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8・二人部屋

 ラテミンに二階の部屋の鍵を渡された二人。

 二階は、中央と左右に通路がある造りで、並行して向かい合う形で各部屋が配置されている。いわば、円形のホールに、電車が二輛止まっているような形状だった。

 各部屋の大きさは、日本の一般的なホテルより一回り大きい。家族で止まれる部屋くらいの印象である。

 建物は石造りだが、部屋は木製の構造物に漆喰を塗って作られているようだ。気候が温暖なためか、暖炉はない。

 窓はあるが、外の通路側に開けられるだけで、換気としては有効だが、外界は見えない。そして外壁には窓がない造りだ。

 国内の様子などを容易に他国へ渡さないという意志の表れであろう。

 そんなやや圧迫感のある室内には、シンプルなテーブルとイスが二脚と、木製ベッドが二つ置かれていた。いずれも作りこそ簡素ではあるものの、国営だけあって粗末な印象はない。

 ゴシカはそのベッドをチラチラ見つつ――

「あ、あの、あなたは助平ではないと言ったのですから、妙なことはしないでくだ……」

 その言葉が途中で止まる。

 明の表情は、苦悶のそれであった。考えこんでいるのが傍目からも明らかであり、通学カバンを床に下ろしすらしないまま、固まっていた。

「そ、その……別にあなたが嫌いだとかそういう意味で言っているわけでは……」

 慌ててゴシカがフォローに入るも、その言葉も彼の耳には入っていないようだった。

 しばらくぶつぶつと何かを呟いたあと、

「ん? 何か言ったか?」

 そこで初めてゴシカが話しかけていることに気づいた。

「い、いえ……大したことでは……そ、それより、どうしたんですか?」

「少し考え事をしていたんだ」

 そのまま、のっそりとイスに腰かける。徒歩移動の疲れもあるだろうが、それを差し引いてもどこか弱弱しさを感じさせた。

「ふぅ……」

「あ、あの……何か気に障りましたか?」

 恐る恐る告げるゴシカに、苦笑して表情を緩める明。

「ラテミンさんじゃないが、オレも目つきは悪くてな。誤解されやすいんだが、そんなに深刻な話じゃない」

 そうだな、と一拍おく明。

「一度、ちゃんと話そう」

「は、はい」

 そのまま、促されるようにイスに腰かけるゴシカ。

 水差しやクロスもない朴訥なテーブル越しで向かい合う二人。

「……しかし、何から話したものかな。……うん。まず御前大会についてなんだが、確かに困惑している」

「や、やはり……私が無理やり勧めたから……」

「いや、これが必要なことというのはわかってるんだ。もし、これで勝てれば、大都市で情報を得ることもできるし、金銭の心配もなくなる……でも」

「……でも?」

「どうも自分は、戦うことが向いていないようなんだ」

「まさか! あれほどのフォトンが使える者なんてまずいません。謙遜のしすぎです」

 静かに首を振る明。

「そういうことじゃないんだ。強いとか弱いとかじゃない。勝てるとか負けるとかでもない」

「人を傷つけるのが嫌いということですか?」

「あまり好んではいないが、それも違う」

「じゃあ……」

「人と競っても気持ちよくないんだ。勝っても嬉しいと感じられなかった。戦っている間じゅう、相手がイヤじゃないだろうかとか考えてしまう。勝っても相手が辛そうにしていれば気持ちがよくないんだ……」

「それは……」

「わかってる。相手だって真剣勝負なんだから、全力で行かないと失礼だし、その上で負けたらそれは仕方ないと相手も理解している」

 でも、ダメだんだ、と続ける。

「どうしても、相手のことを考えてしまう。集中できない。勝負事が、単純に向いていないんだと思う」

 それは、彼がサッカーを辞めた最大の理由である。

 サッカーを始めたころは、出来なかったことが出来るようになるのがうれしかった。

 リフティングもそうだし、ドリブルやシュートもそうだ。

 それが楽しくて、サッカーを続けていた。

 だが、試合となると余計なことをどうしても考えてしまう。精彩を欠く。

 なんとかしようとして、がむしゃらになって結果を出しても虚しさだけが残った。

 もちろん、サッカーが悪いわけでは全くない。

 明が競技に向いていないだけだ。

 そんな自分に気づいたのは、サッカーから離れて、ヒマつぶしにとゲームをした時だった。

 そのゲームは、対戦格闘であり、全国のユーザーと勝負できるシステムだ。

 だが、ネットワークの向こうの、見ず知らずの相手であっても、倒すことに気が引けた。

 なぜそんなに気になってしまうのだろう。

 考えに考えた結果、彼は一つの結論に辿り着く。

 対戦とは「いかに相手の嫌がることができるか」である。

 勝負事なのだから、自分が有利になるために動くべきである。相手もそのつもりで動いているし、相手が嫌がることをするのは、逆に礼儀でもある。その上で、相手を上回る為に誰しも努力するのだ。

 そんなこと、わかっている。わかっているが、それでも気持ちの悪さは消えないのだ。

 それは、ただの性分だ。誰も悪くない。

 ごく普通のパンであっても、人によってはアレルギー症状を起こすように、たまたま合わなかっただけなのだ。

 書道を選んだのは、対戦相手のいないことをやってみたいと思ったからだった。深く考えての事ではなかったが、それが意外にも性に合っていた。

 書道にもコンクールはあるし、優劣はつけられるが、それは「相手の嫌がること」を押し付け合う競争ではなく、いかに自分を高められるかだった。

 何より、書の世界を知って、心を動かす書があることを知った。

 自分も、そんな書が出来るようになりたい。

 物事に対する興味を失っていた自分に、忘れていた情動が生まれてきた。

 書には、戦う相手はいない。

 なぜなら他者は、書を見てくれる鑑賞者だからだ。

 だが、今回の御前試合はそうではない。

「……」

 ひとしきり説明をした後、明は黙り込んでしまった。

 そんな様子を見て、ゴシカは声をかけようとするが、おろおろするばかりで、ワイパーのように両手が動くだけだ。

「ま、まぁ、心配するな。明日は、ちゃんと戦うから……」

 明はそう言うと、学生服の上だけ脱いで、そのまま床についた。

 ゴシカも無言のまま、もう一つのベッドに向かって行く。

 1階の端には井戸があり、簡易的なシャワーも浴びれるとラテミンから説明を受けていた二人だったが、そこに思い至る余裕もなく、この日はあっという間に眠りに落ちるのだった。

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