4・漢字使い
「この人ら、悪いヤツなんだよな?」
「え、ええ。もちろん」
「じゃあ……」
明は、さらさらと空中に文字を書いた。
「おいっ!」
野盗の一人が慌てて弓を放つ。フォトン使いが指を動かすのを黙って見ているというのは、自殺行為なのだ。見逃すはずが無かった。
が。
「!?」
矢は、空中に突き刺さった。
明が書いたのは【壁】。
ゆえに、宙に不可視の壁が生まれていたのだ。
しかし、空中に書いた文字はすぐに効果を失ってしまう。
だからその隙に、今度に地面に足で【壁】の字を書く。
瞬間、地面がせり上がり、壁を成した。
「こっちに!」
壁の影から呼ぶ明に、ゴシカも頷いて壁の裏に回り込む。
滑り込むように入って来た彼女は、壁を背に、大きく息をついた。
「フゥー……」
相当に緊張していたのだろう。一気に汗が噴き出して、顔色も真っ青だ。
「だ、大丈夫か?」
「え、ええ。心配いりません」
「あいつら、攻めてこないな」
「フォトン使いと知って慌てているんでしょう。普通、フォトン使いはローブを着ていますから……」
ゴシカの言葉通り、土壁越しでも野盗たちがモメているのがわかった。
「お、おい! 見た事ねえフォトンを使ってなかったか!?」
「文字はよく見えなかったが、結局は壁のフォトンだろ。聞いたことくらいある!」
「そ、そうだな。フォトン使いとはいえ、無名のヤツなら、せいぜい使えて三文字。もう大した手はねえはずだ」
モメてはいるものの、戦意を喪失しているわけではないらしい。
それを察したかゴシカが壁の傍らの明に声をかける。
「手はありますか? 無ければ、このまま逃げるというのも一つの策……」
「うーむ、下手するとこの森が吹っ飛んでしまいそうなんだよな」
「は?」
目を丸くしたゴシカと、そんな様子に逆に呆気にとられる明。
「いや、そりゃ、竜巻とか山火事を出すわけにもいかないだろ」
「そ、そんなことが出来るのですか……?」
「できるとは思う。漢字も簡単だから」
ゴシカが驚愕している間にも、野盗たちの足音が近づいてきていた。
「よし、じゃあ……」
明は、土壁から指先だけを出すと、次々と宙に文字を書いた。
順に【突風】、【雹】である。
すると、まさに突風巻き起こり、壁の向こうで驚きの色に染まった叫び声が響いた。
突然の風に、すっ転んだ者もいるようだ。
そして、今度は風に乗って雹が降り注ぐ。
壁の向こうから響いてくる悲鳴。ビー玉サイズの雹がムチのように体を打ち付け、中年男性たちの悲痛な叫びが響き渡る。
「最後に、と」
彼らが悶絶して攻め込めないうちに、カバンの中から筆箱を取り出し、近くに落ちていた石にサインペンで文字を書き入れる。
【閃光弾】と書かれたその石は、明によって壁の向こう側に投げられ、地面に接触した瞬間に炸裂した。
それは激しい光をまき散らし、壁の影が大きく背後に引き伸ばされる。
ゴシカがおそるおそる壁から顔を出すと、野盗たちはひっくり返ってのびていた。完全に意識を失っているのがわかる。
「な、何をしたんです……?」
怯えにも似た色を顔に浮かべ、ゴシカが言う。彼女の脳の処理能力をはるかに超える事態が目の前で起きている、そんな表情だった。
「何をって、突風と雹と閃光弾だけど」
「は? な、何種類のフォトンを使えるのです……? ま、まさか、噂に名高いテンコマンドメンツなのですか……?」
「テンコマンド……? よくわからんが、漢字だったら二千五百から三千文字くらいはわかるが……」
「さんぜん!?」
白目をむいてゴシカがひっくり返った。
「え?」
気が付けば、辺りには明を除く全員が、気を失ってひっくり返っていたのだった。