7・千のフォトンを操る男
ローマン御前大会。
それは、国を挙げたフォトン使いの腕を競う大会だ。
優勝者は莫大な賞金と共に、国家術士としての格を授けられ、栄達は思いのまま。御前とある通り、王の前で行われる大会であり、そこで認められて主席術士となったものもいるという。
明日開幕を迎え、二日間に渡ってトーナメント形式で行われる。
参加者としては、国内外のフォトン使い達のアトリエ出身の若手たちが多い。
特に今年は、近隣国家との関係に緊張が走る中での開催ということもあり、厳戒態勢が敷かれているのもそうだが、優秀なフォトン使いを確保したいという国家の意志も見える。
その御前大会に出場する旨を衛兵に告げると怪訝な顔をされたが、【水】のフォトンで水を出してみせるとすぐに納得、途端に態度を変えて門の脇の扉から中に通された。
彼は、そこから出場者用の宿舎に向かえという。ゴシカは付き添いとして認められたが、これはフォトン使いには弟子が帯同していることが多いためだろうと彼女は言った。
衛兵はそのまま門を守るようでついては来なかった。通路の中には別の兵士がおり、彼が引率するようである。彼の恰好は比較的軽装であり、重装備の衛兵と比べると動きやすさを重視しているのだろう。少なくとも、バケツヘルムではなく、皮の帽子であった。
通路は石積みで造られた高さ2mほどの塀に囲まれ、横に大人二人ほどの幅となっていた。
ローマンの街並みはほとんど見えず、遠くに城か寺院らしき構造物の上部が見えるだけだ。
明が奥の建物を見ようと足を伸ばしたり首を振ったりしていると、案内の兵士が煩わしげな視線を向ける。
「キョロキョロするな。本戦で勝てば好きに見物できる」
やや高圧的ながらも、声に緊張の色がある。
フォトン使いというものが、畏れられているのが言外に伝わってきた。
一般に広まっているフォトンは【火】だけであり、それが地球でのライター程度の存在とするなら、あんな巨大な門の岩を持ち運べてしまうフォトンは別物に感じるだろう。
そういう意味でも、御前試合の参加者たちを直接街に入れるのではなく、宿舎を限定するというのは無理もないことだった。
通路の奥には鉄門が備え付けられた円形の城塞のようなものが見えた。さながら、塔を3階部分までで切り落としたかのような形状である。
「入れ。後は中の係員の指示に従うんだ」
促されるまま、明とゴシカは中に入った。
すると中は、瀟洒なレストランを思わせるような広間になっていた。椅子やテーブルがあり、腰かけている人影もちらほら見える。
ローブ姿の者が数人で、これはおそらく出場者であろう。
その周りに、傭兵くずれといった風体の者たちがそこそこの数いるが、ゴシカによれば、フォトン使いの護衛だろうと言う。それは伴士のように専属でもなければ戦闘中の護衛でもなく、フォトン使いのおこぼれに与かりたいただの取り巻きであり、せいぜい一般人を寄せ付けないための壁か、秘儀を盗もうとする相手への睨みを利かせる役といったところだそうだ。
さて、そんな彼らの陣取る広場の奥には巨大な扉、左右には外周に沿うような階段があり、壁にはランプが設置されていているが、おそらく【火】のフォトンが施されていると思われた。
衛兵らしき軽装の兵士が、数人壁沿いの椅子に腰かけていた。
右の階段の手前には受付らしき大理石製のカウンターが見える。そこにはアルプスの民族衣装を思わせる、白い頭巾に赤いワンピースの女性が立っていた。
「あの人が係員のようですね。行ってみましょう」
「ああ」
近づいていくと、その係員らしき女性がにらんでいるのがわかった。
栗色の髪を後ろで結んでいるその女性は、美人なのは間違いないのだが、深いタテジワができるほど眉根を寄せて、獲物を狙う狩人のような鋭い視線のため、異様な雰囲気であった。
「あの……」
そんな彼女に、恐る恐る声をかける明。
「はい! 参加者の方ですね!!」
受付の女性は、底抜けに明るい声で言った。目つきは射殺さんばかりに鋭いままだが。
「は、はぁ……」
その落差に、マイペースな明も気後れして、生返事をしてしまう。
「目つきは気にしないでください! このラテミン、近眼なんです!」
指摘するまでもなく、笑いながら言う受付嬢――ラテミン。その反応の速さは、目つきについて言われる機会が多いであろうことを如実に示していた。
「眼鏡かけたらいいんじゃないか?」
「眼鏡なんて……そんな高級品買えませんよ!? 特別な時にだけ借りたりはしますが……」
何気なく言った明の言葉で、ラテミンは初めて目を丸くした。
「え? あ……そうか」
この世界のガラス技術がどの程度なのか、明は知らない。
日本だって、ガラスが広まるのは江戸期であるし、眼鏡が一般化するのはもっと後だ。
「す、すまない……」
「ふふふ……その金銭感覚、相当なフォトン使いということですね。それは試合が楽しみです」
「そういうことでは……」
「その通り! アキラ殿は最強のフォトン使いなのです!」
今度はゴシカが食いついたものだから大変である。
その大声に、周囲の席に座っていた者たちの目つきが鋭くなる。彼らも出場者とその取り巻きであろうから、当然と言えば当然であろう。
値踏みするようないくつもの視線が明に絡みつく。
「お、おい……」
「最強と来ましたか! それは明日が私も楽しみです! では、エントリーのためにご記帳を」
ラテミンが満面の笑みで羊皮紙とペンとインク壺を差し出す。
だが、明は言葉の翻訳はできても、この世界の文字を書くことはできない。
戸惑っていると、ゴシカがペンを受け取った。
「私が書きましょう!」
サラサラとペンを走らせるゴシカ。
かなり長い。
よくよく見れば、ほかの名前も長いようだ。
なるほど、アルファベットみたいに表音文字なんだな、だから長いのだ、と納得する明。
しかし――
「せ、千のフォトンを操る男・アキラですか!?」
ラテミンがホール全体に響くほどの声を上げた。
「え?」
面食らったのは明である。
まさかそんな大げさな二つ名なんてつけられると思っていなかったので、しごくまっとうな反応であった。
一方で、ゴシカは得意げに胸を張っている。
そして、周囲では一斉に笑い声が巻き起こった。
「ブハハハハハ!! せ、千のフォトンだとよ!!」
誰とはなしに、揶揄が始まる。
「ハンドレッドウィザードより上かよ。こわいこわい!」
「いやいや、噂のフォトンシーフかもしれんぞ! フォトンを盗られないようにしないとな!」
「ハハハハハ! いつから道化芝居の大会になったのかな!」
明確な侮蔑を受け、ゴシカが震えだす。
「あんなの取り合ったらダメだ」
明が声をかけるが、ゴシカはむしろ笑っていた。
「ふふふ……彼らの驚く顔が目に浮かぶようです。あんな奴ら、ちぇいさーですよアキラ殿」
「お、おう……」
明は、力なくうなずいた。