画で人間が食料や武器を調達するシーンを想像させた。そして、雑居ビル群の角を曲がると目を疑う驚きの光景が現れた。
ロータリーが存在していた場所に、渋谷のスクランブル交差点と見間違うくらいにあてもなく歩くゾンビが群衆と化していた。
『嘘だろ』
男は圧倒的絶望感と虚無感に襲われた。こんな所に飛び込んだら、蟻の巣の前に置いた白い角砂糖があっという間に蟻だらけの黒い塊のようになるであろう事を想像して、その場で少し胃にあるものを戻してしまった。
映画やドラマでの世界観が今まさに目の前に繰り広げられていた。駅から離れた地域でもあれだけの数のゾンビがいて、脳幹を刺したり鉄パイプで吹き飛ばすのもひと苦労だった。一体、この国の人口はどれくらいだっただろう。男ひとりで一人ずつ倒していたら気の遠くなるような作業となる。仮に湯水の如く湧くゾンビを一人残らず倒しても、この世に存在しているのかも定かではない人間と出会える可能性があるとも到底思えない。アダムとイヴが再び出会うのならば、男は自らの手で命を絶つことも厭わないとさえ思えるほど絶望的な光景だった。
気の遠くなる作業でゾンビを全滅させ、男以外に生存しているかも分からない人間だけの世界に戻し、女性がいなければ水の泡だが、そこから人類を再び増やす以外は元の世界に戻る可能性はない。もはや、針の穴ではなく肉眼では直視する事すら不可能な針の先端くらい小さな穴を通す作業でしかない。
しかも、それが実現してもウイルスの感染経路が未知である事を考えると、可能性はないに等しい。
◇
『お前は、人がいる平凡な毎日が送れる世界。世界にお前一人しか存在しない世界。お前以外はゾンビが蔓延る世界。どれを選択する』
男に再び幻聴が聞こえた。
究極の三つの選択に迫られた。勿論、そんな選択は選べる訳もなく一度は拒否をした。しかし、断る選択肢もなかった。
核シェルター内のパソコンで誰にも読まれる事のない、終わりのないノンフィクションコラムを書き続ける男。ここ数ヶ月人間の生存者と一度として遭遇しておらず、地球上に生存者がいるのかも定かではないし確かめる手段もない。こんなコラムが書き終わる訳もなく、三つの究極の世界を選べと言われても選択出来る訳もない。既に、人類が滅亡している可能性の方が高いのかも知れない。
男自身が実在するのか幻想なのかすら覚束ない。浮遊する光る物体から放たれた光線による放射線物質以外の地球外物質を浴びた事で、死人がゾンビ化してしまった不可思議な現状。究極の選択は三択なんかじゃない。俺には、この核シェルター内でいつかのたれ死ぬか、僅かに残る望みを持って核シェルターの外に出て生きる望みを探し彷徨う究極の二択しかないのだ。
男はありあまる時間を使い核シェルターの中で書くことに費やした。今この瞬間この世界は本当に現実なのか、それとも幻想なのか、男にもいまだに判断がつかずにいた。男はノンフィクションコラムを書き終えるとパソコンを閉じた。そして、用心深くシェルターの扉を開けゾンビが近くにいない事を確認すると、リュックを背負い、鉄パイプとサバイバルナイフを持ち、久しぶりに外へ出て食料調達に向かった。